フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #02 人々と犬々
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#02「人々と犬々」
ソウルの近くの山。北漢山(プッカンサン)の山の中、白雲(ペグン)山荘に泊まった。
静かにベンチに座っている。ここには黒ずんだ、犬が二匹。近くに寄ってきて、体をすりつけてくる。伸びをして、ゴロンと腹をみせる。突然骨片のようなものをカリカリしはじめる。犬は後からもう一匹でてきて、それは「病弱な妹」を思わせる、小さくてやせていて、またすぐ奥に引っ込んでいった。
それからミンさん、というのはもうこの山の歩荷を40年近く続けている。髪とひげが伸びきっていて、昼から駅前でワンカップ飲んでそうなみためが、わりに人なつこい性格で、写真を撮ってくれというから写真を撮った。休憩していたスイス人の登山客に自ら「フォローミー」と声をかけるが、無視されるとそのままひとりで下山していった。
この小屋はおだやかな老夫婦が管理している。ご主人は日本語がしゃべれる。小屋をでるとゆっくり歩いて、たらいに水をくんで、もどってきた。
今夜ここに泊まるのは自分一人だけらしい。時間がきたので、荷物を広げ、ラーメンを作って食べる。
この小屋の人々と犬々は、なんだか物語の登場人物みたいだ。とても小さく完結した世界の住人。テレビをつければ、変わらない姿をみせるサザエさん一家のように、歳をとらないまま、この生活をいつまでもループさせて終わらない。僕は今だけその中にいて、ラーメンは食べ終わって、ひとりマッコリを飲んでいる。
しかし、当たり前だがそんなわけがなく、時間がくればひとつ、またひとつと変化はやってきて…ということがどうにも受け入れがたい。現にミンさんが40年も歩荷を続けている間に、いくつか犬は死んで、新しいのが生まれたか、外からやってきた。
夜中の3時ごろに木魚の音にせたリズミカルなお経がきこえてきて目が覚めた。外にでると、犬も起きている。ヘッドランプをむけると眼球が反射して光った。蝋燭の火が燃えている。あの世みたいだけど、この世だ。
夜明け前にまたもう一度頂上まで登った。それから小屋にもどってくるとご主人が近づいてきて、小声で「ビドデ…。」と言う。その目は視線が、僕ではなく、僕より向こうのもっと遠い異物に向けて交信しているみたいで、反応できずにまごついていたら、また「ビドデ…。」と言うのが、それはどうやら「日の出」と言っているのだとようやく理解できた。するとほどなく日が射してきて、この小さな完結した世界がどれも赤く、赤に近いオレンジになった—-それは以下、木の幹、葉、土、石、ベンチ、主人、犬、僕、鳥の声、かつていた犬。
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