フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #07 旅のかたち
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#07「旅のかたち」
家のIKEAの本棚の棚ダボが足りなくなった。調べるとネットでは注文できない。わざわざ立川にある店舗までいけばタダでもらえるという。長いこと電車に乗って、駅につくとモノレールのレーンにそって歩く。ヤマボウシの樹がコピペしたみたいに等間隔に並んでいる。ようやく着いて、広いからぐるっとひととおり迷って店員に声をかけると、いまは在庫がないといわれた。じゃあどうするのかというと、スウェーデンから直接ご自宅にお送りします、というので驚いた。必要な棚ダボ計8個を注文して、その日は帰った。
それから一週間くらいして、たしかに自宅のポストに棚ダボが届いた。英語で書かれた伝票を読むと確かにスウェーデンからのようだ。海をこえてわざわざ…とうのもさすがに度を越していると思うが、棚ダボの小さいつぶつぶの、長い道のりを思うと味わい深く、愛着がわいた。それらをひとつひとつ、本棚の穴に差し込んでいく。
ささやかな目的に対して、そこに至る道のりがあまりに長いのでとても釣り合わない、そのかたよりが大きければ大きいほど、味わい深く、ばかばかしくも旅の純粋なかたちに近づくのではないかと、僕はそれから考えるようになった。
これはある人の、きいた話。彼は毎週欠かさずきいているラジオ番組があった。ところがその週に限って、地方でしか放送されないことを知った。そこで彼は思いたち、その番組をきくという目的のためだけに旅にでた(まだラジコプレミアムとかなかった)。
彼はその日必要以上に朝早く家をでた。ひたすら鈍行列車で西に向かった。日も暮れかけて、予約していた安宿にチェックインすると、静かな食事、ビールを飲む。ようやく深夜になって、持参した携帯ラジオをつける。チューニングをあわせると番組がはじまって、デューク・エリントンをバックにMCの菊池成孔がしゃべり始めた。知らない土地できくラジオの音があたたかく感じられた。
もしかすると彼はその夜、調子に乗ってウィスキーを飲みすぎた。1時間の番組が最後まで終わらないうちに寝てしまったかもしれない。いやそれどころか、番組が深夜なせいで、はじまるのを待たずして寝てしまったのではないか?十分ありえる。なぜなら彼が僕だったら、いかにもそうなってそうだ。こうきくと「せっかくここまで来たというのに、なんて残念なやつだ」と人は言うかもしれないが、その時点で彼は(僕は)もう、そんなことはどうでもよかった。
彼は横になると、心地のいい疲れがウィスキーのせいでからだをぐるぐる巡るのが感じられた。まもなくまぶたが重くなってきた。菊池成孔のことが気にはなったが、彼はむりにからだを奮い起こすことはしなかった。現にここまで来た、もう十分なのだと、やってくる睡魔を素直に受け入れることにした。
そうして時間がくると、デューク・エリントンをバックに菊池成孔がしゃべりはじめる。
彼の意識の外側で、彼の寝息の音に重なった。
なんていい旅だろう、僕は彼の判断を尊重する。
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