フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #10 韓国ソウル、上と下
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#10「韓国ソウル、上と下」
今みたいな状況であれば余計に韓国にいきたい。山の上はますます関係がない。3月にせいじと行ったときはまだ徴用工という言葉は知らなかった。あと令和も。
路地裏の安酒場に入ったら隣から韓国人のおじさんふたり組が、メニューがよめない僕らに声をかけてくれた。おじさんは日本語が喋れた。テレビで働く人で2年前にはフクシマも取材した。安倍政権はよくないと言った。同意しつつも、それに応える自分には意見がなかった。
皿に盛られたたくさんの牡蠣を、ケチャップみたいなソースにつけて食べた。ソジュ(焼酎)のビンを何本も並べて、ホン・サンスの映画みたい。路地裏の便所はボロボロで外にむきだしの、その前でみんなでたばこを吸った。
翌日は早く出た。コンビニで水とキンパプとマッコリ買った。地下鉄に乗って40分くらい、駅に着くと空気が冷たかった。そこから歩いて登山口までいける。入口で地図をもらって、枯れて茶色い森をすすんだ。
それから岩にとりつくと2時間もすればもう道峰山(ドボンサン)の頂上にでる。下から隆起したというより、空から落ちて突き刺さったような巨きな岩は白くて、その先端に自分たちははりついた。
よく晴れてすこし霞んだ春の、見渡す、壮絶な景色。場所をみつけて岩の上に座った。日差しのせいで、岩もあたためられた。キンパブをわけて、マッコリをのむ。風がなく、動物はいない。派手な色の登山者が次々にきて、写真を撮ると下りていった。目線がずっと下の、白い岩をどこまでも下へ、そして向こうの山襞まで追いかけていく。
酔ってまだまだ丸く座っていると、そのうちふたりは簡単になった。安心して、意見がない。角がけずれて、もはやどちらが誰かではなく、名前がなくなった。
岩みたいに白く並んで、日差しにあたためられた。
一時間もいて、ようやく立ちあがった。稜線をすこしだけ縦走、急な岩場が続いたのが、酔っているから全然こわくなかった。
下山すると、麓の店でマッコリのんで、地下鉄で戻る。部屋に戻ったらシャワーを浴びてまた鍾路(チョンノ)へくりだす。これが韓国の、山と街の近さ。
とてもおいしい水冷麺、そのあと焼き肉へ。ソジュを飲んでたばこを吸う。肉をはさみで切りながら、ここはもう山の上ではないし、ふたりはどうも意見がちぐはぐになった。
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