フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #13 サウザンドアイランドレイク
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#13「サウザンドアイランドレイク」
山の上なのに嘘みたいに湖が広がっているところがあって、圧倒された。大きな湖の中にいくつも小さい島が浮んでいる、だから名前がサウザンドアイランドレイクという。ドノヒューパスを越えて歩いてきて、まだ昼前で11時だったけど、ここを離れてしまうのは惜しい、疲れたしもういいやと思ってテントを張ることにした。
天気は最高だった。濃い青の、雲ひとつない空。湖がそれを映してさらに黒に近い、底の抜けたような青になった。水を汲んできて洗濯して干した。自分も洗濯ものに並ぶように昼寝した。
それから湖におりてみた。誰もいなかった。サンダルを脱いで湖に足を入れた。その瞬間視界が一気に晴れるようだった。頭の中が透明なもので満たされるみたいだった。目の解像度が上がっていくようで、透き通った水の中で、すね毛の一本一本が小さく波に揺れるのを正確に確かめることができた。ちょうどひざ下くらい、水に浸かってひやっとしているところと、それより上のまだ濡れていない皮膚との境界線上に意識が吸い込まれるようだった。その境界線が波のせいでわずかに揺れて上下した。
視線をあげると正面にはバーナルピークといっていびつな岩の塊が突き出してでかでかと湖を見下ろしている。その周囲には無数の岩くずが散らばっていた。どれだけすごい爆発と集積を繰り返せばこんなノイジーな景観ができあがるのだろう?そこにポツンと立ひとりで立っていると、ここは日本じゃなくてアメリカであってJMTなのだけど、それよりどこかの知らない惑星みたいで、そこに残された最後の人間みたいだった。
「このためにきたのだ」と思うと感傷的になって、ひとりだから抑えが利かないのでますます感傷的になった。涙はでないであくびがでた。自分のJMTがもうはじまっていることが受け入れがたかった。もう歩き始めて6日もたっていた。
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