リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#26 / How Thru-hiking has changed <後編> GPS・通信技術の進化とハイカーの変化
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文:リズ・トーマス 写真:リズ・トーマス、ジョン・カー、ダンカン・チェウン 訳:落合達也 構成:TRAILS
この10年でスルーハイカーのスタイルにどのような変化があったかを伝えてくれる、今回のリズのレポート。
テクノロジーの進化は、途方もない冒険だと思っていたロング・ディスタンス・ハイキングの旅を、多くのハイカーにとって自分にも実現可能な旅だと思わせてくれるようにしました。
ナビゲージョンや遠隔通信のテクノロジーは、それを象徴するもののひとつです。「Guthook」に代表されるナビゲーションアプリ。「SPOT」などの衛星通信を利用した緊急用デバイス。これらは、今やスルーハイカーのマストアイテムにもなっています。
後編では、そのような位置情報や衛星通信におけるテクノロジーの進化が、スルーハイカーにどんな影響を与えたかを語ってくれます。
安易にテクノロジーに頼ることへの警鐘も含めながらも、ロング・ディスタンス・ハイキングのシーンが、テクノロジーのおかげでどのように広がっていったかを俯瞰できるレポートです。
コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) のスルーハイカーたち。
ナビゲーションアプリの光と影。
スルーハイカーがロングトレイルを歩くにあたって、道迷いは大きな恐怖のひとつです。ただこの5年間で、長時間使えるバッテリーや、Guthook (ガットフック ※1) のようなアプリを搭載した携帯電話によって、ロングトレイルにおけるナビゲーションは簡単になりました。
GPS端末は20年以上前から存在していましたが、高価だったり、重かったり、使い方が難しかったり、といった問題がありました。それに比べ、スマートフォンアプリは価格もリーズナブルで、大部分のスルーハイカーが持っているデバイスで使うことができ、なおかつ優れたユーザーインターフェースと使い勝手を備えています。
アプリを使えば、これまで以上に多くのハイカーが、街中をカーナビで走るのと同じくらい、手軽にバックカントリーを旅することができます。
※1 Guthook:ポール・ボドナーとライアン・リンという2人のハイカーが生み出したロングトレイルのGPS地図アプリ。ガットフックとは、ライアンのトレイルネーム。オフラインでも使用でき、スルーハイカー御用達。https://atlasguides.com
GuthookのWEBサイト (https://atlasguides.comより) 。
しかし、アプリを使うことに関しては賛否両論があります。以前は、スルーハイキングをする上で、ハイカーには地図やコンパスを用いたナビゲーションスキルが必要でした。これらのスキルを習得するために、ハイカーはバックカントリーでかなりの時間を過ごし、それを通じてスキルを身につけたのです。
アプリによってスキルのないハイカーがロングトレイルを歩くようになってしまうのではないか、と懸念する意見もよく聞ききます。
携帯電話が濡れたり電池が切れてしまった場合、不幸な結末になるのは明らかです。携帯電話が動かなくなって、スルーハイキングを止めざるを得ない状況になってしまったハイカーがいたという話も、私は聞いたことがあります。
PCTのGuthookアプリ。自分の位置はもちろん、水場やキャンプサイトや各種施設をはじめ、さまざまな情報が一目でわかるようになっている。
そのため、Guthookのアプリでは、ハイカーがトレイルで主にアプリを使うとしても、紙の地図を携帯し、その使い方も理解するようにと、警告をしています。
また、ナビゲーションアプリがあることで、自分のバックカントリースキルを過信してしまうハイカーもいます。そして地図とコンパスしか持っていなければやらないであろう、危険な行動をとろうとしてしまうこともあります。
たとえば、アプリの地図で正確な位置が表示されるからという理由で、雪に覆われたシエラに無謀に入っていってしまう可能性もあります。しかしアプリは、氷の斜面における滑落停止やトラバースに必要なスキルをサポートしてはくれません。
ただこの問題は、アプリとはまた別の新しいテクノロジーとも部分的に関係しています。そのテクノロジーは、ハイカーがロングトレイルを旅する方法を変えました。そのテクノロジーについて、これから説明します。
緊急用デバイスを持つ安心感が、スルーハイキングの敷居を下げた。
ハイカーが救助要請できるデバイス「SPOT」が登場した際、捜索救助チームへの救助依頼の電話が急増しました。
時には、救助が必要ない場合や、自力でなんとかできた場合でも、救助要請を出してしまう人もいました。緊急用デバイスがあることで、リスク回避をせずに、失敗と隣り合わせの状況を選んだりしてしまう傾向がある、と主張する人もいます。
ウィルダネスに危険はつきもの。緊急用デバイスを過信することなく、良し悪しを理解した上で使いこなすことが重要だ。
しかし、緊急通信の道具は、ハイカーやその家族に安心感を与える役目もあります。私がPCTをスルーハイクした2009年は、砂漠で脱水症状になってしまったハイカーが何人かいましたが、自分たちが持っていたデバイスを使って、ヘリコプターの救助を呼んでいました。
ハイカーが転倒したり、身動きがとれなくなったり、足を骨折したりした場合、捜索救助デバイスを持っているかどうかが、生死の分けることもあります。この3年間で捜索救助のデバイスは進化していて、今はデバイスを使って救助チームとテキストでやりとりできるようになっています。
結果、ハイカーは具体的にどんな助けが必要かを説明できるようになりました。これによって、事態に合わせた適切なスキルと道具を持ったチームが、救助にあたることが可能になったのです。
緊急用デバイスによって、レスキューチームとの細かなやりとりも可能になった。
双方向のテキスト送受信が可能な衛星メッセンジャーは、単なる優れた緊急デバイスであるだけでなく、スルーハイク中に家族や友人と連絡を取り合う上でも便利な道具です。
以前、シエラ・ハイ・ルートをスルーハイクした時、私と一緒にいたハイキングパートナーは、テキスト通信機能を使って仕事のやりとりをしていました。また別のときには、テキスト通信で事前にレストランにハンバーガーを注文しおいて、町に到着した時にちょうど出してもらうようにしたこともありました。
また、私がパシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT ※2) をスルーハイクした時、私のハイキングパートナーは、衛星メッセンジャーを使って彼女の夫と連絡を取り合っていました。
今やスマートフォンはもちろん緊急用のデバイスも、スルーハイカーの必需品となった。
双方向のテキスト機能があるデバイスのおかげで、(仕事の電話のためにオフィスを離れられないということはなく) ハイキングの旅に出かけられる人が増えました。また、このデバイスを使うと、ハイカーが感じる孤独感や、ホームシックの気持ちが軽減されるため、スルーハイカーの途中リタイアを防ぐことにも役立ちます。
しかしもっとも重要なことは、これらのデバイスによって、ハイキングが安全なことだと感じる人 (あるいは、安心してそのハイカーをハイキングに送り出せる家族)を増やしているということです。これらすべてのことから、双方向メッセンジャーは、スルーハイカーの数を増やしているひとつの要因だと言えるでしょう。
※2 パシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT) :正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trail。
「Beyond the PCT」として、CDTの人気が高まってきた理由。
PCTの人気はどんどん高くなっています。そしてPCTを満喫したハイカーのなかには、今度は別のロングトレイルを歩きたいと思うハイカーも出てきます。
PCTを気に入った人たちは、次にCDTを選ぶのが一般的です。PCTとCDTはどちらも開けた眺望があり、西海岸の気候で、さまざまな種類の自然環境のなかを旅することができます。PCTが好きな人たちは「ATには眺望がない」という冗談をよく言うのですが、実際PCTのスルーハイカーが次にATを歩くことにした、という話はめったに聞きません。
2016年に、PCTA (※3) はメキシコ国境からスタートできる1日あたりの人数を制限するルールを導入しました。これを「PCTだけでなくCDTも選択肢にしてください」というメッセージと捉えたハイカーもいました。ちなみにCDTは、パーミットも必要なく、スタートできるハイカーの人数制限もありません。
CDTを旅する際、これまではルートナビゲーションが高いハードルとなっていました。CDTは、いまだトレイルがすべては完成しておらず、道標も少なく、ルートが複数あります。しかしCDTのGuthookアプリの登場によって、そのハードルが下がりました。
2019年には、CDTはそれまでよりもスルーハイキングしやすいトレイルになりました。なぜかというと、その前年の2018年にCDTを管理・運営している団体が、多大な労力を費やしてトレイル全線にわたって道標や目印をつけてくれたのです。
「Embrace the Brutality (野蛮さを喜んで受け入れよう)」というキャッチコピーが裏で付けられていたCDTも、今では以前より多少は歩きやすくなったのです。
※3 PCTA:パシフィック・クレスト・トレイル・アソシエーション。PCTの管理・運営団体。
昔に比べてCDTはかなり歩きやすくなり、スルーハイクするハイカーが増加。
地図や衛星通信におけるテクノロジーの進化は、オフトレイルの旅の可能性も広げた。
CDTを過去に歩いたことがあるハイカーや、よりワイルドなハイキングを求めるハイカーにとっては、自分で作ったルートを歩くことも、これまでよりも簡単にできるようになりました。
オフトレイルを歩く旅は上級者や熟練したハイカーには魅力的ですが、実験的なルートで旅をしようとする人はとても少数です。しかし、そういったルートの旅がより簡単になったのは、地図とナビゲーションのテクノロジーによるものです。
インターネットを利用して、新しいトレイルを開拓する機会も増えた。
今では、自分でルートを描くのも、地図情報はすべてインターネットで入手できるので、詳細な地形が載った紙地図を用意する必要もありません。
Google Earthと衛星技術を使えば、地形図上には表示されないような小さな崖や滝などといった、ハイカーにとって障害となるような場所を拡大して見ることができます。
他の人が作成したルートのGPXファイルを、インターネット上で簡単に共有することもできます。またハイカーは自分で新しいルートのマップ情報を作成して販売することもできます。新しいルートの情報を知る上でまずは手にとっていたガイドブックは、いまは必ずしも必要なものではないのです。
最近は、トレイルがはっきりしていないルートを歩くハイカーも多い。
最後にもうひとつ。SOS緊急ボタン付きの双方向衛星技術は、(少なくともアメリカでは) 新しいルートを冒険するリスクの一部を (すべてではありませんが) 取り除いてくれました。
ロワー48 (アラスカとハワイを除く48州) には、道路から37mile (59km) 以上離れた原生地域は存在しません。しかし救助は、難易度が高く、費用もかかり、また大規模なチームを必要とするものです。いまはその救助チームに、即座に助けを求めることができるようになったのです。
COVID-19の今、私が思うこと。
2020年3月、トレイル沿いにある田舎町へのCOVID-19の感染拡大を防ぐために、多くのトレイル団体が、スルーハイカーがトレイルを歩かないように要請を出しました。
世界は今、地球規模の不況にあるように思われます。このパンデミックは、多くのスルーハイカーを一瞬でストップさせました。いつ、人々が再びトレイルを安全に旅できるようになるかはわかりません。
世界的な不況がつづくことで、スルーハイクのための資金を貯めることが困難になり、ハイカーの数はさらに減ってしまうかもしれません。
スルーハイクの今後に関しては多くのことが未知数です。ハイカーの数は果たして増えつづけるのでしょうか?
ひとつだけ確かなことは、スルーハイキングも、山も、ロングトレイルも、私たちが再び自由に歩き旅ができるようになった時、必ずそこにあるということです。
今しばらくはSTAY HOMEの時期。自然や山が逃げることはありません。収束したらまた旅に出ましょう。
リズが今回レポートしてくれたように、この10年でテクノロジーによって私たちの旅の可能性は大きく広がりました。
新型コロナウイルスの蔓延は、そのようなあたり前と思っていた、旅ができることのありがたさ、旅ができる前提となっていた環境を見つめ直す時間ともなりました。
今回の記事で最後にリズが書いてくれた言葉は、旅を愛する世界中のハイカーにとって共通の思いです。トレイルや自然は間違いなくずっとそこにあります。またハイキングできる日を楽しみに待ちましょう。Happy Trails!
TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。
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(英語の原文は次ページに掲載しています)
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