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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#27 / 海外ロングトレイルの定番アプリ「Guthook」開発者インタビュー (後編)

2020.07.03
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(English follows after this page.)

文:リズ・トーマス 写真:ライアン・リン 訳・構成:TRAILS

「Guthook App」(ガットフック・アプリ) のGPS地図アプリの登場とその普及は、この10年のあいだで、アメリカをはじめとしてロング・ディスタンス・ハイキングの方法を変えた大きな出来事のひとつです。

本邦初公開のGuthookの開発者インタビューでは、前編でアプリ開発の経緯を中心に話を聞きました。

今回の後編では、ロング・ディスタンス・ハイカーにとって、地図とコンパスに加えて「Guthook」アプリがMUSTアイテムとなっていった背景と、Guthookの未来について聞いてみました。

PCTの人気を一気に押し上げた『Wild』の影響と、「Guthook」アプリの普及がどのような関係にあるのか。「Guthook」は、開発においてハイカーのリアルなニーズをどのように掴んでいるのか。

現在のアメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのシーンがどのように形成されたのかといったことや、またハイカーとアプリとの関係を考える上でも、とても興味深い内容になっています。

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いまやスルーハイカーにとって、スマホと「Guthook」アプリはMUSTアイテムとなっている。


「Guthook」アプリの登場によってスルーハイカーが増えた?


—— リズ:スルーハイキングの人気急増に、『Wild』(※1) と『Instagram』がどれくらい影響をおよぼしたと思いますか? また、どちらがあなたのビジネスの成長につながりましたか?

ガットフック:スルーハイキングが人気になったのは、間違いなく『Wild』とInstagramの影響です。また、アプリをリリースした時期 (※2) はとても良いタイミングで、『Wild』の追い風に乗ることができてラッキーでした。

※1 Wild (ワイルド) :シェリル・ストレイドによる、PCTを舞台にしたベストセラー書籍『Wild』。2014年に映画化され (邦題は「わたしに会うまでの1600キロ」) 、PCTの知名度が一気に上がった。

※2 Guthook Appのファーストプロダクトは、2012年にリリースしたPCT (iOS版) だった。

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PCTを舞台にしたベストセラー書籍『Wild』。

—— リズ:『Outside』 (※3) や『Guardian』(※4) の記事で、Guthookアプリのおかげでスルーハイキングの人気が高まっていると書かれていましたが、それについてはどう考えていますか?

ガットフック:私たちのアプリの影響で、多くの人がハイキングするようになったとは考えづらいですよね。

このアプリを見て「ロング・ディスタンス・ハイキングっていいね、やってみようかな」と言う人はいないでしょう。

Guthookアプリによって最近ロング・ディスタンス・ハイカーが増えたという話は、現実に即しているわけではありません。

たしかに、人々がトレイルに行くのをこのアプリが後押しした、とは言えると思います。でも、『Wild』を有名にしたTV番組の「オプラズ・ブック・クラブ (※5)」のような影響力はまったく持っていません。

※3 Outside (アウトサイド):1977年創刊のアメリカを代表するアウトドア雑誌。もともとはアウトドアに特化した内容だったが、徐々に領域が広がり、現在は旅行、スポーツ、健康、フィットネス、環境、スタイル、文化など、多岐にわたる。

※4 Guardian (ガーディアン):『The Guardian』はイギリスの新聞だが、ここではそのアメリカ版 (オンライン) のことを指している。

※5 オプラズ・ブック・クラブ (Oprah’s Book Club):アメリカの人気タレント、オプラ・ウィンフリーが、彼女の番組「オプラ・ウィンフリー・ショー (The Oprah Winfrey Show)」の中で始めた、おすすめ本コーナーのこと。

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オプラズ・ブック・クラブのウェブサイトでの書評。(http://www.oprah.com/book/より)

—— リズ:アプリは良くないとか、スルーハイカーは地図とコンパスだけを使うべきだと言う人もいます。でも、あなたは当初から、アプリに加えて地図とコンパスを携帯すべきだと強く推奨してきましたよね。

ガットフック:はい、そうです。当初から地図とコンパスとの併用が重要だと考えていて、ホームページにも明記しています。

—— リズ:アプリがハイキングに悪影響を与えている、と言ってくるソーシャルメディアやメールでの質問や反対意見に、あなたはどう対応していますか?

ガットフック:インターネットはそういうものですよね。人生は短いので、そういったことに怒っている人の意見にあまり悩まされることはありません。

私は人々からのフィードバックをきちんと受け止めますし、議論することも好きです。でも、暴言を吐くことには興味がありません。

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一番最初にリリースしたPCTのアプリのアイコン。

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PCTのAndroid版 (1st Edition)。


ハイキング専用アプリの会社での働き方


—— リズ:ハイキング専用アプリの会社で働きながら、あなたは普段どのように過ごしているのですか? 実際にハイキングをしていますか? また季節による違いはありますか?

ガットフック:特に今は新型コロナウイルスの影響で、1日9~10時間はパソコンの前でプログラミングをしたり、メールに返信したりしています。

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ガットフックはもちろん、同僚でありCOO (最高執行責任者) のアリスも、プログラミングを手がけている。

アプリを改善したり、データ管理システムの改善に取り組んだりしています。また現在トレイルを歩いている人もいるので、その人たちのために技術的なサポートが必要な問題に対処したりしています。くわえて、何か新しいことができないかと考えています。

特にここ数カ月は仕事を分業化したので、私は基本的には100%プログラミングに専念しています。他の多くのことは、共同経営者であるポールとアリスに任せています。

また従業員も数人います。顧客対応できるスタッフがいるおかげで、私はユーザーの技術サポートをする時間を減らして、プログラミングをする時間を増やしています。最近では、週末は普通の人と同じようにハイキングをしていますよ。

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今では、数多くのロングトレイルのアプリがリリースされている。

—— リズ:ガットフック・アプリの開発には、季節的なサイクルがあるのでしょうか? それは新型コロナウイルスの前にもありましたか?

ガットフック:ハイカーがトレイルを歩いている間にアプリの内容をあまり変更したくなかったので、夏はコーディングのペースを落としていました。しかし南半球やフロリダ、アーカンソー、アラバマなど、アプリ内のトレイルが増えるにつれ、結局は季節による仕事の違いはなくなってきましたね。


ハイカーとのリアルな交流も大事にするアプリ会社


—— リズ:あなたは、「PCT Days」(※6) やダマスカスで開催されるAT (アパラチアン・トレイル) の「Trail Days」(※7) のようなトレイルコミュニティの大きなイベントに必ず参加していますよね。ハイカーと会うことは、あなたにとってどのような意味があるのですか?

ガットフック:自分の普段の楽しみのひとつです。イベントで私たちは、技術サポートを多くのハイカーに対面で行なっています。

「PCT Days」での最初の1〜2回は、ほとんどの時間「私たちが誰か知っていますか? と聞いてばかりでした。

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イベントでは、ハイカーと直接話し、リアルなニーズを収集することを大事にしている (右端がガットフック)。

その後、初めて「Trail Days」にブースを出したときは、予想以上に多くの人が集まってきました。私たちはアプリの説明をたくさんしなければいけないと思っていたのですが、多くの人が私たちのことをすでに知ってくれていたのです。

今では、こういったイベントに参加して、ハイカーからフィードバックをもらったり、アイデアを聞いたりしています。

※6 Trail Days (トレイルデイズ):毎年5月に、AT (アパラチアン・トレイル) にあるバージニア州・ダマスカスで3日間にわたって開催されるイベント。アメリカ全土だけではなく世界中からロング・ディスタンス・ハイカーが集結する、アメリカ最大かつ世界規模といっても過言ではないハイカーの祭典。スルーハイカーが練り歩く、ハイカー・パレードが名物コンテンツ。

※7 PCT Days (パシフィック・クレスト・トレイル・デイズ):毎年8月に、PCT (パシフィック・クレスト・トレイル) にあるオレゴン州・カスケードロックスで3日間にわたって開催されるイベント。ゲームをしたり、プレゼンテーションを聴いたり、くじ引きでギアをゲットしたり、出展ブランドの新作ギアをチェックしたりと、さまざまなコンテンツがある。近年、徐々に規模が大きくなっているハイカーフェスティバル。

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オレゴン州・カスケードロックスで開催されている「PCT Days」。

—— リズ:アプリメーカーがトレイル・フェスティバルにブースを出すことはあまりないですよね。実物のモノを作っているわけではないアプリメーカーが、トレイルのイベントで存在感を発揮しているのがとても面白いですね。他の出展社は、バックパックやテントなどのギアを作っているメーカーばかりですからね。

ガットフック:私たちのようにスルーハイカーの仲間たちと密に連携しているアプリメーカーは、他にはあまりないと思います。

ハイカーと話したり、ぶらぶらしたり、おしゃべりしたり……他のアプリメーカーの多くは、おそらく、それを見て無駄な時間だと言っているのではないでしょうか。

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バージニア州・ダマスカスで開催されている「Trail Days」には、世界中からスルーハイカーが集結する。


「Guthook」の今後


—— リズ:人々はアプリが今後どうなっていくことを期待しているのでしょうか。

ガットフック:アプリ開発において大事なのは、アプリの一般的なユーザーよりも、自分たち自身の方がワクワクしていることです。

それが将来的にアプリを使っているユーザーに対しても、とても役立つものになっていくことを望んでいます。

私たちは今、アプリ内でより広いエリアの情報を表示できるようにしています。それによって1地点の「点」の情報だけではなく、マップ上の「面」の情報としては「このエリアは火事で閉鎖しています」といった情報を表示できるようになります。

また「このエリアは、グレート・スモーキーマウンテン国立公園です。この場所について知っておく必要がある情報があります」といった情報も表示できるようになります。

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現在の「Guthook」アプリも十分使いやすいが、さらにユーザビリティを上げようとしている。

以前は火事エリアの最初と最後に1つの地点情報を表示していました。しかし、私はその効果に満足していませんでした。

これは私にとって楽しく新しいチャレンジです。ユーザーにとって本当に役に立つ情報を、使いやすく提供するために、アプリ内の情報をどうやって配置するか。そういったことを本質的に理解する必要のある、これまでとは異なる技術的な挑戦なのです。

—— リズ:新型コロナウイルスは、これまでの夏とは異なる過ごし方をするという意味で、アウトドアで遊ぶことにについて、いろんな創造力が必要になりました。あなた自身は、なにか面白い旅をする予定はありますか?

ガットフック:夏のアウトドア・アクティビティについていうと、私は夏の間はずっとメイン州に滞在して、遊んでいます。

僕のガールフレンドが元シーカヤックガイドなので、彼女と一緒にカヤックをすることにハマっています。シーカヤックで一泊以上したことがないので、この夏の終わりにアカディア (北米東部大西洋岸) の近くで一週間のパドリング・トリップを計画しています。

私はメイン・アイランド・トレイル (シーカヤックのルート) という従来のロングトレイルとは異なるトレイルを探索しています。これは一般的なロング・デイスタンス・ハイキングのためのトレイルとは異なります。

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メイン州にあるCutler Coast Trail (カトラー・コースト・トレイル)は、ガットフックの地元のトレイルのひとつ。

メイン・アイランド・トレイルは、メイン州の海岸沿いにある、たくさんの島を、キャンプしながら旅する「ウォーター・トレイル」です。どのように移動するかは自分でルートを決めて、自分が好きなように旅を選ぶことができます。

スルーハイカーは、自分で特に自覚をせずに、すばらしいアイディアを思いつくことができます。私も久しぶりにこのような特別な体験をしました。

今はバックパッキングやロング・ディスタンス・ハイキングをして過ごしている時間は、そのほとんどは私にとってまったく新しいものではありません。それは古い友人のような存在なんです。その一方で、今、私は新しいことに挑戦していて、私にとってまったく新しい発見があるんです。

—— リズ:お時間をいただきありがとうございました。ガットフック・アプリがどのようにして誕生したのか、そしてあなたが冒険家からアプリ開発者になった経緯を知ることができて、とても面白かったです。

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ハイカーがリアルタイムで情報更新できるのも、「Guthook」アプリの特徴のひとつ。 (https://atlasguides.comより)

本邦初公開の「Guthook」アプリの開発者インタビュー、いかがでしたでしょうか。

まさに、ロング・ディスタンス・ハイカーによるロング・ディスタンス・ハイカーのためのアプリ、であることがまっすぐに伝わってくる内容でした。

今後、「Guthook」アプリがさらに進化していくなかで、ロング・ディスタンス・ハイキングという旅の体験がどのように変わっていくのでしょうか。今後もその動向をウォッチしていきたいと思います。

最後に、ガットフックも言っていますが、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅に出る際は、いざという時のことも考えてアプリだけではなく、地図とコンパスとの併用を徹底しましょう。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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Liz Thomas

Liz Thomas

2011年にアパラチアン・トレイルを女性の最速タイムで踏破した記録(当時)を持っていることで知られている。彼女はトリプルクラウンを達成しただけでなく、米国に15以上あるトレイルでのスルーハイクを経験し、今まで15,000マイル以上ものトレイルを歩いてきた。また、彼女はその経験をロング・ディスタンス・ハイキングのコミュ二ティに還元することにも熱心で、American Long Distance Hiking Assosication-West(ALDHA-West)のバイスプレジデンドも務めている。彼女がハイキングを本格的に始める前は、イエ-ル大学の森林環境学部で環境科学の修士課程を修了し、彼女が手がけた、ロング・ディスタンス・ハイキング・トレイルとその保護およびコミュニティに関するリサーチは、名誉あるDoris Duke Conservation Fellowshipの賞を受けた。スポンサーはAltra, Gossamer Gear, Probar, Vermont Darn Tough socks, Mountain Laurel Designs, Sawyer filters, Montbellで、アンバサダーとして活躍している。
http://www.eathomas.com/

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