LONG DISTANCE HIKER #04 深町和代 | 女性ひとりでJMTスルーハイキング
話・写真:深町和代 取材・構成:TRAILS
What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。
何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。
そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。
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第4回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、深町和代 (ふかまち かずよ) さん。
深町さんは、2011年にJMT (※1)、2013年にPCT (※2) をスルーハイクした。
もともとバックパッカーとして世界を旅していた彼女は、22歳の頃に南米を8カ月間ほど放浪した経験を持つ。
計画もなく、目的地もなく、当てもなく彷徨うことを好んで旅する彼女のスタイルは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいてもまったく揺らぐことがなかった。
深町さんは、初めてのJMT、初めてのスルーハイキングを、どう旅したのか。
※1 JMT:John Muir Trail (ジョン・ミューア・トレイル)。アメリカ西部のヨセミテ渓谷から米国本土最高峰のホイットニー山まで、シエラネバダ山脈を南北に貫く211mile (340㎞) のロングトレイル。ハイカー憧れのトレイルで、「自然保護の父」として名高いジョン・ミューアが名前の由来。
※2 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
南米の放浪旅を経て、JMTへ。
—— 根津:JMTをスルーハイクしたのが2011年。その当時、日本人で歩きに行く人なんてかなり少数だったよね。よく行こうと思ったね。
深町:「20代の前半に南米を放浪していたとき、パタゴニアのパイネ・サーキットを5日間歩いたんです。それが思いのほか良かった。
そのとき、短いスパンで目的を達成するよりも、山で長い時間を過ごすのがいいなぁと感じて。歩きながらいろいろ考えているうちに、舟田くん (※3) のスタイルとかがフィットするのかなと思って彼のサイトをチェックしてみたりして。
もともとはPCTに興味を抱いてたんです。それで2011年の5月になんとなくハイカーズデポに行ってみたら、今からだと時期的にJMTのほうがいいとなって。じゃあJMTにしよう! ってことで7月頭にスルーハイクしに行きました」
※3 舟田くん:舟田靖章。日本人初のトリプルクラウナー (アメリカ3大トレイルをスルーハイクした人のこと) であり、『LONG DISTANCE HIKER #03』にも登場してもらっている。
パイネ・サーキットでのハイキングが、ロング・ディスタンス・ハイキングのきっかけとなった。
—— 根津:JMTに行くと決めてから2カ月足らずで出発とは、スピード感が半端ないね。カズはLDHDとかで女性ハイカーから、よく準備のことやリスクヘッジに関する質問を受けてるけど、実際そこらへんはどうだったの?
深町:「行き当たりばったりですよ。準備できてないなかでの出発という感じで。まあいつもこんな感じではあるんですけど。フライト当日にハイカーズデポに寄って、ツエルトや浄水器とか、もろもろ足りないものを買ったくらいです」
出国直前に購入したツエルト。非常用ではなく、日々の宿泊用。ツエルトで寝泊まりするのは、人生初だった。
事前に情報がありすぎたら、もう答えあわせでしかない。
—— 根津:「あえて調べすぎない」という人はいるけど、カズの場合は「まったく調べない」に近いね。よくそれで行ってなんとかなったね。
深町:「バックパッカー時代の経験が大きいですね。スペイン語もしゃべれないなか南米に8カ月間もいましたし。
最低限は調べますけど、結局は、本当に必要な情報は現地に行けば手に入るし、現地に行けば解決する。そういうものだと思っています。
もちろん南米の時も、最初はまっさらでも旅をしながら勉強はするから、スペイン語もそれなりにできるようになりました。現地で必要なことを身につけて、自分を旅に適応させていくのが楽しいんですよ。
ちなみに、JMTはパーミット (許可証) すら取らずに行きました。今でこそパーミット (許可証) は事前予約が当たり前ですが、当時は現地で取れたんです」
ヨセミテを走るシャトルバスにて。ここにあるビジターセンターでパーミットを取得した。
—— 根津:バックパッカー気質なんだね。過去にいろいろ経験しているから、そもそもわからないということに不安を抱かないし、現地でなんとかできると考えているわけだ。
深町:「だって、事前に情報がありすぎたら、もう答えあわせでしかないじゃないですか。
綿密に計画を立ててそれどおりに旅するだなんて、そんなスタンプラリーみたいなことをして何が楽しいんだろう? って。
まあ、JMTに雪あるよと言われていたものの、行ってみて『ウソやん、こんなに積もってるなんて聞いてない!』っていうのはありましたけど。でも、さっき自分を旅に適応させていくと言ったのと同じで、山に自分を合わせていきたいんですよ」
歩きはじめると、想像以上の積雪量にビックリ。深みにはまることもしばしば。
ほんと痛い目にたくさんあった。でも、そのヒリヒリ感が嫌いじゃない。
—— 根津:予期せぬハプニングやアクシデントがあるからこそ、旅らしくなるっていうのはあるよね。初めてのJMT、初めてのスルーハイクということもあり、未知のことがたくさんあったのでは?
深町:「まずトレイルに行く前に、カリフォルニアの街でクレジットカードをぜんぶ落として失くしました。
JMTを歩きはじめてからは、雪がかなり多くて深くてロストもしました。雪用の前足部に巻きつけるスパイク (※4) も失くしました。
雨もたくさん降ってすごく寒かったし、寝袋が薄めだったこともあって夜眠れなかったりしたり。
後半は、1日1峠という感じで、麓には雪はないけど峠にはあって、さらに毎日のように夕立もあったりしてしんどかった」
※4 雪用のスパイクに関しては、途中で町に寄ってより良いものを買い直している。
ミューア・パス (標高3,644m) にあるミューア・ハットにて。JMTのハイライトのひとつ。
—— 根津:ぜんぜん楽しそうじゃない (苦笑)。途中でやめても良さそうだけど、よく続けたね。
深町:「世界とか自然とかに、ちゃんと晒されたいんですよね。根っこの部分はバックパッカーに近いのかも。
アクシデントの半分くらいは自分のせいじゃん! みたいなのはあるんですよ。でもそういうのをくらって、ヒリヒリするのは嫌いじゃないし、悪くはないと思っていて。
かといってそれを楽しむって感じではないし、すごいしんどいから、とてもじゃないけど好きだなんて言えない。でも、結果的にそういう旅ばかりしてるんですよね」
しんどいことばかりで、修行僧のごとく孤独に歩きつづけていたが、決して嫌ではなかった。
—— 根津:そういえば、現地の映画製作のクルー (※4) とたまたま出会って、終盤は一緒に歩いてゴールしたんだよね。楽しい話あるじゃん。
深町:「でも、最初に『仲間に入らないか?』って声かけられたときは、断ったんですよ。
それまでずっと一人で修行僧のごとく歩いてきたんで、彼らのゆるくて楽しそうな雰囲気がちょっと違うというか、受け付けない感じで……。
※4 映画製作のクルー:JMTを舞台にしたドキュメンタリー映画『Mile… Mile & a Half』のクルー。深町さんは終盤、このクルーたちと一緒に過ごし、映画にも出演している。
でも後日また会ったとき、自分もゴールしたら乾杯くらいは誰かとしたいなと思ってたし、彼らの焚き火がすごく暖かそうだったので、仲間に入ることにしたんです。もちろん、ゴール後は街で乾杯しましたよ」
This is LONG DISTANCE HIKER.
『 世界や、自然に対して
ありのままの自分を晒す』深町さんは、最低限の準備や計画しかしないこともあり、かならずと言っていいほどアクシデントに見舞われる。
実は、2013年に彼女がPCTをスルーハイクしたとき、僕はトレイル上で彼女と出会っている。しばらく一緒に歩いたが、その際も「いややー」「しんどいわー」と口にしていた。それは本音なのだろうが、不思議とネガティブな印象がない。かと言って決して楽しんでいるわけでもない。
彼女は「自分を晒す」と表現していたが、それはあたかもスルーハイキングを通じて、「生きている」ことを実感しているかのようだった。
今どき珍しい、すごく真っ直ぐでピュアなロング・ディスタンス・ハイカーだ。
根津貴央
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