TRAILS REPORT

LONG DISTANCE HIKER #03 舟田靖章 | 日本人初のトリプルクラウナー

2020.06.03
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話・写真:舟田靖章 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第3回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、舟田靖章 (ふなだ やすあき) くん。

舟田くんは、アメリカ3大トレイルをすべてスルーハイクした、日本人初のトリプルクラウナー (※1) だ。そしてMYOG (Make Your Own Gear) などUL (ウルトラライト) ハイキングのスタイルを、ロング・ディスタンス・トレイルにおいてかなり早い時期に実践したハイカーでもある。

TRAILSの連載記事TRAIL TALKにも登場してくれているので、ご存知の方も多いだろう。いわば日本を代表するハイカーでもあるのだが、アメリカのトレイルを歩く前は、週末登山をたしなむごく普通の会社員だった。

初めてのスルーハイクは、2009年のPCT (※2)。当時26歳だった舟田青年は、いかにして自分なりのロング・ディスタンス・ハイキングの考えと方法論を確立していったのだろうか。

※1 トリプルクラウナー:トリプルクラウン (アメリカ3大トレイル – アパラチアン・トレイル、パシフィック・クレスト・トレイル、コンチネンタル・ディバイド・トレイル – のこと)をスルーハイクしたハイカーを、トリプルクラウナーあるいはトリプルクラウンハイカーと呼ぶ。

※2 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

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PCTの北カリフォルニアで、カウボーイキャンプ (シェルターを用いずに宿泊するスタイル) を楽しむ。



初めての海外、初めてのロングトレイルは、自分にとっては大冒険だった。



—— 根津:舟田くんは、日本人初のトリプルクラウナーではあるんだけど、最初は何千kmものロングトレイルを歩くなんて思ってもみなかったんだよね?

舟田:「もともと『遊歩大全』 (※3) を読んだのがきっかけで、アメリカのバックパッキングに憧れるようになりました。その後、何かのきっかけで日色さんのブログ (※4) を見つけてPCTを知って。メキシコ国境からカナダ国境まで歩くだなんて、もう超人としか思えず、ぜんぜん想像がつきませんでした。

※3 遊歩大全:原題『The Complete Walker』。コリン・フレッチャーによる、アメリカのバックパッキングの指南書。邦訳は芦沢一洋。バックパッカーのバイブルとしても名高い。

※4 日色さんのブログ:日本人初のPCTスルーハイカーであり、『LONG DISTANCE HIKER #01』にも登場してもらった日色健人 (ひいろ たけと) さんのブログ。これをきっかけにPCTを知った人や、アメリカの観光ビザ (B-2ビザ) の取得方法を学んだハイカーも多い。日本のロング・ディスタンス・ハイカーに多大な影響を与えたブログでもある。
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シュガーパイン (サトウマツ) の巨大なまつぼっくり。PCTにて。

—— 根津:僕からしたら「あなたも超人です」と言いたくなるけど、舟田くんも、最初はスルーハイカーは超人だと思ってたんだね (笑)。でも、そこから同じ道を歩むことになる。何かターニングポイントがあった?

舟田:「当時はコリン・フレッチャーのような大きいバックパックを背負っていたのですが、ちょっとしたケガをきっかけに荷物を軽くすることに興味が出ててきたんです。

それでレイ・ジャーディンの『Beyond Backpacking』 (※5) を読んで、半信半疑ながらも荷物を減らしてみたら、肉体的にもぜんぜん負荷が少なくて。それで長距離を歩くことが現実的に思えてきたんです。

※5 Beyond Backpacking:2000年に出版されたレイ・ジャーディン独自のライトウェイトでシンプルなバックパッキングの方法論を説いた本。1992年の初版は『PCT Hiker Handbook』、2008年に『Trail Life』に改題された。

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PCTのオレゴン州にあるスリー・フィンガード・ジャックと呼ばれる岩壁に向かって歩く。

結果、2009年に会社を辞めてPCTをスルーハイクしに行きました。当時26歳だったんですけど、何かチャレンジしてみたかったというのが大きかったですね。

ただ、初めての海外でいきなりメキシコ国境に立っているわけですから、自分でも信じられないというか、大冒険という感じでした」



とにかく僕は、歩くのが本当に好きなんだなぁと思った。



—— 根津:大冒険だったPCTを歩き終えると、すぐさま翌年にCDT (※6)、その翌年にはAT (※7) と、3年でアメリカ3大トレイルを歩ききりました。日本人初のトリプルクラウナーというのを意識していた?

舟田:「3本目のATを歩く時に、これでトリプルクラウンを歩き終えるんだなと思った程度です。

アメリカではごく普通に3本歩いている人もいれば、1年で3本歩いた人もいる。競うことなく楽しそうに歩いている人がたくさんいるわけで、そのなかで日本人初とかいうのは、すごく小さい話だなと思うんです」

※6 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイ・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

※7 AT:Appalachian Trail (アパラチアン・トレイル)。アメリカ東部、ジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ、2,180mile (3,500km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

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CDTをスルーハイクした時に出会った仲間たち。

—— 根津:トリプルクラウナーとか何かを目指していたわけではなく、気づいたら3本歩いていたという感じ?

舟田:「PCTを歩きだして1カ月ほど過ぎたあたりから、自分は本当に歩くのが好きなんだなぁと思いました。もう歩きだしたら止まらないタイプですね。

PCTを歩きに行った時は、その後のことを何も考えていなかったのですが、終わってみたら歩き足りなくて。次にCDTを歩き終えても、まだ歩きたい。それで歩く以外にやること思いつかなくてATに行ってしまいました (笑)」

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CDTを、自作のバックパックを背負って軽快に歩く。

—— 根津:ATを歩いて、ようやく歩き足りた、満足したと。

舟田:「スルーハイクをしていると、自分の力で衣食住を背負ってなんでもやっている気になるんですよね。でもATを歩いている過程で、それがすごい思い上がりということがわかってきて。

たとえば、食料はお金で買うわけですけど、それは貨幣経済があるから交換できるわけです。ヒッチハイクするためには道路が必要。トレイルを歩けるのもトレイル整備をしてくれる人がいるから。地図をつくっている人もいれば、トレイルエンジェルもいて……いろんな意味で、自分にできないことの方が目についてくるんです。

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ヒッチハイクを成功させるべく、とにかく目立とうとする仲間のハイカー。

自分なりに生活の実験をしていたのですが、これ以上やっても完成することはないと思いました」

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ATのゴール地点であるカタディン山の山頂にて。アメリカ3大トレイルを踏破し、トリプルクラウナーになった。



トレイル上で生活を組み立てる感覚。



—— 根津:アメリカ3大トレイルをスルーハイクしたトリプルクラウナーであることに注目されがちだけど、それはひとつの結果でしかない。歩いている過程、そこでの生活にこそ、舟田くんのユニークなところというか、舟田くんらしさが、顕著に現れていると思います。

舟田:「日本で週末だけ山に行ってた時は、非日常のトリップだったんですけど、それがPCTでは半年間つづくわけで、おのずと日常生活になっていきました。

自分の責任で、自分の背負っている道具でなんでもやりくりしないといけない。自分の生活を組み立てるというか、生活の実験という感覚でした」

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レイ・ジャーディンがデザインを公開しているタープを、自作して持っていった。

—— 根津:舟田くんはかなり早い時期にULを、本場のロング・ディスタンス・トレイルで実践したハイカーでもあります。タープやバックパックをはじめ、さまざまなギアをMYOG (Make Your Own Gear) しています。それも新たに生活を組み立てることにおいて重要だった?

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自分が使いやすいように、機能を絞り、シンプルにした自作バックパック。

舟田:「そうですね。大学で哲学を専攻したこともあり、ものごとの根本原理をちゃんと考えたいと思うタイプで。オリジンから遡りたいという欲求があるんです。

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化繊棉 (かせんわた) を使用した自作の防寒着。

もちろん既存のものでやりくりはできるんですが、やるからには知りたいという衝動があって、それで自作しています。自分の意思がカラダだけじゃなくて、道具にまで浸透させられるというか、そんな感覚があるんです」

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現在、舟田くんは茨城県石岡市にある「暮らしの実験室 やさと農場」で、ほぼ自給自足の生活を送っている。今もなお、生活の実験をつづけているのだ。



This is LONG DISTANCE HIKER.




『 ロングトレイルは
  生活の実験の場 』

2014年にTRAILSがインタビューをしたとき、ロング・ディスタンス・ハイキングでのトレイルライフを、舟田くんは「生活の実験」(※8) と表現した。これはまさにロングトレイルの旅の本質を表現する言葉である。

舟田くんは「トレイル上で新たな生活を組み立てる」ことを試みた。トレイルの上で何カ月もつづけられるような生活をつくるべく、歩き方や過ごし方、食事、ギアの自作をはじめ、あらゆる面で実験を行ない、自分なりの答えを見出そうとした。その旅は、哲学を学んでいた舟田くんならではの、物事の本質を探求せずにはいられないアティテュードに溢れていた。

ロング・ティスタンス・ハイキングを、冒険や旅という地平からさらに進んで「生活の実験」と表現した舟田くんは、正真正銘のロング・ディスタンス・ハイカーとしか言いようがない。

根津貴央 


※8 生活の実験:ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて、この言葉を使いはじめたのは舟田くんだった。この彼の考え方、スタンスを、家族版として昇華させたのがTRAILSの佐井夫妻だった。夫妻のファミリーハイキングのコンセプトにも大きな影響をおよぼしている。

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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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