LONG DISTANCE HIKER #16 増田純子 | ロング・ディスタンス・ハイキングを毎年続ける生活
話・写真:増田純子 取材・構成:TRAILS
What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。
何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。
そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。
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第16回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、増田純子 (ますだ じゅんこ) a.k.a. Juneさん。
純子さんは、2006年にカミーノ・デ・サンティアゴ (※1)、2009年にJMT (※2)、2012年にPCT (※3) をスルーハイキングし、2014年以降は毎年のようにCDT (※4) をセクションハイキングしているハイカーだ。
昨年に関しては、CDTだけではなくAT (※5) のセクションも歩き、さらに年末から2023年の2月末にかけてはニュージーランドのテ・アラロア (※6) の南島も歩いた。
とにかく歩きまくっているロング・ディスタンス・ハイカーである純子さんに、なぜそこまで歩いているのかを聞いた。
JMTのスルーハイキングが楽しすぎて、もっと長く続けられるPCTへ。
—— 根津:つい先日テ・アラロアの南島を歩き切って帰国したばかりですね。毎年のようにどこかのトレイルを歩いていますが、そもそもロング・ディスタンス・ハイキングのきっかけは何だったんですか?
増田:「20代前半に時間さえあれば海外旅行に出かけていたんですが、そんななかで2004年にカミーノ・デ・サンティアゴという巡礼道がスペインにあることを知ったんです。それで歩いてみたくなったんです」
—— 根津:また突然ですね。何があったんですか?
増田:「何かあったんだろうけど、ぜんぜん思いだせない (笑)。でも、5週間くらいかけて歩いて、ハッ!と思ったんです。私、歩くの好きなんだって」
—— 根津:それで次にJMTに興味を持ったわけですか。
増田:「いやそれが実は、スペインから帰国して次はATだ! って思ってたんです。アメリカにもよく行っていたこともあって、ATは知ってたんですよね。当時PCTは知りませんでした。それでATを歩く準備として、日本の山を歩くようになったんです」
—— 根津:でも、結局ATには行きませんでした。
増田:「日本の山を歩いていて、もうちょっと荷物を軽くしたいなぁと思ってたんです。それでいろいろ調べていたら、オープンしたばかりのハイカーズデポがでてきて、それでデポに行ったのが運命の出会いでしたね。土屋さんにAT行きたいです! でも人が多いのは好きじゃないです! って相談してたら、じゃあ試しにJMT行ってみれば? って勧められて、はい! って言ってJMTをスルーハイキングしに行きました。それが2009年です」
—— 根津:さらに3年後の2012年にはPCTをスルーハイキングしました。JMTでは物足りないという感じだったんですか?
増田:「JMTをゆっくり3週間かけて歩いたんですが、正直、もう終わっちゃうのかぁって思ったんです。帰りたくありませんでした。JMTは本当にキレイで美しくて、人生初の感動! って思うくらいだったんです。PCTだったら、こんな美しい光景がずっと続くのか、いいなぁと。そんな浅はかな考えで歩きに行きました (笑)」
キレイな景色を「キレイだねぇ」って言い合いながら二人で旅するのが楽しい。
—— 根津:2012年にPCTを歩いたあと、2014年からは毎年のようにCDTをセクションハイキングしています。何が純子さんをロング・ディスタンス・ハイキングに駆り立てているんですか?
増田:「元々は、実家に住んでいたこともあって、ひとりになりたくて歩きに行ってたんですよね。
あとは、旅行に行くとお金がかかるけど、山なら交通費とテント泊代くらい。食料は家から何か持って行くことが多かったですし。
安価で長く楽しめて、かつひとりになれる場所を探してハイキングしていました。地図を見て道を繋げるとどんどん長くできますし。そう言えば、2006年くらいに四国のお遍路もぜんぶ歩きましたね」
—— 根津:でも2012年にPCTでマット (のちのパートナー) と出会ってからは、いつも一緒に歩くようになりました。もうひとりになりにいくわけではないですよね。今は何が楽しいんですか?
増田:「正直に言うと楽しくないかも (笑)。だってハイキングってしんどいこともあるじゃないですか。私は高いところから稜線を見たり、山並みを見たりするのが好きなんですけど、特に日本の山は山の上までいくのがしんどくて」
—— 根津:いやいや、毎年楽しそうに歩いているじゃないですか。去年も春から夏にかけてはATとCDTをセクションハイキングしてましたし。
増田:「歳をとってきたこともあって場所を選ぶようにはなりました。ATは標高が低いのに、花がすごくキレイで超楽しかったです。鳥が多かったのも良かった。テントで朝を迎えて、鳥のさえずりで目が覚めるんです。で、起きて歩きはじめると花がいっぱい咲いている。そんな生活って幸せですよね」
—— 根津:マットと二人で歩くというのは、ひとりのときとは違いますか?
増田:「すごくキレイな景色を見て、キレイだねぇって言い合える人がいるのはいいなと思いました。何事もシェアする楽しみがありますよね。一日歩き終えてテントに入ったときも、二人のほうが1日を振り返っていろいろ話せるし、明日の予定も相談できる。そういうのはひとりよりも断然楽しいですね」
歩くのはタダだし、とにかく気軽。だから、ついつい歩いてしまう。
—— 根津:今後、歩きたいトレイルはあるんですか?
増田:「CDTは継続して歩きつづけるつもりで、今年残りを歩き切れたらと思っています。あとは、昨年友人が歩いていて興味を持ったのが、イギリスのCOAST TO COAST。距離は約300kmです。1,000kmを超えると大変なので、今はこのくらいがちょうどいいかなと思っています」
—— 根津:パッと答えが返ってくる感じからしても、やっぱり歩くのは好きなんですね。
増田:「そうなのかなぁ。でも、マットと『次、どこのトレイル行く?』みたいな話をちゃんとすることはなくて。マットは計画を立てるタイプじゃないし、私は面倒くさがりだから、いつも、ここに行ってみよっかーっていうノリで決める感じなんです」
—— 根津:毎年きっちり計画を立てているのかと思ってました。
増田:「やっぱり歩くっていうのは、気軽なところがいいじゃないですか。自分のカラダさえあればさっと行ける。
私たちは5年前に東京の多摩エリアにある羽村市に引っ越してきたんです。目の前が多摩川の土手で、そこから羽田空港までが54km。コロナの時期に遠くに行けないから、二人で歩いてみたんですよね。羽田まで行って飛行機見て、蒲田あたりに1泊して、翌日また歩いて帰ってきました」
—— 根津:歩くのめちゃくちゃ好きじゃないですか。
増田:「歩くのはタダだし、二人とも暇だからだよ (笑)」
This is LONG DISTANCE HIKER.
『 歩き旅の日常化 』
国内外のトレイルを毎年のように歩きに行くハイカーはたくさんいるが、純子さんほど普段からロング・ディスタンス・ハイキングを実践している人を、僕は知らない。
純子さんは、毎年海外のロングトレイルを歩きに行っている。アメリカを中心にスペイン、ニュージーランドなど、さまざまなタイプのトレイルを歩く。そして日本のトレイルもよく歩く。「歩くのはタダだから」と彼女は言うが、長く歩くことが好きで、日常的に歩き旅がつねに彼女の頭のなかにあるのだ。純子さんにとっては、道があれば、そこがロング・ディスタンス・ハイキングのフィールドになるのだ。
それぞれのロングトレイルでしか見られない景色や、味わえない経験はある。でも純子さんは、それ以上に、歩くという行為を純粋に楽しんでいるように思えた。
根津貴央
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