TRAILS REPORT

LONG DISTANCE HIKER #05 鈴木拓海 | 4回のスルーハイキングで見つけた旅の価値

2020.09.18
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話・写真:鈴木拓海 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第5回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、鈴木拓海 (すずき たくみ) くん。

拓海くんは、ハイキング、スケートボード、釣りなど、ジャンルにとらわれずに楽しいと思うことにまっすぐに向かって行く、独特のフランクな雰囲気を持ったハイカーだ。

13歳からスケートボードを始め、学生時代に仲のいい先輩スケーターがUL (ウルトラライト) ハイキングに興味を抱き、それがきっかけで大学3年 (2011年) から山を歩くようになった。

その後、2012年、2014年とJMT (※1) を2回スルーハイクし、2016年にはPCT (※2)、さらに2019年にはCDT (※3) をスルーハイクしている。

4回のスルーハイクを通じて、拓海くんがたどりついたロング・ディスタンス・ハイキングのスタイルとは?

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人生初のスルーハイキングは、2012年のJMTだった。


大学4年の時、最後の夏休みだと思って、アメリカのトレイルへ。


—— 根津:ロング・ディスタンス・ハイキングのきっかけは、2012年のJMTだと思うんだけど、そもそもなぜスルーハイクをしようと思ったの?

鈴木:「当時大学4年の時で、もう人生最後の夏休みだと思っていたんです。それでどこか旅に出ようと。

山のきっかけは、完全に道具。スケーターの先輩の影響でウルトラライト (UL) に興味を持って、寺澤さんの『山より道具』 (※4) のブログを読んだり、当時オープンしたばかりだった三鷹のハイカーズデポに行くようになったんです。それでデポの土屋さんからJMTのこととか、アメリカのハイキングカルチャーの話を聞いてはいて。

もともとスケートしにアメリカに遊びに行ったりしてたんでアメリカには興味がありました。2週間くらいだし、旅行の延長でじゃあ行ってきまーすという感じで出発しました」

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人生初のJMTは、手探り状態のことばかりで、サバイバル感が強かったという。

—— 根津:翌年には、JMTとPCTのセクションハイキングをして、さらに翌年には、2度目のJMTスルーハイキング。3年連続でアメリカのトレイルを歩きに行ってるけど、1回目でもうどハマりした?

鈴木:「いやぜんぜんそんなことはなくて。JMTをスルーハイクすることはできたんですが、体力的には大丈夫だったものの、精神的にはかなり疲れていて。

風呂は入れないし、水を飲むにも浄水しないといけないから面倒だし、夜は怖いしで、ゴールした時にはもう二度と歩くもんかと思っていました」

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2014年にJMTをスルーハイクした際のギア。

—— 根津:それでなぜまた歩きに行こうと?

鈴木:「大学卒業後に専門学校に行くことになって、また夏休みができたんですよね。そのときはセクションハイキングをして。その後、働き始めてからも、また夏休みが取れたこともあって、JMTをスルーハイクしに行きました」


PCTでは、全員と笑顔で会話しないといけないという意識で疲弊した。


—— 根津:2016年に今度は半年にもおよぶPCTのスルーハイクに行ったわけだけど、アメリカのトレイルに3度通ってみて、ようやくもっと長い距離を歩きたいという欲求が芽生えてきたと。

鈴木:「いやそういうわけではなく、2〜3週間のセクションハイキングだと、旅行者に過ぎないっていう感覚があったんです。単なる旅行ではなく現地に住んでみたい、っていう思いが昔からあるんです。それが大きいですね」

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旅行者としてではなく、現地にどっぷり浸かって、ひとりでどこまでできるのかを試したい。そんな思いでPCTへ。

—— 根津:なんで、PCTを選んだの?

鈴木:「スケボーやってるんで、カリフォルニアとか西海岸の感じが好きなんです。人もやさしいですしね。JMTも歩けたし、その10倍ちょっとの距離なら、まあ行けないことはないのかなと思ってました。PCTに行くときは、すごくワクワクしていましたね」

—— 根津:じゃあ、PCTはかなり楽しかった?

鈴木:「それが途中まですごく疲弊していて。というのも、ハイカーが多かったというのもあるんですが、出会う人全員と笑顔で会話しないといけない、という意識が強かったんですよね。人を気にしすぎてしまって、これはオレが求めてるものじゃない! と。

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2016年のPCTはハイカーが多く、中盤まで周りの人に気をつかってばかりだった。

それで、オレゴンあたりからペースを落としてひとりになるようにしてから、ようやく気持ちよく歩けるようになりました」

—— 根津:このPCTの3年後にCDTを歩くことになるわけだけど、やはりオレゴンから気持ちよく歩けたのが大きかった? 歩く楽しさに気づけたというか。

鈴木:「歩くこと云々よりも、PCTで自分の価値観が形成されたんですよね。PCTの前半もそうだったように、それまでは周りばかり気にしてたけど、そうではなく、自分のしたいことが大事なんだと。自分が楽しいと思うこと、自分がワクワクすること、そいういう自分のなかの正義みたいなものを優先させていいんだなと」

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PCTの後半で、ようやく自分を取り戻し、歩くのが楽しくなってきた。


毎日歩きつづけることで、ポジティブになることができる。


—— 根津:自分がワクワクすることを優先させた結果が、スルーハイクになっているわけだね。

鈴木:「楽しいほうがいいじゃなくて、楽しくなきゃやる意味がないと思っているんです。周りのハイカーがどうしてるとか、ゴールがどうだとかは気にせずに、楽しいことをする。

去年のCDTでは、プロテインをとっていたんです。PCTのときはなんであんなに腹が減っていたのかと思って、その後に試行錯誤したんですよ。食べないとネガティブになる。反対にちゃんと食べて、ビタミン、ミネラル、プロテイン、カロリーをとってると、すごくポジティブになるし、人に対しても優しくなる。スルーハイクにおいて食べることが一番大事だなと」

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長くつづく稜線と絶景は、CDTでの思い出のひとつ。

—— 根津:それで、どんどん旅する距離や期間が長くなっているわけだ。

鈴木:「毎日歩くことの効能ってあると思っていて。スルーハイクって、運動量の多い日々を過ごすわけじゃないですか。なんか人間の脳の動きが普段と違うと思うんです。考え方もすごくポジティブになるし、くだらないことをウジウジと考えたりしなくなる。

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CDTでは、孤独な生活を思う存分楽しんだ。

それがセクションではなく、メキシコ〜カナダまでずっとつづけてみてようやくわかった歩くことの効能です。毎日歩くのは大変なことだけど、自分の思考をコントロールできるのは素晴らしいことだと実感しました」

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CDTは楽しすぎて、ゴールしてもまだまだ歩きつづけられそうだった。

—— 根津:あとはAT (※5) さえスルーハイクすれば、トリプルクラウナーになる。

鈴木:「たぶん歩かないですね。PCTやCDTより難しくないと、ワクワクしないし、出来レースになる。ATに行く理由がないんです」


This is LONG DISTANCE HIKER.



『 夏休みの遊びといえば
  スルーハイキング』
 
アメリカでのスルーハイキングを4回も経験しているなんて、かなり珍しい日本人だ。
 
トレイルへの憧れや挑戦欲があるのかと思いきや、そういう強い意志はなく、たいていは「夏休みだから」という感じで、すごく軽いノリで出かけているのが拓海くんらしい。
 
多くのハイカーは、1〜2回歩けば、自分なりのハイキングスタイルが固まってくるものだ。でも彼は違う。「楽しくなきゃやる意味がない」と言い、毎回ワクワクすることを求めて、行くたびにトライ&エラーを繰り返している。
 
次は、どこのトレイルで、どんなことをして楽しむのか。それは彼のみぞ知るのだろうが、きっとまた夏休みにふらっと歩きに行ってしまうのだろう。
 

根津貴央

 
※1 JMT:John Muir Trail (ジョン・ミューア・トレイル)。アメリカ西部のヨセミテ渓谷から米国本土最高峰のホイットニー山まで、シエラネバダ山脈を南北に貫く211mile (340㎞) のロングトレイル。ハイカー憧れのトレイルで、「自然保護の父」として名高いジョン・ミューアが名前の由来。
 
※2 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
 
※3 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイ・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
 
※4 山より道具:日本のULシーンに大きな影響を与えた寺澤英明さんのブログ。ゼロ年代に、海外通販でULギアを仕入れては試し、そのレビューを書いていた。
 
※5 AT:Appalachian Trail (アパラチアン・トレイル)。アメリカ東部、ジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ、2,180mile (3,500km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年、TRAILSに正式加入。2024年よりTRAILSのHIKING FELLOWに就任。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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