LONG DISTANCE HIKER #17 中井康博 | 未知への好奇心に誘われて歩き旅をつづけている
話・写真:中井康博 取材・構成:TRAILS
What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。
何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。
そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。
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第17回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、中井康博 (なかい やすひろ) a.k.a. Gazelle (ガゼル) くん。
中井くんは、2021年にPCT (※1)、2022年にCDT (※2) をスルーハイキングし、今なお次の歩き旅について妄想を膨らませているハイカーだ。
『LONG DISTANCE HIKERS DAY』(※3) にも、2022年にお客さんとして参加し、2023年4月のイベント開催の際は、スピーカーとして登壇してくれた。
香川育ちの中井くんは、20代はサーフィンに熱中し、20代の終わりにサーフィンのためにワーキングホリデーでオーストラリアに1年滞在した。そんな中井くんだが、2017年の四国お遍路 (※4) をきかっけに、今やフィールドが海から山に変わり、ロング・ディスタンス・ハイキングにどっぷりハマっている。
なにが彼をそこまで、ロング・ディスタンス・ハイキングへと駆り立てるのだろうか? その理由に迫ってみた。
少年時代から持ちつづけている、未知への好奇心。
—— 根津:最初の歩き旅は四国お遍路だったけど、サーファーだった中井くんがなぜ急に歩くことにしたの?
中井:「もともと旅が好きというのもあるんですが、香川育ちなんで、四国お遍路は小さい頃から知っていて身近なものではあったんですよね。ちょうど父が他界したのもきっかけとなって、じゃあちょっと挑戦してみようかなという感じでした」
—— 根津:さらにその4年後にはPCTをスルーハイキングしたわけだけど、それはどういう経緯なの?
中井:「四国お遍路は、33日間かけて1,260kmを歩いたんですけど、すごく楽しかったんです。もちろん1日1日を見たら大変なこともありましたけど、歩き終わってから、またいつかこういう歩き旅がしたいなと思いました。
ちょうど四国お遍路の準備で情報収集しているときに、海外のロングトレイルの存在を知ったんです。それで、四国お遍路を歩き終わってから、ロングトレイル関連の映画やブログをいろいろ見ているうちに、自分もやってみたいと思うようになりました。ただPCTに関しては、海外かつ山ということもあって、恐怖心というか緊張感はありましたね。でも、どんなことが起きるかな? っていうワクワクのほうが強かったです。
実はもともと2020年に行く予定でしたが、コロナで断念することになったんです。それで代替プランとして、神奈川からスタートして丹沢、八ヶ岳、北アルプスを経由して新潟にゴールするという歩き旅をしました。これでさらにロングトレイルへの熱が高まりましたね」
—— 根津:未知への好奇心みたいなものがあるんだね。
中井:「そうですね。それは子どもの頃からあったかもしれないですね。中学2年生の頃、当時ハーレーに憧れていたんです。
隣町にハーレーのショップがあって、急に思い立って、カタログを手に入れるためだけに通学用の自転車で20km近く走ったことがありました。
別に親にクルマで連れてってもらえば良かったんですけど、なぜか自転車で行きたくなったんですよね。行けるかどうかなんてわからなかったけど、ワクワクしてたのは覚えています」
ロング・ディスタンス・ハイキングを通じて、歩く行為が好きになった。
—— 根津:四国お遍路、PCTを経ても、中井くんの歩き旅はまだ終わらず、2022年にはCDTをスルーハイキングしました。
中井:「PCTは、最後まで緊張してた感じでした。なにがなんでもカナダの国境まで行くぞ! と肩に力が入っていたんですよね。正直、PCTを歩き終えたときは心身共に疲弊しきっていて、二度とこんな辛いことするもんか、と思っていたくらいです。
でも帰国してしばらくして、しんどかったのは肩に力が入っていたからじゃないかと思うようになって。もっと気楽に楽しく歩けばいいのではと思って、CDTに行くことにしました。CDTではゴールにとらわれず、時には釣りをしたりしてゆっくり楽しみながら旅をすることができました」
—— 根津:旅の欲求のベクトルが、サーフィンやほかの旅のスタイルではなく、ロング・ディスタンス・ハイキングなんだね。
中井:「たぶん歩く行為自体が好きなんだと思います。自然の中を歩くこと、何千kmを自分の足で歩くことにロマンを感じるんです。
お遍路のときもそうでした。それまで大して歩いてもいない人間が、1,260kmも歩けた。四国一周なんてクルマでも面倒くさいのに、やればできてしまうのです。
どんな困難な課題でも、あきらめずに一歩でも踏み出せば確実にゴールに近づく。このことを、ロング・ディスタンス・ハイキングで知ることができました」
—— 根津:歩く旅にハマってしまったと。
中井:「自分はバイクにも乗るんですけど、バイクで旅がしたいとは思わないんです。バイクという文明の力を使うのではなく、自分の足で、自分の体ひとつで旅がしたいんです。
バイクもそうですがクルマや電車も、目的地までの移動が手段になりがちだと感じているんです。でも、歩く旅はその道中での経験自体が旅で、それが目的である気がしています。
まあ実際のところ、なんで歩くことに魅力を感じているかは、自分でもよくわかってないですけど、とにかく歩きたいんですよね (笑)」
ガマンできないタイプなんで、行きたいなと思ったら行く。
—— 根津:今後のプランはあるの? またどこか歩きに行こうとしている?
中井:「PCT、CDTと、アメリカ3大トレイルのうちの2つを歩いたので、せっかくなら残りのAT (※5) もいつか歩きたいとは思っています」
—— 根津:なるほど。ただ、中井くんのことだから、ATを歩き終わっても歩き旅が終わらない気がする (笑)。
中井:「どうですかね。ただ、半年休むような歩き旅は難しいかなとは思っています。半年お金を貯めて半年旅してっていう生活は、ずっとできることではないですし。
あと、今の仕事も、もっと力を入れてやりたいというのもあります。もちろん、半年休んでいるからこそ、残り半年は人一倍頑張って仕事をしてはいるんですけどね。
いずれにしても、もしATを歩けたらそれで一区切りとは思っています。その後も、1〜2カ月の旅はするかもしれないですけどね」
—— 根津:AT以外で気になっているトレイルとか地域はあったりするの?
中井:「いまは特にないですかね。まあでも、行ったことないとこに行きたいという気持ちはあります。
あまり深くは考えず、行きたいと思ったら行くと思います。実際、四国お遍路が終わったときも、PCTが終わったときも、次の旅のことはまったく考えてなかったですから」
—— 根津:CDTも、きっかけはロング・ディスタンス・ハイカーの石丸隆司 a.k.a. TAKASHIくん (※6) だったんだよね。
中井:「そうです。2022年の頭に、その年にCDTを歩く石丸くんと話したときに、『中井くんも歩くでしょ?』って言われて、スイッチが入っちゃったんですよね。
自分はガマンできないタイプなんです。身近なことでいうと、知り合いにここのメシ美味かったよ! って言われると絶対食べに行くくらいで。行きたいけどやめておこう……とはならないんです。
だから、ATのあとはその時次第ですね (笑)」
This is LONG DISTANCE HIKER.
『 未知への好奇心 』
中井くんは、歩く行為に対して自覚的だ。自然の中を歩くこと、何千kmを自分の足で歩くことにロマンを感じている。スピードは遅くとも、たとえ困難があっても、あきらめずに歩きつづければやり遂げられることも、身をもって実感している。
そこに、他では味わうことのできないロング・ディスタンス・ハイキングならではの魅力を感じてしまい、歩き旅をつづけている。ただ、その初期衝動は、いつだって未知への好奇心だ。
旅に出ることありきではなく、自分のなかに純粋な好奇心が芽生えたら動く。そしてその好奇心が人一倍強いからこそ、辛さや困難も、乗り越えられることができるのだ。未知への好奇心がある限り、中井くんはこれからも歩き旅をつづけていくのだろう。
根津貴央
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