リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#28 / 北米ハイキング・カルチャーの最前線のハイカーたちは、どこへ向かっている? (前編)
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文・写真:リズ・トーマス 訳:トロニー 構成:TRAILS
アメリカの尖がったハイカーたちは、今どこを歩いているのか。ハイキング・カルチャーの最前線のエッジで起こっていることを、今回はリズにレポートしてもらいました。
TRAILS読者であれば、アメリカのロングトレイルといえば、ジョン・ミューア・トレイル (JMT)、アパラチアン・トレイル (AT)、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) あたりを、パッと思い浮かべるのではないでしょうか。
アメリカ国内でも、これらの人気は年々高まっていますが、尖がったハイカーたちは新たなフィールドを見つけて遊びはじめています。たとえば、PCTハイカーたちの間では、「Next PCT」として、よりウィルダネスの多いパシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT) を選ぶハイカーもいます。
今回の記事ではそういった既存のトレイルではなく、自分のオリジナルの「ルート」を作り、旅するハイカーたちを紹介します。それは日本でTRAILS編集部が、「NIPPON TRAIL」 (※) の旅で実践してきたアプローチとも似ています。
前編ではその「ルート」の実態および魅力について、後編では「ルート」の作り方および今後について、をテーマにお届けします。
※ NIPPON TRAIL:アメリカのハイキング・カルチャーをリスペクトしながらも、日本のローカルをフィールドに、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅を楽しむTRAILS独自のプロジェクト。既存の登山道やトレイルにとらわれることなく、山も町も川も自由につなぎながら旅をする。TRAILS編集部がその土地に魅了された初期衝動だけでなく、その後にリサーチやインタビューを重ね、その地をロング・ディスタンス・ハイキングしたい根源的な衝動は何か? まで掘りさげる作業を繰り返し行なっている。
アリゾナ州〜ニューメキシコ州をまたぐ全長480mileのモゴロン・リム・トレイル。
ロング・ディスタンス・ハイカーが行き着く「トレイル」ではなく「ルート」という道。
最近、経験豊富でスキルのあるロング・ディスタンス・ハイカーが、既存の「トレイル」ではなく、別の「ルート」を歩くようになってきています。
既存のトレイル同様、このルートも、ロング・ディスタンス・ハイキングの冒険のひとつです。
既存のトレイルとの違いをひと言で言い表すのは難しいのですが、多くのルートは、以下のいずれかが欠けています。
1. ルートを維持・整備してくれるトレイルの管理団体やボランティア団体がある。
2. ほとんどの地図に、トレイルの公式名称がきちんと載っている。
3. きちんと道がある。(「ルート」の場合は、荒野や藪の中を歩くオフトレイルを進むことがあります)
ルートは通常、既存トレイルの一部や、ダートロード、そして荒野を進むオフトレイルなど、いろいろな種類の道が入り混じっています。
しかもルートは、基本的に標識 (または、ルートの名前だけ書かれているもの) がないので、ハイカーは自力でのナビゲーションが必要で、既存のトレイルを歩くスルーハイキングよりも、注意深く進まなければなりません。
アメリカで有名なルートーメーカー「シンブリシティ」。
自分で独自のルートを作るハイカーはたくさんいます。なかでもアメリカのハイキングコミュニティで最も有名なルートメーカーは、トレイルネーム「シンブリシティ」の名で知られる、ブレット・タッカーです。
彼は、自身のトレイルネームにちなんで名付けられた「シンブリシティ」という、ルートと地図を開発するビジネスを立ち上げています。
ブレット・タッカーが立ち上げたシンブリシティ。(https://www.simblissity.net/より)
シンブリシティが今までに作ったルートには、以下のようなものがあります。
■ ローエスト・トゥ・ハイエスト・ルート:バッドウォーターからホイットニー山までの130mile。 (アラスカ、ハワイ以外の48州の最低地点から最高地点まで)
■ グランド・エンチャントメント・トレイル:アリゾナ州フェニックスからニューメキシコ州アルバカーキまで、1200mileの砂漠のルート。
■ スカイ・アイランド・トラバース:アリゾナ州にある、標高の低い砂漠に囲まれた、高山植物の「孤島」である10の高地を経由。
■ モゴロン・リム・トレイル:アリゾナ州からニューメキシコ州までの480mile。
■ ノーザン・ニューメキシコ・ループ:ニューメキシコ州北部のサンタフェから高峻な山々を上り下りする500mileのループ。
ブレット・タッカーが新しいルートを作ったと発表すると、ハイキング・コミュニティの中では大きなニュースになります。そして有名なハイカーたちは、新しいルートを誰よりも先にハイクしようとするのです。
彼のルートには、オンラインのファン・コミュニティがあります。PCTやCDTのFacebookグループが情報交換の場となるのと同じように、これらのコミュニティに所属するハイカーたちも、水場やトレイルタウン、トレイルのコンディション、ナビゲーションの難しいエリアなどの情報を共有しています。
ブレット・タッカーは、砂漠地帯で十分な水を運ぶことがどれだけ重要なことかを知っている。
シンブリシティのメリッサ・スペンサーが語る、オリジナルの「ルート」作り。
私は運よく、シンブリシティの地図作成プロジェクトにおけるブレット・タッカーのパートナー、メリッサ “ ツリーハガー ” スペンサーにインタビューすることができました。
メリッサは、シンブリシティの「広報担当の副社長」と名乗っています (シンブリシティには社員が2人しかいません)。
彼女は自身のハイキングの実績をまったくアピールしませんが、実は素晴らしいハイキングの実績があるハイカーです。いろいろなロングトレイルを実際に歩いていて、PCTでは愛犬・セージと一緒に旅をしていました。また南西部の難関ルートも歩いた経験があります。
彼女は、「アメリカで最も素晴らしいロング・ディスタンス・ハイキング・ルート」だと多くのハイカーが認めるようなルートを、どのような目標を持って作っているか、話をしてくれました。
今回、インタビューを受けてくれたメリッサ “ ツリーハガー ” スペンサー。
既存のトレイルとは異なり、「標識」は絶対に作らない。
—— リズ:まず最初に、ルートとトレイルの違いは何だと思いますか?
メリッサ:デイ・ハイキングをしながら、ずっとこの質問について考えていました。考えれば考えるほど、違いはないと思うようになりました。
たとえば、パシフィック・ノースウエスト・トレイル (ナショナル・シーニック・トレイルであり、標識もトレイルの運営組織もあります) では、私たちのルート以上に藪漕ぎが必要です。
ビッグフット・トレイルには何の標識もありません。藪漕ぎもあります。でも、これはナショナル・レクリエーション・トレイルになる予定になっています。
オレゴン・デザート・トレイルにはトレイルの運営組織があります。(ただし、ここはルートと考えられていて、ほとんどの区間が山や野原です)
ニューメキシコ州のCDTもトレイルではない区間が大部分です。(しかし、トレイルの運営組織があり、標識もあります)
仮にトレイルとルートの違いが標識や藪漕ぎ、トレイルの運営組織の有無ではないとしたら、何が違いを生むのか私にはわかりません。
シンブリシティではいくつかのルートに「トレイル」という名前をつけていますが、これは紛らわしいのかもしれません。(例を挙げると、「グランド・エンチャントメント・トレイル」はシンブリシティのひとつのルートの名前です)
ひとつ言えるのは、私たちのルートには標識は絶対に作らないということです。
私たちのルートは実際にそこにあるのだけれど、そこにあることを誰も知らないようにしたいと思っているのです。ハイカーが盲目的にある場所からある場所へと歩くのではなく、地図を見て、考えてもらいたいのです。
より孤独感があり、より冒険的な旅をすることができる。
—— リズ:ルートにあってトレイルにないものは何だと思いますか?
メリッサ:ルートのほうがチャレンジングなのかもしれません。より冒険的な体験ができます。でも大抵の場合、ルートはハイカーが体験したいことに合わせてカスタマイズされています。
たとえば、ビッグフット・トレイルは、国内で最も松の木が密集している場所を見ることができます。ベンド・エール・トレイルは、オレゴン州ベンドのすべての醸造所に立ち寄ります。ヘイデューク・トレイルは、南西部のすべての国立公園を訪れます。つまりルートは、行きたい場所や見たいものに合わせて作られているのです。
加えて、私たちが作ったルートは、より孤独感を高めてくれます。でも、孤独は必ずしもみんなにとって必要なものではありません。孤独を求めるかどうかは、その時の人生における状態にもよると思います。
私がPCTをハイクした時は、その時に自分が求めていた分だけの、ちょうどよい人との交流がありました。一方で、十分に孤独を楽しむ時間もありました。
もしブレット・タッカーのルートに挑戦するのなら、人に会いたいという理由でハイキングするのはやめたほうがいいでしょうね。
—— リズ:私もそう思います。数年前、私はあるルートをスルーハイキングしている間、ひたすら孤独を求めていました。でも今は、新型コロナウイルスのために長い間家にいて、友人に直接会うことができないので、人との交流があるトレイルをハイキングしたいと思っています。
あなたの考えをお聞きしたいのですが、PCTやCDTのような整備された既存のトレイルではなく、ルートを選ぶのはどのようなハイカーなのでしょうか?
過去にPCTやCDTをハイクした経験があり、よりワイルドでナビゲーションの難しいコースを探しているハイカーでしょうか? それとも、これまでにロング・ディスタンス・トレイルのハイキングをしたことがない人でしょうか?
メリッサ:実は、意外な組み合わせなのです。まず、大多数の人はスルーハイキングのスキルが高いハイカーです。他のロング・ディスタンス・トレイルを経験したことのあるスルーハイカーは、今までとは異なる、新しい冒険を探していることが多いと思います。
一方で、ルートが通っているエリアからも多くの人が来ています。その人たちはルートの存在を知ると、そのルートが自宅の裏庭にあるので、とても興味を持つのです。
モゴロン・リム・トレイルでは、独自のルートを作っている地元の人たちに会いました。彼らは、私たちがすでに持っているその土地に関する情報に、興味津々でした。
これらのルートをハイキングしている人のなかには、フェニックスに住んでいて、アルバカーキに行くルートや、その逆のルートに興味を持っているという人がかなりいます。
彼らは、私たちが作成した地図を見たい、グランド・エンチャントメント・トレイル (モゴロン・リム・トレイルと接続している) をハイキングしたい、と思っているのです。なぜなら、そのルートが自分たちの裏庭を通っているからです。
砂漠地帯を貫くグランド・エンチャントメント・トレイル。(https://www.simblissity.net/get/より)
大切なのは、経験豊富なスルーハイカーが、何度でもリピートしたくなること。
—— リズ:多くの人が思っている以上に、自分でルートを作るハイカーはたくさんいます。なかでも、あなたとブレットは専門的にルートを作成し、ルートをデザインする人たちのなかでは最高レベルだと考えられています。
ハイカーが他のルートよりもシンブリシティのルートに惹かれる理由は何だと思いますか? ウェブサイトとマップセットがあるからでしょうか? 地図の質でしょうか? それとも目的地の質でしょうか?
メリッサ:私たちがルートを作成する時の大きな目標に、「繰り返し訪れたいものにする」というものがあります。そうすることで、訪れる人たちにハイキングに必要なツールをすべて持つようになってほしいのです。
ハイキングルートを作っている人のほとんどは、週末や夏の冒険など、自分自身のためにルートを作っています。私たちは、自分たちの作るルートが、経験豊富なスルーハイカーにとっても何度も楽しめるものにするために、とても長い時間を費やしているのです。
モゴロン・リム・トレイルにある湖。水場の情報は事前に収集しておくことが不可欠。
—— リズ:ルートをデザインする上での目標は何ですか?
メリッサ:私たちは、自分たちしか興味のないポイントを巡るような、周回コースにはしたくはありません。つねに論理的に考え、多くの人が興味を持ちそうなランドマークを通るようにしています。
できるだけ、ルートは自然の道を通るようにしています。というのも、ほとんどの人は舗装路を歩きたくないと思っているからです。私たち自身の目標がそこに基づいているのは確かで、人々が何を求めているのか、仮説を立てています。たとえば、孤独もそのひとつです。
もちろん、ルート上の景色がどれだけ美しいかということも重視しますが、だいたいは人が少ないところになりがちです。
シンブリシティのルートを歩く人のなかには、すでにロングトレイルを歩いたことがある人もいるでしょうし、メジャーなトレイルよりも深い孤独を求めている人もいるでしょう。だからこそ、シンブリシティ・ルートに惹かれるのだと思います。
「ルート」では、既存の「トレイル」では味わいにくくなった冒険や孤独を楽しむことができる。
—— リズ:私は、コンチネンタル・ディバイド・トレイル・コーアリション (CDTの運営組織) で仕事をしながら、学校でナショナル・シーニック・トレイルがどのようにコースを決めているのか研究していました。そこで感じたのは、トレイルのコースを決定するのはとても政治的だということです。
たとえば、PCTはマウントレーニア国立公園を通っています。ここは美しい場所ですが、公園内で最も美しい場所というわけではありません。最も美しい場所は、すでにたくさん人が訪れるのです。つまり、他の方法では集客できないエリアに足を運んでもらう手段が、PCTだったのです。
あなたたちが作っているルートは、トレイルの運営組織ではできないような場所に人々を連れて行く自由があると感じますか?
メリッサ:ルートを作る人ならば誰でもなんらかの目標を持っています。トレイルの運営組織もそうです。
PCTの場合、PCTAとフォレスト・サービスは、トレイルの勾配が馬にとって急すぎないようにしようとしました (そのため、PCTのほとんどの部分は勾配が10%以下になっています)。アリゾナ・トレイルでは、勾配とトレイルの幅が自転車に適したものであることが重要でした。
シンブリシティのルートは徒歩での移動に重点を置いているので、川を渡ったり荒野を越えたりといった、ちょっとした冒険ができるのです。
リズとケイトが歩いたデスバレー。現在も、古い鉱山の町の名残りがある。
最近では、ロングトレイルの情報も増え、歩く人の数も急増し、スルーハイキングの敷居は年々下がってきています。
その一方で、既存のトレイルでは、大自然の中を誰とも合わずに自分一人だけで歩いて旅をする、という経験がなかなか味わえなくなってきているのも事実です。
だからこそ、尖がったハイカーたちが冒険や孤独を求めて「ルート」を志向するのは、当然の結果なのかもしれません。
後編では、この「ルート」が具体的にどういうプロセスで生まれ、マップをどう作成しているのかをお届けします。
TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。
(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)
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