TRAILS REPORT

LONG DISTANCE HIKER #06 筧啓一 | 60代からはじめたロング・ディスタンス・ハイキング

2021.01.15
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話・写真:筧啓一 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第6回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、筧啓一 (かけい けいいち) さん。

筧さんは、定年退職を迎え、60代になってからパシフィック・クレスト・トレイル (PCT ※1) の約4,200kmを、約6カ月 (174日) かけてスルーハイキングした。

しかも、スルーハイキングすると決めた定年退職の3年前の時点では、キャンプの経験もなかった。60代になれば当然、体力も衰えてくる。それでもなお、長い旅に向かわせた衝動とはなんだったのか。

筧さんのお話は、旅に出るのは遅すぎることはない、強い衝動が自分のなかに生まれれば、人はいくつになってもロング・ディスタンス・ハイカーになれることを教えてくれるものだった。

※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

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PCTで5回くらい経験した、テントを張らないカウボーイキャンプ。星空を見ながら寝るのが最高だったとのこと。


PCTハイカーの講演がきっかけで、忘れていた15歳のときの記憶の箱が開いた。


—— 根津:60過ぎまでキャンプすらしたことのなかった筧さんが、なぜまたPCTをスルーハイキングしようと思ったのですか?

筧:「きっかけは、2009年6月に聞いた、日本人初のPCTスルーハイカーとなった日色さん (※2) の講演です。

そこでPCTの存在を知りました。メキシコ国境からカナダ国境までつづいていて、しかもその間には、美しい自然で有名なカリフォルニアのシエラネバダも含まれていました。

講演が終わって自宅に戻るや否や、日色さんのブログを読み漁ったら、もう素晴らしい景色のオンパレードで。これは行くしかない! と思いました」

※2 日色健人 (ひいろ たけと):2003年に日本人で初めてパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) をスルーハイキングしたハイカー。現在は、市議会議員。『LONG DISTANCE HIKER #01 日色健人 | 日本人初のPCTスルーハイカー』にも登場してもらった。

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2012年、PCTをスルーハイキングしている時に撮影したシエラの風景。この景色の中を歩きたかったのだ。

—— 根津:それが原体験というか、すべてのはじまりだったのですね。

筧:「それが実は、15歳のときに原体験があるんです。父親がカナダのバンクーバーに赴任していたこともあって、私は14〜17歳の3年間、バンクーバーに住んでいました。それで15歳のとき、中学2年生の夏休みのタイミングで家族で旅行に出かけたのです。

クルマでオレゴン、カリフォルニアと南下していってヨセミテにも立ち寄りました。そこで、ウォッシュバーン・ポイントという絶景ポイントから見たハーフドームと、その奥に広がるシエラネバダの景色の美しさに、子ども心に衝撃を受けたのです」

—— 根津:もしかして、中学時代の大事な体験を大人になって忘れてしまっていた?

筧:「すっかり忘れていて (笑)。それが、日色さんの話がきっかけで、当時の思いが鮮明に蘇ってきたのです」

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1965年、筧さんが15歳の時に家族旅行で訪れた、ヨセミテ国立公園のウォッシュバーン・ポイント。両親に挟まれて真ん中にいるのが筧さん。

—— 根津:当時のことで、ほかに覚えていることはありますか。

筧:「近くにバックパックを背負って歩いている人が2〜3人いて。こんなところを歩けるのか! 自分もいつか歩いてみたい! と思いました。当時抱いた憧れや夢を、定年を前にした年齢にして思い出したんですよ」


少年時代の夢を、定年後に実現することを決意。


—— 根津:日色さんの話を聞いたのが59歳のときでした。そこからどのような準備をしたのですか?

筧:「まず必要なことや足りないことを考えました。スルーハイクするためには約半年もの期間と歩き切る体力が必要でした。しかもこれまでキャンプの経験すらなかったので、できるようにならないといけないし、山の道具もイチから揃えなくてはなりませんでした。

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PCTの絶景をイメージしながら、イチから準備を進めていった。

そう考えると、歩くのであれば時間が充分にとれる定年後しかないなと。とはいえ当時の59歳という年齢を考慮すれば、体力が衰える前、できるだけ早い時期には歩きたい。

日色さんの話を聞いたのが2009年6月。2011年3月が定年だったので、そこまでにギアを揃えて、定年後の1年間でしっかり準備して、2012年4月からPCTを歩く、という計画を立てました」

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PCTを歩くためにギアもすべて買い揃えた。テントはTarptent (タープテント) のRAINBOW (レインボウ)、バックパックはULAのCIRCUIT (サーキット) 。

—— 根津:もうすべてイチからというかゼロから準備しないといけない感じでしたね。実際は、どんなことから準備をはじめたんですか?

筧:「まずは定年までに、テントや寝袋、バックパック、シューズなどの装備を揃えていきました。シンプルで壊れにくいことを重視しつつも、やはり年齢も年齢なので、そこを考慮して軽さも大事にしました。

シューズは、足腰が弱っていることも考えると、歩きつづけるために大事なアイテムなので、特に慎重に選びました。足へのフィット感、ホールド感を入念にチェックして、中足骨の疲労骨折がおきにくいものを選びました。

定年後の1年間は、テント泊を含めたハイキングの経験を積む期間にあてました。2011年6月には、八ヶ岳山麓スーパートレイル約200kmを9泊10日でハイキング。同年10月には、北アルプスの立山~五色ヶ原エリアを3泊4日で歩きました」

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2011年10月、北アルプスの立山~五色ヶ原を3泊4日で歩いた時には、雪山も経験することができた。


定年した翌年の4月、ついにPCTのスタート地点に立った。


—— 根津:そして2012年に、抱いていた夢が現実のものとなったわけですね。

筧:「2012年4月25日の正午、ついにPCTのスタート地点に立つことができました。

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メキシコ国境の前にある、PCTのスタート地点 (南端) にて。

ただ歳が歳なんでね。頑張りすぎて体を痛めてしまったら、途中でリタイアするしかなくなってしまう。だから、歩行速度は時速2.5~3mile (4〜4.8km)、1日の行動時間は、7時間前後と決めていました。

朝スタートする時には、『よし、頑張らないぞ!』と気合いを入れてスタートするんです。頑張ろうと思うと、早足になったりして疲労がたまってしまうので。

食料補給地では可能なかぎり、リラックスするためにモーテルに泊まり、きちんとレストランで食事をして、しっかりと栄養補給をしていました。それでもトレイル上でのカロリー摂取が思うようにいかず、スタート時72kgだった体重がゴール時には59kgまで落ちてしまっていました」

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PCTの最高標高地点、フォレスター・パス (標高約4,000m) にて。自分のペースを守り、着々と進む筧さん。

—— 根津:灼熱の砂漠地帯を越えると、ようやくヨセミテのエリアが近づいてきます。15歳のときに憧れた景色はどうでしたか?

筧:「序盤の砂漠地帯は、想定していた水場が枯れていたりして、けっこうキツかったですね。これまで経験したことのない不安や恐怖がありました。なので、水があればとにかく水筒を満タンにして、つねに3リットル以上は持つようにしていました。

シエラネバダの玄関口であるケネディ・メドウ (※3) に着いた時は、ようやくホッとすることができました。ここからは水の心配をしなくていいなと。

そしてケネディ・メドウを過ぎて、遥か彼方にシエラネバダの花崗岩の白い山々が視界に入った時は、感激のあまり思わず涙が……。47年越しの夢が、現実のものになろうとしている瞬間でした」

※3 ケネディ・メドウ:PCTの南の起点から702.2mile (約1,123km) 地点にある地名。PCTハイカーにとっては砂漠地帯が終わるポイントであり、シエラネバダの玄関口でもある。

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スルーハイク時には寄ることができなかった思い出の地に、スルーハイクの2年後に再訪した筧さん。当時と同じ構図で撮影。背景には昔と変わらないヨセミテのハーフドーム。


This is LONG DISTANCE HIKER.



『 少年時代の夢を
  60代になって実現させた』
 
15歳の時に夢見たことを、60歳を過ぎてから実現させるだなんて、そんなハイカーはそうはいるまい。僕だったらとうに諦めていただろう。
 
しかも筧さんは、ずっと夢を追いかけて努力をつづけてきた、というわけではなく (実は夢を忘れていた)、日色さんの話を聞いたばかりに行きたくなってしまったので、ぜんぶ彼のせいなんです、と冗談めかして語る。
 
大抵のハイカーは長く歩くことへの興味・関心に自覚的だ。その自覚がなく、行きたくなったから行ったという筧さんのピュアな感性がたまらなくカッコいい。もしかしたら生まれながらの、いわゆるナチュラルボーン・ロング・ディスタンス・ハイカーなのかも知れない。
 

根津貴央

 
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WRITER
根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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