フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #19 道は五目中華に至る
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#19「道は五目中華に至る」
今はグルメサイトで星がいくつとか点数がつくから店は客の評価を気にてしまう。すると店は平均化されて、どこも似たような雰囲気に。一定の満足感はあっても予定調和だし、突き抜けた特別な体験をもたらせてくれる〈はみだしてしまった店〉は点数化されないまま淘汰されていく。特に都心では、ますます居場所がない。
それでも地方にはまだ希望がある。情報の網(ネット)をかいくぐり、ゲリラ的にそのような店に辿り着くこと。歩き旅にはそんな可能性があるはず。
信越トレイルの延伸予定ルートを4日間かけて歩いた。ライターの根津さんと山をおりて、いろいろあって津南駅周辺で店を探った。歩いてると黒ずんだ外観に足がとまる。中華屋らしいが、看板ははがれ落ち、のれんもかかっていない。わずかに開いた入り口から光がもれている。中で人が死んでいるのではないか。扉をあけると根津さんの背中がビクッとして止まった。店主のおじさんが昼寝をしていたらしい。
寝起きの店主は、「二人ならOK」と入れてくれた。外観に劣らず、店の内部が素晴らしい。飲みかけのペットボトル、吸い殻入り灰皿、箸がささったままのカップ麺の容器。盆の上に置かれた広辞苑。ねじれて伸びた血圧計。だらりと垂れたのれんと出前のアルミケースなどなど、が各テーブルやカウンターにバランスよく乱れて配置されている。店というより〈部屋〉に招かれたような親密な空間が、とても楽。
「時間かかっちゃうけど」。店主が言った。元西武の石毛似、白髪の坊主頭に〈QuickSilver〉のTシャツがよく似合う。「起こしてくれなかったら、出前忘れるところだった」と言って店主は激しく中華鍋を振った。…どうやらこれから出前にでるらしい。放り出されたアルミケースに料理をつめこむと、店主はあわただしく出ていった。真剣な横顔だった。中には僕と根津さん以外誰もおらず、テレビの大相撲中継だけが小さな音を出している。
なんというか、サプライズ。
時間が突然、進む方向を失ってしまった。
「酒はおいていない」とのことなので、お茶の湯呑に根津さんがもっていた焼酎を注いで、残った行動食をつまみに店主の帰りを待った。そのうち大相撲中継は終わり、便所に立つと焼酎がまわった。気持ちがいい。もうこの時点で十分だった。店主が帰ってこなくても、このまま何も食べずに店をでたとしてもいい。僕らはすでに辿り着いているのであって、もう星がいくつとか、そういうことを越えているのだ。
しばらくすると店主がもどってきて(少しガッカリ)、注文していた〈五目中華〉が運ばれてきた。一目でそれは自分が知ってるタイプの〈五目中華〉とは違った。想定を越えて素朴な表情が目にやさしい。
「信越トレイル、歩いてよかった」と強引に総括したい気持ちがわいてきて、根津さんとふたり、テーブルの温度が上がった。
味は少しも覚えていない。
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