ジェフ・キッシュのHIKER LIFE with PNT | #09 パシフィック・ノースウエスト・トレイルのスルーハイキング (その5)
(English follows after this page.)
文・写真:ジェフ・キッシュ 訳・構成:TRAILS
What’s HIKER LIFE with PNT? | パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT ※)は、アメリカでもっとも新しいNational Scenic Trail(※)。いまだ手つかずのウィルダネスが現存する稀有なトレイルだ。そこにはハイキングの自由があり「ロング・ディスタンス・ハイキングの良いレガシーが今も残るトレイルだ」とジェフは言う。この連載では、ジェフを通して日本では希少なPNTにまつわるトレイル情報やカルチャーをお届けしていく。
* * *
ジェフがハイカーとして旅した、PNTのスルーハイキング・レポート (全7回) の5回目。他のメディアでは読めない、日本語による貴重なPNTのレポートだ。
ジェフはこれまで、ディレクターという立場からPNTの魅力を伝えてきてくれたが、この全7回の記事では、ハイカー・ジェフとして旅のエピソードを綴ってもらった。
今回は、ワシントン州のなかでもとりわけ僻地で、いまだ原始の自然が残るパサイテン・ウィルダネスのレポートだ。
PNTの西端をスタートしてから、ずっと一人で孤独な旅をつづけてきたジェフだったが、このセクションはある人と一緒に歩くことになる。その人とは、当時ガールフレンドだったハンナさん (現在はパートナー) だ。
気温が氷点下から40℃以上までと、厳しい自然環境のエリアではあるが、それすらもハンナと一緒に楽しみ、まるでウィルダネスを独り占めしているかのような最高のトリップとなったようだ。
パサイテン・ウィルダネスのPNTから見たレンメル山。
※ パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT):正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。
※ National Scenic Trail(ナショナル・シーニック・トレイル):自然を保護し、楽しみ、感謝することを目的に、1968年に制定されたNational Trails System Act(国立トレイル法)によって指定されたトレイル。他にも、National Historic TrailやNational Geologic Trailなど複数のカテゴリーがあるが、中でもNational Scenic Trailは、壮大な自然の美しさを感じ、健康的なアウトドアレクリエーションを楽しむためのトレイルである。一番最初に選ばれたのは、ATとPCT。現在全米にある11のトレイルが、National Scenic Trailとして認定されている。
ガールフレンドのハンナと合流し、孤独から解放される。
ハイ、ジェフです! 僕のPNTスルーハイキング・レポートの第5回目をお届けするよ。
オロビルにたどり着くまで、このPNTのスルーハイキングはとても孤独だった。まだ他のスルーハイカーにも会っていなかったし、何日間もまったく人に会わない日がつづいていた。
しかし、ワシントン州の連続する3つのウィルダネスをつらぬくPNTのなかで、もっとも長く、もっとも人里離れた場所をハイキングするために、ガールフレンドのハンナがオロビルに来てくれた。それで、すべてが変わったんだ。
僕と一緒にハイキングするために、オロビルの町まで来てくれたハンナ。手にしているのは、僕が摘んできたハックルベリー。ウエスタン・パサインテンでは、おいしいベリーがたくさんとれる。
オロビルからは、町の西側にあるシミルカミーン川に沿って進んでいく。他のPNT沿いのエリアと同様、このオカノガン高地の気候は、高温で乾燥している。ロング・ディスタンス・ハイカーの多くが通過する8月には、気温が40℃に達することもあるんだ。
1860年、探鉱者がシミルカミーンで金を発見した。それで近くのオロビルは、スペイン語で金属を意味する「Oro (オロ)」と名付けられた。シミルカミーン川に沿ってハイキングをしていると、今でも川で行なわれている小規模な採掘作業を目にすることができる。とはいえ、このセクションでは、お金持ちよりもガラガラヘビに遭遇する可能性のほうが高いけどね。
PNTは、モンタナ州、アイダホ州、ワシントン州の3州をまたぐ1,200mile (1,930km) のロングトレイル。今回のレポートでは、ワシントン州・オロビル〜ロス湖までの約162mile (約260km) を紹介してくれた。
厳しい自然環境のパサイテン・ウィルダネスを歩く。
川の長いカーブを曲がった後、PNTはシミルカミーン川からパサイテン・ウィルダネスに向かって登り坂になっていく。標高が上がるにつれて、環境もどんどん変わっていくんだ。低地のヤマヨモギ地帯でコヨーテに会い、亜高山帯の森ではムースに会う。それが1日のなかで起こるんだ。
アメリカでは、ウィルダネスエリアは「地球と生命の共同体が人間に邪魔されず、人間はそこにとどまることのない訪問者である」と定義された保護地域。指定されたウィルダネスにおいては、舗装道路もなければ、モーターを使用した交通手段や設備もなく、自転車でさえも禁止されている。
パサイテン・ウィルダネスに入ると、標高2,000mから2,400mくらいのところを、ずっとトレイルが続いていて、そこを何日もかけて歩いていくんだ。PNTは緯度が高いので、これくらいの標高でも、森林限界を超えた景色が続くんだ。岩の多い高所の峠を登ったり、高山の牧草地にきらきら光る小さな湖が点在するエリアをトラバースしたりして進んでいく。
パサイテン・ウィルダネスを夏に歩く場合、ハイカーはどんな天候にも対応できるようにしておく必要がある。シミルカミーン渓谷では厳しい暑さがつづいていたが、ハンナと僕は、この地では1年中いつでも氷点下になる可能性があることを知っていたし、実際、僕たちが通過した8月初旬もそうだった。
この築100年のキャビンは、このエリアがウィルダネスに指定される前に建てられたものだが、それでもキャビンや隣接する鉱山を建設するために、道路は作られていない。1900年代初頭、冬の雪の上を馬で引っ張って資材を運んだのである。
嵐のなか、僕たちは運良く、避難場所に入ることができた。そこは古い鉱山宿で、1900年代初頭に建てられたものだった。パサイテン・ウィルダネスの東側には、こういった小屋が残っていて、そのなかのいくつかの小屋は今でもハイカーの避難場所となっているんだ。僕たちは中に入ると、薪ストーブがあったので、それで火を起こして、一晩過ごすことができたんだ。道具や服も、小屋の梁 (はり) にかけて乾かすことができたよ。
トレイルを外れ、カテドラル・ピークでスクランブリングを楽しむ。
翌日、嵐は去り、気温も上昇した。僕たちは荷物をパッキングして、小屋を後にして西へと進んだ。
僕たちが歩いたパサイテン・ウィルダネスの真ん中に、カテドラル・パスがあって、そこがカテドラル湖への入口になっている。このカテドラル・パスはPNTの最高地点なんだ。そこからは、眼下に広がる高山盆地の素晴らしい景色を眺めることができるんだよ。峠の南側には、盆地を見下ろすようにアンフィシアター山もそびえ立っている。
カテドラル・パスの頂上にて。後ろに見えるのは、アンフィシアター山。
トレイルは西に続いているんだけど、ハンナと僕は、ここから北にあったカテドラル・ピークの山頂にサイドトリップをすることにしたんだ。このカテドラル・ピークからの景色が、世界中のどんなハイキングにおいても見たことのない最高の景色だったんだ。
でも、ここへ行こうと思うハイカーは、気をつけてほしい。なぜなら、カテドラル・ピークの頂上にトレイルはないし、しかも上に行けば行くほど難易度が高くなり、スクランブリング (※) を強いられることになるからね。
※ スクランブリング:手足を使って岩場をよじ登りながら頂上を目指したり、縦走したりするアクティビティ。明確な定義はなく、ハイキング、登山、ロッククライミングの中間に位置する。
スクランブリングをしながら、カテドラル・ピークの頂上へ。
PCTと重複するセクションで、PCTのスルーハイカーたちと遭遇する。
その後の数日間は、とにかく素晴らしいハイキングだったよ。カテドラル・ピークからの眺めのように、これまでに見たことのないような景色が広がっていた。
PNTのこのセクションは、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) におけるジョン・ミューア・トレイル (JMT) のセクションに近いかもしれない。PNTのこのセクションには、スルーハイキングのハイライトともいえる広大な景色があるんだ。
260kmにわたり指定されたウィルダネスでは、ハイカーが道路に出くわすことはなく、自然との一体感をものすごく味わえる。
カテドラル・ピークは、カテドラル湖の盆地の東端にそびえ立っている。
JMTと違うのは、ここでは目の前に広がるウィルダネスを、独り占めしているような気分になれるってことだ。PNTを歩いている人以外はまったく人が入らないような、辺境の場所があるんだ。
PNTのなかでも、PCTと交わるセクションでは、少し人が多くなる。PNTとPCTはキャッスル・パスで合流する。西に向かって歩いているPNTハイカーも、そこから5km寄り道すればPCTの北端のモニュメントに訪れることもできるんだ。PNTはこのキャッスル・パスから、PCTと重複するトレイルを約20km南下していく。そしてホルマン・パスのところでふたたびトレイルが分岐して、PNTはそこから西へと進んでいくんだ。
キャッスル・パスにあるPNTとPCTの分岐点。左に行くとカナダ国境、右に行くとはモンタナ州。
ハンナと僕はキャッスル・パスのキャンプ場で一晩を過ごした。このセクションの序盤で天候に悩まされて食料が不足していたけど、スルーハイキングの終盤に差しかかったPCTハイカーたちが、カナダに入る際に荷物を軽くしたいと食料を譲ってくれたので、とても助かったよ。
PNTとPCTの重複区間では北へ向かうPCTのスルーハイカーに遭遇したけど、ほとんどの人がPNTの存在を知らなかった。僕たちは、パサイテン・ウィルダネスを独り占めしたような感じがして、最高にいい気分だったね。
ハンナにとって、今回が初めてのロング・ディスタンス・ハイキングだった。前方に見えるのはジャック山。
このセクションでもっとも好きな、ジャック山の眺め。
ホルマン・パスからは、ロス湖を目指してふたたび西に進んだ。カスケード・クレストの西側を下ると原生林に入っていく。そこで、イースタン・パサイテンで経験したような高山を眺められるトレイルはもう終わりかと思ったけど、ほどなくして、また最高の景色に出会えたんだ。
デビルズ・ドームの近く、PNTから見たジャック山。
PCTとロス湖の間のトレイルで僕がもっとも気に入っているのは、デビルズ・ドームと呼ばれる頂上周辺のセクションだ。PNTはデビルズ・ドームの頂上を通っているんだけど、そこから南側にあるジャック山の眺めが素晴らしいんだ。ここは最高のキャンプ地でもあって、ここでのキャンプを目的にハイキングする人もいるくらいだ。
デビルズ・ドームの頂上にて。
でも僕たちは、ここで長居をせずに、すぐにこの先のロス湖まで進むことにした。オロビルからここまでで、予定よりも長く11日間もかかってしまっていたから。そして、ロス湖に着くと、そこで事前に送っておいた補給用の荷物をピックアップしたんだ。
ロス・レイク・リゾートの波止場。このリゾートにつながる道路はなく、物資はすべてボートで運ばれる。ハイカーは、20ドルの保管料を払えば、ここに補給物資を郵送することができる。リゾートにはレストランがなく、水上コテージは事前にレンタルしなければならない。
標高が高く、絶景が楽しめるセクションを、ハンナと一緒に旅したジェフ。
サイドトリップで出会った、カテドラル・ピークの人生最高と言えるような景色。PCTにおけるJMTのような、PNTの景色におけるハイライトである、まったく人がいないウィルダネスのスペクタクル。PCTと交わるところでの、異なるハイカーとの出会い。これ以上にないと思えるほど、華やかなセクションだ。
次回は、ワシントン州西部へと入っていく。いよいよスルーハイキングの旅も終盤に入る。
TRAILS AMBASSADOR / ジェフ・キッシュ
ジェフ・キッシュは、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティにもっとも強くコミットしているハイカーのひとりであり、最前線のトレイルカルチャーを体感し、体現している人物。ハイカーとしてPCTとPNTをスルーハイクしていることはもちろん、代表的なハイカーコミュニティであるALDHA-Westの理事を2年間務め、さらに現在はパシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)の運営組織にジョインし、トレイルづくりに尽力している。これほどまでに全方位的にトレイルに深く関わっている人は、アメリカのハイキングシーンにおいても非常に稀である。そんなハイカージェフの、トレイルとともに生きるハイカーライフをシェアしてもらうことは、僕たちにとって刺激的で学びがあるはず。
(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)
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