ジェフ・キッシュのHIKER LIFE with PNT | #08 パシフィック・ノースウエスト・トレイルのスルーハイキング (その4)
(English follows after this page.)
文・写真:ジェフ・キッシュ 訳・構成:TRAILS
What’s HIKER LIFE with PNT? | パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT ※)は、アメリカでもっとも新しいNational Scenic Trail(※)。いまだ手つかずのウィルダネスが現存する稀有なトレイルだ。そこにはハイキングの自由があり「ロング・ディスタンス・ハイキングの良いレガシーが今も残るトレイルだ」とジェフは言う。この連載では、ジェフを通して日本では希少なPNTにまつわるトレイル情報やカルチャーをお届けしていく。
* * *
ジェフがハイカーとして旅した、PNTのスルーハイキング・レポート (全7回) の4回目。他のメディアでは読めない、日本語による貴重なPNTのレポートだ。
ジェフはこれまで、ディレクターという立場からPNTの魅力を伝えてきてくれたが、この全7回の記事では、ハイカー・ジェフとして旅のエピソードを綴ってもらった。
今回は、PNTの3つ目の州・ワシントン州の東部のレポートである。
表紙の写真は、今回歩いたセクションにある、リパブリックという町の景色。昔ながらのアメリカ西部の町のたたずまいを残した場所だ。この景色だけでも旅欲を刺激される。
今回のセクションは、こういったアメリカの歴史に触れるような場所もあれば、カンジキウサギやファイアウィード (ヤナギラン) 、さらにはマウンテンライオンとの遭遇など、野生の動物や植物が多く見られる場所もある。
今回も、アメリカ北西部のカルチャーや自然を楽しみながら、ジェフのPNTの旅を追いかけていきたいと思う。
※ パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT):正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。
※ National Scenic Trail(ナショナル・シーニック・トレイル):自然を保護し、楽しみ、感謝することを目的に、1968年に制定されたNational Trails System Act(国立トレイル法)によって指定されたトレイル。他にも、National Historic TrailやNational Geologic Trailなど複数のカテゴリーがあるが、中でもNational Scenic Trailは、壮大な自然の美しさを感じ、健康的なアウトドアレクリエーションを楽しむためのトレイルである。一番最初に選ばれたのは、ATとPCT。現在全米にある11のトレイルが、National Scenic Trailとして認定されている。
ワシントン州東部で2番目に高い、アバクロンビー山へ。
ハイ、ジェフです! 僕のPNTスルーハイキング・レポートの第4回目をお届けするよ。
ワシントン州のメタライン・フォールズに、ペンド・オレイル川に架かる橋があり、トレイルはここから西へと向かっていく。
その先は、ワシントン州東部で2番目に標高が高いアバクロンビー山に向かって、ゆっくり登る。ちなみに、このアバクロンビー山の周辺は、ウィルダネスエリアに指定される予定になっているんだ。
日没前にアバクロンビー山に登頂した僕は、風よけのために、山頂に積み上げられていた石の横にビバークすることにした。
この山にはかつて展望台があったが、今では石積みの階段の一部が残っているだけだ。僕は風よけの内側で横になった。床は、がたがたと動く石で、風よけの壁からもすき間風が吹き込んできた。展望台があった当時は、そのなかに快適な宿泊施設があったんだと思う。
PNTは、モンタナ州、アイダホ州、ワシントン州の3州をまたぐ1,200mile (1,930km) のロングトレイル。今回のレポートでは、ワシントン州・メタライン・フォールズ〜オロビルまでの約240mile (約380km) を紹介してくれた。
山頂でのビバークで、スリーピングマットがパンクしてしまう。
一夜を過ごすべく、スリーピングマットの上に横になってダウンキルトをかけた直後のことだった。山頂にあるフレーク状の岩の角がグラウンドシートを突き破り、スリーピングマットの底をきれいに切り裂いたんだ。
穴は大きくて、簡単に直せるレベルじゃなかった。一晩中、定期的にマットを膨らませてもダメなほど。穴が開いた瞬間、僕は自分がどんな場所で寝ているかを理解したよ。これは長い夜になりそうだ。
寒い朝はいつも、居心地のいいスリーピングバッグからなかなか出られない僕なんだけど、この日は朝陽が出るのと同時に起きたよ。近くの焚き火の煙が、朝陽のオレンジ色の光のなかを立ちのぼり、僕を包み込んでいた。そんな景色のなか、荷物をパッキングして先を目指した。
「ワシントン州で最も古くからある酒場」があるノースポートの町。
アバクロンビー山の山頂から、ワシントン州のノースポートという町に下りてきた。ノースポートは、カナダとの国境のすぐ南、コロンビア川の東岸に位置している。
コロンビア川がこんな場所から流れていることは、あまり知られていない。パシフィック・クレスト・トレイルを流れるコロンビア川からは、何百マイルも離れているからね。
コロンビア川は巨大な川だ。ここから先でスネーク川と合流し、そしてフッド山やアダムス山などの巨大な火山からの水が流れ込んでいく。でも、このペンド・オレイル川と合流する地点では、コロンビア川はまだはじまったばかりなんだ。
ノースポートの町にある「ククズ・タベルン」というお店に入って、そこで僕は夕食をとった。このお店は、「ワシントン州で最も古くからある酒場」と言われているお店なんだ。1889年からずっと営業しているらしい。このお店にいた地元の人たちが、僕の旅に興味を持ってくれてね。それで家の裏庭でキャンプをしていいよと言ってくれたんだ。
ファイアウィードの花やカンジキウサギに出会えた「クレスト」。
翌朝、僕は先へと進んだ。目の前には、南北に連なるケトル・リバー・レンジという名高い山々があって、PNTはそこに合流し、山頂に沿ってつづいている。
地元の人たちは、PNTのこのセクションを、「ケトル・クレスト・トレイル」、または略して「クレスト」と呼んでいる。ワシントン州東部の乾燥した森林の中を、アップダウンしながら進んでいくトレイルだ。
このエリアは、標高の低いところではポンデローサマツ、高いところでは亜高山性のモミやホワイトバーク・パインの木々が並んでいるんだ。
稜線には草木が生えておらず、それが高いところまでつづいている。節だらけの屈曲した低木が、その稜線のまわりを囲むように生えている。
最近、このケトル・クレストの一部は焼失してしまったんだ。それでも、この一帯の景色は美しかったね。黒く焦げた枯れ木が、一面のファイアウィード (※1) の花に囲まれて、ピンク色に染まっていた。
カンジキウサギ (※2) も見かけたよ。カンジキウサギは、夏は柔らかな体毛が茶色になるんだ。夜には、フクロウが空を旋回してる影も見えたんだ。
※1 ファイアウィード:北アメリカ原産の植物。山火事などの跡に生える植物で、日本ではヤナギランと呼ばれる。
※2 カンジキウサギ:主に北米に生息するウサギ。夏毛は茶色く、冬毛は白い。
マウンテンライオンと遭遇。ビクビクしながらテントで一夜を過ごす。
ケトル・クレストは、ワシントン州のリパブリックという町を囲む、馬蹄形トレイルの東側にあるんだ。僕はこの町で補給をすることにしていた。それでケトル・クレストから深い森に下りていったら、野生動物と出会ったんだけど、それは人生で最も興奮した経験のひとつだったね。
そのとき、僕がビクビクしていたのは、何かの音を耳にしたからだ。猫はひっそりと歩くことができるけど、この猫は大きすぎて瓦礫のエリアを音を立てずに移動することはできなかった。僕が振り向いて目が合ったとき、お互い固まってしまったよ。だって僕は今、マウンテンライオン (※3) のすぐそばに立っていたのだから。
僕にとっては貴重な出会いだったけど、マウンテンライオンにとってはほんの一瞬の興味にすぎなかったようだ。
僕はトレッキングポールを叩いて、声を上げた。マウンテンライオンはしばらく気にもとめず立っていたが、威嚇するというよりは退屈しているかのように、林の中へと去っていった。
僕はテントを設営して、すぐに中に入った。まだ外に潜んでいるかもしれないという恐怖があったから、長い夜だったね。
※3 マウンテンライオン:ネコ科の大形哺乳類で、北米〜南米にかけて生息している。ピューマやクーガーとも呼ばれる。
アメリカ西部を象徴する佇まいのリパブリックで、たっぷり休憩をとる。
リパブリックは山の中にたたずむ小さな町で、古いアメリカ西部を象徴するような風情のある素晴らしい町なんだ。
この町は、ロング・ディスタンス・ハイカーが必要とするものもすべて揃っている。町の中心部には数多くの宿泊施設があり、小さな食料品店や地元のブルワリーもある。この町の郵便局で荷物を受け取るハイカーもいると思うけど、実はここの郵便局長はトレイル・エンジェルでもあるんだ。
僕はその町で存分に休息をとり、パンクしたスリーピングマットも修理した。そして後ろ髪を引かれながらリパブリックを後にして、西へと進んだ。
ゴツゴツした岩場を超えて、PNTの中間地点へ。
次のセクション、リパブリックからオロビルまでのハイライトは、ウィスラー・キャニオンと呼ばれるエリアだ。
この荒々しい岩場では、野生のオオツノヒツジに出会える可能性があるんだ。その一方で、ここからオカノガン・リバー・バレーに下りていった場所は、猛暑で乾燥しているときだと、ガラガラヘビに注意しなければならない。
オロビルは、カナダとの国境にまたがるオソイヨーズ湖の南端にある。ここは、東のケトルリバー山脈と西のカスケード山脈に挟まれた、低地の農業地帯だ。
パシフィック・ノースウエスト・トレイルの中間地点でもあり、このエリアで最も長く美しいウィルダネスのはじまりでもあるので、PNTのなかでもとても重要な町なんだ。
僕は、この町にある唯一のモーテルにチェックインした。そして2日間滞在して、この先の旅に向けて準備をした。
全長1,200mile (1,930km) におよぶPNTの中間地点の町、オロビルにようやくたどり着いたジェフ。
今回のセクションは、マウンテンライオンとの遭遇もかなりの驚きであったが、昔からのアメリカ西部の町のたたずまいを残した、リパブリックの景色も印象的であった。
このスルーハイキング・レポートも、残すところあと3回となり、次からPNTの後半戦へと入っていく。次回は、ワシントン州の中央部のエピソードだ。
TRAILS AMBASSADOR / ジェフ・キッシュ
ジェフ・キッシュは、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティにもっとも強くコミットしているハイカーのひとりであり、最前線のトレイルカルチャーを体感し、体現している人物。ハイカーとしてPCTとPNTをスルーハイクしていることはもちろん、代表的なハイカーコミュニティであるALDHA-Westの理事を2年間務め、さらに現在はパシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)の運営組織にジョインし、トレイルづくりに尽力している。これほどまでに全方位的にトレイルに深く関わっている人は、アメリカのハイキングシーンにおいても非常に稀である。そんなハイカージェフの、トレイルとともに生きるハイカーライフをシェアしてもらうことは、僕たちにとって刺激的で学びがあるはず。
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(英語の原文は次ページに掲載しています)
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