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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#33 / ワクチン接種後のアメリカハイキング事情(ハイカーへの影響について)

2021.07.07
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(English follows after this page.)

文・写真:リズ・トーマス 訳・構成:TRAILS

ワクチン接種が急速に進んでいるアメリカにおいて、ハイキングおよびトレイルは「もとに戻った」のだろうか。

リズが、そんなコロナ以前の世界に戻りつつあるアメリカの現状を、今回から2回に分けてレポートしてくれる。

CDC (アメリカ疾病対策センター) によると、アメリカでは今年の6月までに、18歳以上の人の6割以上が1回目の接種を完了している。ハイカーの数も、昨年よりも増えているようだ。

ハイカーの数が戻ってきただけでなく、他にもいろいろな変化が起きているという。ワクチンが高齢者優先だったため、今年のスルーハイカーは60代が多い。PCTハイカーは、マスクを携帯しながら旅をしている。CDTでは地元ハイカーの数が過去最多を記録した。

これらの気になるアメリカハイキング事情を、リズが詳細に紹介してくれた。


2020年のCDTスルーハイカー。photo by Robert Walker


ワクチン接種が急速に進むアメリカでは、ハイキングも復活 !?


2020年、アメリカ合衆国は新型コロナウイルスの感染者数と死亡者数が、世界最多となる感染拡大に見舞われました。

しかし、2021年にはワクチン接種が急速に進み、状況が改善しました。これにより、スルーハイカーは、再びハイキングできるようになりました。

今回の記事では、ハイカーやトレイルの運営団体にインタビューをし、2021年のアメリカにおけるハイキングの状況と、ロング・ディスタンス・ハイキングがパンデミックによってどのような影響を受けているのかを調べました。


春からスルーハイキングを開始できたのは60代が多い。


スルーハイカーの多くは、厳しい暑さになる前の春先に砂漠エリアをスタートします。しかし、3〜4月のスタート時点では、まだほとんどのハイカーは、ワクチン接種が間に合わないのではないかと考えていました。


2021年も、ハイカーのために水を提供しているトレイルエンジェルがいます。

しかし、アメリカでは高齢者に対して優先的にワクチン接種を進めたので、結果として、シーズン初めからロングトレイルを歩いているハイカーは、60代が多いという状況になりました。

CDTC (CDT [※1] の運営団体) の代表であるテレサ・マルティネスに、今年のトレイルの状況を聞いてみました。

※1 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイド・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。


CDTCのエグゼクティブ・ディレクターであるテレサ・マルティネス。photo by CDTC

「今年はアメリカ国内のハイカーが多いですね。ヨーロッパからのハイカーはほとんどいません。そして私が出会ったスルーハイカーは、ほぼ全員がワクチンを接種していました」。

CDTは、コロナ前までは国外の人では、ドイツ人に人気がありました。ドイツ語のドキュメンタリー番組が放映された影響が大きかったようです。しかし、ヨーロッパでは国外渡航が制限されていることや、ドイツでのワクチン接種率も6月中旬時点で9.6%にとどまっていました。それにより、今年のCDTハイカーの国籍も、例年とは異なっていました。


スルーハイカーの人数は回復傾向にある。


CDTにおいては、海外からの旅行者は減っていますが、スルーハイカーの人数は回復傾向にあります。

私は、今年はハイカーの数が急増すると予想していました。この1年間引きこもることを強いられた人たちが、大きな旅をしたくなると思っていたのです。しかし、ハイカーの数はコロナ前の伸びと同じくらい増えたものの、急増したという状況とはなっていないようです。


2021年のCDTは雪が多く、スルーハイカーにとっては大きなチャレンジとなるでしょう。photo by Francesca Governali

CDTCによる推計では、今年はCDTのノースバウンド (北向き) のハイカーが350人くらいいるそうです。この数字は驚くべきものです。というのも今年は、CDTCは南側の起点 (スタート地点) に行くためのシャトルバスが運行されていなかったからです。南のスタート地点に行くためには、荒涼とした砂漠を横断して移動する必要があります。そのため交通面のハードルがあり、それはスルーハイカーの悩みの種でもあります。

しかし今後は、シャトルバスは再開される予定になっているようです。サウスバウンド (南向き) のハイカーが南のゴールにたどり着く頃には、シャトルバスが再開され、スルーハイカーたちもゴール後に、無事に家に帰ることができるようになっているでしょう。

次にCDTと同じく、PNTA (PNT [※2] の運営団体) のディレクターであるジェフ・キッシュにもインタビューしたところ、彼は次のように話してくれました。

※2 PNT:Pacific Northwest Trail (パシフィック・ノースウエスト・トレイル)。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200mile(1,930km)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trailである。


PNTAのディレクターであるジェフ・キッシュ。photo by Jeff Kish

「地図の配布数やアプリのダウンロード数から推測すると、PNTハイカーの数は昨年よりも増えると思います。スルーハイカー数は、“増加”と捉えるより、 “通常に戻る” と捉えるほうが正しいと思います」

コロナ前は、PNTスルーハイカーの数は、年間70人ほどでした。2020年は40人近くまで減っていました。今年はまだほとんどのPNTハイカーがスタートしていませんが、ジェフは100人弱になるだろうと話していました。


ローカル・ハイキングが増え、CDTでは地元ハイカーの数が過去最多を記録。


コロナ禍において、アウトドアは、家族や友人と集まれる唯一の安全な場所だったこともあり、多くの人がアウトドアへと向かいました。

映画館などの屋内の娯楽施設が閉鎖されたこともあり、コロラド州の公有地管理局のレポートによると、トレイルの利用率がコロナ前に比べて30~50%増加したそうです。


アルパイン・トンネル・イースト・ポータル付近のCDTスルーハイカー。photo by Francesca Governali

結果、CDTは地元の人の利用者数が、過去最多を記録しました。マルティネスいわく、「以前は、週の半ばまでは、CDTでスルーハイカー以外の人を見かけることはありませんでした。でも今ではデイハイカーにも出くわします。これはここ数年では見られなかったことです。そのほとんどは地元の町に住んでいる人たちです」。

ロングトレイルへの関心は、ハイキングに限ったことではありません。「ボランティアでトレイルづくりや整備を行なうフィールドプログラムは、ほとんどが満員です」とマルティネスは言います。

CDTCでは、このような関心の高さを受けて、夏にはさらに多くのボランティアイベントを開催する予定です。


マスクを持ってトレイルを歩くPCTのハイカーたち。


4月下旬、私はPCTハイカーでありトレイルエンジェルでもある2人の友人を取材しました。アメリカとメキシコの国境から150mile (240km) ほど離れたカリフォルニア州のトレイルタウン、アイダイルワイルドの屋外で会いました。2人は定年退職を迎えた年齢だったので、早いタイミングでワクチン接種を受ける資格を持っていました。


PCTハイカーでありトレイルエンジェルでもある2人の友人。

ハイカーは野外でのウイルス感染率が低いことを知っています。私の友人は、「ハイカーたちは、PCTを歩く人を見ていると、コロナなんて存在しないようにも見える」と言っていましたが、実際はほとんどのPCTハイカーはマスクを持って歩いています。他のハイカーとすれ違うときには、マスクで口を覆うようにしています。

6月15日まではカリフォルニア州の法律で、義務付けられていたこともあって、町を訪れる際には野外でもマスクを着用するなど、ハイカーたちは注意事項を守って行動しています。

同様に、マルティネスはCDTハイカーについてこう話してくれました。「スルーハイカーは、トレイルの素晴らしいアンバサダーであり、町を訪れた際は、配慮があり、意識も高く、敬意を払っていました」。


多くのハイカーがネックゲイターをマスクとして着用し、他のハイカーとすれ違うときに口を覆うようにしています。


国境は閉鎖中のため、カナダ寄りの北の起点へのアクセスは要注意。


昨年はコロナのために、国立公園や州立公園、地域の公園の周辺にあるトレイルの大部分が閉鎖されました。

2021年の現時点 (6月17日現在) では、CDTに関しては、コロナの影響で閉鎖されているセクションはありません。しかし、PNTの最西部の沿岸部にあるインディアン居留地を通るセクションは、まだ閉鎖されています。

もはやコロナによる閉鎖は問題ではなく、山火事のほうが深刻です。昨年の大規模な山火事のシーズンにおいては、ほとんどのトレイルで長い舗装路歩きを強いられたり、焼けた森の周辺をシャトルバスで移動したりする必要がありました。特にPCTでは、このようなことが毎年のように頻発しています。


アメリカとカナダの国境に位置するウォータートン・レイクスにて。ここは、CDTハイカーがゴート・ホーントでゴールするときのお気に入りのポイントですが、国境が閉鎖されているためアクセスできません。

この記事を書いている時点では、アメリカとカナダの国境はまだ閉鎖されています。そのため、スルーハイカーのなかでも特にカナダ国境からスタートするサウスバウンドのハイカーに影響が出ています。今年の夏には国境が再びオープンになる予定ですが、スルーハイカーたちにとっては、アクセス面での課題が残されています。

カナダの国境警備隊はすでに、北の起点ゴート・ホーントからスタートしようとしたサウスバウンドのCDTハイカーを捕らえ、罰金を科しました。ちなみにゴート・ホーントはカナダを経由しないとたどり着くことができません (または、トレイルを半日かけて移動する必要があります)。

代替のスタート地点である北の起点チーフ・マウンテンは、カナダに入らずにたどり着けるため、こちらは今のところアクセス可能です。

また、チーフ・マウンテンはPNTの東側の起点でもあります。2021年4月の時点では、アクセスすることはできませんでした。というのも、チーフ・マウンテンに行くためには、コロナのために閉鎖されていたブラックフィート・インディアン居留地を車で横断しなければならないからです。ただしすでにこの道路は開通し、チーフ・マウンテンのトレイルヘッドは再びスタート地点として利用できるようになっています。


大雪が積もっている2021年のCDT。

アメリカとカナダの国境にあるPCTの北側の起点については、コロナ以前から、サウスバウンドのハイカーが、カナダからアメリカに歩いてわたることは合法ではありませんでした。

ノースバウンドのPCTハイカーは、正式なビザを持っていれば、アメリカからカナダに歩いて入国することが可能です。しかし、コロナによってカナダの国境が閉鎖されたため、ノースバウンドのハイカーは、町に出るために、引き返してハーツ・パスまでの32mile (51km) をハイキングしなければなりません。

次回の記事では、トレイルエンジェルやトレイルタウンの視点や、他のロングトレイルがどのような影響を受けているかに焦点を当ててレポートします。いずれにしても、2021年はスルーハイキングにいくつかの変化があったものの、多くの点において元に戻りつつあると言えるでしょう。


PCTのハイカータウン近くにある水場。

ワクチン接種の影響もあって、トレイルにハイカーが戻ってくることは、リズもある程度は予想していた。

しかし、トレイルに足を運ぶ地元の人が増えたり、トレイル整備などのフィールドプログラムへの参加者が急増することは、想像しておらず意外だった。コロナによって、人々のアウトドアへの関心が高まったことによる、とても興味深い結果だ。

次回は、さらに他のトレイル運営団体やトレイルタウンの人へのインタビューを通じて、アメリカのハイキング事情を深掘りしてくれる。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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WRITER
Liz Thomas

Liz Thomas

2011年にアパラチアン・トレイルを女性の最速タイムで踏破した記録(当時)を持っていることで知られている。彼女はトリプルクラウンを達成しただけでなく、米国に15以上あるトレイルでのスルーハイクを経験し、今まで15,000マイル以上ものトレイルを歩いてきた。また、彼女はその経験をロング・ディスタンス・ハイキングのコミュ二ティに還元することにも熱心で、American Long Distance Hiking Assosication-West(ALDHA-West)のバイスプレジデンドも務めている。彼女がハイキングを本格的に始める前は、イエ-ル大学の森林環境学部で環境科学の修士課程を修了し、彼女が手がけた、ロング・ディスタンス・ハイキング・トレイルとその保護およびコミュニティに関するリサーチは、名誉あるDoris Duke Conservation Fellowshipの賞を受けた。スポンサーはAltra, Gossamer Gear, Probar, Vermont Darn Tough socks, Mountain Laurel Designs, Sawyer filters, Montbellで、アンバサダーとして活躍している。
http://www.eathomas.com/

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