ロングトレイルの作り方(後編)/ 信越トレイルのこれから
取材:TRAILS 構成/文:根津貴央
「なぜ人は歩くのか?」という問いに対して、「そこに道があるからだ」という答えは、あながち間違いではない。人も、自転車も、クルマも、電車もそうであるように、道がなければ通ることはできない。
ロングトレイルも、そこに整備された道があるからこそ、多くの人が歩き、楽しむことができる。実際、整備が行なわれないことで、繁茂した草木によって道がなくなり、人が足を踏み入れることができなくなってしまったトレイルは少なくない。
つまり、ロングトレイルを維持管理していくためには、”整備をし続ける”ことが必要不可欠なのである。
とはいえ、それは容易いことではない。整備を行なうにあたっての障壁および課題は以下の通りである。
1.私有地、国有地など、土地の所有者が多岐にわたる
2.管理者、管理団体・組織が複数存在している
3.仕組み、体制の確立
4.全行程を整備するためのマンパワー
5.継続し続けるための手法
これらの諸問題に対して、信越トレイルはどんな取組みを講じてきたのか。そして、これからどう対応していくのか。
今回、整備を主導している『運営サイド』と整備のボランティアに携わる『ハイカーサイド』の両面から、整備のあり方を紐解いていく。
前者に関しては、前編でもご登場いただいたNPO法人信越トレイルクラブ事務局長兼なべくら高原・森の家支配人である高野賢一氏、および整備担当の田村良一氏にお話を伺い、後者に関しては、いちはやく整備に取り組んできたハイカーズデポの長谷川晋氏にお話を伺った。
■信越トレイルクラブの取り組み
上記課題の1、2に関しては、信越トレイルが開通した時点ですでに解決されていた。前編の記事にもあるように、信越トレイルクラブは森林管理者と協定を締結し、整備しやすい環境を構築していたのだ。
また、そもそも『持続的な利用と保全』を念頭に掲げてトレイル作りがスタートしているため、3においても事前に整備体制を確立。現在、エリアごとに行政および民間含めて20の団体が責任を持って整備を行なっている。ただ、仕組みがあるとはいえ運用は簡単ではない。
高野氏 当初は、とにかくマンパワーが不足していましたね。80㎞もの距離を整備するのは一筋縄ではいきません。でも関係各所に協力を仰いだり、ボランティアを募ったりしながらなんとか続けることができています。あとは、整備の方法ですね。整備マニュアルはあるのですが浸透させるには時間がかかりました。以前は、エリアによって貴重な植物を伐採してしまったり、必要以上に木々を刈り取ってしまったりして。信越トレイルのガイドラインとして『生物多様性の保全』が基本になりますので、そこに関しては適宜お願いしながらトレイルの品質維持に努めています
地元の自然を大切にするスタンスは整備においても変わらないのだ。たとえば重機は使用せず、人力でなるべく現地にある倒木や落ち葉などを利用する。
豪雪地帯ゆえ、積雪や雪崩、雪解けの際の地滑りによって、階段などは土砂ごと流されてしまうことも多い。そのため、斜面を土砂ごと土留めする『しがらみ工法』を用いたり、階段の水はけがよくなるように小枝を敷いた上に土を盛る『小枝のダム工法』を取り入れたりもしているのだ。
また信越トレイルには、長野県、新潟県、上越森林管理署、北信森林管理署、両県の自治体、観光協会、NPO等で構成する『信越トレイル連絡会』がある。そこでトレイルの現状や維持管理に関する情報共有および議論が行なわれている。関係者をつなぎ、そして意思統一を図るこういった組織の存在も、重要な役割を果たしている。
■ボランティアによる維持管理
ロングトレイルをボランティアの力で運営していくスタイルは、アパラチアン・トレイル(AT)をはじめ、アメリカではよく見受けられる。ATの仕組みを取り入れている信越トレイルも同様のスタイルではあるが、実はそれは開通前から根付いていた文化だと高野氏は言う。
高野氏 そもそも、巨木ブナの保全を目的に発足した『いいやまブナの森倶楽部』で、ボランティアによる活動を行なっていたんです。ボランティアを募って、自分たちの手で森を守り、道を作る。それが人と人との交流の場にもなるんです。さらに、田畑として利用されていなかった休耕地をボランティアの力で復活させて行こうという取り組みもありました。たとえば稲作であれば、田植え、草刈り、刈り取りと最低3回は足を運ぶ。それがこの地域を好きになってくれたり、リピートして訪れるきっかけにもなるのです
こういう素地があったからこそ、ボランティアによる維持管理が機能しているのである。ただし、「整備が義務にならないように気をつけている」と彼は語る。やらなくてはいけないという意識ではなく、みんなで一緒に作っていきましょうというスタンスが持続性において重要だと考えているのだ。
高野氏 単なる義務だったらそれはしんどいだけになってしまう。だから私たちは、トレイル整備が地域にどうつながっていくのかを伝えるようにしています。たとえば、80㎞を踏破したスルーハイカーからいただいた『歩くのは大変だったけど、トレイルを整備してくれた人に感謝!』『ボランティアスタッフに敬服しました』『世界のトレイルを歩いてきたけど、ここも素晴らしかったです』という声も共有しているんです
整備だけでなく、その先にあることも大事なのである。
■課題とビジョン
高野氏 今後、ルートを苗場山まで約40㎞ほど延長させる予定ですが、総延長120㎞になるにあたって、正直今の仕組みで対応できるのか不安はあります。ルートのチョイスもそうですが、それ以上にどうやって整備をしていくかが課題でもあるんです
冒頭の課題4で挙げたマンパワーは、今後大きな課題になってくるようだ。2008年の全線開通時から整備担当として整備に従事している田村良一氏は、こう語る。
田村氏 個人のボランティアの方々に、もっともっと来ていただきたいですね。現状トレイル開きの前の集中整備の人員は充分なのですが、オープン後がまだまだ足りていないのです。整備の団体があるとはいえ、高齢化が進んでいるエリアもあるので今後どうなっていくか心配ではあります
ロングトレイルとしてはより魅力的になりそうだが、一方で、現状の組織および地元の人だけでは維持管理できなくなる可能性もはらんでいるのである。もちろん、それを回避すべく高野氏も策を練っている。
高野氏 今考えているのは、連携のあり方です。県や市町村の垣根を越え、みんなで手を組んで維持管理をしていく。そういうロールモデルになれたらいいですね
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