TRAILS REPORT

ロングトレイルの作り方(後編)/ 信越トレイルのこれから

2015.08.07
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ハイカーズデポの長谷川氏。トレイル整備に強い関心を持ち、2013年から信越トレイルの整備を手がけ続けている。

■「整備がしたい!」ハイカーの想いが熱を帯びる

ロングトレイルを維持管理していくためには、運営側はもちろんそこを歩く人、つまりハイカーの存在も欠かせない。道がなければ人は歩かないが、逆に歩く人がいなくては道の意味もないのである。

そして、ロングトレイルをボランティアの力で整備していく上で、ハイカー自身がそれに関わることには大きな意義がある。2013年から信越トレイルの整備に携わってきた長谷川晋氏は、こう語る。

長谷川氏 2010年に、自分がPCT(パシフィック・クレスト・トレイル。アメリカ西海岸にある総延長4,265㎞のロングトレイル)をスルーハイクしたことが大きいですね。道中で現地のボランティアスタッフに会い、整備の現場を目の当たりにして、自分もやりたいと強く思ったのです。本当はPCTの整備をしたかったのですが、日本から気軽に行くことはできない。じゃあどこにするかと考えた時、信越トレイルよりも、まずは身近でよく足を運ぶフィールドである奥多摩・奥秩父だろうと考えたのです。

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アメリカのトレイルを歩いていると、整備のボランティアに会うことが多い。みんな誇りを持って整備に取り組んでいる。

■秩父多摩甲斐国立公園制定60周年の節目で生まれた整備ボランティアの芽

2010年は、秩父多摩甲斐国立公園の制定60周年という節目の年でもあった。そこで彼の勤めるハイカーズデポで定期的に実施しているハイカーズパーティーにて『秩父多摩甲斐国立公園を語ろう』というイベント(2011年2月27日)が開催された。このパーティーでは、ハイカーはもちろん山小屋のスタッフ、レンジャーなどが集まって、奥多摩・奥秩父の魅力を語り合った。

ここで整備の話題が出たのである。参加していた人の中には、後にTRAILSを立ち上げた佐井や後にアウトドアブランドを興したハイカーなど、ULハイキングやロングトレイルに造詣の深いコアなハイカーが中心だった。長谷川氏同様、整備ボランティアにも関心があり、「自分たちもトレイル整備をやりたい!」という声が上がり白熱した議論になったのだ。しかし、冒頭に挙げたさまざまな障壁もあり、「やりたい!」だけではそう簡単には実現できない現実を突きつけられることとなる。

2011年2月に開催されたハイカーズパーティー『秩父多摩甲斐国立公園を語ろう』。整備も含めて、熱い議論が繰り広げられた。

■信越トレイルで実現した整備ボランティア

ハイカーの整備に対する気運は高まっていたが、実現には至っていなかった。ただ当時、長谷川氏とTRAILSの佐井は整備の話を進めていた。

佐井 当時、みんな漠然と何かできないかなとは思い初めていたんです。そこでハイカーズパーティーをはじめ、具体的なアクションを起こしたのがハイカーズデポだったんです。そういう意味で、彼らがトレイル整備への足がかりを作ってくれたと思っています。

そしてこの後、長谷川氏が注目したのが信越トレイルだった。

長谷川氏 2012年頃から、ハイカーズデポで信越トレイルのマップを取り扱うようになったんです。加えて私自身、このトレイルをスルーハイクしていたので、ここで整備をやってみたい。ここでならできるんじゃないかなと思ったのです。

ちょうどこの頃、長谷川氏はハイカーズデポのお客さんでもあった野上健吾氏と親しくなる。彼は、信越トレイルの情報をハイカー目線で発信する『Shinetsu Trail非公式サイト』を運営し、当時、信越トレイルクラブの整備担当スタッフとして働いていた人物。彼との出会いによって、信越トレイルの実情もより詳しく知ることができるようになった。そして、2013年5月に、ハイカーズパーティーで『信越トレイル 〜ハイカーが歩く、ハイカーと支える〜』を開催。野上氏を通じて、信越トレイルとの関係性が次第に深まっていった。

2013年5月開催のハイカーズパーティー『信越トレイル 〜ハイカーが歩く、ハイカーと支える』。話しているのは、ロングトレイルの作り方(前編)にも登場した木村氏。

左が野上健吾氏。信越トレイルに足しげく通い『Shinetsu Trail非公式サイト』で情報発信しを続けるハイカーだ。

長谷川氏 信越トレイルもスルーハイクして、そしてハイカーズパーティーでも信越トレイルを取り上げて。もうこれは整備に行くしかないなと。まずは行ってみないことには何も始まらないと思ったんです。それで野上さんに、ハイカーズデポとして整備に携わりたい!という話をして。そうしたら木村さんも承諾してくれたんです。

そもそもハイカーズデポでは、いずれハイカーのお客さんを連れて整備に行こうと考えていた。ただし、それが一過性のモノになっては意味がない。どういう形で実現すれば持続可能なモノになるのか、そして、カルチャーとして発展していく可能性をもてるのか。長谷川氏と佐井は議論していた。

佐井 構想は色々とあったのですが、それを実現させる上でも”自分たちがやってみないとね”ということになり、まずはハイカーズデポとTRAILSでトレイル整備を体験してみることになりました。

そして2013年10月、ついに信越トレイルの整備に携わることになった。

長谷川氏 信越トレイルは長野県、新潟県と2つの県をまたいでいますが、整備の取りまとめをしているのは信越トレイルクラブ。そこに申し込めば携われるので、整備に興味があるハイカーには絶好のフィールドです。2013年以降、毎年参加していますが、整備のやり方や考え方などを一から丁寧に教えてもらえます。こういった受け入れ体制も素晴らしいですよね。

2013年10月、第1回目の整備ボランティア。現地の倒木を利用して杭を打ち込んでいるTRAILS佐井。

整備中に、信越トレイルを歩いているハイカーが通る。自分が整備した道を歩く姿を見て、一同感激。

ハイカーズデポ&TRAILSによる初めてのトレイル整備が終了。達成感と充実感でいっぱいの表情が印象的。

■「この道は、自分たちが作ったんだ!」と言いたくなる

長谷川氏 初めて整備に携わって思ったのは、ハイキングにおいてこれほどやりがいを感じられることがあるんだ!ということです。PCTで会ったボランティアに『お前がこれから行くあそこの道はオレが作ったんだから、心して歩けよ!』と誇らしげに言われたり、アリゾナ・トレイルで会ったトレイルエンジェル(ボランティアでハイカーをサポートしてくれる人)に『これから君が行く道は、僕が数年前に作った道なんだよ!』と言われたりしたんですが、そう言いたくなる気持ちが分かった瞬間でもありました。

その気持ちは佐井も同じだ。

佐井 現地調達した倒木を加工して階段を作る材料にするために、鉈(なた)の使い方から教えてもらったり。トレイルでの遊び方をまたひとつ見つけてしまったという感じが、単純に楽しかったですね。しかも、ちょうどその時、信越トレイルを歩きに来ているハイカーが偶然僕らが整備したばかりのトレイルを通ったんです。それで『この道、僕たちが作ったんですけど、歩き心地どうですか?』なんて自慢げに聞いたりして(笑)。

歩くという行為と整備という行為は別物と捉えられがちだが、長谷川氏はそう思ってはいない。ハイキングカルチャーを考えた場合、トレイル整備は不可欠で、それがカルチャーを支えているといっても過言ではない。整備をすることで、自分の遊び場を自分で作る感覚も味わえるし、整備をしている人への感謝の気持ちも芽生えるし、自然の素晴らしさや面白さも体感できるのだ。

2014年6月、第2回目の整備ボランティア。道端の石を集め、それを利用して新しい看板を設置する。

看板の建て替えは、整備の中でも花形の作業。かなりの労力を要しただけに、喜びはひとしお。

長谷川氏 今年はアパラチアン・トレイル(AT)のスルーハイカーでハイカーズデポのスタッフでもあるべえさんこと勝俣も連れていったのですが、彼がこんなことを言っていたんです。「PCTやATのボランティアはそのトレイルを歩いていない人が多いけど、これまでの自分のハイキングに対する恩返しのためにトレイル整備をしている。そしてそのハイカーたちが整備後に目を輝かせながら楽しそうに語り合う。この一体感、心のつながりは、まさにスルーハイカー同士のつながりに通ずるものがある」と。

ハイカーとしてただ歩くだけではなく、整備をすることでより楽しみが増し、ハイカー同士のつながりも生まれるのである。

2015年6月、第3回目の整備ボランティア。左端が昨年ATをスルーハイクした勝俣隆氏。

■整備を続けていくために必要なこと

ハイカーズデポとTRAILSは、今後も信越トレイルの整備に携わっていく予定である。しかし、どう続けていくか、続けていくための手法は考えないといけないと長谷川氏は言う。

長谷川氏 東京から日帰りで行くのは、しんどい部分もあるんですよ。クルマで片道4時間くらいかかりますし、早朝に出発して整備をしてそのまま戻るので、整備しかできない。信越トレイルクラブとしても、実際は地元をもっと体験して欲しいはずで、そこにある自然や食、文化も味わって欲しいんです。その仕組みを考える必要はあると思います。

たとえばアメリカでは、整備のボランティアを募る際に、宿と食事を提供しているそうである。これも、整備に携わる人を増やし、かつ持続性を持たせる上で有効な手段のひとつかも知れない。

まだ構想段階ではあるが、来年以降1泊2日のイベント形式の整備ボランティアを考えているそうだ。しかし、単に『イベント楽しかったね』で終わってしまっては意味がないと言う。あくまで目的は整備であり、それが実現できるスタイルを模索しているとのこと。

長谷川氏 ただ、整備ありきだとしんどくなってしまいますからね。ハイカーとしては、まずは道を歩くことからです。歩いて楽しんで、そこでその道に対して何か感じることがあればぜひ整備にも携わってほしいですね。

ロングトレイルは作って終わりではない。
いかに整備を続け、そして歩き続けるかが重要なのだ。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年、TRAILSに正式加入。2024年よりTRAILSのHIKING FELLOWに就任。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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