TRAILS REPORT

LONG DISTANCE HIKER #08 長沼商史 | ロング・ディスタンス・ハイキングで得られる解放と自由

2021.09.15
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話・写真:長沼商史 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第8回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、『釣歩日記』(ちょうほにっき ※1) の著者でもある長沼商史 (ながぬま ひさふみ) a.k.a. GNU (ヌー) さん。

ヌーさんは、2012年にパシフィック・クレスト・トレイル (PCT ※2) をスルーハイクし、2013年にコンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT ※3) をセクションハイク、さらに2013年末から2014年の頭にかけてNZのテ・アラロア (TA ※4) をスルーハイクした。

もともと釣りとサーフィンと旅と自然をこよなく愛する男だったが、山とは縁がなく、山を歩きだしたのは2011年の秋。それからわずか半年ほどで、アメリカのロングトレイルのスルーハイクに挑み、立て続けにNZのトレイルも歩き切ってしまった。

それを本人は気負いもなく、「結局はバカなことをやりたいだけなんだよねー」と笑う。

そんなヌーさんのロング・ディスタンス・ハイキングのスタイルに迫った。


ヌーさんが愛用しているバックパックは、「Gossamer Gear / Gorilla」(ゴッサマーギア / ゴリラ)。


自分のやりたいことがぜんぶできる。それが、ロングトレイルだった。


—— 根津:山を歩きはじめてから、約半年後にPCTをスルーハイキングするだなんて、また一足飛びにいきましたね。

長沼:「ハイカーズデポの長谷川さんからPCTの話を聞いたら、もうこれは行かないとってスイッチが入ってしまったんだよね。カリフォルニアのゴールデントラウトと、シエラの写真も見ちゃって。そのあと、加藤則芳さんのイベントでロングトレイルの話を聞いたりして、その時点で、オレのメーターはレッドゾーンを振り切っていたよね」


PCTでゴールデントラウトを釣ることに憧れ、実際に釣って食べた。

—— 根津:約2年間で、ロングトレイルを約8,500kmも歩きました。ロングトレイルのなにがそこまでヌーさんを駆り立てたんですか。

長沼:「ラーメンで言えば全部乗せなんだよね。旅とか釣りとか遊びの種類の面はもちろん、自然の一部になりたいっていうオレの思想の部分でもそう。全部乗っかってる。とにかく自分のしたいことがすべてできるんだよね」

—— 根津:“自然の一部” っていう感覚については、以前からよく言っているけど、それはいつ芽生えたの?

長沼:「昔からだよね。3〜4歳からやってる釣りと、18歳頃からはじめたサーフィンの影響だとは思うけど。なんかね、この話をすると頭おかしいと思われるからあまりしないんだけどさ (笑)。地球が人間だとするじゃん。そしたら川は血管と血液で、オレら人間は、細胞とかそのくらいちっちゃな存在でしかないわけよ。

釣りもさ、オレにとっては狩りなんだよね。獲って食うっていう。人間の細胞もなにか食って生きてるわけじゃん。それと同じって考えたら、人間ってたまたま頭脳持ってて、能書き垂れているけど、大差はないんだなって。ロングトレイルを歩いていると、そういう感覚になれるんだよね」


TA (テ・アラロア) で出会った巨木。ロングトレイルを歩いていると、自然の一部になっている感覚が強く味わえる。


バカっぽいことをやるのが、なんかかっこいいと思っちゃってる。


—— 根津:ノリは軽いんだけど、自然への愛というか畏敬の念をしっかり持っているのが、ヌーさんらしいよね。

長沼:「まあでも根底には、フザけたいってのがあるんだけどね。フザけて、ウケるだろ、こんなことやってるんだぜ、みたいな。

フザけて面白がられたい。鼻で笑われてもいいし、応援されてもいいんだけど、バカっぽいことをやるのが、なんかかっこいいと思っちゃっているとこが昔からあって。

原体験は小学校の5、6年のチャリ旅かな。同級生とかに、どこどこまで行ったの? すごいね! なんて面白がられたのが嬉しくて。面白がられたいの延長が、旅になったり、サーフィンになったりしてるんだと思う」


トレイル上で釣りをして、嬉しくておどけるヌーさん。

—— 根津:ロングトレイルも、その延長だと。

長沼:「だってバカでしょ、あんな距離歩くなんて。クルマ乗りゃいいじゃんって話じゃん。意味なんかないんだけど、それを必死になってやってるのがバカかっこいい。ロックとか音楽だってそうでしょ。


仲間のスルーハイカーと一緒に歩いたこともあった。PCTのカリフォルニア南部にて。

いつだったか間寛平さんが、オレと同じ考え方だなと思ったことがあって。あの人、世界中を走ったり、ヨット乗ったりしていたけれど、その理由を聞かれて、フザけて目立ちたいって言ってたんだよ。

オレはそこまで目立たなくてもいいけど、知り合いにあいつフザけてんなーと思われたいとはずっと思っていて。これまでの旅もそう。と同時に、オレが面白くないと面白がられないだろうと思っているから、そこは重要で。そういう点でも、ロングトレイルはバシッとハマったかな」


バカで愉快なハイカーたちとの交流も楽しかった。


ロング・ディスタンス・ハイキングで得られる、解放と擬似的な自由。


—— 根津:次に歩こうと思っているロングトレイルはあるの?

長沼:「ロング・ディスタンス・ハイキングは、期間長いじゃん。あれって結局、仕事を辞めることに意味がある遊びなんだよね。ちょっと今はそういう時期ではないかな」


絶景を見ながら歩くのが最高に楽しかった、PCTのナイフリッジ。

—— 根津:仕事を辞めるからこそ意味がある?

長沼:「経済活動から離脱するってことだよね。それをしないと自由にはなれない。自由というよりは解放だね。まあ自由っていうのはオレの中ではもうちょっと奥が深くて、今の世の中においてはオレが思う自由は金持ちしか得られないから。

でも、解放と擬似的な自由はロングトレイルで得られるんだよね。

しかも、毎日必死で歩いている。毎日やることがあるから、将来のことを考えている余裕もなくて、余計なことを考えなくなる。ぶっちゃけ水と食い物と寝る場所と天気のことしか気にしてないじゃん。どっちかというと動物に近いよね。

それが、ロング・ディスタンス・ハイキングの大きな魅力でもある」


トレイル上での食事風景。アルコールストーブにチタンクッカーを組み合わせたULスタイル。

—— 根津:その “解放” を、PCT、CDT、TAを歩いた2年間で存分に味わったわけだ。

長沼:「ただ、オレ以上のやつがいたんだよね。同じ年にPCTをスルーハイクしてた、とあるハイカーなんだけど。ケネディ・メドウっていう町に寄った時に彼が寝袋を干してたんだけどさ、それがちょー臭かったんだよ。そん時に、オレ負けたなと思った。

オレはツエルト張って、ストレッチして、足拭いて……ていうルーティンが毎日あって。A型だからそこはちゃんとしてるんだよ。それがさ、そのハイカーはきっと足も拭かずに、きったねーまま、あー疲れたーっつって寝袋入ってるんだなあって考えたら、嫉妬したよね」

—— 根津:なんでそこに嫉妬するの?

長沼:「だって自由じゃん! やらなきゃいけないことがないから、オレより解放されているんだよ」


CDTとTAで使用したシェルターは、この「Finetrack / ZELT1」(ファイントラック / ツエルト1)。PCTでは同ブランドのZELT2を使った。


This is LONG DISTANCE HIKER.



『 バカでしょ、あんな距離歩くなんて 』
 
ヌーさんは、根はマジメだ。幼い頃から釣りやサーフィンを通じて自然とたわむれてきたから、自然への愛も人一倍強い。ロングトレイルを歩けば、毎日必死になって歩くし (実はPCTでは歩きすぎて、途中、疲労骨折もしている)、日々の段取り、ルーティンも欠かさない。
 
でも一方で、スルーハイクをすることに対して、「だってバカでしょ、あんな距離歩くなんて。クルマ乗りゃいいじゃんって話じゃん」と言いつつ、「それを必死になってやってるのがバカかっこいいよね」と笑う。
 
真面目に一生懸命バカなことをやる。「自然の一部」になれる感覚を、バカみたいに本気で求める。それがヌーさんのかっこよさであり、ロング・ディスタンス・ハイカーらしさなのだろう。
 

根津貴央

 
※1 釣歩日記 (ちょうほにっき):2012年〜2014年にかけて、アメリカとニュージランドのロングトレイルを歩いた時に書いていたブログ「釣歩大全 ロングトレイルと釣り」をベースにした書籍。
 
※2 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
 
※3 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイ・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
 
※4 TA:Te Araroa (テ・アラロア)。ニュージーランドの北島から南島を縦断する、総延長3,000kmのトレイル。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年4月、TRAILSに正式加入。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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