TRIP REPORT

TOKYO ONSEN HIKING #15 | 塩ノ山・井筒屋別館

2022.01.21
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TRAILS編集部crewの根津による『TOKYO ONSEN HIKING』、第15回目。

今回の温泉は、山梨県は甲州市にある『井筒屋別館』。

約600年前の開湯という古い歴史を持つ塩山 (えんざん) 温泉郷にあり、長らく湯治場として利用されてきた完全自炊の温泉旅館だ。


塩山温泉郷から見える塩ノ山 (標高553m)。地元のシンボルでもある。

TOKYO ONSEN HIKINGのルールはこれ。

① TRAILS編集部 (日本橋) からデイ・ハイキングできる場所
② 試してみたいUL (※1) ギアを持っていく (※2)
③ 温泉は渋めの山あいの温泉宿がメイン (スーパー銭湯に非ず)

ハイキングをするのは、塩山という地名の由来にもなったとも言われている塩ノ山 (しおのやま・標高553m)。このエリアで一際目立つ独立峰である。


塩山という山号を持つ、向嶽寺 (こうがくじ) から山へと入っていく。


今年の冬は寒い! なんて思っていたものだから、年始からどこかいい温泉はないかと探していた。それで、たまたま目にとまったのが塩山温泉だった。

塩山駅から歩いていけるし、しかもすぐそばに塩ノ山があるではないか。もうなんの迷いもなく、2022年一発目の温泉ハイキングの行き先が決まった。


塩山駅〜向嶽寺〜塩ノ山山頂〜井筒屋別館までのコースタイムは、約1時間20分。途中、塩ノ山自然遊歩道の案内板 (詳細マップ付き) があるので、要チェック。


スタート地点の中央本線「塩山駅」北口。新宿駅からは普通列車で約2時間半、特急で約1時間半。

調べると、温泉街から塩ノ山につづく道 (塩ノ山自然遊歩道) が延びている。多くの人が、ここから登っていくようだ。でも僕は、あえて温泉街からちょっと離れたところにある向嶽寺 (こうがくじ) から登るルートを選んだ。

というのも、塩山温泉は、向嶽寺を開山した抜隊禅師 (ばっすいぜんし) が発見したといわれている。しかも、向嶽寺の山号 (さんごう・仏教の寺院に付ける称号) は塩山、つまり塩山向嶽寺。塩ノ山に登り、塩山温泉に入るならば、まずは向嶽寺に挨拶しないと! と思ったのだ。


臨済宗向嶽寺派の大本山である向嶽寺の仏殿。後ろに見えるのが塩ノ山。


四方からよく見える、四方がよく見える「しほうのやま」が由来とされる「塩ノ山」を体感。


向嶽寺の裏手から、遊歩道が延びていた。お寺から歩きはじめるなんて、風情があっていいじゃないか。たいていハイキングの序盤はこれといったトピックがないものだが、今日はスタートからテンション高めである。


向嶽寺の裏に塩ノ山へとつづく遊歩道がある。

しかもしばらくは、山を巻くようにつづく平坦な遊歩道。西側に広がる甲州市の街並みを眺めながら歩くのが、なんとも気持ちいい。


山頂への登りに入るまでの道は平坦で歩きやすく、散歩道のよう。

つづいて登りがはじまるものの、30〜40分も歩けばもう頂上である。ここからの眺めがまた良いのだ。とはいえ、よくある山頂からの絶景とはちょっと趣が異なる。山麓からの標高差は約150mなので高度感はあまりないし、目を見張るような山々が見えるわけでもない。眼下には、甲府盆地の街並みが広がっているくらい。

でもそれが新鮮だったのだ。お城の天守閣から城下町を眺めている感じと言ったらいいだろうか。すべて見渡せる感じが、とても印象的だったのだ。

実はこの塩ノ山という名前は、四方からよく見える、四方がよく見える「しほうのやま」が由来とも言われている。まさにそれを体感した感じがした (実際は、頂上からは四方ではなく山の西面と南面しか見えないけど)。


塩ノ山の山頂からの眺め。甲府盆地の街並みが一望できる。

あっという間に登頂したこともあって体力はありあまっていたものの、この冬の寒い時期は、なにをせずとも腹が減る。というわけで、TRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』をほおばった。ハイカロリーのヘーゼルナッツとピーカンナッツを多めに入れてきたのは、正解だった。


行動食は、TRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM(Make Your Own Mix)』。素材は100%オーガニック。


ULギアで淹れたULコーヒーで、ひと休み。


今回はコースが短いこともあり、ランチ用の食料は持たずに行動食のみ。その代わり、コーヒーを持ってきた。いつもはインスタントコーヒーで済ませてしまっているけど、時間に余裕がありそうだったので、コーヒーを淹れるべく専用ギアを用意した。


『MAXI / Titanium Espresso Coffee Maker 200ml』(実測183g) とブランド名&プロダクト名が不明のアルコールストーブ (実測22g)。

まず、コーヒーメーカーは、『MAXI / Titanium Espresso Coffee Maker 200ml』(マキシ / チタニウム・エスプレッソ・コーヒーメーカー 200ml) だ。

チタン製なので、丈夫かつ軽量 (実測183g)。挽いた豆と水を入れ、火にかけて数分で完成だ。その名のとおりエスプレッソ用だが、豆の量と水の量を調整すればアメリカーノだって作れてしまう。

ストーブは、TRAILS編集長・佐井の私物で、ブランド名&プロダクト名は不明。ゴトク一体型で便利なことにくわえ、ゴトクが釘というハンドメイド感あふれるユニークな佇まいが最高だ。


一体型ゴトクが釘でできているのも、このストーブの特徴のひとつ。

お湯が沸いてから2〜3分で抽出完了。今日の僕の気分はアメリカーノだったので、水の量を多めにして淹れた。眼前に広がる甲府盆地を眺めながら美味しいコーヒーを飲むのは、なんとも贅沢だ。


抽出完了! 山で淹れたコーヒーは美味い。

コーヒーを飲んだあとは、恒例のハンモックタイム。この季節、うっかりハンモックだけ持ってくると、寒すぎて休めない! なんてことになりがちなので、防寒対策もマスト。今回は、ハンモックとスリーピングバッグを組み合わせた。

使用したハンモックは、『KAMMOK / Mantis UL』 (カモック / マンティスUL)。風が吹くことも想定して、オールインワンセット (ハンモック+バグネット+タープ) のこれにしたのだ。ただ、天気が抜群に良かったこともあり、ハンモック本体 (実測311g) だけを使った。オールインワンながらも単体で使えるのがこのギアの魅力でもある。

スリーピングバッグは、『Highland Designs / Down Bag』 (ハイランドデザインズ / ダウンバッグ 実測544g)。フードなしかつフットボックスまでジッパーが付いているタイプゆえ、ハンモックを包み込むことができる。外気とは裏腹にポカポカだったので、寝落ちしてしまうところだった。


『KAMMOK / Mantis UL』と『Highland Designs / Down Bag』の組み合わせ。2つ合わせた重量は、855g。


湯治のためにしばらく逗留したくなる、居心地のいい温泉宿。


寝そうになるほどたっぷり休んだあとは、いざ温泉へ。下山道は登り同様なだらかで、絶妙な勾配。重力に身をませていると、速すぎず遅すぎず、ちょうどいいスピードで下っていくことができる。


落ち葉でフカフカの遊歩道を下っていく。

遊歩道から塩山温泉に降り立ち、5分ほど歩いたところに、『井筒屋別館』がある。ご主人である萩原守さんにお話をうかがった。

井筒屋は、守さんの祖父が明治初期に旅館業をはじめた、歴史ある温泉宿。守さんが経営する別館は、完全自炊の湯治宿として長らく湯治客を中心ににぎわっていたそうだ。現在は、登山客が8割を占めるという。


井筒屋別館。日帰り入浴は500円。宿泊に関しては、1名の場合は1泊3,800円 (税抜)、2名以上の場合は1名あたり1泊3,500円 (税抜)。詳細はホームページにて (http://www.itsutsuyabekkan.info/index.html)。

もともと湯治目的の人が、長期で滞在していた宿だけに、館内もいい意味で飾り気がない。なんだか田舎の実家に帰ってきたような感じで、ここでならストレスなく長期滞在できるのもうなずける。


部屋はすべて和室で、落ち着く雰囲気。

炊事場も、一般家庭となんら変わりなく、普通に住める宿。誰が来てもここが自分の家と化してしまいそうだ。今ならワーケーションとして利用するのもいいかもしれない。


完全自炊の湯治宿ということで、自炊環境も抜群。

温泉は、大浴場と家族風呂の2つがある。泉質は弱アルカリ性で、入浴後に肌がしっとりするのが印象的だ。湯治場ゆえ、冷え性や神経痛、リウマチを抱える人が多く通ってきていたそうだ。


大浴場。シャンプー、リンス、石けん、ドライヤー等も完備。

今回僕は、家族風呂に入らせてもらったが、表情を見てもわかるように極楽だった。なにか特別な設備とかがあるわけではないのだが、泉質の良さと、このまさに湯治場というシンプルな作りが相まって、心身ともに癒された。


今回入浴したのは、大浴場より小さい、こちらの家族風呂。

ちなみに、聞けば守さんは刀装具 (とうそうぐ) 研究家としての顔も持っていて、現在も刀装具 (日本刀の外装のこと) の研究や仕事にかかわっているとのこと。また奥さんの美智子さんは、登山が趣味で、日本百名山、山梨百名山の全山登頂はもとより、ヒマラヤ、モンブラン、マッターホルンなどの海外登山の経験も豊富とのこと。

僕としては、温泉だけではなく、このご夫婦からディープな話を聞くことを目的に訪れるのが、井筒屋別館おすすめの楽しみ方である。


塩ノ山の山頂にあるベンチにて。

甲府盆地にある、エピソード満載の塩ノ山と、旅館業とは別の顔も持つご夫婦が営む井筒屋別館。

日帰りとは思えないくらい旅感あふれるハイキングとなった。

さて、次の『TOKYO ONSEN HIKING』はどこにしよう。

※1 UL:Ultralight (ウルトラライト) の略であり、Ultralight Hiking (ウルトラライトハイキング) のことを指すことも多い。ウルトラライトハイキングとは、数百km〜数千kmにおよぶロングトレイルをスルーハイク (ワンシーズンで一気に踏破すること) するハイカーによって、培われてきたスタイルであり手段。1954年、アパラチアン・トレイルをスルーハイクした (女性単独では初)、エマ・ゲイトウッド (エマおばあちゃん) がパイオニアとして知られる。そして1992年、レイ・ジャーディンが出版した『PCT Hiker Handbook』 (のちのBeyond Backpacking) によって、スタイルおよび方法論が確立され、大きなムーヴメントとなっていった。

※2 実は、TRAILS INNOVATION GARAGEのギャラリーには、アルコールストーブをはじめとしたULギアが所狭しとディスプレイされている。そのほとんどが、ULギアホリックの編集長・佐井の私物。「もともと使うためのものなんだし、せっかくだからデイ・ハイキングで使ってきてよ!」という彼のアイディアをきっかけにルール化した。

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根津 貴央

根津 貴央

1976年、栃木県宇都宮市生まれ。幼少期から宇宙に興味を抱き、大学では物理学を専攻。卒業後、紆余曲折を経て広告業界に入り、12年弱コピーライター職に従事する。2012年に独立し、かねてより憧れていたアメリカのロングトレイル「パシフィック・クレスト・トレイル(PCT/総延長4,265km)」のスルーハイクのために渡米。約5カ月間歩きつづける。2014年には「アパラチアン・トレイル(AT/総延長3,500km)」の有名なイベント「Trail Days」に参加し、約260kmのセクションを歩く。同年より、グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)を踏査する日本初のプロジェクト『GHT Project(www.facebook.com/ghtproject)』を仲間と共に推進中。2018年、TRAILSに正式加入。2024年よりTRAILSのHIKING FELLOWに就任。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS) がある。

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