TRAILS REPORT

あまとみトレイル開通 – 信越トレイルとつながる200km #02 | あまとみトレイルができるまで

2022.02.02
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文・構成:TRAILS 写真:あまとみトレイル, TRAILS

『あまとみトレイル』は、長野県と新潟県をまたぐ妙高戸隠連山国立公園にあり、斑尾山から戸隠、長野駅までを結ぶ86㎞のトレイルである。

このトレイルは、斑尾山で信越トレイルと接続している。信越トレイルは昨年2021年に、苗場山まで延伸し、全長110kmのトレイルとなった。信越トレイルとあまとみトレイルを合わせると、約200kmのトレイルとなる。

この#02の記事では、『あまとみトレイル』誕生のキーパーソンである、「妙高戸隠連山国立公園連絡協議会歩く利用部会」の部会長・林部直樹氏、副部会長・西田幸平氏、前田久美子氏の3人に話を伺い、『あまとみトレイル』ができるまでのメイキング・ストーリーを紐解いていく。


戸隠エリアから望む山並みと集落。


妙高戸隠連山国立公園の独立をきっかけに、構想が動き出す。


妙高戸隠連山国立公園は、2015年3月に、上信越高原国立公園から分離独立することで誕生した、新しい国立公園である。

狭いエリアに火山と非火山という種類の異なる山々が結集し、麓には高原や湖沼が広がる特異な地理的特徴を持つ。北信五岳 (信越五岳) として親しまれている妙高山、斑尾山、黒姫山 、戸隠山、飯縄山も、この国立公園に含まれる。

6市町村 (新潟県:糸魚川市、妙高市 長野県:長野市、小谷村、信濃町、飯綱町) にまたがっていることもあり、このエリア全体でなにかできないかと考えたのが、「妙高戸隠連山国立公園連絡協議会歩く利用部会」の部会長である林部直樹氏 (当時は部会自体存在していなかった) である。

「私は戸隠出身の設計士なんですが、建築に携わるなかで、ただハコを作るだけではなく、世代を超えてつづくモノづくりを心がけていました。それは都市空間や道もそうです。

国立公園の独立のタイミングで、戸隠で山の庭タンネというロッジを経営されている、大先輩の里野さんから問いかけがあったんです。『設計士として、このエリアを道を通じてデザインできないか?』と。この地域には、自然との付き合い方のお手本となる良い先輩方がたくさんいます。私はつねづね、その方々の思いや考え、生きざまを、地域の宝として継承していきたいと考えていました。

そういった背景もありまして、この地域にトレイルをつくることで、古くからの人と自然との関わりを現代に伝えていきたい。そう思い立って、2016年にロングトレイルの構想を戸隠にある環境省の事務所に持っていったのです」


野尻湖の近くに広がる田園風景。

このトレイルのきっかけは、行政からのトップダウンではなく、地元の人の発案から始まったのだ。また、林部氏らの働きかけは、分離独立したばかりの妙高戸隠連山国立公園にとっても、あたらしい利用方法としても前向きに受け止められ、構想は現実に動き出した。

そして翌年の2017年、このロングトレイル構想を推し進めることになったのが、妙高戸隠連山国立公園連絡協議会の「歩く利用部会」だ。もともとこの部会は、国立公園を歩くアクティビティを中心に楽しんでもらうために組織されたものである。


官民協働で、国立公園のトレイル構想が進んでいく。


妙高戸隠連山国立公園の特徴のひとつとして、官民の「協働型管理運営」を先駆けて掲げた国立公園であることが挙げられる。あまとみトレイルも、国立公園内にありながら、行政だけでなく、民間の力も大いに取り入れられて、進められていった。

その推進役が「歩く利用部会」である。しかし、課題も多かったという。


「歩く利用部会」のミーティング風景。あまとみトレイルについて、官民が連携してみんなで意見を出し合った。

当時、環境省の戸隠自然保護官事務所のアクティブレンジャーだった前田久美子氏は、こう語る。

「歩く利用部会の最初の頃は、環境省、部会の人、地元の人、それぞれ意見も違いましたし、会議だけでなかなか前に進まないところもありました。でも、みんなで外に出て、トレイルの踏査を始めてみたら、いろいろ見えてきました。

この国立公園の特徴は、山や植生などいろんな種類のものが密集しているところにあるので、ひと言では説明しにくいエリアではあるんです。だからこそ、実際に歩いてみないとわからないとは思っていました。また私個人としては、『LONG DISTANCE HIKERS DAY』(※) に参加したことで、ハイカーとはこんな人たちなのか、というのを体感できたことで、一気にやる気が上がりました」

そして2018〜2020年にかけて、地元をよく知る研究家や専門家と一緒にルートを踏査するワークショップを、地道に重ねていった。

※ LONG DISTANCE HIKERS DAY:日本のロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーを、ハイカー自らの手でつくっていく。そんな思いで2016年にTRAILSとHighland Designsで立ち上げたイベント。ロングトレイルを歩いたハイカーが、リアルな旅の体験を発信できる場。ロング・ディスタンス・ハイキングの旅の情報や知恵を交換できる場。旅のあとのライフスタイルについて語り合える場。そんなふうに、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅を愛するハイカーにとって、最もリアルな人と情報が交流する場でもある。2022年は、4/23 (土)・24 (日) に開催予定。


2018〜2020年にかけては、何度もトレイルの踏査をして、魅力あるルートづくりに取り組んだ。

当時、信濃町の地域おこし協力隊だった西田幸平氏は、加藤則芳氏の本を読んでアメリカのジョン・ミューア・トレイル (JMT) にも憧れていた人物で、自ら進んで歩く部会に参加した。

「あまとみトレイルは、ほぼ既存の道をつないでいます。なので、いちから道を切り拓くような大変さはありませんでした。ただ、東端の斑尾山から野尻湖、関川の関所にいくセクションは、さまざまなルートのパターンが存在しました。2018年にみんなでそこをくまなく歩いて、最終的に現在のルートに落ち着きました」


さまざまなプロセスを経て、ようやくルートが決定した「あまとみトレイル」。現時点では86kmだが、笹ヶ峰から小谷村、糸魚川市をつなぐルートも検討中だ。


みんなで、あまとみトレイルの魅力を探索する。


前回の#01でもレポートしたように、ロングトレイルというものは、何十年もかけて作り上げていくものである。そしてその魅力を伝えていくためには、そのトレイルの存在理由ともなるコンセプトが重要になる。しかし、コンセプトをつくるのは簡単な作業ではない。

あまとみトレイルの「歩く利用部会」のメンバーも、このトレイルのコンセプト、ビジョンを探し、その魅力をどのような言葉で表現するかを考えた。

林部氏はこう語る。

「『境界を越えていこう』というのは、裏テーマと言いますか、私は大事にしています。この国立公園は、それぞれの地域の個性があります。歩く側からすれば県境、生態、植生の変化も見ることができるし、作る側からすれば6市町村が協力しなければいけない。そういう意味で、境界を越えるというテーマでデザインできればと思ったのです。また有名な観光地よりは、この土地の暮らしを垣間見られる場所に、トレイルを通したいとも考えていました」


戸隠神社の奥社へとつづく杉並木。

先ほど前田氏が、この国立公園は、いろいろな魅力が集まっているので、ひと言では説明しにくいという話をしていた。西田氏は、「多様性」という言葉でこのトレイルの魅力について語ってくれた。

「僕は、景観の多様性が魅力だと思っています。86kmにさまざまな区間が存在するんです。

いくつか例を挙げると、まず善光寺〜戸隠の道中の芋井集落には、リンゴ園や田園ののどかな田舎の風景が広がっています。戸隠には戸隠五社、そして戸隠古道という厳かな信仰の道があります。黒姫山の登山道から笹ヶ峰に抜ける道は、僕の一番好きなところ。カラマツからミズナラ、ブナ、ダケカンバへと標高とともに植生が変わり、あまり人が通らない知られざる道ですが、とても深く美しい森が広がっています。さらに妙高の里のなかを抜けて、北国街道の関所を通 り、江戸時代の用水路沿いを歩き、野尻湖畔の森を経て斑尾山へ。

歩きながらどんどん景観や文化、人々の営みが変わっていくのが面白いですね」


善光寺から一ノ鳥居の間にある芋井集落。

あまとみトレイルには、このように多種多様な魅力が詰まっている。「歩く利用部会」のメンバーは、さらにこの魅力をよりよく伝えられる方法を、今も模索しつづけているという。


信越エリアの、あらたなロング・ディスタンス・ハイキングの可能性。


「あまとみトレイル」の3名のキーパーソンから、この86kmのトレイルの誕生背景を伺ったが、あまとみトレイルの大きな特徴のひとつとして、「信越トレイルとつながっている」ということが挙げられる。


斑尾山とつながっている大明神岳からの眺望。

その点について、どう捉えているのか、信越トレイルクラブの鈴木栄治氏に話を聞いた。

「僕はロングトレイルは長ければ長いほど魅力が増すと考えているので、率直に楽しみですね。信越トレイルも東側に延伸して魅力が増えましたが、西側にあまとみトレイルが接続したことで、さらにバリエーションが増え、地域をまたぐ歩き旅の魅力が増すと思っています。

また、これからさらに地元の人の存在が、このトレイルを育んでいく大きな要素のひとつになると思います。運営側が頑張るだけでなく、地元の人とハイカーとの接点が大事ですね。地元の人は、ハイカーとの触れ合いを通じてこのトレイルに興味を抱き、協力的になってくれるのです」


地元の人とハイカーの触れ合い。信越トレイルの秋山郷の集落にて。

ハイカーにとって、あまとみトレイルと信越トレイルがつながることは大きな魅力だ。長野県と新潟県の県境沿いに、苗場山、秋山郷、関田山脈、妙高、戸隠と続いていく、200kmのロング・ディスタンス・ハイキングができるトレイルとなるのだから。

このような旅をするハイカーが増えることで、地元の人たちのロングトレイルに対する理解や共感、そして愛着も深まっていく。それは長い時間をかけながらゆっくりとできあがっていくものだ。

今回お話をうかがったメンバーは、あまとみトレイルのこれからの課題として、「きちんとした維持管理体制をつくること」があるとも話していた。運営側とハイカーの側で、じっくりと作り上げていくトレイルとなるのだろう。

あまとみトレイルが加わることで、信越、北信のエリアが、日本のロングトレイルのひとつの中心地として、そのカルチャーが息づいていく場所になることを、願ってやまない。


広葉樹が美しい黒姫山の登山道。

今回の#02の記事では、「あまとみトレイル」の誕生背景を3名のキーパーソンからのインタビューを通じて紹介した。

行政主導ではなく、地元の人の情熱からスタートしたこのトレイルは、きっとこれからも地元愛のある人々が盛り上げていってくれることだろう。

次回、この特集記事のラストを飾る#03は、Hiker’s Depot土屋智哉さんによる、スルーハイキング・レポートだ。作る側ではなく歩く側からの視点で、このあまとみトレイルに迫りたいと思う。

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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