TRAILS REPORT

地域の人がつくる 〜信越トレイルは地域の人々によってつくられた〜

2020.05.29
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文・写真・構成:TRAILS

ロングトレイルは地域の人々によってつくられ、支えられているものだ。

TRAILSでは、信越トレイル誕生秘話や加藤則芳(かとう のりよし)氏の評伝レポートを、今までに掲載してきた。それはある意味で表舞台の話である。その一方で現場では地域の人々の思いや努力が、信越トレイルの誕生に大きく関わっている。そしてそのような地域の人々がトレイルに息吹きと愛情を注ぎ込んできた。

日本にロングトレイルを紹介した第一人者である加藤則芳氏も、「ロングトレイルは地元の人に愛されるトレイルにならなくてはいけない」ということを繰り返し語っていた。ロングトレイルは作っておわりではなく、いかに維持していくかということが、とても重要だからである。そのためには、地元の人の理解と共感、そして愛情が欠かせないものとなる。

今回の記事では、信越トレイルのある地域に住む8人の人々に登場してもらい、信越トレイルとの出会いと思いを語ってもらった。

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信越トレイル・ストーリーズ

本稿は信越トレイルHP(ホームページ)の全面リニューアル(2020年3月)にともない、HP内の特集記事として企画された「信越トレイル・ストーリーズ」という記事シリーズのために制作された。「信越トレイル・ストーリーズ」では信越トレイルが他にはない魅力を持つトレイルとなった背景が、加藤則芳氏が込めた理念、トレイル誕生秘話、地域の人々の思いなどを通して語られていく。長年、信越トレイルを取材してきたTRAILS編集部が監修/制作を担当。(信越トレイルHP http://www.s-trail.net/


地域の人の思いと特技が集まって、トレイルの魅力がつくられる。


#01 榎本幹男さん
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榎本幹男(えのもと みきお)さん。信越トレイルのガイド組織発足時よりトップガイドとして活躍。

最初に登場してもらうのは榎本さん。現在、信越トレイルのトップガイドを務め、持ち前の明るい性格で、トレイルを歩く人々をたくさん迎えている。

信越トレイルができる前は、地元の斑尾(まだらお)でペンションを営んだり、スキースクールのインストラクターなどを務めていた。人を笑顔にさせる話し方が印象的な人だ。

——どのようなきっかけで信越トレイルと関わることになったのですか?
榎本: 最初の50kmの区間が開通した頃からですね。知人に誘いを受けたのがきっかけです。50kmもの長さのトレイルができたと聞いて、自分でも何かしたくなったんですよね。

——榎本さんのガイドはとても楽しく評判だとうかがいました。もともとガイド業をなさっていたのですか?
榎本: いやいや、やってないです。ペンションやスキーのインストラクターで接客業はやっていて、人と話したりするのは、楽しくやっていました。ガイドのときに一番大事にしているのは安全です。その上で、来た人にいかに楽しんでもらうかを心がけています。

——最近では、海外からのハイカーもガイドされると聞きました。英語もお上手なのですか?
榎本: 英語は「just a little」ですよ(笑) でも、これだけ海外の人も来るようになったのを見ると、今まで自分たちも関わってきて、やっぱりよかったなーと感じます。

#02 水島健吾さん
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水島健吾(みずしま けんご)さん。榎本さん同様、信越トレイルのトップガイドとして活躍。地域の歴史にも詳しい。

次に登場してもらう水島さんは、もともと郷土史研究をしていた方で、地域の歴史も大変詳しい。

そんな水島さんは、信越トレイルを知ったことがきっかけで、持っている知識を活かして、地域の魅力を伝える仕事がしたいと、信越トレイルに関わるようになった。

——水島さんは、どのような思いで信越トレイルのガイドをやろうと思われたのですか?
水島: 信越トレイルのことを知ったのは60歳のときで、そのときにいた会社にまだあと5年勤めることができたのですが、踏ん切りをつけて辞めたんです。自分が持っている知識とか経験をもとに、この地域の魅力発信をやりたいなと思ったんです。自然も前から好きなので、他にも地域の自然の家で、研修指導員もやるようになりました。

——関田山脈の峠の歴史も、とても詳しいとうかがいしました。
水島: 関田山脈はそれぞれの峠ごとに歴史と物語があるんですね。川中島の戦のときは軍道として使われた歴史がありました。また新潟側と長野側の交易の道にもなっていました。塩の道として新潟から牛を使って塩が運ばれてきて、長野側からは和紙や藁(わら)やロウが運ばれました。そういった話などをガイドのときにお客さんにして、地域の魅力が伝わって、それで「また来ますね」と言ってくださったときは、本当にありがたいですね。


地元の山で遊んでいた人々が、道づくりに参加する。


03 美谷島孝さん
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美谷島孝(びやじま たかし)さん。オリエンテーリングのスペシャリストでもあり、地形、地図に非常に詳しい。

榎本さんや水島さんは、信越トレイル発足当初から、道づくりのトレイル踏査などにも民間の人として参加していた。次に登場してもらう美谷島さんと斎藤さんもまた、違った立場からルート踏査の段階から関わっていた地域の人たちだ。

美谷島さんは、オリエンテーリングやクロスカントリースキーなどを通じて、さまざまなイベントの企画にも携わっている。得意のオリエンテーリングの知識と経験をもとに、信越トレイルをつくる際の踏査や地図づくりにおいても活躍された。

——美谷島さんが、信越トレイルと関わるようになったきっかけは何ですか?
美谷島: 関田山脈の山域は長野の山岳会のスキーのエリアだったんです。私もクロスカントリースキーでオリエンテーリングしながらこの山域を縦走したりしていました。信越トレイルとの関わりも、オリエンテーリングの話をスタッフの方にしたことがきかっけでした。

——信越トレイルのルート踏査にも関わったとうかがいしました。
美谷島: 牧峠から天水山にルートを伸ばすときに、少しお手伝いさせてもらいました。オリエンテーリングもそうですが、道のないところに行き、道をつくるっていうことは好きなんですよね。まだ道がなかったときにルートの候補地を探検しに行ったんです。道がないから藪こぎをしたり、木に登って遠くを見たり、そんな感じでしたね。

#04 斎藤公一さん
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斎藤公一(さいとう こういち)さん。関田山脈の雪の世界が好きになり、それをきっかけにルート踏査などにも関わった。

美谷島さんとともに、牧峠から天水山までのルートをつくるときに、その踏査に関わった斎藤さん。美谷島さんと同じように、関田山脈の山で遊んでいたことで、この山域に愛着がわいた人である。現在は長野県に住み、トレイル整備のボランティアにも毎年参加している。

——信越トレイルとの出会いを教えてください。
斎藤:冬の関田山脈で雪洞泊やテント泊をして遊んでいたんです。ここの山の雪は、他のところとは違うんですよ。毎年、通うようになって、それでこの山域が好きになってしまったんですよね。トレイル整備に参加しているのも、この山で遊ばせてもらっているお礼なんです。

——斎藤さんも、信越トレイルの初期のルート踏査に関わっていらっしゃったんですよね。
斎藤: 踏査を兼ねた関田山脈を歩くツアーというのがあって、それに参加したりしていました。信越トレイルのプロジェクトとは別に、未開通のセクションを美谷島さんたちと探検したんです。記録も残していますが、そのときのルートはほぼ県境を歩いていますので、現在のルートとほぼ重なっているとは思います。その記録は信越トレイルのスタッフの方に後でお渡ししました。

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斎藤さんが記録した、ルート探索の詳細な記録。

接客のプロ、郷土史の研究家、オリエンテーリングのプロ、雪山泊の愛好家など、地元のさまざまな特技や趣味を持った人々が、それぞれのきっかけで発足当初から信越トレイルに興味を持ち、トレイルづくりに参画していった。今もそのような地元の人々が、ガイドや整備ボランティアとして信越トレイルを支えている。

次に登場する2人は、また違った経緯で信越トレイルと関わるようになった人たちである。


海外のロングトレイルを歩いたハイカーが飯山に移住する。


#05 鈴木栄治さん
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鈴木栄治(すずき えいじ)さん。3,500kmのアパラチアン・トレイルをスルーハイク(全線踏破)。その後、信越トレイルクラブのスタッフとして働く。

アメリカの3大トレイルと呼ばれるロングトレイルは、何千キロという距離があり、すべてを歩くのに半年近くの日数がかかる。そのアメリカのロングトレイルをスルーハイク(全線踏破)したハイカーが、日本に帰ってきてから、飯山に移住し、信越トレイルのスタッフとして働いている。

そのなかの1人である鈴木さん。どのような思いを持って、信越トレイルのふもとで暮らす生活を選んだのだろうか。

——歩く立場でなく、スタッフという立場で、トレイルの近くで暮らす生活はどうですか?
鈴木: トレイルという世界にいながら、違う立場になるというステップも、自分のなかでは自然なものでした。ロングトレイルを歩いていたときよりも、自然がより近くなりました。今は生活のなかに、自然がありますね。

——信越トレイルのスタッフとなり、飯山に移住しようと思ったのはなぜですか?
鈴木: 信越トレイルのスタッフの方に声をかけられて、ここに移住することにしました。ロングトレイルを歩きおわった後に、飯山に移住したのは、ある意味で自然ななりゆきです。アメリカのトレイルを歩いたときに、向こうでトレイル整備に参加したんです。ボランティアという感覚よりも、こういったことをしたいと思うのも、トレイルを歩いた人に自然にわきあがってくる欲求かなと思います。

#06佐藤有希子さん
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佐藤有希子(さとう ゆきこ)さん(写真左)。鈴木さんと同様に、アパラチアン・トレイルをスルーハイク(全線踏破)したハイカー。

同じアパラチアン・トレイルをスルーハイクした佐藤有希子さんも、今は信越トレイルに関わる仕事をしている。どのような思いから、日本のロングトレイルに関わる仕事をしようと思ったのだろうか。

—— アメリカのトレイルを歩いた経験を踏まえて、信越トレイルで実現したいことは何ですか?
佐藤: アメリカのロングトレイルを歩いたハイカーとしての実体験をベースに、日本で日本らしいトレイルをつくっていきたいなと思ったんです。

—— 例えば、どのようなことですか?
佐藤: 信越トレイルは、もともとアパラチン・トレイルの仕組みを参考にしていますし、私も実際に歩いてみて、運営体制の素晴らしさや成熟したカルチャーに驚きました。完コピをする必要はないですが、日本の環境や文化に合うものは、これからも積極的に取り入れていければと思いました。


地域の自然や文化を守っていきたいという気持ち。


#07 田村涀城さん
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田村涀城(たむら けんじょう)さん。天然記念物黒岩山保全協議会の理事を務め、地域の自然の保護、管理に携わる。

最後に登場していただく田村さんと丸山さんのお二人は、関田山脈の自然や文化に対する思い入れを語ってくれた。

信越トレイルをつくるとき、天然記念物である黒岩山を通すことが、大きな懸案事項の1つだったという。しかし、田村さんが、「人の手が入ることで山は守られるのだから、トレイルができるのはよいこと」と理解を示し快諾されたという。田村さんは信越トレイルができる以前から、里山である関田山脈とともに暮らし、その自然を守ってきた方である。

——信越トレイルができる前から、黒岩山の保全をされていたとうかがいました。
田村: いまは山が生活の中の仕事場ではなくなっていますよね。昔のように薪(まき)をとったり、炭焼きしたりもしなくなりました。山に人が入らなければ、山は荒れ放題です。それで刈り払いなんかをするようになりました。1971年に黒岩山が天然記念物に指定されます。西日本に生息するギフチョウと東日本に生息するヒメギフチョウが混生する珍しい場所ということでね。でも、それによってそれで研究者や昆虫マニアなんかが、チョウを獲ったりするということも起きたんです。それでパトロールも始めました。

——信越トレイルを通すことになったときは、どのような経緯があったのでしょうか。
田村:天然記念物黒岩山協議会というのがあるのですが、それができたこと自体が、信越トレイルのおかげでもあるんです。山を手入れしていてもそれだけではお金はつかないし、ボランティアだけでもつづかない。そういった中で、トレイルができたことによって、山に人も入るし、山を維持管理する体制(天然記念物黒岩山協議会)が作れたというのもあるんです。

#08 丸山和彦さん
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丸山和彦(まるやま かずひこ)さん。斑尾でペンションを経営。信越トレイルの加盟宿にも登録し、トレイルのガイドも務めている。

地元新潟県の出身である丸山さんは、39歳のときにUターンで地元に戻り、それ以来斑尾でペンションを経営している。加藤則芳氏が書いた記事を読んだことがきっかけで、信越トレイルの理念に興味を持った。

——加藤則芳さんの記事を読んで、どんなところに興味を持ったのですか?
丸山: 加藤さんの書かれていた、自然を守るための考え方を読んで、本当に大事なことだと何か動かされるものを感じたんですよね。その前から、関田山脈の森の伐採に対する住民の反対運動があったこととか、そういうことも頭にあったので。

——丸山さんは、加盟宿としても、ガイドとしても、ずっと信越トレイルと関わっていらっしゃいますよね。
丸山: 信越トレイルができたこと自体がすごく嬉しくって、どんなことをしてもサポートするぞ、という気持ちでやってきました。私は新潟県との県境で生まれ育ったんですが、昔は峠を越えて旅芸人が来たりと、人々の往来のあるところでした。でも、いまは小さい頃に通れた道もなくなり、私が生まれた集落も人がほとんどいなくなり、今消え行かんとしている。

信越トレイルができたことによって、それまでは車で通過してしまっていたような、地域の里山の文化を、歩きながら触れてもらうこともできるようになった。トレイルができたことによって、また地域の魅力をつないでいきたいなって、そういう気持ちもあります。

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加藤則芳氏は、「ロングトレイルは地元の人に愛されるトレイルにならなくてはいけない」ということを繰り返し語っていた。

ロングトレイルはある意味では、地域の人々の思いや人柄、そして各々の経験や特技の集合体である。

ロングトレイルの理念に共感した地域の人々が、トレイルをつくるため・守るために集まってくる。そのようにしてできあがったトレイルを、ハイカーが歩いていく。そしてトレイルの自然、その地域に住む人々と出会い、またその暮らしや文化をも旅していくのだ。

信越トレイル・ストーリーズ

本稿は信越トレイルHP(ホームページ)の全面リニューアル(2020年3月)にともない、HP内の特集記事として企画された「信越トレイル・ストーリーズ」という記事シリーズのために制作された。「信越トレイル・ストーリーズ」では信越トレイルが他にはない魅力を持つトレイルとなった背景が、加藤則芳氏が込めた理念、トレイル誕生秘話、地域の人々の思いなどを通して語られていく。長年、信越トレイルを取材してきたTRAILS編集部が監修/制作を担当。

  

— Contents —

#01 加藤則芳スペシャルインタビュー

#02 ロングトレイルのつくり方

#03 ボランティアがトレイルを守りつづける

#04 地域の人々がつくるロングトレイル

#05 加藤則芳のあゆみ

#06 信越トレイル延伸

  

信越トレイルHP http://www.s-trail.net/

※TRAILS webmagazineでも#02〜#06のコンテンツを公開。

 

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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