TRAILS REPORT

トレイル・ボランティア 〜ロングトレイルを守っていく仕組み〜

2020.05.15
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文:TRAILS 写真:信越トレイルクラブ、TRAILS 構成:TRAILS

ロングトレイルはつくっておわりでなく、維持管理の仕組みこそが重要である。

そのことを教えてくれるのは、他でもない日本のロングトレイルのパイオニアである信越トレイルだ。信越トレイルは、行政(国)の団体ではなく、主に民間団体とボランティアの人たちの手によって、トレイルが整備・維持されている。この維持管理の仕組みこそ、信越トレイルの最も重要な成功要因のひとつである。

信越トレイルのトレイル整備に参加しているのは、主に地域の人々やハイカーなどのボランティアの人たちである。地域の自然、または遊び場であるトレイルを残していくことに、自分でも何かできることをしたい。そういう思いを持った人々がボランティアとして集まってくる。

今回の記事では、ロングトレイルの維持管理の内容と、それを支えるボランティアの人々たちをレポートする。信越トレイルはどのような維持管理の仕組みを持っているのか。また人々はどのような思いを持って、トレイル整備のボランティアに参加しているのだろうか。

信越トレイル・ストーリーズ

本稿は信越トレイルHP(ホームページ)の全面リニューアル(2020年3月)にともない、HP内の特集記事として企画された「信越トレイル・ストーリーズ」という記事シリーズのために制作された。「信越トレイル・ストーリーズ」では信越トレイルが他にはない魅力を持つトレイルとなった背景が、加藤則芳氏が込めた理念、トレイル誕生秘話、地域の人々の思いなどを通して語られていく。長年、信越トレイルを取材してきたTRAILS編集部が監修/制作を担当。(信越トレイルHP http://www.s-trail.net/




ボランティアによって長いトレイルが整備・維持されている。




ボランティアによるトレイル整備の様子。ハイカーが歩けるように道をつくっていく。

信越トレイルは、NPO団体である信越トレイルクラブが、維持管理の全体統括を担っている。整備ボランティアへの参加を希望する人は、ホームページ等から参加の申し込みをできる仕組みとなっており、個人でも参加することが可能だ。また初めての人でも、整備に参加できる。鉈(なた)やノコギリなど必要な道具はすべて借りることができる。

日本有数の豪雪地にある信越トレイルは、6月が雪解けの季節となりこの時期に集中整備が行なわれる。その後7月から10月までのハイキングシーズンの間も、定期的に整備が実施される。信越トレイルでは、年間で延べ約600名の人がボランティアとして参加。ボランティアによって、このロングトレイルは守られているのだ。

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道標の修復作業の様子。信越トレイルクラブ事務局の整備担当スタッフが全体の指揮を執っている。

整備の作業内容は、トレイルをふさいでしまう草木の刈り払いから、トレイルの補修、道標の設置などさまざまだ。豪雪地帯にある信越トレイルは、冬のあいだに雪の重みで道標が倒れたり、階段が土砂で流されてしまったりするので、雪解けの6月に毎年、集中整備が必要になる。

また整備作業に参加する以外にも、「整備協力金」というドネーション(寄付金)の制度がある。トレイル整備に参加できなくても、ドネーションという形でトレイルを応援、サポートできる仕組みだ。信越トレイルのホームページから申し込むことができ、この協力金で集まったお金は、信越トレイルの維持と環境保全のために活用される。(整備協力金の申し込みはコチラ)。

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整備協力金を申し込むと、もらえる信越トレイルのオリジナルタグ。サポーターとしての意思表示にもなる。



ハイカーには「ロングトレイルへの恩返しがしたい」という思いがある。



私たちTRAILS編集部は、ハイカーズ・デポとともに、毎年、ハイカーの仲間を集めて、「信越トレイルTRAIL EXPERIENCE TOUR」という名前で、例年6月にトレイル整備に参加している(※1)。

TRAILS編集部がトレイル整備に参加している理由はいたってシンプルだ。山で遊ばせてもらっている人間、ロングトレイルの素晴らしい旅を経験したハイカーとして、なにがしかの恩返しをしたいと思うからだ。

サーファーがビーチクリーンをしたり、クライマーがリボルトや岩場の清掃をしたりするのと同じように、ハイカーがトレイルを整備することが、カルチャーの一つになっていけばと思っている。それは義務感というよりも、自分たちの遊び場を守るための自然な思いがベースになっている。

※1 信越トレイルTRAIL EXPERIENCE TOUR」:「信越トレイル ハイキング&トレイルメンテナンスツアー」にて詳細内容をレポートしている。

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信越トレイルTRAIL EXPERIENCE TOUR。トレイル整備、ハイキング、トレイルタウンの体験と、トレイル全体を楽しむツアー。

私たちと一緒に整備ボランティアに参加した佐藤有希子さんは、信越トレイルをスルーハイクし、その後アメリカのロングトレイルもスルーハイクしたハイカーである。彼女は次のように語っていた。

「信越トレイルをスルーハイクして感動したんです。『整備された歩きやすい道が、約80キロもつづいているなんて、すごい!』って。その後、アメリカのアパラチアン・トレイル(※2)を歩いたとき、現地で整備ボランティアの人にたくさん会いました。トレイルを整備するっていう文化が根付いていることを実感しましたね。ハイカーも日常的に整備も手がけているんです。誰かにやってもらうんじゃなくて自分でやる。そのスタンスがいいなと思いました」

※2 アパラチアン・トレイル:Appalachian Trail (AT)。アメリカ東部、ジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ、2,180mile (3,500km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。


佐藤有希子さんは当時ハイカーとしてトレイル整備に参加。その後、信越トレイルに携わる仕事をするようになった。



「この道は、自分たちが作ったんだ!」という愛着が生まれる。



トレイル整備に参加した人は、それまで以上にトレイルへの愛着が増す。またトレイル整備を通じて、他のハイカーや地元の人々と出会い、そこであらたな交流も生まれる。

私たちとともに毎年、信越トレイルの整備に参加しているハイカーズ・デポの長谷川晋さんは、トレイル整備について次のような思い出を語っていた。

「アメリカのトレイルで出会ったボランティアに『お前がこれから行くあそこの道はオレが作ったんだから、心して歩けよ!』と誇らしげに言われたり、『これから君が行く道は、僕が数年前に作った道なんだよ!』と言われたりしたんです。信越トレイルで自分がトレイル整備をやってみて、そう言いたくなる気持ちがわかりました」


アメリカのロングトレイルで出会った、トレイル整備の風景。

TRAILS編集部の佐井も、トレイル整備を経験し、同じような気持ちを抱いた。

「現地調達した倒木を加工して階段を作る材料にするために、鉈(なた)の使い方から教えてもらったり。トレイルでの遊び方をまたひとつ見つけてしまったという感じが、単純に楽しかったですね。しかも、ちょうどその時、信越トレイルを歩きに来ているハイカーが偶然僕らが整備したばかりのトレイルを通ったんです。それで『この道、僕たちが作ったんですけど、歩き心地どうですか?』なんて自慢げに聞いたりして(笑)」

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ハイカーができることはないかと、2013年から毎年TRAILSとハイカーズ・デポで整備ボランティアに参加している。



地元の自然のなかを歩いてくれるのは嬉しいですね。



整備ボランティアとして多いのは、やはり地元の人々である。信越トレイルの近くの十日町に住む田村良一さんは、2008年の信越トレイル全線開通時から整備を担当している。現在は、ボランティアスタッフの引率や指示などに携わっている。田村良一さんに、どのような思いで整備に参加しているのか聞いてみた。

「森の道を整備する仕事は楽しいです。好きな仕事ですから(笑)」

そう話してくれた田村さんは、ボーイスカウトなどの活動もし、昔からバックパッキングや自然に興味があったという。自然をどのように守っていくかということに関心を持つなかで、加藤則芳氏の本と出会い、その加藤氏が関わったトレイルが地元にあることに驚き、整備に参加するようになった。

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田村さんは、現在は整備リーダーの1人として、ボランティアスタッフの引率や指示などに携わっている。

「歩く道をつくるのは、自然保護の活動の一つだと思ってやっているんです。道をつくると、人が歩いて自然の中に入ってもらえる。そうすると自然に触れて、自然の大切さがわかるじゃないですか。加藤さんが主張されていたことと同じですよね。しかも人が歩いてくれると楽しいですし、すごく嬉しいです」

田村さんのような、地元の里山、地元の自然に愛着を持った人々が、信越トレイルの維持管理の現場を担っているのだ。



加藤則芳氏から学んだロングトレイルの維持管理の仕組み。



信越トレイルがつくられる際にその関係メンバーは、日本におけるロングトレイルの第一人者である加藤則芳氏の先導のもと、2003年にアメリカのアパラチアン・トレイルへ視察に行っている。アパラチアン・トレイルは1925年にできあがったアメリカのロングトレイルであり、長い歴史をもち、またそれを継続してきた知恵がつまったトレイルである。

信越トレイルをつくったメンバーは、アパラチアン・トレイルで実際にトレイル整備を体験し、またアメリカ政府の機関やNPOから話を聞き、ロングトレイルを整備、継続するための理念と方法を学んできた。

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アパラチアン・トレイルのボランティア・トレイル・クルー。このトレイルを歩いた日本人夫妻は、旅の途中に整備ボランティアに参加した。

約3,500kmの長さがあるアパラチアン・トレイルは、6つの「ボランティア・トレイル・クルー」と呼ばれる団体によってエリア分担され、さらにその下部団体が各地域のトレイルを整備している。このボランティアによるエリア分担方式を、信越トレイルも採用することにした。行政および民間含めて30の団体が担当エリアを分担し、ボランティアとともに整備を行なっている。

また信越トレイルでは『信越トレイル連絡会』という組織をつくり、長野県、新潟県、上越森林管理署、北信森林管理署、両県の自治体、観光協会、NPO等のトレイルに関係する者同士で、トレイルの現状や維持管理に関する情報共有および議論を行なっている。広域に広がる関係者をつなぎ、そして意思統一を図るこういった組織の存在も、重要な役割を果たしている。

県や市町村の垣根を越え、みんなで手を組んで維持管理をしていく。そういった日本でのロングトレイルの作り方、守り方のロールモデルとなることを目指し、信越トレイルは作られてきた。



「生物多様性の保全」を大事にし、整備もなるべく人力で行なう。




重機などを使わずに人の手により、トレイル整備が行なわれている。

維持管理の仕組みとともに重要なのがロングトレイルの理念である。信越トレイルは、トレイルのある関田山脈という貴重な地域資源を守りつづけるために、その理念をトレイルのガイドラインのなかに掲げている。その一つ目に謳われているのが、「生物多様性の保全」である。

トレイル整備においても、貴重な植物を伐採してしまったり、必要以上に木々を刈り取ってしまわないように、整備方法をルール化、マニュアル化している。また信越トレイルの整備では、重機は使用せず、なるべく人力で、なるべくトレイルにある雑木や倒木、落ち葉などを利用している。

信越トレイル全線開通10周年の際、TRAILS編集部が100名以上のハイカーを対象にしたアンケート調査を行なった(※結果詳細は以下に記事にて公開している「信越トレイル 全線開通10周年記念!113人のハイカーの声 by TRAILS research」)。

そのなかで「信越トレイルを支持する理由は?」という質問をしてみたところ、上位に挙がったのは、「NPOやボランティアが中心となって、整備し、維持しつづけている」こと、それに続いて「地元の里山の自然環境の保全を目指している」ことであった。ボランティアによる維持管理や、生物多様性の保全というポリシーは、トレイルの維持管理においてばかりでなく、歩く人の魅力としてもなくてはならないものになっているのだ。

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【回答対象者】 TRAILS読者、信越トレイルのHP、SNSの閲覧者
【回答者数】 113 人
【調査実施⽇】 2018年9月
【調査⽅法】 インターネット調査
【アンケート主催】TRAILS

人の手により整備された信越トレイルの道は、人一人が歩ける程度の幅で整備されている。それは「木こりの道」のようなトレイルだ。森の木々や植物のなかをくぐるように、道が伸びている。

地域の里山に残る自然を守っていきたい。ロングトレイルというカルチャーを大切にしていきたい。そういった思いを持った地元の人々やハイカーなどのボランティアよって、信越トレイルは守りつづけられている。

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「木こりの道」のような信越トレイルの景色。

トレイル整備が、義務感ではなく、自分たちの自然、自分たちの遊び場を「守りつづける」ために、自ら参加したいと思える行為になること。そう感じさせてくれるものが、ロングトレイルの理念のなかにはなくてならない。日本のロングトレイルのパイオニアである信越トレイルが教えてくれるのは、維持管理の仕組みとトレイルを守る理念の重要さである。

 
信越トレイル・ストーリーズ

本稿は信越トレイルHP(ホームページ)の全面リニューアル(2020年3月)にともない、HP内の特集記事として企画された「信越トレイル・ストーリーズ」という記事シリーズのために制作された。「信越トレイル・ストーリーズ」では信越トレイルが他にはない魅力を持つトレイルとなった背景が、加藤則芳氏が込めた理念、トレイル誕生秘話、地域の人々の思いなどを通して語られていく。長年、信越トレイルを取材してきたTRAILS編集部が監修/制作を担当。

  

– Contents –

#01 加藤則芳スペシャルインタビュー

#02 ロングトレイルのつくり方

#03 ボランティアがトレイルを守りつづける

#04 地域の人々がつくるロングトレイル

#05 加藤則芳のあゆみ

  

信越トレイルHP http://www.s-trail.net/

※TRAILS webmagazineでも#02~#05のコンテンツを順次公開。

 

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トレイルズ

トレイルズ

佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

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