TODAY’S BEER RUN #10 | インクホーン・ブルーイング (目白)
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文:根津貴央 写真・構成:TRAILS
What’s TODAY’S BEER RUN? | 走って、至極の一杯となるクラフトビールを飲む。ただそれだけのきわめてシンプルな企画。ナビゲーターは、TRAILSの仲間で根っからのクラフトビール好きの、ゆうき君。アメリカのトレイルタウンのマイクロブルワリーで、ハイカーやランナーが集まってビールを楽しむみたいに、自分たちの町を走って、ビールを流し込む。だって走った後のクラフトビールは間違いなく最高でしょ? さて今日の一杯は?
* * *
『TODAY’S BEER RUN』の第10回目! 案内役は、毎度おなじみ、ゆうき君 (黒川裕規)。
彼と一緒に走って向かうのは、東京は目白にあるブルワリー『INKHORN BREWING』(インクホーン・ブルーイング)。
いまや、さまざまなクラフトビールショップのタップリストに名を連ねているブルワリーだが、実はファーストバッチ (初醸造のビール) をリリースしたのは、2021年6月のこと。
たった1年でクラフトビールファンにも広く知られるようになったわけだが、その醸造所兼タップルームが、目白の大通り沿いにある。クラフトビールをチェックしてる人であれば、その都会的で洗練された店構えを、SNS等で目にした人もいるだろう。
いざ『INKHORN BREWING』の本家本元へ。では、今回の『TODAY’S BEER RUN』をお楽しみください。
起点となる『TRAILS INNOVATION GARAGE』に集合した、ゆうき君 (右) とTRAILS編集部crewの根津。
NAVIGATOR / ゆうき君 (黒川裕規)
パタゴニアのフード部門『パタゴニア プロビジョンズ』で食品やビールを担当。前職がヤッホーブルーイングということもあり、ビールの知識も豊富。そもそも根っからのビール好きで、10年以上前からクラフトビールを個人的に掘りつづけている。TRAILS編集部crewの根津とは8年来のトレイルラン仲間で、100mileレースをいくつも完走しているタフなトレイルランナーでもある。『TODAY’S BEER RUN』のルール
①日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』からお店まで走って行く ②『TODAY’S BEER RUN』のオリジナル缶バッジを作る ③ゆうき君おすすめのお店で彼イチオシのクラフトビールを飲む
GARAGE to インクホーン・ブルーイング
スタート地点は、東京は日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』。
この場のコンセプトである「MAKE YOUR OWN TRIP = 自分の旅をつくる」を体験するべく、まずは恒例の『TODAY’S BEER RUN』オリジナル缶バッジづくりから。
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MYOG (Make Your Own Gear) ができる『TRAILS INNOVATION GARAGE』で、オリジナルの缶バッジを作るゆうき君。
オリジナルのバッジが完成! これをキャップに付けて走るのだ。
季節は、梅雨。走る前から蒸し暑い。なんなら朝目覚めたときからムシムシしている。
これで快晴ならまだ気分もアガりそうだが、どんよりとした曇り空。もうこれは、クラフトビールを流し込んでチャージするしかない。
僕たちは、自分たちが思う以上に勢いよくスタートを切った。
日本橋にある『TRAILS INNOVATION GARAGE』を出発。スタートダッシュを決める二人。
今回のルート
『INKHORN BREWING』までは、約8km。距離としてはちょっと短い気もするが、走らずともクラフトビールを飲みたいくらいの気温と湿度なので、逆にちょうど良さそうだ。
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日本橋から水道橋を経て、護国寺に立ち寄ってゴール。全長約8km。
地図を見ていると、ゴール手前に護国寺があった。このお寺の存在はずいぶん前から知っていたものの、なぜか二人とも訪れたことが一度もないということで、今回はここに寄り道することにした。
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護国寺の本堂 (観音堂) は、国指定重要文化財。
護国寺は、1681年に徳川綱吉が建立したお寺で、この大きな本堂 (観音堂) は、国の重要文化財にも指定されている。
これほど立派でスケールの大きなお堂があるとは思ってもみなかった。境内には他にも興味深いたくさんの建造物があったが、雨予報も出ていたため先を急ぐことにした。
目白通りでひときわ目を引く、『INKHORN BREWING』へ。
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『INKHORN BREWING』にゴール! JR「目白駅」から徒歩7分、東京メトロ副都心線「雑司が谷駅」から徒歩3分。
目白通りのなかでも、『INKHORN BREWING』がある辺りは、小学校や大学、警察署、マンション、雑居ビルなどが多い。
だから、『INKHORN BREWING』の黒を基調としたモダンなデザインは、いやがおうでも目に留まるし、異彩を放っている。
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店内はとにかく開放的。テイスティングルームと呼ばれるだけあって、食事はなく、併設の醸造所で作ったフレッシュなビールを、心ゆくまで堪能できる。
ガラス張りのアコーディオンドアは、基本フルオープン。この圧倒的な開放感、そして奥に見える醸造用のタンクが、アメリカ西海岸をハイキングしていたときに入った、ブルワリーを彷彿とさせた。
しかも醸造所兼タップルームゆえ、出来たてのクラフトビールをすぐ飲める。最高としか言いようがない。
クラフトビールの提供においては、主観だけではなくモルトやホップの情報もできるだけ出す。
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『INKHORN BREWING』のマネージャーである川島唯さん。
「おつかれさまです!」と、にこやかに出迎えてくれたのは『INKHORN BREWING』のマネージャー・川島唯 (かわしま ゆい) さん。
メタルコアバンドのボーカルという顔も持つ彼は、大のクラフトビール (特にアメリカンクラフト) 好き。ブルワリーで働きたいと思っていたタイミングで、『INKHORN BREWING』のオーナーであり醸造責任者である中出 駿 (なかで しゅん) さんのビールに惚れ込んでジョインしたという。
唯さん:「以前、駿さんがTokyo Aleworks (※1) とコラボして作ったCross HatchというDIPA (ダブルIPA) があって。それを飲んだときに、もうまさにアメリカの風が吹いてる感じがして、スゲー! ってなったんです。
あと、ビールをグラスで提供するときに、こぼれる寸前のひたひたで出すんですよね。これは個人的にリスペクトしているTHRASH ZONE (※2) と同じスタイルで、価値観が一緒だと感じたんです。特にIPAとかは、泡にえぐみや渋みがでがちなので、味わい的には泡がないほうが美味しいんですよね」
唯さんは、『INKHORN BREWING』のマーケティング・ブランディングマネージャーで、駿さんがオリジナルのビールを作って、それを唯さんが広める、という役割を担っているそうだ。
※1 Tokyo Aleworks (トウキョウエールワークス):2018年創業の東京・板橋にあるブルワリー。「Craft Revolution, not just Evolution. (クラフトの進化だけでなく、革命を)」をモットーとして掲げている。
※2 THRASH ZONE (スラッシュゾーン):2006年創業の神奈川県・横浜市にあるビアバー。「EXTREME BEER ONLY」を掲げ、アルコール度数の高いオリジナルビールも提供。店内にはヘヴィメタルやハードコアの音楽と映像が流れている。
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『INKHORN BREWING』のオーナー兼醸造責任者である中出駿さん。
唯さんが、アメリカの風が吹いていた、と表現したが、そこには醸造責任者である駿さんが学生時代アメリカに住んでいたことが大きく影響している。
駿さん:「今とは違って、僕が日本に戻ってきた頃は、アメリカで飲んでいたビールがぜんぜん手に入らなかったんですよね。それで、飲みたいものを自分で作りたいっていうのが、そもそものモチベーションでした」
駿さんは、2010年代は他のブルワリーの立ち上げや醸造など、裏方としての仕事をして経験を蓄積。そして満を持して2020年に『INKHORN BREWING』を創業し、2021年に醸造をスタートさせたのである。
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併設の醸造所には所狭しとタンクが並ぶ。
定番はあえて作らず、そのときに自分が作れる最高のビールを最高の品質で提供することにこだわっているという。さらに、提供するにあたっては、モルトやホップをはじめ、情報量をとにかく多くすることを心がけているそうだ。
駿さん:「もちろん、ベストなのは、なにも考えすに飲んでうまい!ってなることだとは思っているんです。
でも、たとえば僕の場合、これまでいろんなビール飲んできて、ホームブルー (自家醸造) しようとなったときに、情報がどこにもなかったんです。それで、信用できるソースかわからないところからモルトやホップの情報を引っ張ってきては、試行錯誤を重ねていました。
同じビールを作ろうという人は稀でしょうけど、情報が書いてあることによって、これと似たビールを飲みたいという人は出てくると思うんです。その際に、主観的な説明文だけではなく、モルトやホップの情報も必要だなと。
たとえば説明文に、味わいがレモン、トロピカルって書いてあったとき、なんだか美味しそうに感じたりするじゃないですか。でも僕は、これで騙されたことが何度もあるんです (苦笑)。それで調べてみると、ホップに僕の苦手なソラチエースが使われていたりして。
主観はあくまで主観なので、他の人が同じように感じるかはわからないんです。だから、モルトやホップの情報は、食品表示法と同じくらい、表示義務があると思っているんです」
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スタッフたちの一体感があるのも特徴のひとつ。INKHORN BREWINGクルーといった感じ。スタッフ全員が気持ちよく働くための「ハウスルール」も明文化されていて、ビールだけではなく関わる人のグルーヴ感も伝わってくる。
ゆうき君のイチオシの「TODAY’S BEER」
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Chickadee Salvo (チカディー・サルボ) は、駿さん、唯さんおすすめの1杯でもある。
ゆうき君の今日のイチオシはこれ。
『INKHORN BREWING / Chickadee Salvo』(インクホーン・ブルーイング / チカディー・サルボ)
ゆうき:「スタイルは、この連載で取り上げるのは珍しい (初めて?) アメリカンIPA。まさに今日みたいに、暑くて湿度たっぷりの日に飲むことを想定して作ったIPAだね。
アルコール度も気持ち抑えめ、温度が上がってくると感じられる瓜っぽい香りも今の季節にちょうどいい!
見た目は濁ってるからフルーティーな感じを想像しがちだけど、飲んでみると苦みとホップのフレーバーがしっかりしているクラシカルなアメリカンIPA。
インクホーンは定番がなくてタップの入れ替わりが早いから、ぜひこの蒸し暑い季節にこそこのIPAを飲んでほしい!」
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こぼれるくらいまでグラスいっぱいに注ぐのがインクホーン流。
見た目がヘイジーIPAっぽかったので、てっきりやや甘口なのかと思っていた。でもひと口飲んでみると、いい感じの苦味が広がって、思った以上にドライな印象だった。
個人的には、走ったあとに、パンチが効きすぎたIPAだと飲み疲れというか飲み飽きしてしまうのだが、これはまさにちょうどいい飲み心地。重すぎず、軽すぎず、走ったあとのカラダのすみずみまでしみわたっていくような、そんな恍惚感すら覚える味わいだった。
提供されている情報をチェックしてみると、説明文に加えて下記データが明記されていた。
Malt:Golden Promise, Pilsner, Vienna, Dextrine Malt, Flaked Oats
Kettle hop(s):Nelson Sauvin
Whirlpool hop(s):Idaho 7, Centennial Salvo, Sultana Salvo
Dry-hop(s):Galaxy, Citra, Mosaic
Yeast:California Ale
正直、これをみてなるほど! と思えるほどの知識量はまったくもって持ち合わせていない。でも、Salvo (サルボ ※3) という、ホップ由来の成分を大量に投入しているとのことなので、もしかしたら自分はこのサルボが好きなのかもしれない。
駿さんも言っていたように、主観は人それぞれ異なるのだ。だから、とりあえず僕はこのサルボをインプットしておこうと思う。
※3 Salvo (サルボ):ホップは、収穫後に乾燥させたものや、乾燥後にペレット状にした固形物が一般的だが、近年ホップから香油成分を抽出した製品がアメリカのホップ生産者からリリースされている。Salvoはそのひとつである。
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テイクアウト用のボトル缶。左から、Vacation Mysteries (インクホーン初のケトルサワー)、Fantail (ヘイジーIPA)、チカディー・サルボ (今日のイチオシ)。
TRAILS編集部crew用のお土産ビールもゲット! 『INKHORN BREWING』は、グラウラーでの持ち帰りもできるが、グラウラーがなくともボトル缶 (約550ml) でのテイクアウトができるのも嬉しい。
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目白通り側は、ドアがフルオープンでとにかく気持ちがいい。
帰りがけに、唯さんから教えてもらったのだが、『INKHORN BREWING』のオフィシャルグッズを6月24日 (金) から販売するそうだ。
唯さん:「駿さんも自分も、もともとハードコアで、パンク精神があるんで、大きな流れに迎合しないスタンスを大事にしています。もちろんブランドを長くつづけていくためにも、飲む人を増やすアプローチは必要ですが、それは会社を大きくするということではないんです。言葉を選ばずにいうと、もっとカルティックにしていく感じですかね。常にメッセージ性を持ちつづけたいですし。オフィシャルグッズのリリースも、そのひとつの手段ではあります」
もちろん、単なる販促目的、売上拡大目的のグッズではない。テーマは、自分たちが排出した廃材をリサイクルし、新たな息吹を宿す「サスティナブル クラフトワーク」とのこと。
一体どんなアイテムなのか、楽しみで仕方がないし、『INKHORN BREWING』の新たなアプローチに期待したい。
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定番ビールがなく、その時々でしか飲めないビールがあるのも、魅力のひとつ。
今回も、走ったあとのクラフトビールは最高でした!
ここにしかない世界観、ここにしかないビール。クラフトビールのカルチャーを五感で感じられる場所、そんなブルワリーでした。
さて、次はどこのクラフトビールを飲みにいこうかな。
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