アリゾナ・トレイルのスルーハイキングレポート(その3)| by 河西祐史 a.k.a. Wonderer #03
文・写真:河西祐史 構成:TRAILS
クレイジーなまでにアメリカのロングトレイルを歩きまくっている日本人ロング・ディスタンス・ハイカー、河西祐史 a.k.a. Wonderer (ワンダラー)。自分が行きたいと思うアメリカのトレイルをまとめた『おもしろそうリスト』は、つねにパンパン。そのくせ歩きに行くと、トレイルそっちのけでガンガン寄り道をしてアメリカを遊び倒してしまう型にハマらないハイキングスタイルが、僕たち好み。そんな河西さんによる、This is Americaなハイキング・レポート。
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河西さんほどアメリカのトレイルを歩いている現役日本人ハイカーはいないだろう。そんな彼が、この連載第一弾でレポートしてくれるのは、アリゾナ・トレイル (AZT ※1)。
前回の記事で、ノーザン・セクションのハイライトのひとつであるグランドキャニオンを越え、観光地でもあるサウスリムにたどり着いた河西さん。ここからはフラッグスタッフという街に向かって歩き、さらにはセントラル・セクションへと入っていく。
トレイルに戻る前には、町でシャワーを浴びたり、洗濯をしたり、電子機器の充電などをする。そして、ハンバーガーとブリトーで腹を満たす。これもまたロング・ディスタンス・ハイキングらしい光景だ。
トレイルへと戻ると、そこは、標高2,000mでありながらも山らしい山はなく超フラットなエリア。これぞ乾燥地帯のアリゾナという地形が広がっていた。水場が少ないエリアでは、ウシ用のため池から汲んだ水を浄水して飲んだり、アリゾナ・トレイルらしい洗礼も受ける。
それでは、河西さんによる第3回目のレポートをお楽しみください。
8日ぶりのシャワーを浴び、汚れた衣服も洗濯。
朝からホテルのロビーに行き、一応サンドイッチスタンドでコーヒーを買う。ロビーには座り心地のいい椅子があり、そして何よりコンセントがある。ここで5時間粘って電気関係を充電。
14時からシャワーが再開。8日ぶりだ。コインランドリーがあるので洗濯も断行。ハイカーあるあるだが、手持ちの服をすべて洗うために裸にレインスーツだけを着て誤魔化す。
自分のジャケットは重さが200gもないペラペラの白で、なんだか肌色が透けて見えるが構うものか。ただ、レインパンツは黒だが、見えなくとも下ははいておいた。
ウルトラライトのハイカーには替えパンツなど持たない輩も多く、彼らが街でレインパンツをはいていたら、だからまあそういうことなのだが、自分は替えを持つしこの区間でも使わず死守していた。守るべきモノ、は人により違うのだ。
5泊したグランドキャニオン国立公園を出る。
キレイになったカラダに綺麗になった服を着て、サウスリムを散歩する。昨日がキツかったので、手ぶらで平地を歩いていると、動いていても体力が回復しているような気になってくる。
広すぎるので、歩けるだけ歩いて園内のシャトルバスで帰ってきた。今日もゼロデイだ。のんびりしているが、予約なしでこの人気エリアにやってきて、もう園内で5泊。さすがに気が引ける。寝て起きたら出発だ。
ハイカーは自分だけ、荷物なしの自転車はやたらとたくさん行きかう、舗装されたトレイルを歩いてグランドキャニオン国立公園を出る。
アメリカ人にとって自転車は「目的地で楽しむアクティビティ」だ。彼らは国立公園のキャンプ場に予約を取り、園内で楽しむために自転車を車で持ってくるのだ。
園外に出てすぐ、保護区ギリギリに建てて観光客を狙うホテルやレストランが並ぶ小さな街に寄り、安物のバーガーとブリトーの昼食で気合を入れなおす。トレイルの舗装もなくなったし、ここからまた本番だ。
ウシ用のため池の水を、浄水して飲む。
フラットで、ドライで、でも木や草がある。これぞアリゾナか。こんなにフラットなのに標高が2,000mもある。そして、そこらじゅうで家畜が放牧されている。おかげで家畜用の水場があちこちにある。
最近は雨が何度か降ったので、当面の水事情は悪くない。水質を問わなければ、だけど。朝イチだと小さな水場は凍ってるし、次の水場まで10mile (16km) なんてこともあるので注意は必要だ。
トレイルから少し外れて、ウシ用のため池 (カウタンクとかカウポンドなどと呼ばれる) に行く。岸もドロドロなので、先人が置いたらしい棒切れに乗り、グラグラしながらひどい泥水を汲んでいると何か声がする。
あたりを見渡し気のせいか? とまた池に向き直ると確かにヘイ……ヘイ……とさやくように呼ぶ声がする。ハッとしてナナメ後ろを振り返ると、岸から20mほど離れた覆いの中に隠れてライフルを持ったハンターがいた。すげえ、まったく分からなかった。
池に近づくとき、何か汚れた布のカタマリみたいなものが目に入ったが、林業か何かの資材にシートをかけて放置してあるような感じで気にもならなかった。オー、ソーリーとささやき返して早々に退散する。邪魔して悪かったな。
欲しかった量に達しなかったので、トレイルに戻る途中のポットホール (岩に空いた穴) からも少し水を汲む。こっちの水はほぼ透明だ。
しかし、試しにその場でフィルターをボトルにつけて一口味見し、思わずぶえっと吐き出した。苦くて渋くてまずい、の最上級クラスだ。枯れ葉のせいだろう、これは捨てる。
なるべく静かに動いたつもりだが、ボトルを付けたバックパックを背負いなおしていると、迷彩服のハンターが覆いから出てきて向こうへ行くのが見えた。あきらめたのだ。
車のドアを閉じる音やエンジンの始動音が聞こえる。ということは、こっちの気配も丸分かりだったのか。歩いているとトレイルとダートロードが合流し、後ろからピックアップトラックが自分を追い越していった。さっきのハンターだろう。
大声を出すのもなんだし、手を小さく上げて挨拶をする。向こうも手を窓から出して見せてくれた。怒ってはいなそうだ。まあ勘弁してくれ。
アリゾナ・トレイルをバイクパッキングしている二人組と出会う。
ルックアウト・タワーがあったので階段を登ってみる。かつては山火事などの監視に使われていたようだが、こうしたタワーは現在は基本的に立ち入り禁止だ。
上の小屋部分には入れないが頭がつかえるところまで行って、眺めは良かったと降りると、ちょうど二人組のマウンテンバイク乗りが来た。観光客ではなく、小さいながらもキャンプ道具をくくりつけていて、なんとなく薄汚れている。仲間だ。
どうだったと聞くのでいい景色だ、登ったらどうだと返すと二人は顔を見合わせてからこちらに向き直り「無理だ。谷越えしたばかりなんだ。見ろ、ヒザが震えてるぜ」という。ああ、そうなのか。
アリゾナ・トレイルは自転車や馬で行けることになっているが、険しすぎる山や谷にはハイカーのルートと分けて迂回路を設けている。しかし、グランドキャニオンだけは迂回のしようがない。
おまけにリム・トゥ・リム (※2) の区間では、自然保護の観点から「自転車に乗ってはいけない」ことになっているらしい。そこでバイカーたちは、担ぐとか背負うとか、とにかくどうにかして自転車を運ぶしかないのだ。あの標高差を!
アリゾナ・トレイルの「バイクパッキング」に興味を持つハイカーも多いが、自転車のほうがラクなんじゃないかと思ったら大間違いなのだっだ。
小さな峡谷にある、ネイティブアメリカンのペトログリフ (壁画)。
好天続きの中、5泊6日で近隣イチの都市フラッグスタッフに着く。ちょうど嵐、みぞれありとの予報だったのでホテルを取った。ここでゼロデイ。
新型コロナがなければ観光まっしぐらのパターンで、ローウェル天文台とか行きたかった。このあたりは標高が高くて晴れが多いので、天体観測のメッカなのだ。
結局たいしたことはなかったが、うまく雨を避けられた。フラッグスタッフは伝説的なハイウェイ『ルート66』が貫く都市だが、ローカルの人が「そのダートこそがオールド66だ」という、消えそうな道をちょっとだけ歩いてトレイルに戻る。
都市の周りにはローカルトレイルも多い。『ピクチャー・キャニオン』 (※3) で寄り道。小さな峡谷に、住居の跡とペトログリフ (壁画) が残る。乾燥地帯だと、岩がちの峡谷自体がレアだ。都市でカンコーできない分を取り返す。
ちょうど紅葉の季節で、まさにベストシーズン。
山らしい山がほとんどない地域。松林の中を抜けるエリアになると、マウンテンバイク乗りにしょっちゅう会うようになる。都市部に住んでいて、日帰りレジャーやジョギング代わりに来るバイカーたちだ。
トレイルで行き交う同士は、調子はどう? いいよ、○○だからね、そっちは? サイコーだ、××だよ! みたいな挨拶を交わすものだが、彼らはこの「現状ひと言」をベストウェザーだからね! とかベストシーズンだよ! などと言うのだった。
朝はボトルの水が凍ったりするのでキャンプにはちょっと寒いが、日中に体を動かしていると、最高でも20℃を超えないカラッとした空気は実に気持ちいい。秋の醍醐味だ。
4日目、モルモンレイクという小さなリゾートに着く。キャンプ場のコインシャワーを使ってさっぱり。そしてコインランドリーに服を放り込み、待っている間に悩みに悩んだ上で、中を確認してついにレストランで食事することにした。
アメリカにも地域性はあるが、この時期の中南部は新型コロナ対策がほぼ見られなくなっていて、レストラン (ココはサルーン[酒場]だった) の従業員もあまりマスクをしていなかった。
シンプルなバーガーの昼食だったけど、すごくいい気分。雑貨屋で食料を補給し、泊まりもせず出発。
急ぎに急いで町にたどり着き、ビール&バーガー!
線路跡をトレイルにした区間が時々現れるようになる。アリゾナは金銀銅の産出地だが、その発展期には木材こそが主要な産出物だったという。
このあたりはゴールドラッシュの地域へ木材を、帰りの便で金属を運んだという路線らしく、その歴史も面白い。そして、何より歩きやすい。
南下するにつれ、時々小さな川にぶつかるようになってきた。干上がっていても、少し上流に行ってみると『ランニング・ウォーター』があったりする。同じ川筋で、流れが地表に現れたり消えたりしているのだ。水質は池より圧倒的に良いので、自分は積極的に川を攻めるようにしている。
そして、標高は相変わらず2,000mとかだけど、トゲがあったり肉厚の葉っぱを持っていたりする植物が増えてきた。
モルモンレイクから4日目、パイン (松) という小さな街へ。ここにはハイカーの荷物を受け付けてくれるブリュワリーがあり、自分は必要物資をそこに送っていた。
ちょうど行き合わせたハイカーと、お前も送ったか、ビール楽しみだななどと言い合って営業時間をネットでチェックしたら、このままだと連休にぶつかることが分かった。
ここで何日も待てないし、夜に到着してビールだ! と当初予定より半日短縮し、急ぎに急いで道路に出て、ヘッドランプを点けて閉店寸前のブリュワリーへ。
荷物と食事とビールにありつけた。満足だ。シャワー浴びてないけど。
8日間シャワーを浴びていなかったり、泥水を飲んだり (もちろん浄水器を使用しているが)、半日巻いて急いで町にかけこんだり、といろいろありながらも、一喜一憂することなく、つねにすべてを冷静に受け止める河西さん。
その面持ちは、非日常のロング・ディスタンス・ハイキングをしているにもかかわらず、もはや普段通りの生活をしているかのようだ。
このまま淡々と進んでいくのか? それとも驚く展開が待っているのか? 次回の第4回をお楽しみに。
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