TRIP REPORT

アリゾナ・トレイルのスルーハイキングレポート(その5)| by 河西祐史 a.k.a. Wonderer #05

2022.09.14
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文・写真:河西祐史 構成:TRAILS

クレイジーなまでにアメリカのロングトレイルを歩きまくっている日本人ロング・ディスタンス・ハイカー、河西祐史 a.k.a. Wonderer (ワンダラー)。自分が行きたいと思うアメリカのトレイルをまとめた『おもしろそうリスト』は、つねにパンパン。そのくせ歩きに行くと、トレイルそっちのけでガンガン寄り道をしてアメリカを遊び倒してしまう型にハマらないハイキングスタイルが、僕たち好み。そんな河西さんによる、This is Americaなハイキング・レポート。

* * *

河西さんほどアメリカのトレイルを歩いている現役日本人ハイカーはいないだろう。そんな彼が、この連載第一弾でレポートしてくれるのは、アリゾナ・トレイル (AZT ※1)。

アリゾナ・トレイルの北端からスタートして、ノーザン・セクション、セントラル・セクションと歩きつづけてきた河西さん。

今回の記事では、セントラル・セクションの終わりからサザン・セクション中盤までの旅のエピソードを紹介してくれる。いよいよスルーハイキングも終盤戦だ。

この辺りは特に小さな集落ばかりで、トレイル上の水場も涸れていることが多かったようだ。そのため、トレイルエンジェルに助けてもらったり、他のスルーハイカーから最新のトレイル情報を得たりしながら、ちょっとしたハプニングを乗り越えていくさまは、旅のリアリティにあふれ、まさにスルーハイカーといった感じ。

では、河西さんによる、第5回目のアリゾナ・トレイルのレポート、お楽しみください。

※1 アリゾナ・トレイル (AZT):南はメキシコ国境から北はユタ州の州境まで、アメリカのアリゾナ州を南北に縦断する、全長800mile (1,300km) のロングトレイル。2009年に、ナショナル・シーニック・トレイルに指定されたが、全線開通したのは2011年12月。ハイキングだけではなく、乗馬、マウンテンバイクのためのトレイルとして設計されているのも特徴のひとつ。


風車が止まり、すでに涸れた水場。ハイカーのためにミネラルウォーターとゴミ箱が置かれていた。

ガス缶を買いたいが、小さな街ゆえどこの店にも売っていない。


アリゾナ・トレイルは、南はメキシコ国境から北はユタ州の州境まで、アリゾナ州を南北に縦断するトレイル。今回は、スーペリアという街からサマーヘイヴンへと向かう。

スーペリア (前回の記事のゴール地点。詳しくはコチラ) のメインストリートに行き、レストランで遅めの朝食。土曜日なので、街もちょっと賑わっていた。ついでにスーパーに寄って食料も補給。


スーペリアの街のレストランで朝食。

ここのところ小さな街、というか集落ばかりで補給していて、ガスの残量がもうない。だがここでも売ってる店はないようだ。一旦ホテルに戻って手ぶらになり、郊外のコンビニまで行ってみる。徒歩旅行の問題点だ。結局コンビニにもなかった。もう今日はあきらめて、アイスクリーム (暑かった) と酒でも買おうとふたたび中心部のスーパーへと向かう。


街は少し賑わっていた。

もう少しでメインストリート、というところで突然「よう、どうした!」と呼びかけられた。どう見ても普通の住宅の、玄関前に見知ったハイカーがいた。

なんでこんなところにいるのかと思ったら、ここはトレイルエンジェルの家で、泊めさせてもらっているという。「みんないるぜ、入れよ」というがちょっと躊躇する。新型コロナのため、こういうところを避けているのだ。

ところが、誰かこの街でガスを入手できるとこ知らないか聞いてみたら、エンジェルが売ってくれるぜと言われた。この街に売ってるところはないから、ストックしてくれているそうだ。

トレイルエンジェルの家で、仲間とビールを飲みながらギア談義。

中に入って自己紹介すると、家主の女性はさっそく「おなか空いてる?」と聞いてきた。まるで自分の家のように振舞うハイカーたちがビールを出してくれて、しばらく食べたり飲んだりしながら盛り上がる。

このときは8人くらいハイカーがいただろうか。長期間トレイルを歩いていると、同じ方向に進む同士がバラバラなのにグループみたいになってしまうことがあり、そのメンツがほぼ揃っていた。このなかで実は自分はいじられキャラで、それも「昔ながらの重たいギアを変えられない古いハイカー」というキャラだ。


トレイルエンジェルの家で。ガスを手に入れた。

面白いことに、過去にほかのロングトレイルをスルーしたことがあるハイカーたちは、自分以外みなほとんど同じスタイルだった。

バックパックはフレームレスの35Lとか大きくても45Lの、パッと見はウルトラライト。だがみんな、ほぼ全身サイズのエアマットを持っていた (寝袋はキルト)。あと、小さなチタンの鍋とガスストーブを運んでいるのが多く、食生活はあまりULっぽくない (ULハイカーはストーブすら持たないことも多い)。

このへんが “経験者” たちの近年のトレンドのように思う。ちなみに自分はバックパックが60Lで約1.7kg、カメラなどの電気関係が2.5kg以上あったが、それでもベースウェイトは10kg (※2) なかった。世間では軽いほうだと思う。

モーテルに戻り、夜は一人で過ごす。コロナのこともあるが、一部のハイカーがストーブを運ぶ理由の一つには、トレイルでも簡単に、怪しげな何かに点火したり加熱するためでもあるのだ。自分はそういうことには一切手を出さないので、彼らとの距離感も気を使って一体化しないようにしている。

※2 ベースウェイト:水・食料・燃料などの消費材を除いたバックパックの重量。このベースウェイトが10ポンド (約4.5kg) 以下であることが、ウルトラライトのひとつの基準となっている。

ハイカーから水場の情報を得るも、鳥の死体が浮いているタンクだった……。


馬を運ぶトレーラー。日曜だからか、乗馬の一団がトレイルに繰り出していった。

翌朝、宿のおばさん (インド人) がトレイルヘッドまで車で送ってくれた。ちょうど乗馬の一団がトレイルに入っていくところだったので、見送ってから自分も歩き出す。とにかく暑い。もう11月だが、ここへ来て日中は30℃越えが当たり前になってきた。

街から2日目。久しぶりに川沿いを進むが、情報に従って道路に出て数分歩くと、建物の敷地の外に水道があった。鉱山の排水が流れ込むため川の水質がちょっと怪しいので、ハイカーはここで給水することになっているのだ。


水道があった。テーブルと椅子もあり、ここで食事。

食事をとっていたら、カップルのハイカーが車で送られてきた。彼らはエンジェルの家にいた一員だが、迎えに来てもらってもう一度スーペリアに泊まりに行ってきたそうだ。


日が暮れたがそのまま進む。

水道で休みすぎたか、日暮れまでに目当ての水場に着けなかった。なんとか一晩分の水はあるが、ちょうど涼しくなってきたし地形も厳しくない。月も明るいので、そのまま歩き続けることにする。そのうち小高くなったところで、ぽっかりと明かりをつけたテントが浮かび上がって見えた。さっきのカップルが、トレイルと水場への脇道の交点でキャンプしているのだ。

怪しまれたくないのでヘッドランプを点け、足音もしっかり立てて近づく。よきところで「ヘイ、水場はどうだった?」と声をかけると「おーお前か!いい水だったぞ。ちょっと道が分かりにくかったけど、パイプを追えば良かったんだ。それを知ってれば簡単さ」という。農場や牧場が、地下水を通すパイプをうねうねと地面に這わせていることがあるのだ。


浮きを沈めると、水位が下がったことになり水が出る。奥には鳥の死骸が浮いていた。

「そりゃいい情報だ。ありがとう!」とお礼を言って行こうとすると「ああ、それとな。メタルタンクに鳥の死体が浮いてたぜ!」と言ってきた。「えっ?それイヤだな。本当?」と聞き返したら、二人はクスクス笑いながら「大丈夫。フロート (浮き) を操作すれば、蛇口から水を出せるんだ。ちょいとトリッキーだけど、タンクから汲まずに済むから」と教えてくれた。

行ってみるとその通りだった。水を出すための仕掛けを操作し、蛇口からボトルに直接水を入れる。戻って「うまくいったぞ。サンキュー」とテントに声をかけさらにトレイルを進む。数百mは離れてやろうと思ったが、そんなに進まないうちに良い砂地を見つけてしまった。まあいいか。ここでキャンプ。

トレイル沿いにある、ハイカーフレンドリーな宿泊施設でくつろぐ。


牛がこちらを見ている。時には危険を感じるほど近づくことも。

しばらく標高が1,000m前後のエリアが続く。川はみな涸れていて、時々道路との交点にエンジェルたちが置いてくれている水が、かなり貴重な補給の機会になる。もらいすぎてほかのハイカーが困らないよう、ウシ用の水場からなるべく多く水を運ぶ。すると重いし暑いので汗をかく。11月で良かった。


トレイルエンジェルが水を置いてくれていた。

スーペリアから6日目、ここから登りが始まるというあたりで、オラクルという街の近くを通る。街に出てもよかったのだが、自分はそのまま半日ほど進み、トレイルのすぐそばで泊まれる宿に着いた。


ハイ・ジンクス・ランチはナショナル・ヒストリック・サイトに指定されている建物で、現オーナーがハイカーが泊まれるよう改装中。

ハイ・ジンクス・ランチはちょうどハイカーが泊まれるようにいろいろ模索している最中で、庭キャンプも覚悟していたのだが、離れを借り切って泊まることができた。

車でオラクルの街まで送迎してもらい (有料)、レストランで食事して、1ドルショップとコンビニで食料を買う。この街にはスーパーがないとのことだった。大したものが買えないかもしれないので、ここで食料を買うかどうかは、ハイカーによってかなり意見が分かれる。個人的には、インスタント食品とスナックがそこそこ手に入ったので不満はない。

トレイル上から遠くに見える「生態実験施設」に大興奮。


バイオスフィア2が見えた。

翌日、ほぼ1日中登り。最初の坂をこなして、視界が開けたところから眼下の原野に、奇妙な人工物が見える。アレは「バイオスフィア2」だ。

宇宙時代に向けて、人工的な閉鎖環境内に生態系を構築し、人間を生活させてみたという巨大実験施設だ。「上手くいかなかった実験」としても知られる。科学好きとしてはそそられずにはいられない。新型コロナ以前は見学ツアーがあったらしい。行きたかったなあ。

2,400mまで標高アップ。暗くなるなか、リゾートの集落サマーヘイヴンに着く。マウントレモンという冬はスキー、夏は避暑で有名な山に、別荘ばかりの街があるのだ。


登るにつれて、乾燥しているがアップダウンのある地形が見渡せるように。

一軒だけ土産と雑貨の店があるが、リゾートなのでどんな食品が売っているのかよく分からない。閉店ギリギリで滑り込むと、また例のカップルに出くわした。彼らはオラクルで補給せず、この店に賭けてきたという。重い食料を背負ってここまで登るのがイヤだったというのだ。自分だってイヤだが、ルーズベルトレイクのコンビニでインスタント食品が何もなかった経験から賭けには出られなかった。


サマーヘイヴンの雑貨店。

いざ来てみると、この店にはハイカーの定番食パスタサイズ (ゆでこぼし不要の煮るだけパスタ) などが売っていて、やや高めの観光地価格ながら、補給自体はなんとかなりそうだった。自分の負けだ。

宿は基本的に貸別荘だというこの集落で、かつては公共の建物にアリゾナ・トレイルハイカーが泊まらせてもらったりしていたという。しかしなにかトラブルがあったらしく、我々はとにかく街を脱出してキャンプしなければならないのだった。

店を出るともう暗いし寒い。息が白く見えるほどだ。ヘッドランプと手袋を着けて歩き出す。昨日までとずいぶん違う。

真っ暗闇の中を1時間ほど歩いて、ようやくフラットなキャンプスポットを見つける。

しばらく道路を歩いていたら通りすがりの車が停まり、夫婦らしき2人が「あなた、どうしたの?大丈夫?」と聞いてきた。トレイルに戻るだけだと説明したが、「泊めてやったほうがいいのではないか」と本気で相談し始めてしまった。

「オレは大丈夫、ありがとう! すぐ後ろから男女のカップルが来るから、なんなら彼らに声をかけてやってよ」と笑顔で言って歩き出す。ホントは自分も寒さにメゲそうだったけど。


ヘッドランプを点けて道路を進み、トレイルに復帰。

トレイルに戻ったが思いのほか地形が険しく、とてもキャンプできそうにない。不安なまま1時間近く進み、ようやく沢の近くにフラットなスポットを見つけた。トレイルからは斜面の数m下にあり、見つけられたのはかなり幸運だった。

荷物を広げていると、ヘッドランプの光が上のほうを通っていく。さっきのカップルだ。向こうから「よお、どうだ? キャンプできそうか?」と聞いてきた。

降りるルートをざっくり説明してやって、来たところに「そのへんはどう? 少し地面が傾いているけど」と指してやる。いや十分だ! と彼らもそこにキャンプすることになった。長い一日だった。最後はどうにかピンチを切り抜けたという感じがあり、満足してキャンプ。明日は下りだ。


夕陽に照らされたアリゾナ・トレイル。

最後のエリア、サザン・セクションに足を踏み入れた河西さん。

ゴールとなるメキシコ国境が、どんどん近づいてきている。旅が終わりに近づくにつれ、河西さんの心境は変わっていくのか。それとも、これまでとなんら変わることなく、すべてを受け入れて楽しみつづけるのか。

次回、最終回をお楽しみに。

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河西祐史

河西祐史

アメリカのロングトレイルを歩くことをライフワークの遊びとしている、ロング・ディスタンス・ハイカーであり、アメリカ3大トレイルをスルーハイクしたトリプルクラウナー。2010年のアパラチアン・トレイル (AT) を皮切りに、パシフィック・クレスト・トレイル (PCT)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT)、ロウエスト・トゥ・ハイエスト・ルート (L2H)、タホ・リム・トレイル (TRT)、ヘイデューク・トレイル、パシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT)、アリゾナ・トレイル (AZT) など、毎年のようにアメリカのトレイルをスルーハイクしている。それでもなお、自分の行きたいトレイルをまとめた『おもしろそうリスト』はつねにパンパン。アメリカのハイキング・コミュニティとも親交が深く、ハイキング・カルチャーに精通しているハイカーでもある。

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