AMBASSADOR'S

アルバニア・ヴョサ川 ヨーロッパ最後の原生河川、パタゴニアの映画『Blue Heart』の川を旅する(中編) | パックラフト・アディクト #63

2022.09.28
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(English follows after this page.)

文・写真:コンスタンティン・グリドネフスキー 訳・構成:TRAILS

TRAILSのアンバサダーであるコンスタンティンが、今回レポートしてくれるヴョサ川。この川は、ヨーロッパ最後の原生河川と言われ、パタゴニアも映画『Blue Heart』 (2018年) でこの川をテーマに描いていることで知られている。

ヴョサ川は、ヨーロッパで最後の、ダムのない大河川であり、それゆえヨーロッパ最後の原生河川と呼ばれている。コンスタンティンは、以前に観たこのパタゴニアの映画に触発され、この大河を源流域から海まで7日間かけてパックラフトで旅することにした。

全長292kmのヴョサ川は、源流から80kmはギリシャ。そこから先はアルバニアのなかを流れている。前編では、前半のギリシャの旅をレポートした。今回の中編では国境をまたぎアルバニアに入るところからスタートする。

これまで日本ではほとんど紹介されていない、ギリシャ、アルバニアのヴョサ川でのパックラフティング・トリップ。その貴重なレポートをお楽しみください。


全長272kmあるヴョサ川は、自然豊かで美しい渓谷もたくさんある。

ギリシャのセクションが終わり、国境を越えてアルバニアに入る。


今回の行程は、ギリシャのコニツァにある橋からスタートし、河口近くのアルバニアのフィトレにある橋まで (Bridge to Bridge)、7日間かけてパックラフトで下るプラン。

2日目は、少し遠まわりをして国境越えへのハイキングから始まりました。荷物をパッキングして、ギリシャとアルバニアの国境となっているサランタポロス川 (ヴョサ川の支流) にかかる橋に向かいます。


2日目に、歩いて国境を越える。

効率を考えれば、国境に着くまであと1kmほどヴョサ川を漕いで下り、そこにパックラフトを置いて、パスポートにスタンプを押してもらうために荷物なしで歩いたほうがずっと簡単でした。

しかし、インターネットで調べたところでは、これまで誰もそんなことはしていないようでした。私たちは安全策をとることにしました。最終的にはEUの国境を越えることになるのですが、これまでの経験上、これは一筋縄ではいかないかもしれません。


国境警備隊も税関職員も親切で、問題なくアルバニアに入国することができた。

しかし、国境越えの手続きは、実際はすごくスムーズでした。ギリシャとアルバニアの国境警備隊の人はとても親切で、質問もあまりされませんでした。アルバニアの税関職員の一人は、「ちょうど一週間前にもヴョサ川を漕いでいる人がいたよ」と教えてくれました。彼は以前にラフティングのインストラクターをしていて、ヴョサ川を何度か旅したことがあるらしく、「わざわざ海に行くのなら、潮の満ち引きに注意するように」とも教えてくれました。

その彼に聞いたところによると、「名前さえちゃんと登録されていれば、川を漕いで国境まで行って、そのまま先に進んで大丈夫だよ」とのことでした。そして「アルバニアを楽しんで!」と声をかけてくれました。

サランタポロス川の水は銀灰色をしていました。前夜、川の上流で大雨が降ったのでしょう。本流に合流した後、ヴョサ川の水も濁ってきて、底が見えなくなってきました。(この後に、だんだん透明度は戻っていきましたが、私たちは残念ながら、もともとの透き通った水を見ることはできませんでした)


上流で大雨が降ったため、ヴョサ川の水もかなり濁っていた。

この辺りから、川岸はさらに高くなりました。一定の距離を置いて、怖そうな歩道橋が架かっていて、そのデザインはシンプルながらも工夫が凝らされているようでした。残念なのは、地元の人が川に捨てた衣類の残骸が、洪水によって散乱していたことでした。

それらは木にぶら下がっていたり、岩の間にはさまったりしていました。不穏に見えると同時にそれは魅力的でもありました。なぜ衣服だけなのか? 私は、それは私がよく知らない地元の伝統ではないのか、と思い始めました。(その夜、キャンプ場でオーナーに尋ねると、残念ながら伝統ではなく、むしろ悪い習慣だと説明された。なぜほとんど衣服なのかは、はっきりと教えてもらえませんでした)

「ランチは町のローカルレストランで食べる」「シエスタを取る」という2つのルーティンが始まる。


国境を越えてすぐのところにある村で、食べきれないほどのランチをとった。

その日、私たちはレストランやカフェで昼食をとりシエスタをとるという、2つの習慣を始めた。野生の川とはいえ、ヴョサ川はまったく人里離れた場所ではありません。川沿いには多くの村があり、大きな町もいくつかあります。最初に立ち寄った場所 (国境を越えてすぐのところ) で、私たちはたっぷりと昼食をとりました。シンプルな料理で美味しく、安価でした。

でも、全部食べきることができませんでした (アルバニアでは昼食が一日のメインであることを後で知りました)。そんな食事と40℃を超える気温が重なり、すごく眠くなりました。

「シエスタがあってもいいよね」と僕は言いました。実はディディエも、ふだんの旅で自然のなかでよくシエスタをとっている、とのことでした。「15〜20分昼寝するだけでも全然違うよ」と彼は言いました。

続けて「水上で寝るか、陸に上がるか、どっちがいい?」と聞きました。私は一度だけ水上でパックラフトの中で寝たことがありますが、これは良いなと思ったので、そうすることにしました。


ディディエと二人で、水上シエスタ。

この日漕いだ区間は、ホワイトウォーターとしてもっとも面白い区間でした。水量が少ないとはいえ、クラスII / II+ (※1) の瀬がいくつもあり、他の川とはちょっと違うタイプでした。

ヴョサ川の大半は、川全体が垂直の壁 (しばしばアンダーカットがある) に突き当たり、そこで90度ターンして、数百m下の反対側でまた同じプロセスを繰り返します。

まるで巨大なピンボールで遊んでいるような感覚でした。この水位では、ほとんどの急旋回が可能ですが、岩にぶつからないように漕がなければなりませんでした。

※1 クラス:瀬 (川の流れが速く水深が浅い場所) の難易度。クラス (グレードや級とも表現される) が I〜VI (1〜6級) まであり、数字が大きいほど難易度が高い。


この日のセクションは、瀬がたくさんあり速い流れを楽しんだ。

この区間は、ラフティングにも使われるようです。川の上では誰にも会いませんでしたが、この日のテイクアウトポイントに着くと、2艇のラフトがピックアップを待っていて、急流でハイドロスピード (※2) をしている人たちもいました。

※2 ハイドロスピード:ゴム製のボートに上半身を乗せ、足にはフィンを付けて楽しむ水上アクティビティで、川版ボディーボード。


2日目のゴール地点には、ツアー用のラフトボートも置いてあった。

アルバニアでの1泊目は、アルブツーリスト・エコキャンプ・パーメットというキャンプ場に決めました。私は、事前にこの施設のInstagramをフォローしておいて、旅の準備の際に事前に「川の水量は十分ですか」と質問を送ったりしていました。(それに対して「Yes」という饒舌な返事が返ってきました)

そこは素敵な場所 (無料のインターネットや携帯電話を充電する機会もある) でしたが、川から比較的長い距離を歩いて登る必要がありました (約500m)。

しかも、荷物を満載したパックラフトを運ばなければならなかったので、その距離はさらに長く感じられました。私はこのとき失敗をしてしまいました。パックラフトを肩にかけ、背もたれのベルトを額にかけて運ぼうとしたのですが、この持ち方のせいでベルトの付け根の接着部分が少しはがれてしまったのです。


以前からチェックしていたキャンプ場。

ヴョサ川とともに暮らすパーメットの町でのんびり過ごす。

翌日は、最初はのんびりと過ごし (私はパックラフトを修理しなければならなかった)、昼近くになってから川に出ました。


パックラフトを修理してから、のんびり3日目がスタート。

私たちは、アルバニアのシムカードを手に入れるためにパーメットという町に寄る予定でした。町の中心部まで漕ぎ (そこに入る直前に、おそらく川でもっとも面白い急流があった)、茂みにパックラフトを隠し、地元の漁師が使う簡易なハシゴを使って上まで登ってみました。

町自体はあまり大きくはありませんでしたが、何でも揃っていました。データ通信の上限が大きい観光用のシムカードも手に入れました。銀行で現地通貨もおろしました。どこでもユーロで支払えるのでこれまではそうしていましたが、現地のお金も持っていたほうがいいと思ったのです。


高台からパーメットの町を眺める。

昼食をたっぷりとり、ディディエも私も食後の牛乳が大好きなので、牛乳を買うことにしました。しかし、ほとんどの店がアルバニアのシエスタ (午後1時から5時か6時まで) で閉まっていて、買えないことがわかりました。

パン屋さんで見つけたのは、ビンに入った牛乳のヨーグルトでしたが、とても濃厚だったので、一口分を振ってジュッと飲まなければならなりませんでした。でも意外とさっぱりしていました。

川に着くと、対岸にはたくさんの若者が泳いでいました。なかには、なんでもないかのように瀬を泳いでいる人もいました。PFDとヘルメットを持っている私は、彼らに比べてなんだか重装備すぎるような感じでした。


対岸ではたくさんの若者が川遊びをしていた。

今回の旅の後、ディディエはヴョサ川についての興味深い本を見つけました。その本の冒頭に、地域社会と川との関わりについて書かれていました。この本はパーメットの住民について触れていました。

彼らは、「川は与えてくれるが、奪いもする。毎年ヴョサ川は床上げや予期せぬ渦のために2、3人の命を奪っている」と語っていました。それでも川は彼らの命なのです。そして、私たちもそれを実感しました。

16kmのセクションをメロウに漕いで、川岸でカウボーイキャンプ。


流れが緩やかで、景色を楽しみながらのんびり漕いだ。橋を渡っているのは、荷物を運ぶラバと馬。

この日は短くてのんびりとした一日でしたが、16kmほど進みました。ピスコブ村の川岸でキャンプをし、そこで素晴らしい夕食 (ヤギと羊の肉) を食べ、ジロ (xhiro:村や町の周りを夕方散歩することで、ほとんどすべての住民がその場所を訪れる) を体験しました。


ピスコブ村を散歩。

初めてその光景を見たのは、9年前、アルバニア人が多く住むモンテネグロのウルチニという町でした。そこでは、その町の中心部は、車が通行止めになっていました (知らずにその中に入ってしまい、罰金を払う羽目になったこともあります)。ピスコブは規模は小さいものの、メインストリートを手をつないで歩いている人たちを見かけることができました。

この夜は天気も良く、蚊もいなかったので、テントを張らず、カウボーイキャンプをすることにしました。雲ひとつないアルバニアの夜空は、星がひときわ輝いて見えました。


天気が良かったので、テントを張らずにカウボーイキャンプ。

ハーブの香りがするパックラフト。


ジグザグの川をピンボールの玉のように進み、ようやく開けたエリアにでた。

翌日は27km以上漕ぎました。最初の8kmをピンボールのように下っていきました。ケルシレの町に着くと、舟を漕いでいる私たちに向かって、旗を振って川岸まで降りてきた人がいました。彼はドイツ人で、友人と一緒にヴョサ川でカヌーをしようと思っているとのことでした。

彼らは折りたたみ式のアリーカヌー (ノルウェーのベルガンス社のフォールディングカヌー) も持っていました。しかし、あまりホワイトウォーターの経験がないため、うまくいくかどうかわからないということでした。カヌーの経験が15年以上あるディディエは、オープンカヌーで漕いでも大丈夫な川だよ、と彼らに伝えました。もちろん注意して下る必要はあるけどね、と。


ヴョサ川をカヌーで下れるかどうか、相談してきたドイツ人。

目の前には山脈を切り開く美しい渓谷があり、その入口には堂々とした城跡がありました。この渓谷は、今回の旅でもっとも気に入った場所のひとつです。しかし、私が気に入った理由は、景色以上にそこで体験した小さな冒険と偶然の発見のためでした。

この日の行程の3分の1ほど進んだところで、いくつかのレストランがあるのが見えました。そこは川幅が狭く、土手も高い。降りられる場所を見つけるのは簡単ではありませんでした。レストランを過ぎたあたりで、砂利の土手を見つけ、なんとか上まで登ることができました。

しかし、そこは誰かのフェンスで囲まれた敷地の奥で、その人の家の近くまで行かなくてはなりませんでした。出口に近づくと、ゲートが閉まっているように見えました。そこで、それを乗り越えようとしたら、その敷地の主人が出てきて、アルバニア語で何か叫び始めたのです。私は謝罪しようとしたが、彼は間違いなく不機嫌でした。


町のレストランに行くには、私有地近くを歩かざるを得なかった。

レストランで昼食をとった後、オーナーを怒らせないように、別の道を探しました。しかし、他に道は見つけられませんでした。そこで、Google翻訳アプリでアルバニア語で「ごめんなさい」を翻訳して用意して、再び彼の敷地に足を踏み入れました。今回は、彼は寝ていて、私たちに気づかなかったようです。私たちは彼を起こすことなく、そのままパックラフトを置いた場所に戻りました。


レストランでランチをとり、パックラフトまで戻ってきた。

レストランでは、セージ、カモミール、ミント、オレガノ、そして名前もわからないドライハーブを5袋買って、パックラフトのジッパーのなかに入れました。

一日の終わりにパックラフトの空気を抜くと、いつもはあまりいい香りがしないのですが、その晩はとても新鮮で驚かされました。しかも、ハーブはずっとパックラフトの中に入れていたので、そのフレッシュさをずっと楽しむことができました (ディディエは、このアイデアを次も使おうと言っていました)。こうして、パックラフト用のフレグランスが誕生したのでした。


町近くの川岸で、ヤギが放牧されていた。

ヨーロッパ最後の原生河川と言われ、パタゴニアの映画『Blue Heart』でも、その豊かな生態系の素晴らしさが紹介されていたヴョサ川を、7日間かけて漕ぐことにしたコンスタンティン。

ヴョサ川のまわりには、街があり、人の生活もあり、その中に入り込むことも楽しみながら旅は進んでいく。毎日シエスタをとり、ランチはローカルのレストランで食べる。川だけでなく、ギリシャやアルバニアの街やカルチャーも味わう旅だ。

次の後編の記事では、ヴョサ川の河口までの旅の様子をお伝えする。どんな旅の景色が待っているのだろうか。

TRAILS AMBASSADOR / コンスタンティン・グリドネフスキー
コンスタンティン・グリドネフスキーは、ヨーロッパを拠点に世界各国の川を旅しまくっているパックラフター。パックラフトによる旅を中心に、自らの旅やアクティビティの情報を発信している。GoPro Heroのエキスパートでもあり、川旅では毎回、躍動感あふれる映像を撮影。これほどまでにパックラフトにハマり、そして実際に世界中の川を旅している彼は、パックラフターとして稀有な存在だ。パックラフトというまだ新しいジャンルのカルチャーを牽引してくれる一人と言えるだろう。

(English follows after this page)
(英語の原文は次ページに掲載しています)

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Konstantin Gridnevskiy

Konstantin Gridnevskiy

1978年ロシア生まれ。ここ17年間はオランダにある応用科学の大学の国際旅行マネジメント課にて、アウトドア、リーダーシップ、冒険について教えている。言語、観光、サービスマネジメントの学位を持っていて、研究は、アウトドアでの動作に電子機器がどう影響するか。5年前からパックラフティングをはじめ、それ以来、世界中で川旅を楽しんでいる。これまで旅した国は、ベルギー、ボスニア、クロアチア、イギリス、フィンランド、フランス、ドイツ、日本、モンテネグロ、ノルウェー、ポーランド、カタール、ロシア、スコットランド、スロバキア、スロベニア、スウェーデン、オランダ。その他のアクティビティは、キャンプ、ハイキング、スノーシュー、サイクリングなど。

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