ザ・ロングトレイルのスルーハイキングレポート(その1)| by 河西祐史 a.k.a. Wonderer #07
文・写真:河西祐史 構成:TRAILS
クレイジーなまでにアメリカのロングトレイルを歩きまくっている日本人ロング・ディスタンス・ハイカー、河西祐史 a.k.a. Wonderer (ワンダラー)。自分が行きたいと思うアメリカのトレイルをまとめた『おもしろそうリスト』は、つねにパンパン。そのくせ歩きに行くと、トレイルそっちのけでガンガン寄り道をしてアメリカを遊び倒してしまう型にハマらないハイキングスタイルが、僕たち好み。そんな河西さんによる、This is Americaなハイキング・レポート。
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河西さんほどアメリカのトレイルを歩いている現役日本人ハイカーはいないだろう。そんな彼によるこの連載、昨年の第一弾でアリゾナ・トレイル (AZT ※1)を紹介してくれたが、今回の第二弾でレポートしてくれるのは、その名もロングトレイル (LT ※2)。
このトレイルは、アメリカで一番古いロング・ディスタンス・トレイルとして知られており、アパラチアン・トレイル (AT) を作るにあたって、そのモデルになったトレイルでもある。まさにアメリカのロング・ディスタンス・トレイルの源流ともいえるトレイルだ。
ロングトレイルは、バーモント州を南北に貫く全長438km (272mile)のトレイル。その一部はATと重なっていて、河西さんもかねてより歩きたいと思っていたトレイルでもある。
そして2022年秋、河西さんはこのトレイルを36日間をかけてスルーハイキングした。そのスルーハイキングレポートを、今回から3回連続でお届けする。
第1回目は、出発編。まずはロングトレイルの南端、マサチューセッツ州とバーモント州の州境に向かった河西さんだが、そこにたどり着くまでにもさまざまなハプニングがあったようだ。想定外のことも含め、なんでも楽しんでしまう河西さんらしい旅をお楽しみください。
ボストンに到着。その後バスを乗り継いで、トレイルへ向かう。
うっかり連休にぶち当たってしまった。ボストンに着いたのはいいが、そこから現地までの高速バスが取れない。かといって宿は……200ドル、300ドル台が目白押しだ。うわ、ホステルが一泊85ドル! とにかく、都市部から逃げないと。
自分はバーモント州とマサチューセッツ州の州境に行きたいのだが、とりあえずマサチューセッツの「真ん中左寄り」までのバスを取った。
この地域には土地勘がある。AT (アパラチアン・トレイル ※3) が南北に通っているので、自分は2010年に歩いているのだ。当時はスマホなし、紙の地図だけだった。よく読みこんだので、今でも地名に馴染みがある。
地方都市のはずれに有料のキャンプ場を見つけ、2泊分の予約を入れる。ギアのテストをしながら出発の支度をする、お得意のパターンで行くことにした。
17時過ぎ、グレイハウンド (※4) は堂々と少し遅れてバスターミナルに着いた。乗れるはずだったローカルバスが見当たらない。職員に尋ねたら「ついさっき出たのが最終だ。残念だったな」という。こういう事態が平気で放置されるのがアメリカだ。
キャンプ場に電話して、歩いていくから受付が閉まるまでに着けそうにない旨を伝えたところ、待ってるから来いという内容の返答を得た。お互い言葉にはしないが、支払いは明日でいいか、いいや今夜のうちにというやりとりだ。
仕方がないので速足で歩く。次第に建物がまばらになる夕暮れの道路を、少年たちが電動キックスケーター (レンタルらしい) で追い越していく。時代だなあ。
スタート前に、テントとハンモックのギアテスト。
大急ぎで寄ったスーパーにはガス缶がなかった。とりあえず食料を買い込みキャンプ場へ。なんとか19時前に到着して最後の望み、受付でチェックインのついでに「ガス売ってないか」と聞くがダメだった。飛行機で移動すると初日にありがちな事態だ。
連休だから周りはファミリーキャンパーがほとんどらしく、みんな大きく焚火したりガスのグリルでバーベキューしたりして盛り上がっている。自分は一人、枯れ枝で小さな火を起こし、鍋に湯を沸かしてモソモソと夕食にする。
初日から盛り上がらないが、ATを歩いていた時も街の近くでは「キャンプというより野宿」であることが多かった。こんなものだと思っているから、それほど残念でもない。
初日はテント、2日目はハンモックをテスト。ロングトレイル (以下、LT) ではシェルター (※5) を使えることが多く、夏場はテントを持たずに歩くハイカーもしばしば見られるという。朝は5℃とかでこれからもっと寒くなるが、行けるところまでハンモックで行くことにする。そのほうが軽い。服などをバックアップと運ぶものに分け、歩いて行ける近所で酒や食料を手に入れる。
残る問題はガスだ。結局どこにも見つからず、あきらめてガソリンスタンドでHEET (※6) を買ってきた。ストーブはとりあえずジュースのアルミ缶で何とかなる。乾燥地帯ではアルコールストーブが禁止だったりして、こんなことをするハイカーも少数派になりつつあるが、自分は「こんなのもちょっと楽しい」タチなので時々やる。
ロングトレイルの南端を目指して、歩き始める。
3日目。祝日なので、北へ向かうローカルバスが走らない。ここでもう1泊するより、近くのATを歩いて州境まで行こうと荷物をまとめる。
するとキャンプ場の手伝いをしてるおじさんが「出発か! 乗せてってやろう」というので素直に甘えた。おまけに途中でウォルマートに寄ってくれた。休日でも確実に開いていて、しかもアウトドアコーナーがあるので、地方でガスが必要ならウォルマートに行けばいい。助かったがアルコールを捨てるわけにもいかないし、まだバックアップの荷物も運んでいるのでいろいろ重い。次の街までガマンするしかない。
州北端の街、ノースアダムズの街はずれで降ろしてもらう。ここから少しATを北上すれば、LTの南端に行ける。一昨日の道路歩きや昨日の買い物はただの移動として、ようやくここからが今回のハイクだ。
トレッキングポールを伸ばし、はみ出しそうな荷物を詰めなおして背負い、いそいそと出発。橋を渡り、道路を少し横移動してから横断する。電柱にホワイトブレイズ (※7) があったりすると、そうそうこの感じ!とうれしくなってしまう。ATよ、オレは帰ってきたぞ。
日本の雑誌などで、ATが「里山的なトレイル」と表現されることもあるが、自分はあんまりしっくり来ないでいる。
ATには里山という言葉から想起されるような身近な自然だけではなく、素晴らしい深い自然もたくさんある。山から山へ渡る部分が道路歩きになってしまうことや、アメリカという国が東海岸から始まっているために、歴史的な遺産や小さな古い街を多く目にする機会があることと、自然の良さはまた別問題だ。
自分はATを「森と水のトレイル」だと思っており、常に好きなトレイルの一つに挙げている。だから、いつかはあの地域をまた歩きたいと思っているハイカーにとって、このLTはうってつけなのだった。
ゆっくり歩いて1カ月くらい、というのも手ごろでよろしい。経験があるため、出発前からもうなんだか上手くいったようないい気分でハイクに臨んだ。
紅葉に色づく森に分け入り、少しづつ登りをこなして州境に至る。ここが南端だ。完全にトレイルの途中の一点であるに過ぎない、と写真だけ撮って通り過ぎる。国境だったらこんな簡単に通ることはできない。
シェルターに泊まるつもりが、まさかのトラブル発生。
今夜の宿を確認しよう、とアプリですぐ先のシェルターをチェックする。すると、んん?シェルターが無くなっている? 慌てていろいろ調べると、オフィシャルのガイドブックには記載されているシェルターが、ちょうど建て替えのために閉鎖されたようだった。
それはまあ仕方ないが、この辺りはハイカーの「人口」が非常に多いため、むやみに森を踏み荒らしたりせず設定されたサイトやシェルターを利用しよう! という注意書きがそこらに貼ってあるような地域なのだ。
日が傾いて少し肌寒くなるころ、シェルターのあった場所に着く。建物の一部だったらしき木材がまとめられていた。「ここにはもうシェルターは無い」「キャンプは禁止、焚火も禁止」「プリヴィ (トイレ) の使用も禁止」「ハイカーの立ち入りを禁ずる。とどまらず、先へ!」と貼り紙が見られる。
スマホアプリの投稿欄には「どうしろっていうんだ」という悲鳴のような投稿があった。いいやココでキャンプしちまえ、というハイカーが相当数いたのだろう。どっちの気持ちもわかる。
自分も困った。トレイルを先に進むが、とても次のシェルターまでたどりつけそうにない。しばらくするとダートロードにぶつかった。そのまま横断してまたトレイルを進むが、周りがまったく平らではないのに気づいてはっと立ち止まる。この先はもうダメだ。
引き返し、ダートロード沿いの駐車スペースと森の境目に今夜のキャンプ地を定めた。自分としては自然を破壊しない精一杯の選択をしたつもりだが、人目に付くとよろしくない気がする。しょっぱなからステルス (隠れてこっそりキャンプ) 気分だ。なにが上手くいくものか、トラブルばっかりじゃねえか。
夜中にはダートロードを車が数台通り、見とがめられるか肝を冷やした。夜明け前にはザッザッ……と足音がして自分のタープのすぐ近くを通って行った。そこはトレイルなんかないはずだが、アレは何だったのだろう。
想定外のヒッチハイクで、街のホテルへ。
翌日はスカッと晴れた。気分よく進み、早くもそれらしい景色を堪能する。紅葉、ビーバーポンド (※8)、ぬかるみそうな地面に渡された木道。
途中、向かいから来たハイカーに会う。話してみるとサウスバウンド (南向き) のLTスルーハイカーだった。挨拶もそこそこに、シェルターがどうなってたか、昨夜はどうしたのかと聞いてくる。
言いづらいがと断って、ダートロードのパーキングでキャンプした、ほかによさそうな場所もなかったしと正直に答えた。彼は「俺もそうするかな。今日中にノースアダムズには着けそうもないし」とため息をついていた。お互いに、俺たちは悪くないよなというようなことを言い合って別れる。ルールとしては、そこらでキャンプしても処罰の対象にはならないらしい。
またも日が傾き、肌寒くなるころに道路に出た。なんだか悪い予感がする。当てにしている宿はシャトル (送迎) をしてくれるのだが、なんと電波がない。道路ならと思っていたが。それと今日は11mile (18km) くらいしか歩いていないのに、ものすごく疲れたし時間がかかった。
アップダウンが多いせいか? 荷物が重いせいか? まだ体ができていないからか? それとも年を取ったのだろうか。ともかく、今後はこれが基準になる。
ヒッチハイクのチャンスを伺いながら、街に向かって道路を歩く。だんだん暗くなってきた。これ以上暗いとヒッチは無理かも、というタイミングで車が止まってくれた。はるか西にアウトドアの遊び場にしているエリアがあって、これから真夜中まで飛ばしていくんだという兄ちゃんだった。いつも通過するだけなのでこのエリアのことは分からないといい、本当にハイカーが泊まれるところがあるのか心配してくれる。こっちもなんだか怖くなってきた。
街のど真ん中、レンガや石造りらしい建物が並ぶ交差点で降ろしてもらい、10分ほど歩いてホテルに着いた。なんでも価格高騰のご時世に「ハイカー・レート」(※9) として1泊60ドル (税抜き) をキープしてくれている宿だった。
スタッフの手が空いていれば送迎もしてくれるとのことで、ここをスタート前泊の宿とするハイカーも多いようだった。自分もそうすれば良かった。LTはまだ2日目なのに、もう3泊キャンプしている。どっと疲れが出た。出発したばかりだけど、明日はゼロデイ (※10) にしよう。
河西さんによる、アメリカで一番古いザ・ロングトレイルのスルーハイキングレポート (その1) は、いかがだっただろうか。
お目当てのトレイルを歩き始める前が、やけに楽しそうなのがいかにも河西さんらしい。
たいてい想定外のことが起こるのだが、一喜一憂することなく当たり前のように受け入れて、対処する。もうアメリカに降り立った時点から、河西さんの旅は始まっているのだ。
次回のスルーハイキングレポート(その2)は、1/18 (水) に公開予定です。
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