TRAILS環境LAB | 松並三男のSALMON RIVER #18 鮭川村の鮭を用いた魚醤が商品化されるまで
文・写真:松並三男 構成:TRAILS
What’s TRAILS環境LAB? | TRAILSなりの環境保護、気候危機へのアクションをさまざまなカタチで発信していく記事シリーズ。“ 大自然という最高の遊び場の守り方 ” をテーマに、「STUDY (知る)」×「TRY (試す)」という2つの軸で、環境保護について自分たちができることを模索していく。
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『TRAILS環境LAB』の記事シリーズにおいてスタートした、松並三男 (まつなみ みつお) くんの山形県鮭川村での「鮭と環境」にまつわるレポートをお届けする「SALMON RIVER」。
前回の記事では、2022年度の1年間における松並くんの活動と、鮭川村の鮭に関するトピックスについて振り返ってもらった。そして、鮭川の鮭を用いた「魚醤 (ぎょしょう)」づくりが進んでいることに触れた。
遡上した川鮭は、脂が少ないため、市場では価値が低い魚とされている。そのため孵化事業で捕獲し、採卵などをされた後は、使いきれずに無駄になる川鮭がたくさん存在する。それをいかに無駄なく使い切るか。その解決策のひとつが、「魚醤」なのだ。
今回は、その鮭魚醤の商品化に至るまでの、取り組みや試行錯誤について紹介してくれる。鮭川の鮭を原料にした魚醤とは、いったいどんな魚醤なのでしょうか?
冬のアウトドアアクティビティも終盤戦。
こんにちは! 今回は、前回の記事で予告した鮭魚醤 (さけぎょしょう) の話の続きです。前回の#17 (2022年度の鮭にまつわる取り組みとトピックス) を掲載したすぐ後の3月中旬、実際に魚醤製造の現場を訪れたので、今回はそのことをレポートしていきます。
本題の前に少しだけ近況報告を。この時期はスノーボードの終盤、4月からの渓流釣り解禁などが重なる時期で、頭の中がバタバタと忙しい時期です。アウトドア好きの山形暮らし、遊びネタが多くて暇がありません。
鮭川村の鮭で魚醤を製造してくれる会社との出会い。
さて、本題です。前回は魚醤そのものの特性やそれを作るきっかけについて振り返り、さらに魚醤に関するアクションの予告を書かせてもらいました。今回は、実際に完成した試作についてレポートします。
まずは、少しだけおさらいを。ここでいう鮭魚醤とは、鮭、塩、麹だけで発酵させて作る調味料のことです。
鮭の身から内臓まですべてを使用でき、常温での保存性が高く、原材料もシンプルということから、約2年前の#07 (食べる魚として「忘れられた」川鮭の食べ方の試行錯誤) のレポートでも書いたとおり、以前から可能性を感じている方法でした。
この可能性に気づいてから、実際に魚醤を製造している会社を調べていくと、株式会社能水商店という会社と出会いました。商工会の会報に鮭魚醤「最後の一滴」が紹介されているのを見つけ、会社に問い合わせたことがきっかけとなり、代表の松本将史さんに話を聞くため、今から2年前の2021年10月に糸魚川の製造現場を訪ねました。
話してみれば、実は母校の先輩であり、熱心な釣り人でもあったことから一気に意気投合し、それからは互いの現場視察を行なうなど頻繁に情報交換をするようになりました。
2022年の3月に松本さんたちが鮭川村に発眼卵放流 (※) の視察に来た時に、鮭川村でも商品化したいということを話すと、松本さんから「鮭川村の鮭を原材料にして、まずは試しにうちで魚醤を作ってみませんか?」という提案をもらいました。即答で「やります!」と返答し、準備を進めてきました。
原材料確保には、#10 (川鮭の伝統保存食「鮭の新切り」の新しい食べ方) で紹介した若手最年少組合員の矢口春巳さんが中心となって、大先輩たちと相談しながら確保してくれたおかげで、ついに、鮭川の鮭魚醤製造に着手することができました。
使用する「麹」と「発酵期間」をいろいろ組み合わせて、味の違いをチェックする。
製造するうえで、まず決めなければならないのが味の方向性でした。試作を作ってもらう上で僕らがリクエストしたのはこちら。
・醤油麹、米麹による味の違い
・鮭の旨味が強く出る発酵プロセス
・鮭川らしさを感じられる味わい
このリクエストで作ってもらった試作は6種類。配合や数字の詳細は出せないのですが、2つの要素でみていきます。
① 麹 (こうじ) の違い
今回比べた2つの麹を簡単に説明すると、米麹は、米を麹菌によって発酵させたもの。醤油麹は、この米麹をさらに醤油に漬けて発酵させたものです。醤油は大豆や麦も原材料として使うことから、醤油麹はこの原材料由来の旨味や香りが強く、日本人なら誰もが知っている醤油のような黒っぽい色と香りがでるのが特徴です。
まず、醤油麹を使った鮭魚醤は、醤油の旨味と香りが強く出てきて、そこに鮭の旨味や香りが重なっていくような感じでした。一方で、米麹の鮭魚醤は、色が薄くて黄色っぽいのが特徴で、味と香りはシンプルに鮭を強く感じ、米の甘みが後味を優しくしてくれるような感じでした。
② 発酵プロセスの違い
もうひとつの違いは、発酵期間の長さです。旨味となるアミノ酸は、発酵することでたんぱく質が分解して発生するのですが、このプロセスのどのタイミングで抽出するかで風味が異なります。
いわゆる原始的な魚醤は製造に1年以上時間がかかるとされているのですが、実際に発酵は温度が高くなる夏に一気に進みます。今回は、人為的に加温して発酵を進めるため、発酵させる日数はこれよりも短期間の数日で完了します。
「鮭の旨味が強く出る発酵プロセス」というリクエストから、この加温日数の違いで分解が進み切るまでのどの段階で魚っぽさが引き立つかを確かめました。
この違いを言葉で説明するのが難しいのですが、発酵期間が短いものは魚独特の香り (良い意味での魚臭さ) が強く、発酵期間が長いと魚独特の鋭い香りがもう少し優しく、丸みのある深い旨味に変わる感じでした。
さまざまなバリーションの試作を行ない、目指すべき味が決定。
さて、結果的にこの段階で僕らが選んだのは、「米麹の発酵期間が一番長いもの」でした。米麹を選んだ理由は、鮭の旨味を強く感じられること、山形の美味しい米の旨味を活かせること、原材料のシンプルさ、醤油との区別がはっきりつく色味、といったところからです。
発酵期間については、少しの差ではあるのですが、発酵時間が長いほうが、魚の生臭さが優しく緩和され、鮭の旨味に深みを感じたからです。
能水商店ですでに製品として販売されている「最後の一滴」は、醤油麹を使っており、鮭の旨味と醤油の旨味が重なり、誰もが美味しく感じられる醤油に近い風味が特徴です。今回僕らが選んだ米麹の鮭魚醤は、さらに鮭の香りを強めた尖ったイメージだったので、このコンセプトで商品化すれば、いい意味での棲み分けができそうです。
ちなみに、試作を使った食べ方で今のところ良かったのは「鮭魚醤寿司」です。寿司にさっと鮭魚醤を塗るだけで、特に白身魚との相性が良く、上品な白身魚の旨味に「鮭」の旨味が重なり、魚好きにはたまらない逸品でした。
山形の日本海沿岸はタイ、メバル、ソイなど上品な白身の魚が多いので、これらと相性がいいことからも山形での活用の可能性を感じました。
鮭川村でとれた鮭を、無駄にすることなく最大限活かすために。
麹の種類と発酵プロセスの方向性をおおよそ確定させたので、まずは僕の川の師匠でもあり、最上漁協の鮭鱒部会を長年担ってきた重鎮の大先輩のもとへ報告に行きました。
おおむねこの魚醤の味に賛同いただいたので、4月中に鮭に関わる他の大先輩たちにも報告、フィードバックをもらい、完成は7月下旬ごろを予定しています。
今回の製造は小ロットではありますが、より多くの人に知ってもらうため、50mlの小瓶での製造を予定しています。さらに先の話ですが、この魚醤を山形で製造するための準備も始めています。
鮭を増やすためのふ化事業で採捕される鮭から、誰もが「美味い」と思えるような旨味の最大値を引き出す鮭魚醤の商品化。この商品を通じて、鮭が遡上する川の価値、鮭川村という地名が持つ意味を知ってもらえるように、このアクションはまだまだ続きます。
鮭魚醤の商品化が進み、いよいよ今年の夏には商品がリリースされる予定だ。
松並くんがここ数年、試行錯誤を繰り返しながら取り組んできたことが、ようやく形になろうとしている。
今回は1回目ということもあり小ロットでの製造・販売になるが、反響が大きければロット数も増える。今回の魚醤の商品化をきっかけに、あらたな川鮭の循環のあり方として確立されることを期待したい。
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