フライフィッシング雑記 田中啓一 #04 和洋毛鉤考(後編)
文・イラスト・写真:田中啓一
What’s 『フライフィッシング雑記』 | フライフィッシャーであり、ハイカーであり、ファッションデザイナーである田中啓一さんによる、フライフィッシングにまつわるエッセイ。フライフィッシングは美しく、格調高く、ワイルドで、創意工夫の奥深さがあり、TRAILS読者とは親和性の高い個性あふれる遊びだと思う。釣り人はもちろん、釣りをしたことがない人も、田中さんが綴る魅惑的な言葉に運ばれて、フライフィッシングの深淵なる世界へ旅だっていただきたい。
和洋毛鉤考 (後編)
私自身も若い頃に、貰い物の竹竿に馬素 (ばす ※1) を結んでテンカラをやってみたことはあるのだが、その時はハマるほどではなく、その後もずっとフライフィッシングを続けていた。
しかし、件のテンカラブームのおり、現代のテンカラ竿が尽 (ことごと) くカーボンの振り出し竿 (※2) に置き換わり、道糸 (※3) も、より扱いが楽で安価なレベルライン (※4) が主流になったことを知り、俄然興味が湧いた。しかもタックル (※5) の価格もフライに比べ格段に安価であり、非常に軽いので、フライフィッシングのスペアタックルとして携帯することも可能になった。
そこで私自身がテンカラをやってみた感想と、フライフィッシングとの違いを述べてみようと思う。以前からテンカラはフライフィッシングより日本の渓流に向いていると、よく言われていた。確かにある面ではそうであるが、そんなに単純な話ではないこともわかった。
テンカラの長所としてはまず、山岳渓流の、特にイワナが好む落ち込みの巻き返しに、ラインによるドラグ (※6) を回避しつつ長い間毛鉤を漂わせることが可能である。フライフィッシングはどうしてもラインを空中に保持しておくことが難しく、ドラグの回避は困難である。同じ理由で、テンカラはメインの早い流れの向こう側の流速の緩い瀬脇を流すこともいとも簡単にできる。フライではラインのメンディング (※7) などが面倒だ。
テンカラはラインの長さが一定しているので、キャストの際の竿の振りは1回で済む。つまり手返し (※8) の早い釣りが可能だ。同じ理由でピンポイントでポイントに打ち込むこともより容易い。
テンカラは基本毛鉤を沈ませる釣りなので、ドライテンカラでもしていない限り、1尾釣れてもフライを乾かす必要もなく、即座に次のキャストに移れる。
フライにアクションをつけて魚を誘う際に、繊細で細かいアクションを与えることが可能だ。フライの場合はラインに重さがあるので、テンカラのようにはいかない。
仕掛けがシンプルかつキャストも簡単なので、釣りの初心者でもすぐに釣りになる。もちろん自然渓流ではポイントを読む技術なども必要なので、すぐに魚が釣れるわけではないが、管理釣り場などでニジマスを相手にするぶんには、テンカラは初心者でもすぐに楽しめる釣りと言える。
もちろん短所もある。
ラインを伸ばして遠くのポイントを探れない。これはもう、システム上無理である。
竿の長さの2倍以上のラインを使うテンカラ釣法も存在するが、逆を返せば近くのポイントが打ちづらいということである。そうなるとテンカラの最大のメリットである、ラインを空中に保持することが難しくなる。つまりラインにドラグがかかってしまう。
頭上に木が覆いかぶさるような川では、竿が長い分、枝に絡まりやすい。
いくらキャストの時にサイドから低い弾道で投げたとしても、不意のアワセの時にまで冷静でいられるとは限らない。一般的に竿が3メートルほどと長いので、高い場所の枝に絡まることが多く、毛鉤の回収は極めて困難だ。これが、必ずしもテンカラがフライフィッシングより日本の渓流に向いているとは言えない部分である。木が覆いかぶさった渓流は日本には山ほどあるからだ。
渓流用のフライロッドは大半が6フィート半 (約2.0メートル) から7フィート半 (約2.3メートル) ほどなので、たとえフライが枝に引っかかっても、回収できる場合が多い。
テンカラの場合、取り込みの際に最後はラインを手でたぐってランディング (※9) せざるを得ない。
これは大抵の場合、テンカラでは仕掛けの全長を竿の長さよりやや長くとる (釣り用語ではバカをとるという) 場合が多いからだ。この最後に手で手繰り寄せる動作を釣趣に欠けると感じる人が割といる。特にフライフィッシャーがテンカラをやらない理由であげることがある。ちなみに、私自身は気にしていない。
大型の毛鉤や重い毛鉤を使えない。
テンカララインはフライラインより格段に軽いので、それらのフライは飛ばせない。つまり、毛鉤の選択肢が限られているのだ。そもそもテンカラはそんな毛鉤を使うことは想定していない。これは短所でもあるが、実は長所にもなり得る。それは毛鉤の選択で悩むことが無いということだ。
イヴォン・シュイナードがテンカラに興味を示した理由の一つがこれである。複雑化したフライフィッシングでは無限とも思えるフライパターンを駆使しなければ魚が釣れないと思い込まされる傾向があったが、彼はテンカラのシンプルな考え方を参考に釣りをしてみたら、実はそれほど釣果に差があるわけでは無いことを発見したのであった。
これには異論を唱える人もいるだろう。数種類の毛鉤だけでは非常にセレクティブな魚 (※10) には手も足も出ないからだ。しかしそのような魚は相手にしなければ良いと思えば話は違ってくる。そんな場合は、別のポイント、別の魚をターゲットにすれば良いのだから。
フライフィッシングには、いかにセレクティブな魚を振り向かせるかを命題にしたマッチ・ザ・ハッチ (※11) という釣法があるが、テンカラにはほとんど存在しない。ヒゲナガカワトビケラ (※12) を模したゴロ蝶毛鉤 (※13) という例外を除いては。
ちなみに、現在テンカラで多用されるレベルラインとは、元々は、テーパーのついていない安価なフライラインに用いられていた用語だ。それを現代のテンカラ釣り師か釣具メーカーかは分からないが、流用したものと思われる。それだけではなくて、現在のテンカラ毛鉤の多くはフライ用のバイスやボビンホルダーを用いて、フライ用のマテリアルを材料に巻かれている。
昔は、テンカラ鉤と言えば、胴にはゼンマイの綿。蓑毛 (ハックル) は キジの剣羽根と言われていたが、現在はバリエーションが格段に増えた。しかしそれでもフライに比べればほとんどがシンプルで簡単な作りである。また、テンカラタックルにドライフライを結んだ、水面だけて釣るドライテンカラという釣法まで現れた。
テンカラをしていて特に面白かったのは、毛鉤を食った時の水面下の魚の閃き (ひらめき) である。前述したようにテンカラはたいてい毛鉤をわずかに沈めて釣る。したがって流れる毛鉤は見えない。しかしラインの大半が空中にあるので、水面に刺さったラインを目で追っていれば、毛鉤のおおよその位置は把握できるのだ。するとたまに水中で一瞬白っぽい影がフッと動くことがある。それが魚が毛鉤を咥えた合図なのだ。その瞬間アワセをくれればフィッシュオンという次第。
岩魚や山女魚に限らず魚の背側は水色に紛れて見えにくいようになっている。しかし体側や腹側はたいてい背より明るい色をしている。魚が毛鉤を引ったくる瞬間、その明るい部分が上を向き、一瞬だけカモフラージュが解かれ、白っぽい閃きとして釣り人の目に飛び込んでくる。このアタリには水面で食った時の水飛沫とはまた別の独特の趣がある。もちろん手元に直接に伝わるアタリの方が多いのだが、私はこの閃くアタリが好きだ。
ある日、青山の裏道を歩いていたら、住宅街の中に洋服屋を見つけた。メンズの服が置いてあるようだったので、入ってみた。若い世代でも着られるカジュアルウェアが並ぶ店内を眺めていたら、そのスペースには全く場違いな釣竿が数本展示してあった。よく見ると、全てテンカラ竿である。
若い店員に訳を聞いてみたら、オーナーのテンカラ好きが高じて、オリジナルのテンカラロッドを作ったとのこと。社員にもテンカラを嗜む人が数名いるそうだ。
このオリジナルロッドの中でも一際長い一本が気になった。グリップもダブルハンドのフライロッドくらいにとても長い。正確な全長は忘れたが、テンカラ竿としては異例の長さ、確か4メートル以上あったかと記憶している。
これは北海道などで、大きなニジマスを相手にしても負けないアクションに仕上げてあるという。 残念ながらその店員の方は釣りはしないとのことなので、使い心地などは聞けなかった。これは欧米の広い川で、大型のマスを釣るのにも使えそうなので、輸出してもいいのではないかと思った。
このように現代のテンカラは、西洋生まれのフライフィッシングの要素を多く取り入れ、より進化したハイパーテンカラへと成長を続けているという実感がある。
釣りは趣味なので、好きな方をやれば良いのだが、読者の皆さんもフライフィッシングとテンカラ、機会があれば両方を楽しんでみるのも一興かと思う。
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