LONG DISTANCE HIKER #18 石丸隆司 | 働いては歩きに行くというハイカーライフ
話・写真:石丸隆司 取材・構成:TRAILS
What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。
何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。
そんな旅のスタイルにヤラれた人を、自らもPCT (約4,200km) を歩いたロング・ディスタンス・ハイカーであるTRAILS編集部crewの根津がインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。
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第18回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、石丸隆司 (いしまる たかし) a.k.a. Takashiくん。
石丸くんは、2019年にPCT (※1)、2022年にCDT (※2) をスルーハイキングし、国内のトレイルも歩きまくっているハイカーだ。
『LONG DISTANCE HIKERS DAY』(※3) にも、2020年にお客さんとして参加し、2023年4月のイベント開催の際は、スピーカーとして登壇してくれた。ちなみに、前回この連載で登場した中井くん (詳しくはコチラ) をCDTに誘ったのも、実は石丸くんだ。
ロング・ディスタンス・ハイキングにハマった石丸くんは、今年は仕事をしてお金を貯めて、また来年の春から数カ月歩きにいく。そんなハイカーライフを送っている。
彼の生き方まで変えてしまった、ロング・ディスタンス・ハイキングの魅力とは?
PCTのスルーハイキングはツラかったのに、またトレイルに戻りたいと思い始める。
—— 根津:そもそもロング・ディスタンス・ハイキングのきっかけは何だったの?
石丸:「地元が新潟県長岡市なんですけど、親父が山をやる人で小さい頃から新潟の山に連れられて行っていたんですよね。それが原体験かもしれませんね。しばらくは遠ざかっていましたが、大人になってなにかのタイミングでまた行くようになりました。
で、20〜30代にかけてチベット文化圏を巡る旅行をしていた時に、旅行と山歩きを掛け合わせたら面白いんじゃないかと思って、2017年にエベレスト街道 (※4) を歩いたのが最初のきっかけですかね」
—— 根津:そこで一気にロング・ディスタンス・ハイキングに?
石丸:「その時は、まだそこまでではなくて。その2年後くらいに仕事をやりすぎて体調崩した際に、誰かのためではなく自分の好きなことをやろう! って決めたんです。それで仕事を辞めてJMT (※5) を歩きに行こうと」
—— 根津:なぜまたJMT?
石丸:「エベレスト街道と同じく、景色がすごいじゃないですか。なんかそれで興味を持ったんですよね。でも、友人から時間もいっぱいあるんだしPCT行っちゃえば? って言われて。そんな後押しがって、じゃあそうしよっかなって思って2019年にPCTをスルーハイキングしに行ったんです (笑)」
—— 根津:そのPCTでのロング・ディスタンス・ハイキングが、めちゃくちゃ楽しかったんだ。
石丸:「いやそれがそうでもなくて (苦笑)。もともと、チベットとかネパールも文化に興味があったんです。エベレスト街道も生活道なので、人の暮らしや風土を感じながら歩くのが楽しくて。逆にPCTはただの自然というか、ウィルダネスで。だから最初は戸惑ったくらいです。
あと当時は、とにかく必死でしたね。スタート時期が遅かったこともあって、先を急がなきゃ! と、ただただ日々をこなす感じでした。途中、他のハイカーによく “ Enjoy your hike!” って言われたんですけど、言われるたびにオレのハイクってなんなんだろう……って、ずっと自問自答していました」
—— 根津:まだぜんぜんハマってなかったんだ。どちらかというと、しんどい経験をした感じだよね。それでよくCDTに行こうと思ったね。
石丸:「帰国して時間が経つと、都合の悪いことを忘れていくんですよね。それで、いつの間にか、あんだけツラかったのにまたトレイルに戻りてぇなーって感覚になってしまって (笑)
もちろん良かったこともあって。PCTは森歩きもたくさんあるんですが、帰国してからは森歩きが好きになりましたね。PCTのおかげで、なにもないただの自然を楽しむのもいいなぁと思えるようになって、国内のトレイルや山にめちゃくちゃ行くようになりました」
選択肢があったら、迷わず楽しいほうを選ぶ。
—— 根津:ツラかったのに戻りたくなる。それは不思議な感覚だね。
石丸:「実は他にも大きな理由があって、それはPCTの後悔なんですよね」
—— 根津:え? 後悔があったの? 2019年は雪の多い年で、雪のセクションをスキップしたハイカーも多かったよね。そんななか、石丸くんは3カ月半という短さで、全部歩き切ったわけじゃん。はたから見たら大成功っていう感じだけど。
石丸:「他のハイカーはオレよりもっと楽しんでたなと。ハイカーとの出会いだったり、すごく解放された感じの旅をしていて。そういうのがぜんぜんなかったなと。それを変えたい、そういう自由な旅がしたい! と思ってCDTを歩くことにしたんです」
—— 根津:なるほど。PCTの時はノリというか勢いで行った印象だけど、CDTは明確な意志というか目標みたいなのがあったんだね。
石丸:「自分を変えること、新しいことに挑戦すること、っていうテーマを持っていました。たとえば、楽しいか楽しくないかの選択肢があったとしたら、迷わず楽しいほうを選ぶ、みたいな」
—— 根津:思い通りに歩けた?
石丸:「そうですね。PCTでやらなかったこと、やれなかったことを、とにかくやりました。途中で会ったハイカーに、一緒に歩こうよ! って誘ってみたり。仲間と呼べるハイカーとの出会いもあったり。
あとは、自分はビールが好きなんですけど、アメリカってたいがい6本パックで売ってるじゃないですか。PCTの時はパックで買うことなんてなかったんですけど、CDTの時は飲みきれなかったら他のハイカーにあげればいいやって。州が変わるごとにビールの銘柄も変わっていくのを見るのも楽しかったですし。ビールを楽しむのも、裏テーマでしたね (笑)」
—— 根津:じゃあ、スルーハイキングを終えた時も、PCTの時とはぜんぜん違う感覚だっただろうね。
石丸:「すごく満たされていました。そして、名残惜しくもありました。もっと歩いていたいなと」
こんないろんな感情になることができる遊びは、他にはない。
—— 根津:PCT、CDTを歩いたら、次はAT (※6)?
石丸:「そうですね。別にトリプルクラウンに執着はないんですけど、これだけ長い距離のトレイルってそうはないじゃないですか」
—— 根津:石丸くんにとって、歩く距離と期間の長さが重要なんだろうね。
石丸:「それはあると思いますね。同じロングトレイルを歩くにしても、100kmのトレイルとアメリカ3大トレイルでは、ぜんぜん違うじゃないですか。長い時間身を置くことで芽生える自分の感情がある。楽しいだけじゃないいろんな感情が」
—— 根津:普段ぜったい表に出てこないような気持ちや感情と出会えるのが面白いと。
石丸:「こんないろんな感情になることができる遊びって、ないですよ。それが、ロング・ディスタンス・ハイキングの面白さでもあると思うんです。
自然の中に数カ月にもわたって身を置いていると、感覚が敏感になってくるじゃないですか。五感が鋭くなって、感受性が豊かになって、いろいろな感情が芽生えてくる。これはロング・ディスタンス・ハイキングならではじゃないかと」
—— 根津:たしかに日常生活を送っていると、感情の幅って決まってくるよね。仕事もそうだけど、ある程度の抑制が必要とされるし、そうしないとうまく行かない。ロング・ディスタンス・ハイキングは、そういったものから解放される感じはあるよね。いい意味でリミッターが外れるというか。
石丸:「そうなんです。もともと自分は社交的な人間ではなくて、特にもっと若い頃はいつも鎧を着ていた感じでした。ハイカーに自分から話しかけるようなタイプでもなかったですし。
そんな自分が、ロング・ディスタンス・ハイキングをしながら、鎧を脱ぎ捨て、自分の殻をどんどん破っていった感じですね」
—— 根津:人生楽しくなってきたね。じゃあ、来年のATは通過点でしかないのかな。
石丸:「やっと楽しくなってきました (笑)。
今のところ、その次に歩くトレイルはまだ決めてないですけど、まだまだいろんな場所に歩きに行きたいとは思っています。あと、いつかやりたいのは、残雪期のJMTをスキーでスルーハイキングすることです」
This is LONG DISTANCE HIKER.
『 知らない自分に出会う旅 』
小さい頃から山に親しんできた石丸くんは、もともと自然が好きだし、歩くことも好きである。でも彼は、ロング・ディスタンス・ハイキングの面白さは、それら以上に「いろんな感情になることができる遊び」だからだと言う。
それは単に、喜怒哀楽という感情のバリエーションのことを指しているわけではない。彼自身、「ロング・ディスタンス・ハイキングをしながら、鎧を脱ぎ捨て、自分の殻をどんどん破っていく」と言っているように、これまで自分が感じたこともない感情のことなのである。
これまでの自分じゃない自分。すなわち石丸くんにとってのロング・ディスタンス・ハイキングは、知らない自分に出会う旅であり、彼はそれを心から楽しんでいるのだ。
根津貴央
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