トレイルエンジェル | #01 アラン & ナンシー・ハモンド (PCT) by リズ・トーマス
文:リズ・トーマス 写真:アラン・ハモンド・TRAILS 構成:TRAILS
TRAILS – HIKING FELLOWのリズ・トーマスによる新連載。
「トレイルエンジェル (TRAIL ANGEL)」(※1)は、ロング・ディスタンス・ハイキングのトレイルカルチャーを代表する存在のひとつだ。
トレイルエンジェルたちは、ボランティアで食事や泊まる場所を提供したりと、ハイカーの旅をサポートしてくれる。その存在なくして、ハイカーは旅ができない。
そんなトレイルエンジェルたちに、リズが直接インタビューをする。
そもそもトレイルエンジェルたちは、何がきっかけでトレイルエンジェルとなり、どのような思いでハイカーたちをサポートしているのか?
リズがインタビューを通して、トレイルカルチャーを支える、一人一人のトレイルエンジェルの思いや人間性をつづっていく。
シエラのなかでも町までのアクセスが遠いエベッツ・パスなどを拠点として、トレイルエンジェルをしている。2022年の大規模な山火事や、2023年の大雪の年にも、困ったハイカーたちをさまざまな形でサポートをした。
またNPOを立ち上げ、ボランティアを募って大規模なトレイルマジックを行なっていたり、PCTA (PCTの管理団体) に寄付を集めて渡していたりと、独自の考えとスタンスでトレイルエンジェルをしている。
今回は夫のアラン・ハモンドに、リズがインタビューをした。
トレイルエンジェル・オブ・ザ・イヤーに選ばれた夫婦。
この連載で、私が最初にインタビューしたトレイルエンジェルは、「リミット・シチュエーション (Limit Situation)」という団体をつくったアラン・ハモンドです。
アランとパートナーのナンシーは、ALDHA-West より2023年のトレイルエンジェル・オブ・ザ・イヤーにも選ばれました。トレイルエンジェル・オブ・ザ・イヤーは、傑出したトレイルエンジェルに送られる賞で、毎年スルーハイカーの投票によって選ばれます。
ハモンド夫妻は、シエラ山脈のなかでも僻地にある場所で、PCTハイカーに食事を提供しているトレイルエンジェルです。この2人は、2015年からトレイルエンジェルを始めました。
またハモンド夫妻は、「リミット・シチュエーション」というNPO (非営利団体) を12人のボランティアとともに立ち上げました。そして毎年、500人以上のハイカーに、1,000食以上の食事を提供しています。
このNPOは、「分け隔てないサポートと安全」を原則としていて、トレイルタウンにあるようなお酒やパーティーの提供はありません。また、PCTA (PCTの管理運営団体) のために資金集めも行なっており、ライブイベントを通じて毎年約3,000ドルを寄付しています。
1セントも受け取りませんよ。そうしたら神様からの恩恵が失われてしまうから。
アランが PCT ハイカーについて初めて知ったのは、2015 年に毎年恒例の仲間とのキャンプをしていたときでした。
一緒にキャンプしていた仲間の一人が、2,600mile (約4,200km) のスルーハイキングを目指しているPCTハイカーに出会ったというので、アランたちはそのハイカーがお腹を空かせているのではないかと心配して、トレイルを1.5mile (2.5km) ほど登って、食料を背負って持って行くことにしました。そして、そこにテーブルを置きました。
「あの時は私たちは何をすべきかわからなかったし、その行為に名前が付いていることも知りませんでした」とアランは言っていました。
アランが初めて食事を提供したのは、「ステディ・エディ」という名前のハイカーでした。その時、アランやその仲間は、自分たちはハイカーに食事を提供するだけだと思っていましたが、ステディ・エディは、アランと友人たちのことを「トレイルエンジェル」だと説明してくれました。
アランは、その後2日間、看板を立てて、ハイカーに食事を提供しました。食事を提供したハイカーが増えるにつれて、アランはハイカーの深い感謝の気持ちに心を打たれていきました。
ハイカーの生活のシンプルさに触れると、アランは自分自身の日々の忙しさがクレイジーなものだと感じるようになりました。「それは大きな啓示でした」とアランは言い、それに続けて「もう一度戻って、やり直す必要があることはわかっていました」、と話しました。
その後、アランはシエラでのバックパッキングに行った時、困難な状況からエスケープしなければいけないことがありました。トレイルヘッドまではなんとか自力でたどり着くことはできましたが、自分の車まではまだ距離があり、誰かの車に乗せてもらう必要がありました。
その時に、あるトレイルエンジェルが 1 時間半もかけて遠回りして、アランの車まで連れて行ってくれたのです。アランはお金を払おうとしましたが、そのトレイルエンジェルは「いいえ、1セントも受け取りませんよ。そうしたら神様からの恩恵が失われてしまうから。」と言いました。このときの経験から、アランはトレイルマジックの重要性を強く考えるようになりました。
この2つの経験がアランの人生観を変え、トレイルエンジェルを自分の人生の一部にしよう、と決意するようになったのです。
2023年の大雪の年には、困ったハイカーたちを臨機応変にサポート。
アランはハイカーをサポートする活動をどんどん広げていきました。翌年、彼は妻のナンシーにも理解してもらって、ハイカーに食事を提供するため同行してもらいました。
「ナンシーは家に帰るまで、ずっと泣いていました」と彼はその時のことを説明しました。「ナンシーはこう言ったんです。『あなたを批判する人は一人もいなかったわ。ハイカーはただ感謝しているだけ。ハイカーはあなたが誰で何をしている人かなんて気にしてない。これは今の世の中では、とてもまれなことよ』と。」
ハモンド夫婦は、12人のボランティアとともにNPOを設立しました。そして「分け隔てない対応と安全」を原則とした、ハイカーに食事を提供する活動を始めました。
この団体は、栄養のあるおいしい食事を提供することに重点を置いています。ベジタリアンやグルテンフリーのオプションもあります。
ソックス・メーカーのダーンタフや、カリフォルニア州オーバーンの地元のランニングショップとパートナーとなり、ハモンド夫妻はトレイルエンジェルとして、今ではソックスとシューズの交換も提供しています。「きれいでふわふわの新しいソックスと、新しいシューズを手に入れたとき、ハイカーたちはとても素敵な表情をするんです!」とアランは言います。
ハモンド夫妻は、ハイカーのピークシーズンに、毎年1ヶ月間、PCT沿いのエベッツ・パスとドナー・パスにトレイルマジックの拠点を置いています。この場所を用意するには、物品の調達、食料の準備、機材の積み下ろしなど、大がかりな準備が必要になります。
3月にピザ生地作りを始めて、7月にハイカーに食事を提供する。ボランティアの人たちには、サラダからピザ作りまで、担当する場所と仕事が割り振られます。夏の間、ハイカーのためにフルタイムでパンを焼くパン職人もいます。
ここ数年は、PCTハイカーは、自然災害や異常気象の影響を受けています。記録的な大雪となった2023年には、多くのPCTハイカーが5月にシエラネバダ山脈をスキップして、雪が溶けた9月に戻ってくるため、ハモンド夫妻はいつもと違うタイミングでも、ハイカーに食事を提供するように対応をしました。
特にハモンド夫妻が行っているようなトレイル沿いでのトレイルエンジェルの活動には、フレキシビリティをもって、常に変化する状況へ適応する必要があるのです。
特殊部隊でダライ・ラマのボディガードをしていたハイカーとの出会い。
ハモンド夫妻は2015年からトレイルエンジェルをやっているので、数え切れないほどの思い出があります。しかしアランの頭に最初に浮かんだのは、「センセイ (Sensei) 」というトレイルネームのハイカーでした。
アランはセンセイに声をかけて、なぜトレイルを歩いているのか尋ねました。センセイは、元警察官で、「社会の中に人間性を見つけようとここに来た」と言いました。
2年後、アランはセンセイが再びPCTをスルーハイキングしているのを見て、驚きました。その時、センセイはアランと話すことができないほど泣き、打ちひしがれていました。
センセイは、過去にカナダの特殊部隊に所属し、ダライ・ラマのボディーガードをしていたことを話してくれました。「センセイは、まるで世界で一番大切な人たちであるかのように、みんなと握手していました。そして『私は、以前はずっと悪者だけを探して立っていたんです』と語っていました。」
センセイは、トレイルを歩くことによって、自分のなかで大きな変化が起きたと話していました。アランは、センセイになぜ2度目のハイキングをしたのかを尋ねました。センセイは1度目のハイキングの時は、「他人の中に人間性を探していた」と話していました。しかし、2度目の時は「自分自身の中に人間性を見つけ、悪いところを探すのをやめた」と言いました。
アランは、「トレイルにはたくさんの癒しがあります。トレイルを1,000mile (1,600km) 歩いた後のハイカーは素敵な人たちばかりです。なぜなら、彼ら・彼女らは出発時の自分ではないのですから」と言います。またトレイルでは「本当の自分と向き合うことができます」と。
ハイキングは、癒しであり、個人を成長させてくれるものでもあります。またトレイルエンジェルは、トレイルが持っている「人間が変わることができる力」を体験する手助けをしてくれる存在であるのです。
ハモンド夫妻と2人の運営するNPO (非営利団体) は、ハイカーの個人的な話を聞くことではなく、ハイカーたちが求めるものに焦点を当てています。「ハイカーは孤独に慣れています。ハイカーたちは強い感情に晒されるでしょう。一番のルールは、ハイカーがしたいようにさせてあげること。」
アランは、戦闘でPTSD (心的外傷後ストレス障害) を経験した後、トレイルにいるハイカーたちに感化されました。「ハイカーたちが話したいなら、彼ら・彼女らはおしゃべりに来ます。話を聞いてほしいなら、私たちはいつでも話を聞きます」とアランは話します。
誰もが見知らぬ人に、自分の話をする準備ができているわけではありません。「私たちはハイカーを質問攻めにするために、存在しているわけではありません。私たちは、ボランティアたちに前に出過ぎないようにさせています。」ハモンド夫妻とこの NPOのボランティアの人々は、ハイカーにスペースを与えることを心得ているのです。
トレイルエンジェルが自己承認のためにならず、ハイカーが必要なものを届けることが大事。
アランは、トレイルエンジェルというのは、心から感じた活動であり続けることを望んでいます。数字やトレイルエンジェル自身のプロモーションに重きがあるようなものではなく。
NPOのリミット・シチュエーションは、自己承認を求めるものではなく、人々を手助けするという原則を維持することを目指しています。
そのためこの原則をきちんと理解してくれるボランティアを見つけるのが、難しくなることがあります。ボランティアの中には、自分自身の話ばかりしてしまったり、ハイカーにたくさんの質問をしてしまったり人もいます。しかしリミット・シチュエーションの目的はそれではありません。
これらすべてを通じて、アランは、トレイルマジックにおいて大事なのは、ハイカーに必要なものを提供してあげることだと言います。つまりそれは、トレイルで自分自身について学びながら、自分をリチャージするための、純粋な余暇の時間を提供してあげることなのだと。
(English follows after this page / 英語の原文は次ページに掲載しています)
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