Fishing for Hiker | 日本の伝統釣法「テンカラ」が世界中のULハイカーに与えた衝撃 – #01 Tenkara USAの誕生

文・構成:TRAILS 写真:TRAILS、Tenkara USA
お馴染み、TRAILSのコンセプト「Team TRAILS」。彼らは、トレイル上で遊ぶことが大好きなアメリカ出身の4匹の動物たち。
その中には、フィッシング(釣り)カテゴリーの象徴として、ブラックベアが描かれている。
僕たちは、ハイキングにフィッシング(釣り)を組み合わせて遊ぶのがたまらなく好きだし、TRAILS誕生から大切にしてきたトレイルカルチャーのひとつなのだ。
これまでもTRAILSでは、様々なハイキングのスタイルに “釣り” を組み合わせた遊びを発信してきた。ここで改めて僕たちの熱狂の原点にフォーカスした、ウルトラライト・ハイキングに “釣り” を組み合わせる「Fishing for Hiker」のプロジェクトを始動する。
TRAILSでは、主にハイカーの視点から釣りを取り上げ続けてきた。
「Fishing for Hiker」というテーマにおいて、ULハイキングと親和性の高い、日本の伝統釣法であり世界中のULハイカーに衝撃を与えた ” テンカラ ” (※1) を取り上げることにする。
トップバッターは ” テンカラ ” を再発見し、世界中のULハイカーに新たなムーブメントを引き起こすきっかけとなったアメリカのテンカラ・ロッドメーカー「Tenkara USA」。
Tenkara USAの初期から販売されているテンカラ・ロッド「Iwana」。
こちらもお楽しみに。
※1 テンカラ (テンカラ釣り):ロッド (竿)、ライン (糸) 、フライ (毛鉤 けばり) だけという、シンプルな道具で釣る日本の伝統的な釣り (リール等も使用しない)。主に川の上流部の渓流をフィールドに、ヤマメやイワナ、アマゴなどを釣る。欧米など海外では軽量でシンプルなフライフィッシングとして捉えられたりする。
※2 フライフィッシング:イギリス発祥の、フライ (西洋式の毛鉤) を用いる釣り。軽いフライを遠く投げるために、長めのライン (釣り糸) とリール (釣り糸を巻き取る道具) を用いる。ラインの重さを使って投げる「キャスティング」など、独自の技術が必要。
TRAILSとテンカラとの出会い。
TRAILSの佐井聡・和沙の夫妻が、2010年にジョン・ミューア・トレイルをハイキングしたときにテンカラを実践。
TRAILS編集長の佐井が、テンカラのイメージががらりと変わったのは2009年のことだった。当時、アメリカのULハイキングの主要情報源のひとつだったfacebookで、偶然にカタカナの「テ」の文字をあしらったテンカラ・ロッドを目にしたときだった。
そのときに「このデザインは斬新でカッコいい!」と直観的に興味が湧いた。はじめは、それまでに見たことのなかった日本のテンカラ・ロッドが輸出されたのか?と思ったが、ほどなくそれがTenkara USAというアメリカのロッド・メーカーのものだとわかり、衝撃を受けた。
Tenkara USAのアイコニックな「テ」の文字のブランドロゴ。
幼少期から川・海を問わず釣りを楽しんできた佐井も、その時まではテンカラには手を出していなかった。
生粋のエサ釣り師である父親の影響で、渓流釣りと言えば、フライ (毛鉤) やルアーなどの疑似餌ではなく、エサ釣りでしょ!というのが佐井家のスタイルだった。現地の渓流で石をひっくり返し、魚たちの大好物である川虫の、ピンチョロやクロカワムシ (※3) を探して釣る。テンカラとは距離があったひとつの理由である。
また、当時のテンカラへのイメージは、百戦錬磨のいぶし銀の翁にこそ許される、若者には敷居の高い釣りに見えていたのも、もうひとつの理由だった。
それだけに、「テ」の文字のデザインをほどこした、それまでにないテンカラの表現をしたTenkara USAのブランドロゴに斬新さを感じた。Tenkara USAは、2009年4月に創業した、アメリカでテンカラのロッドや関連ギアを販売するメーカーであり、テンカラについてのイベント開催や情報提供もしているテンカラ・ロッド・メーカーだ。
日本以外で初めて、ロッドをはじめテンカラ関連のさまざまなアイテムを販売したTenkara USA。
このとき世界のULの最前線であったアメリカで、実験的で革新的なものを求めるULハイカーたちが、テンカラを知って興奮していた。日本の伝統的な釣り具が、最先端のULの道具として発見されたということが衝撃だった。常にULのアップデートに没頭していた身として、「灯台もと暗し」という思いであった。
ロッド (竿)、ライン (糸) 、フライ (毛鉤) だけという道具のシンプルさ。100gを下回る軽量さ。「新しいULの道具を見つけた!」という感覚であった。そして、この道具はULの楽しみや造詣に大きなアップデートをもたらしてくれるのではないか、という予感に興奮した。
この頃、日本のULハイカーたちがテンカラに感じた可能性については、続編である#03にて、レポートをしたい。
※3 ピンチョロとクロカワムシ:渓流釣りのエサとなる水生昆虫の幼虫。ピンチョロはフタオカゲロウ科の幼虫。クロカワムシはトビケラの仲間。どちらも渓流の魚のエサとなるもので、石の下や砂利に隠れている。
Tenkara USAの創業者ダニエルのテンカラとの出会い。
Tenkara USA創業者のダニエル・W・ガルハルド。
2009年。アメリカにおいて、「テンカラはULだ」とULハイカーたちを盛り上げる起爆剤となったTenkara USA。
Tenkara USAの足跡を辿ることは、ULハイキングと釣りの深化を知る教科書ともなる。
物語は、フライフィッシャーであり、ハイカーである、Tenkara USA創業者ダニエル・W・ガルハルドという人物から始まる。彼は幼少期からフライフィッシングを楽しんでいた少年だった。ロッククライミングやサーフィンも楽しんでいたが、フライフィッシングは生涯を通じて最も一貫して興味を持っていた自然のなかでの遊びだったという。
フライフィッシングの文脈のなかで、日本のテンカラが「発見」された
後にTenkara USAを創業する前の2007年。妻が日系アメリカ人であったことも影響しただろうか、妻と一緒に日本を訪れるプランを立てており、その準備も兼ねて日本の歴史や文化を調べていくうちに、テンカラの存在を知ったのだ。
2008年には妻とともに訪れた日本で、テンカラの実物を目にして、そしてその釣法を試す機会を得た。ダニエルは、テンカラロッドをバッグに入れてアメリカに戻り、ハイキングトリップでテンカラを楽しみ始めた。それまで楽しんでいたフライフィッシングと比べて、テンカラはシンプルで、かつアメリカのフィールドでも有用な釣りの方法であると認識し、テンカラの可能性に興奮した。
テンカラ = シンプル・軽量・コンパクトなフライフィッシング。
Tenkara USAのオフィス。日本製のランディングネットのコレクションや日本のバンブーロッドなどが飾られている。
テンカラの魅力に興奮したダニエルは、テンカラを多くの人々と共有したい考えるようになった。
ひとつは、アメリカでメインストリームのフライフィッシングは、しばしば「難しそう、複雑すぎる」と捉えられることがあり、テンカラのシンプルさはフライフィッシングを始めるのを簡単にしてくれるスタイルだと考えた。
ダニエルは、テンカラを、シンプル・軽量・コンパクトなフライフィッシングとして可能性を感じた。
もうひとつは、ダニエル自身のように経験があるフライフィッシャーにとっては、ミニマルなスタイルがきっと魅力となるはずだと考えた。ダニエルはハイカーでもあり、実際に自身が山の中の渓流で使った経験から、シンプルで、軽量で、コンパクトなテンカラの有効性を実感していた。
しかしダニエルは、テンカラについての情報がアメリカではほとんどなかったことから、ギアを売るだけの会社ではなく、テンカラの歴史などのストーリーも伝える会社を作ろうと考えたのだった。
ULハイキングの中心地Backpackng Light.comで日本のテンカラが盛り上がる。
Backpackng Light.com:ULの黎明期より現在にいたるまで、ULハイキングの情報を発信している米国のウェブサイト。写真は以下のサイトより:https://backpackinglight.com/
Tenkara USAが創業した2009年。テンカラがアメリカに紹介されると、超軽量でシンプルなフライフィッシングとして、まずはULハイカーのなかで大きな注目を集めた。その中心地はBackpackng Light.com (BPL ※4) であった。
当時、新しい実験が盛んに行われていたUL黎明期において、メディアとしてULのシーンをリードしていたのが、Backpackng Light.comであった。そこでは全世界のなかでも最も最先端のULの情報が発信されるウェブサイトで、世界中のULハイカーがその情報を熱心にチェックする対象となっていた。またフォーラムという掲示板形式のページが特徴であり、そこでは新しいギアを実験したレビューなど熱量の高い意見交換がなされていた。
Backpackng Light.comのライアン・ジョーダンによるULの書籍。表紙にある指一本でバックパックを持ち上げる写真は、ULのアイコンのひとつともなった。ちなみにここに写っているバックパックは、Gossamer GearのWhisper。
そんな日本も含め、全世界の熱量の高いULハイカーたちがチェックするBackpackng Light.comにおいて、日本古来の釣りであるテンカラが注目されたのだ。
そのBackpackng Light.comの主宰であるライアン・ジョーダンは、それまではフライフィッシングの軽量化を試みていた。しかしそれがテンカラを知ったこと、革新的な変化があったと語っている (※5)。
Backpacking Light.com主宰のライアン・ジョーダン (写真奥) と、Tenkara USA創業者のダニエル (写真手前)。
ライアン・ジョーダン:「ロッドケースを持っていくのをやめたり、フライ (毛鉤) をジップロックに入れたり、リールのライン (糸) を減らしたりと、さまざまなな工夫をした結果、フライフィッシングの道具を12オンス (約340g) まで軽量化することができました。ところが、テンカラと出会ったことによって、重量を4オンス (約110g) まで劇的に軽量化することができたんです。それで2009年4月以来 (※訳註: Tenkra USA創業のタイミング)、従来のフライロッドは持ち出さなくなりました。」
※4 Backpacking Light.com: バックパッキングライト。頭文字をとって通称BPLと呼ばれている。2000年にライアン・ジョーダンによって立ち上げられた、 UL (ウルトラライト) ハイキングの情報を発信する米国のウェブサイト。ハイカーが集う各種フォーラム (掲示板) では、UL黎明期からグラム単位でのきりつめた軽量化のアイディアなども盛んに議論されていた。
※5 ライアン・ジョーダンのコメント:Tenkara Talkのサイトに掲載されたポッドキャスト「Episode 7: Tenkara + UL Backpacking」より (https://www.tenkaratalk.com/2023/05/episode-7-tenkara-and-ultralight-backpacking/)。
ULハイカーによる、ハイキングの拡張としてのテンカラの実験。
Backpacking Light.com主宰のライアン・ジョーダン。
Tenkara USA創業者のダニエルは、BPLのライアン・ジョーダンとも親交があり、二人はテンカラのULハイキングにおけるポテンシャルを実験すべく、2人でバックパッキング・トリップをした。
それは、SUL (スーパーウルトラライト ※6) な手法を使って、ハイキングの可能性を拡大すべく、ハイキングとパックラフティングとテンカラを組み合わせたトリップに出かけた。
ULハイキング、テンカラ、パックラフトを組み合わせたトリップ。
ダニエルはこの時の旅に関連して、テンカラとULハイキングのマリアージュを次のようにレポートしている。
ダニエル・W・ガルハルド:「アメリカでテンカラを紹介して間もなく、Backpacking Light.com主宰のライアン・ジョーダンがテンカラに注目しました。最初は道具としてだったのだと思いますが、すぐにその釣り方に夢中になりました。
ライアンはそれ以来、数多くのULハイカーにテンカラを紹介し、ハイキング・コミュニティの人たちはすぐにこの釣り方を実践しました。
だって当然でしょう?テンカラは、まるでハイカーのために設計されたようなものなのですから。ロッドは折りたたむとわずか20インチ (約50cm)で、重量は平均3オンス (約80グラム) と超軽量で、すべてのピースがロッド本体に収納され、セットアップも簡単で使いやすいのです。
テンカラはハイキングに最適な道具であり、多くの人がきっとすぐに気付くと思いますが、渓流釣りにも最適な釣法です。ライアンと連絡を取り始めてほぼ2年、ついにモンタナ州ボーズマン近郊の彼のホームウォーターで一緒に釣りをする機会が訪れました。」
※6 SUL: Super Ultralight (スーパーウルトラライト) の略。ベースウエイト (水、食料、燃料等の消費するものを除いたバックパックの総重量) が、Ultralightは10ポンド以下 (約4.5kg以下) を目安とされているのに対し、Super Ultralight 5ポンド以下(約2.5kg程度)を基準とする。また既存のUlttalightを上回るさらなる軽量化を指す言葉としても使われる。SULをSub Ultralightの略とする表記もあるが、現在のULのなかではSuper Ultralightの略として使われることが一般的。
「Fishing for Hiker」の第1回として、僕たちがこのシリーズに込めた思いと、テンカラがULハイカーたちに与えた影響について語った。
次回の記事では、Tenkara USAのクルーに直接インタビューした内容をもとに、アメリカでメインストリームのフライフィッシングに対して、テンカラがどのようなに受け入れられていったかをレポートする。
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