FISHING

Fishing for Hiker | 日本の伝統釣法「テンカラ」が世界中のULハイカーに与えた衝撃 #03 日本のULハイカーとテンカラの出会い / 「山より道具」寺澤英明 (前編)

2025.09.10
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話・写真:寺澤英明、TRAILS 構成:TRAILS

Fishing for Hiker = ハイカーのための釣り。

僕たちの熱狂の原点にフォーカスし、ウルトラライト・ハイキングに “釣り” を組み合わせた「Fishing for Hiker」というプロジェクトを始動させた。

その口火を切る特集記事「日本の伝統釣法『テンカラ』が世界中のULハイカーに与えた衝撃」。

第1回は「Tenkara USAの誕生」、第2回は「Tenkara USAに聞く、アメリカのULハイカーと”テンカラ”ムーブメント」というタイトルでレポートしてきた。

今回の第3回では、日本人のULギア好きで知らない人はいないであろう、レジェンド的なブログ「山より道具」の寺澤英明さん (以下、寺さん) が登場。同じくULギアホリックで 、寺さんと同じタイミングでUL文脈でテンカラと出会い、釣り好きでも知られるTRAILS編集長の佐井聡との対談をお届けする。

「UL」「Fishing」のいずれの観点でも共鳴するところの多い、旧知の二人が「日本におけるULとテンカラ」について語った対談。

※1 テンカラ (テンカラ釣り):ロッド (竿)、ライン (糸) 、フライ (毛鉤 けばり) だけという、シンプルな道具で釣る日本の伝統的な釣り (リール等も使用しない)。主に川の上流部の渓流をフィールドに、ヤマメやイワナ、アマゴなどを釣る。欧米など海外では軽量でシンプルなフライフィッシングとして捉えられることが多い。

※2 フライフィッシング:イギリス発祥のフライ (西洋式の毛鉤) を用いる釣り。軽いフライを遠く投げるために、長めのライン (釣り糸) とリール (釣り糸を巻き取る道具) を用いる。ラインの重さを使って投げる「キャスティング」など、独自の技術が必要。


「山より道具」の寺澤英明さん (写真右)と、TRAILS編集長の佐井聡 (写真左)。

Fishing for Hiker

Fishing for Hiker = ハイカーのための釣り。TRAILS誕生から大切にしてきたトレイルカルチャーのひとつフィッシング(釣り)。僕たちの熱狂の原点にフォーカスした、ウルトラライト・ハイキングに “釣り” を組み合わせる「Fishing for Hiker」のプロジェクト。ULハイカーが釣りをする際にヒントとなる記事に加え、刺激的なULギアのリリースや、実践までをフォローアップするSCHOOLなどもしていく。

 

2007年のJMTではタンパク源確保のために釣り。担ぐ食料を減らせればUL。


2000年代〜2010年代前半に多くのULハイカーがチェックしていたブログ「山より道具」を書いていた寺さん。

■ TRAILSの4匹の動物たち

佐井:じっくり話すのは久しぶりですよね。今日は「UL (ウルトラライト) とテンカラ」という”これぞ寺さん!”というテーマでお話をしたいと思います。よろしくお願いします。

寺澤:よろしくお願いします。いきなりテーマから外れるかもしれないんだけど、TRAILSの熊 (ブラックベアー) はさ、今も僕がモチーフということでいいんだよね(笑) ? 佐井さんもさ、僕と同じような雰囲気になってきたから、この熊は佐井さんということになったかもと思って (笑)。

佐井:僕と勘違いされる方は増えてますね (笑)。もちろん、このモチーフは寺さんです!この動物たちは、TRAILSのコンセプトで通称「Team TRAILS」。ブラックベアは、フィッシング(釣り)カテゴリーの象徴として描いていて、アメリカのブラックベアとULハイカーである寺さんを融合させたキャラクターです。 

僕たちにとって、ULハイキングはすべてのベース。ULをコアに持ちながら釣りをやっている、といったら寺さんだなと思って。2013年のTRAILS立ち上げのときから、当然変わっていないです。寺さんには言ってないですが、寺さんが着ていたものとか、実はかなり厳密なモチーフがあるんですよ。

寺澤:そうなのね。じゃあ、この熊は僕ということで、釣りの話を進めましょうか (笑)。


TRAILSのコンセプト「Team TRAILS」。一番右はフィッシング(釣り)カテゴリーの象徴のブラックベア。モチーフは寺さん。

■ 二人の釣り遍歴

佐井:寺さんってテンカラを始めるまで、釣りをするイメージがなかったんですけど、小さい頃とか出身の青森でやってたりしなかったんですか?

寺澤:それがね、小さい頃はやってたんですよ。青森に小川原湖 (おがわらこ) っていうのがあって、その下に姉沼 (あねぬま) というのがあるのよ。そこがわかさぎ釣りで有名なところなの。

そこに小学校低学年の頃に、冬で親父が仕事が少し暇なときに、寒いなか、わかさぎ釣りに行くわけですよ。ところが「寒い、冷たい、釣れない」 (笑)。

佐井:釣りはやってたんですね。

寺澤:わかさぎ釣りは、もちろん釣れる時もあるんだけど、基本はなかなか釣れないのよ。今みたいに機能的な服もないしね。防寒靴もなくって、ただのゴム長靴ですよ。手袋もテムレスみたいなものもなくて、ただの手袋。濡れたら凍るんですよ。ズボンも綿のもので、これも凍るわけです。だから釣りには全然いいイメージがなかったですね (笑)。


寺さんとTRAILS佐井は、2000年代のUL黎明期からULを追いかけた旧知の間柄。

佐井:僕はね、親父が釣りバカで、実家も千葉の外房の海沿いに住んでたのもあって、小さい頃からずっと釣りをやってるんですよ。親父のルールで、基本は人力でエサ釣り。海釣りが多かったですが、舟は使わずすべて歩いてアプローチできるところだけ。疑似餌は使わずエサ釣りのみ、というのが佐井家のルールだったんです。

寺澤:なんでエサ釣りだけなの?

佐井:親父曰く、「魚に最期くらいうまいもの食わせてやれ」ということです (笑) 。

渓流なんて釣りに行こうもんならエサ探しからスタートが基本。親父が仕掛けを作ってる間に自分がエサを探すと言うのが我が家のスタイル。これが、まぁ楽しいわけです。石を返してピンチョロなら当たり、クロカワムシ (※3) なら大当たり!みたいな。当時は当たり前だと思っていたんですけどね (笑)。

実家の近くには川があって、フナ釣りもしてました。小学生の頃とか週5の頻度で釣りをしてましたね。

寺澤:そうなのね。小さい頃から今まで、釣りはずっとやっているのね。

佐井:基本、陸からできる釣りはいろいろとやるんですが、大人になってから一番ハマっていたのがクロダイのヘチ釣り (※4) ですね。

寺澤:僕はね、大人になってからテンカラやり始めたわけだけど、それを母に伝えたら「やっぱりね」と言われてさ。どういうことかと訊いたら、どうやら母方の爺さんが釣りバカだったらしいんだよね。だから血筋はあったのかも (笑)。


2007年にJMTのLyell Forkにて。

佐井:テンカラを始める前に、2007年にジョン・ミューア・トレイル (JMT ※5) をセクション・ハイキングしたときにも釣りをしてましたよね?

寺澤:そう、そのときはルアーだったね。テンカラは知らなかった。

佐井:あのときはルアーだったんですね。なんでJMTでは釣りをしようと思ったんですか?

寺澤:竿は100g未満で軽量だし、魚を釣れればタンパク源も調達できれば、荷物も減らせるかなと思って。仕舞寸法が小さいコンパクトなルアーロッドを見つけて、それを持っていったんだよね。

佐井:やはり寺さんもULきっかけの釣りだったんですね。改めて、納得です。テンカラを始める前から、UL文脈で釣りを再開したわけですね。

※3 ピンチョロとクロカワムシ:渓流釣りのエサとなる水生昆虫の幼虫。ピンチョロはフタオカゲロウ科の幼虫。クロカワムシはトビケラの仲間。どちらも渓流の魚のエサとなるもので、石の下や砂利に隠れている。

※4 ヘチ釣り:ヘチとは、堤防や岸壁の際 (きわ) を指す。堤防や岸壁に付着している貝やカニを食べるクロダイなどを、「ヘチ」沿いにエサを落として狙う釣り方。東京湾が発祥とされている。道具が少なくシンプルであることも特徴。

※5 ジョン・ミューア・トレイル (John Muir Trail):アメリカ西部のヨセミテ渓谷から米国本土最高峰のホイットニー山まで、シエラネバダ山脈を南北に貫く211mile (約340㎞) のロングトレイル。ハイカー憧れのトレイルで、「自然保護の父」として名高いジョン・ミューアが名前の由来。

BPLやTenkara USAで「テンカラ=UL」と盛り上がる。日本のULハイカーがやらずにどうする。


話はテンカラの話題に。

 ■ テンカラを知ったきっかけ

佐井:寺さんは、テンカラをいつ、どんなきっかけで知ったんですか?

寺澤:僕は2007年にJMTで釣りをしたときは、まだテンカラのことは知らなかったの。その後、おそらく2009年頃に、BPL (Backpacking Light.com ※6)で「テンカラはULだ」とか「Tenkara USA」というやつらがいるとかで、盛り上がっているのを見たんだよね。


BPLのライアン・ジョーダンの著作『LIGHTWEIGHT』。

佐井:その時くらいからBPLで急激にテンカラが話題にあがるようになっていきましたよね。僕はBPLではなく、facebookで再認識したんですよね。おそらく寺さんと同じ2009年です。当時は今と違って、facebookが海外のUL情報を集める超有力な手段だった時代ですよね。

それでfacebookで、あの「テ」のデザインが目に留まって、それがTenkara USAというブランドだと知って。

その頃、アメリカのULハイカーたちとfacebookでいろいろつながっていたんですけど、同じ頃にTenkara Talkのジェイソン・クラス (※7) ともつながったりしてたんです。


Tenkara USAのアイコニックな「テ」の文字のブランドロゴ。

■ 2009年当時のテンカラのイメージ

寺澤:BPLで「Tenkara」というをの見た時、まだ僕はテンカラのことを知らなかったから、その後に周りのUL仲間のぬらさん (ハイカーズ・デポ土屋さんの当時のハンドルネーム) とかに「テンカラって何?」って聞いて。それで「昔からある日本の釣りのやり方のひとつだよ」みたいなことを教えてもらう、という感じでしたね。

佐井:僕の場合は、テンカラという存在は知ってたんです。ただ、僕はエサ釣りがメインだったので、疑似餌のテンカラとはちょっと遠かった。あと、テンカラには百戦錬磨のいぶし銀の翁にこそ許されるイメージが強く、ちょっと敷居が高かったですね。


2009年にアメリカのULシーンにテンカラを持ち込んだTenkara USA

■2009年頃のULシーン

佐井:Tenkara USAが創業した2009年4月。その時からBPLでテンカラが盛り上がってました。

ちょっとあの頃のULシーンのことを思い返してみると、僕がULに本格的にハマり始めたのが2007年頃なんです。まずは「山より道具」など、世界中のUL関連ブログやfacebookをむさぼり。2008年にハイカーズデポがオープンするわけです。

寺澤:ちなみに僕の「山より道具」のブログを始めたのが2005年だったね。

佐井:2009年頃の日本のULハイカーたちも様々なチャレンジングな実験や学びが一通りできたかなという頃で、また新しいULにおけるイノベーションを探しているタイミングだったと思うんです。

時代的には、2010年にHyperlite Mountain Gear (ハイパーライト・マウンテンギア) が登場して、極限までの実験的な軽量化を進めるというフェイズから、「デュラブル (頑丈)」「コンフォータブル (快適) 」も求められるフェイズになってきたんだな、とあの頃に感じてました。

2010年代に入ったあたりから、それまでUL黎明期だからこそ起こった本当に驚くイノベーションというものがひと段落した、という印象を持っていました。寺さんはどうですか?

寺澤:それは少しあるかもしれないね。僕も「山より道具」のブログをまとめた書籍『ウルトラライトハイキングギア』 (山と溪谷社) を出したのが2012年で、その数年前ら本の執筆に取りかかってたから、その頃にいったん自分のなかでの区切りというのはあったね。


寺さんのブログ「山より道具」を再編集して制作した『ウルトラライトハイキングギア』 (山と溪谷社, 2012年刊)

■ アメリカにおけるテンカラ「再発見」の衝撃

佐井:2009年頃、アメリカのULハイカーたちがテンカラで盛り上がっているのを見て、どう感じました?

寺澤:当時のブログを見返すと、「シンプルで竿と仕掛け込みで100gを切り、竿の片付けが手早いなど、これぞULな釣り」とか、「Tenkara USAとかBPLの連中もテンカラで釣り始めている。今やTENKARAは、KARAOKEやTSUNAMIのように英語になっている」とか書いてるね。

佐井:僕は釣りはやってたけど、テンカラについては釣りの道具というより、「新しいULの道具」という興奮でしたね。

こんな僕が子供の頃に遊んでいたフナを釣る延べ竿 (※8) みたいなシンプルなロッドを使って、アメリカでトラウトを釣るというのがセンセーショナルでした。あのときの衝撃は結構大きかったのを覚えています。

自分にとって最先端であり憧れのアメリカのULハイカーたちが、日本の伝統釣法のテンカラでえらい盛り上がっているという現象自体に、僕はものすごくエキサイトしてました。まあ後々、当時の日本のULシーンも、アメリカとほぼ同じタイミングで世界の中でも最先端のことをやっていたというのがわかるのですが。

寺澤:2000年代から2010年代はじめの頃は、アメリカのUL情報の収集はもっぱらBPLだったからね。BPLのライアン・ジョーダン (主宰) といえば、「ULの教祖様」だった (笑)。

とはいえ、テンカラは日本が本家。BPLでテンカラはULだと騒いでいるのに、本家の日本のULハイカーの我々がやらずにどうすると(笑)。

※6 Backpacking Light.com: バックパッキングライト。頭文字をとって通称BPLと呼ばれている。2000年にライアン・ジョーダンによって立ち上げられた、 UL (ウルトラライト) ハイキングの情報を発信する米国のウェブサイト。ハイカーが集う各種フォーラム (掲示板) では、UL黎明期からグラム単位でのきりつめた軽量化のアイディアなども盛んに議論されていた。

※7 Tenkara Talkのジェイソン・クラス:Tenkara Talkは、ジェイソン・クラスによる、ULの観点をベースにしながら、テンカラについてのYouTube、ブログ、ポッドキャストを発信するサイト。2009年のTenkaraUSA創業の頃から発信をしており、Tenkara USAの認知拡大や、アメリカでのテンカラについての知識やスキルを広めるのに貢献しているサイト。

※8 延べ竿 (のべざお):リールもラインを通すガイドもない、リリアンと呼ばれる先端部分に道糸を直接結んで使うシンプルな釣竿。海川問わず様々な釣りで使われているが、一般的にはコイやヘラブナ釣りなど淡水の釣りでの使用をイメージする人が多いことで知られている。

日本のULハイカーがテンカラを始める。


テンカラを始めた経緯について語る。

■  寺さんのテンカラ事始め

佐井:アメリカのULシーンの刺激を受けて、その後テンカラをはじめるわけですよね。寺さんは、どのようにテンカラを始めたんでしたっけ?

寺澤:まずは竿を買わなくちゃと。最初は、やり続けるかわからなかったから、1700円の安い竿を買ったんだよね。その頃、友人の丈さん  (※吉田丈太郎、LOCUS GEARの代表) が、先にテンカラロッドを買ったの。それで丈さんと一緒に始めたんだよね。

佐井:そうですよね、寺さんのブログとかSNSで、丈さんと釣りに行っているの見てました。最初に買ったのはどんなテンカラロッドだったんですか?

寺澤:カーボン製で、長さは330cm。竿の調子 (※9) は7:3のものだったね。

佐井:テンカラはじめるぞ。よし、ロッドも買ったぞと。それで、コト初めはどこの川へ行ったんですか?

寺澤:ほんとうの最初は相模川だったんだよね。

佐井:相模川ですか!オイカワとかを狙ったんですか?

寺澤:いや、最初は試しで行ってみただけで、そのときは本当に竿をただ振っていただけ (笑)。ちゃんと行った最初のテンカラでの釣りは、丈さんのホームフィールドの丹沢だったね。2時間くらい山の中を歩いていった。

佐井:ハイキングして、しっかり上流まで上がったんですね。

寺澤:でも、途中で雨が降ってきちゃってね。なかなか大変だったのよ。しかも、この時は一匹も釣れなかった‥。

佐井:日本だと最初なかなか釣るの難しいですよね。最初に釣れたのはいつですか?

寺澤:その次に行った南ア (南アルプス) のとき。釣れたとき、竿の先で「びくびくびくっっ!」と反応を感じてさ、あの釣り上げたときの感触、あれは感動したね。


2010年、寺さんがテンカラを始めた頃の釣行。

■  佐井のテンカラ事始め

佐井:僕は2010年にJMTに行ったときに、テンカラを持っていったんですよ。テンカラは初めてだったんですけど、準備といえば、JMTに行く前に、テンカラ大王 (※10) のDVD見て、SANSUIで道具揃えて、家の近所の公園でキャスティングの練習しただけです (笑)。当時はJMT歩くことで頭いっぱいで、テンカラは補欠。情報もないので、できたらラッキーくらいな。

JMTでは、僕は「ULハイカーの聖地で、日本のULギアを使いたい」という考えがあったんですよね。テンカラはそのひとつ。他にT’s Stove、LOCUS GEAR、NANGAとかを持っていきました。ちなみにテンカラロッドはSHIMANOでした。

JMTでブルックトラウト (※12) が釣れたときは嬉しかったですね。釣り人も少なくスレ (※11)てないので、釣れて当たり前なんですが。え?マジか!みたいな(笑)


佐井は2010年にJMTに行ったときに、テンカラを実践。

寺澤:いいね。T’s stoveなんかは、アメリカでも注目された日本のULギアの筆頭でしたね。

佐井:その後に、日本では小さい頃からのホームリバー湯檜曽川 (ゆびそかわ) でテンカラしてみたり。

2011年にタスマニアに歩きにいくのにテンカラロッドを持っていったんですよ。寺さんが言ってた、「釣りで食料調達できれば、食料少なくできてULだ」って言っていたのも、そうだなと思って試そうとしたんです。だけど現地に着いたら、その数日前から禁漁期間になってた、という(笑)。

寺澤:釣り人あるあるだね (笑)


佐井はJMTから行った翌年の2011年にも、ホームリバーの湯檜曽川でテンカラを。

※9 竿の調子:竿がどこから曲がり始めるか、どのような曲がり方をするかを指す言葉。主に竿先から曲がる「先調子」と、竿の胴部分から曲がる「胴調子」がある。先調子には、9:1、8:2、7:3などの比率がある。胴調子は、5:5、6:4などの比率がある。ここで出てくる先調子は、レスポンスがよく、操作性に優れているため、手返しの早い釣りに適している。

※10 テンカラ大王: テンカラの技術や歴史を伝える第一人者の一人である石垣尚男の愛称。Tenkara USA創業者のダニエル・W・ガラハルドや、patgoniaのイヴォン・シュイナードにもテンカラについての伝えてきた経歴を持つ。著書に『科学する毛鉤釣り』など。

※11 スレる:釣り人がフライなどの仕掛けを繰り返しキャスティングすることで、同じフライを見ても慣れから反応が鈍くなったり、過去に同じような仕掛けを口にして釣られた経験のある魚は警戒心が強くなり、反応が鈍くなる状態。

※12 ブルックトラウト:和名はカワマス。北アメリカ原産で日本には明治時代に持ち込まれたイワナの仲間。体側に特徴的な虫食い模様があり、腹ビレとしりビレの縁に白い線がある。産卵期になると腹部が鮮やかな赤やオレンジ色に染まる。フライフィッシングなどの対象魚として人気が高い。

源流ならではのウィルダネス感。


源流テンカラについて語る寺さん。

■ 源流テンカラ

佐井:寺さんはずっと源流テンカラをやってますよね。

寺澤:結局、日帰りで釣りをする人が入れるところは、魚がスレててあまり釣れないんですよ。だから日帰りの人が来られない、最低1泊2日で行くようなところに、入ることが多くなるよね。

渓流釣りのエリアは、奥から源流、渓流、本流 (※13) とがあるわけじゃないですか。自分は人が一番入らない、奥の源流なんですよね。


寺さんのテンカラ釣行での野営風景。


源流でのテンカラの風景。

佐井:人が入らないような奥まで入って行くと、本当にウィルダネスじゃないですけど、渓相 (けいそう) がわかりやすく野生味が強くなりますよね。

寺澤:源流の奥に入っていくとさ、ある堰堤の上からは、ヤマトイワナ (※14) しかいない場所とかがあるんですよ。ヤマトイワナに出会えるのは嬉しいよね。

佐井:僕の最近の「奥に」は、人が入らない思いっきり深い田舎の方に、行ったりするんですよ。妻 (佐井和沙) の実家が島根で、本当に人がほとんど入らない源流があるんですよ。

源流なんで、枯れ沢みたいなところもあるんですが。日帰りの範囲でも本当に野生味が強いポイントに入っていける。

そこで、島根や広島にしか生息していないゴギ (イワナの亜種 ※15) を釣ったりしてます。

寺澤:そうだよね、島根だとゴギが釣れるんだよね。


佐井の妻 (佐井和沙)の実家である、島根での釣り。

佐井:ちなみに釣った魚は食べますか?それともリリースしますか?

寺澤:もともとは担いでいく食料の軽量化のためというのもあったから、食べてたんだよね。でも、今は食べてません。釣りを続けてきて、源流は個体数が少なくなっているという実感があるから。

佐井:釣ってリリースをしなかった場所は、次に行った時に個体数が減っている実感がある、というのはよく言われますよね。

寺澤:余談だけど、以前はとしまえん(東京都豊島区) に管釣り (管理釣り場) があったじゃない。そこでテンカラをやってたのよ。僕が住んでいる阿佐ヶ谷から自転車で行けるから、週4回くらい行ってたの。そのときは、食べるために、何十匹も釣ったものを捌いて燻製にしてというのをやってたね。その時に一生分、食べさせてもらいましたが、今はとにかく個体数を増やしたいから一切食べなくなったね。

※13 源流、渓流、本流:川の上流から下流へ向かう順序、源流、渓流、本流と区別される。源流は最上流域で、自然が深く、足場が悪いところが多い。源流には入るには、一定以上の沢歩き、沢登り、野営などのスキルが求められる。渓流は源流より下流で、源流よりは足場が良く、落ち込みや淵があり釣りやすい場所も多い。水温の低い源流・渓流には、主にイワナ、ヤマメ、アマゴが生息している。本流は、それよりさらに下流の川幅が広がった場所を指す。本流には水温によってはヤマメやアマゴ、またアユ、サクラマスなどが生息する。

※14 ヤマトイワナ:イワナの日本固有亜種。個体数が少ない希少種。体の有色斑 (橙色や朱色の斑点) が目立ち、白い斑点が少ないのが特徴。水温15℃以下の水温が低い川の上流部に生息している。

※15 ゴギ:島根県・広島県・岡山県など中国地方のみに生息するイワナの亜種。「幻の魚」とも呼ばれる。イワナによく似ているが、背面にある白点が頭部にまであることでイワナと区別される。河川改修など環境の変化に敏感で減少傾向にあるため、自然保護の象徴ともされる魚。

なぜ寺さんはテンカラにこだわり続けるのか?


自分の愛用のロッドを手に持つ寺さん。

■ テンカラとフライフィッシング。

佐井:ULハイカー界隈の仲間内だと、僕も含め、テンカラからフライフィッシングに移行するハイカーの方が多いように思いますが、寺さんはずっとテンカラをやり続けていますよね。

寺澤:フライフィッシングの道具も持っているんですよ。でも、僕にとってはフライフィッシングは手間がかかる釣りなんですよね。テンカラはシンプルな道具で準備も少ないから、ポイントに着いたらすぐに釣りはじめられるじゃないですか。

あとフライフィッシング用の糸は重いから、フライが自然に流れるようにメンディング (※16) もしないといけない。テンカラは、基本的にメンディングとかの手間がなく、ひょいひょいと手返し (※17) よく釣れるのが好きなんだよね。

佐井:フライフィッシングならではの、趣深い釣りの良さももちろんありますけどね。寺さんのスタイルに合うのがテンカラなんでしょうね。


なぜテンカラか、という話の核心部に入っていく。

寺澤:北海道の帯広で友達とニジマスを釣りに行ったときなんだけど、一緒に行った他のメンバーはフライフィッシングで、僕だけテンカラだったの。

そこの川は川岸すれすれから流れが強くて、奥の方を狙いたかったんだけど、フライフィッシングでやってたメンバーは手前の流れの強さで、何度もメンディングをするのに苦労していたの。ところが、僕のテンカラは、ひょいっと奥に投げられるので、僕だけじゃんじゃん釣れるということがあって。こういう場所では、テンカラはメリットがでますよね。まあたまたま、そこの川幅がテンカラに向いてた、っていうことではあるんだけど。

佐井:僕たちはアメリカでロング・ディスタンス・ハイキングをするハイカーたちには、テンカラをおすすめしているんですよ。ハイカーは、歩くことが主目的でそんなに釣りをする余裕があるわけじゃないので、ちょっとしたタイミングで釣りできるところでぱっとやる感じなんで、そうすると手返しのよいテンカラが向いているんですよね。

一方で、TRAILSのトニーがコロラド・トレイルを歩いたときは、狭い渓流だけでなく広い川や湖でも釣ることを想定してたというのもあるし、ちょっとじっくり釣りをしたいということで、フライフィッシングを選んでました。

寺澤:自分はテンカラの手返しのよさが合っているんだね。

佐井:さくっとやって、さくっとおわらせる、というのがテンカラだとできますからね。


テンカラにこだわり続ける理由を語る寺さん。

佐井:寺さんのスタイルを見ていると、やっぱりULハイカー的な釣りの仕方なんですよね。

この後に道具の話なんかも詳しくお聞きしますけど、源流のハイキングがベースであることとか、野営をするのが基本的に前提だとか、道具の選び方とか、ULハイカーとしての寺さんを感じています。

2010年頃からULハイカーでテンカラを始めた人が多かったですけど、結構まわりはフライフィッシングに変わっていきました。でも、仲間うちでも寺さんは一人だけ (笑) 、ずっとテンカラやってますね。

寺澤:そうだね、ずっとテンカラだね。我慢して浮気せずテンカラを続けてきたというところはあるね。

佐井:ULは軽くするということだけじゃなくて、目的に合った最も合理的な選択をするということでもあるから。やっぱり寺さんはULなんですよね。

では、この後の後半で、道具の話を詳しく聞かせてください。

※16 メンディング (mending):「修繕」の意味。フライフィッシングでは、フライが自然に流れるように、このメンディングの作業をする。水の流れで引っ張られそうにライン (糸)を、様々な方法でラインを操作してフライを自然に流れるようにする行為。メンディングをしないと、フライが不自然な動きをして、魚がそのフライが餌ではないと認識してしまうことが多くある。

※17 手返し:仕掛けをキャストして、魚のアタリにかかわらず、仕掛けを引き上げるまでの一連の動作。「手返しがよい」とは、テンポのよい釣りを指す。テンカラは、餌を付け替えたり、鉤を一度手に持ったりしないでも、すぐに次に移れるため、手返しがよい釣りと言われる。


次回は寺さんと佐井のテンカラ道具論。

次回は寺さんと佐井の対談の後編として、テンカラ釣行で使っているギアを中心に語った内容をお届けします。

<Fishing for Hiker | 日本の伝統釣法「テンカラ」が世界中のULハイカーに与えた衝撃>

#01 Tenkara USAの誕生

#02 Tenkara USAに聞く、アメリカのULハイカーと”テンカラ”ムーブメント

#03 日本のULハイカーとテンカラの出会い / 「山より道具」寺澤英明 (前編)

#04 日本のULハイカーとテンカラの出会い / 「山より道具」寺澤英明 (後編)

#05 テンカラがアメリカのULに与えた影響 (前編) (仮)

#06 テンカラがアメリカのULに与えた影響 (後編) (仮)

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

[about TRAILS ]
TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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