ハイカーが参加する信越トレイル延伸プロジェクト presented by TRAILS
取材・構成:TRAILS 写真:TRAILS, 信越トレイルクラブ, ツアー参加ハイカー
日本のロングトレイルのパイオニアである信越トレイルが、いま苗場山へ向けてルートを伸ばす計画が進んでいる。この新しい延伸ルートができると、現在80kmの信越トレイルが、全長約120kmのトレイルとなる予定だ。
今月の初旬、この信越トレイルの延伸における候補ルートを、実際にハイカーに歩いてもらい、そこで出た意見をルート選定に活かす、というモニターツアーを行なった。
この企画はTRAILS編集部からの提案を、信越トレイルクラブが受け入れてくれたことにより実現した。かねてより僕たちは、トレイルづくりにハイカーの声を活かす仕組みを作りたい、と考えていた。それがひとつの形となったのだ。
この延伸モニターツアーは、メインの企画・運営をTRAILSが行ない、信越トレイルクラブ、および信越トレイル周辺の市町村や観光団体でつくられる「信越トレイル連絡会」との共催により行なわれた。
本レポートでは、信越トレイル延伸の最新ニュースとともに、ハイカーが参加した延伸ルートモニターツアーの様子をお届けしたい。
延伸モニターツアーに参加した15名のハイカーと、信越トレイル、TRAILSの運営スタッフ。
苗場山に向けて信越トレイルが伸びる
信越トレイルの延伸計画の地図。天水山から苗場山の区間に、新しい信越トレイルができる予定だ。
信越トレイルは、2008年に現在の斑尾山から天水山までの、80kmの区間が開通した。この全線開通から10年が経った。そして今、2020年に苗場山まで信越トレイルを伸ばす計画が進んでいる。
信越トレイルの延伸の話は、今に始まったことではない。信越トレイルにロングトレイルのフィロソフィーを吹き込んだ加藤則芳氏は、生前にこのように言葉を残していた。
故・加藤則芳氏。日本にロングトレイルのカルチャーを根付かせた最大の功労者の一人。ロングトレイルに関する著書も多く残した。
「信越トレイルへの私の思いはさらに続きます。関田山脈から東西に距離を延ばすことです。東は秋山郷から苗場山、白砂山へ、西は笹ヶ原高原を通って雨飾山から白馬岳までと、信越国境すべてを貫く壮大な『信越トレイル』を夢見ているんですよ。」(「信越トレイル公式ガイドブック『信越トレイルを歩こう!』」より)
より長いトレイルになることは、加藤則芳氏の夢でもあったのだ。その壮大な信越トレイルの夢が、今まさに進行している。
あたらしいトレイルづくりにハイカーが参加する
地図を見ながら、延伸ルートについて、ハイカーと信越トレイルのスタッフが意見を出し合う。
延伸のルートの検討は、現在、最終段階に入っている。しかしまだ複数のルート候補があり、最終ルートが決まっていないセクションがある。
今回のモニターツアーでは、その最終候補に残った2パターンのルートを、2日に分けてハイカーたちに実際に歩いてもらった。そこで感じたハイカーの生の声を、そのまま信越トレイルのスタッフに届ける、というのが今回のイベントの趣旨だ。その声は信越トレイルの延伸部会にも持ち込まれる。
延伸ルートの地図を見ながら、土地や地形の特徴を理解したり、さらによいルートの可能性を探しながら歩く。
今回のモニターツアーの参加者は、今年のLONG DISTANCE HIKERS DAY(詳細はコチラ)で、信越トレイルの発表を聞いた方を対象に募集をした。そのためこのツアーに集まった参加者は、ロングトレイル、ロング・ディスタンス・ハイキングを実際に経験しているハイカーや、それに強い興味を持っているハイカーばかりだ。だからこそ、トレイルに対して、真剣でリアリティのある声が生まれてくるのだ。
ハイカーにとっては、できあがったトレイルを歩くだけでなく、新しいトレイルをつくる過程から参加することができる。ロングトレイルをつくる側の人たちにとっては、ロング・ディスタンス・ハイキングを実践するリアルなハイカーから、計画中のルートについて、真剣な意見を聞くことができる。そのように、ハイカーと信越トレイルの双方にとって、貴重な機会となるイベントとなった。
苗場山のふもとに広がる、奥信越の大地や集落を歩く
遠くに苗場山を眺めながらハイキングする。かつての苗場山の噴火によりできた、ダイナミックな地形が広がる。
今回のツアーの初日、ハイカーたちは、天水山のふもとにあるJR飯山線・森宮野原駅に集合した。ハイカー一行は、森宮野原から秋山郷の結東周辺までのセクションを歩いた。
このエリアが、大きく2つの候補ルートが残っているセクションとなっている。そのどちらのルートが、延伸としてよりよいルートであるかを、みんなでハイキングしながら意見を出していく。
かつて生活道として利用してた、ブナ林のなかのトレイルを歩く。
関田山脈の天水山から苗場山までのあいだは、長野県栄村と新潟県津南町にまたがる「奥信越」と呼ばれるエリアをとおっていく。秘境として有名な秋山郷も、この奥信越のエリアにある。
地形としては、かつての苗場山や鳥甲山(とりかぶとやま)の噴火によってできた溶岩の大地や、日本有数の河岸段丘(階段状の地形)の景色が広がるエリアとなっている。これらの地形的な希少性により、ジオパークにも指定されている。
旧道の跡には、道祖神や石仏など、かつての旅人の道標が残っているところも多い。
文化的には、前述した秋山郷の集落が点在するエリア。この秋山郷を世に広めた鈴木牧之(すずき・ぼくし)は、江戸後期の商人・随筆家であり、越後の雪国の生活や習俗を描いた『北越雪譜』や『秋山紀行』などの著作を残している。この牧之が歩いたであろう古道を始め、長野の善光寺までつながっていた旧善光寺街道など、古くからの道もこの地域には眠っている。
この延伸予定の奥信越のエリアは、現在の里山のなかを通る信越トレイルの景色とは、またちがった信越の景色を旅できるトレイルとなりそうだ。
ハイカーと信越トレイルのスタッフが、延伸について意見を出し合う
信越トレイルは、舗装路もつなぎながら、全長約120kmの長大なトレイルとなる予定。
現在の関田山脈の森のなかを通る信越トレイルとは、また違った景色がある延伸区間。今回歩いた2パターンの候補ルートについて、ハイカーからは「こっちのルートのがよかった」、「ここのルートは、もっと林のなかを長く通すことはできないか」など、実にさまざまな意見があがってきた。
候補ルートをハイキングした後は、みんなでその日のルートの感想や意見を出し合うミーティングが行なわれた。
「途中に集落に寄れる方がよい」、「苗場山の溶岩によってできた地形を感じられるのがよい」、「向かいに現在の信越トレイルの関田山脈を見渡せる所がよかった」、「途中に舗装路があるのも、何も考えずに歩くことに集中できてよいと思った」などなど、あたらしい信越トレイルへの期待を背景に、みんな真剣に意見を出し合っているのが印象的であった。
さまざまな意見が出たが、ハイカー全員に共通していたのは、信越ならでは土地のストーリーを感じながら歩き旅をしたいという、土地に根ざした旅の欲求だったように感じた。
特別な許可を得て、普段はテント場として開放していないグラウンドを、試験的に使用させてもらった。(秋山郷結東温泉 かたくりの宿)
冒頭にも書いたが、TRAILSはトレイルづくりにハイカーの声を活かす仕組みを作りたい、と考えていた。それは僕たちが想像した以上に、ハイカーにとっても、トレイルをつくる側の人にとっても、有意義な意見交換の場となった。また間違いなく、ハイカーと信越トレイルのスタッフの間には、新しい道をつくろうとする、今までにないグルーブが生まれていた。
あるハイカーは、次のように言っていた。「今回の2日にわたるハイキングとミーティングで、歩いた方同士で、信越トレイルについていろいろ悩むことができたことが、一番の成果だと思います。これを機に、信越トレイルの方々が、さらにルート選択を悩むことになってしまっても、それは非常に素敵なことで、良い結果を生みだすために必要な工程だと思いました。」
ちょうど田植えされ、水が張られた田んぼの脇を歩いていく。こんな景色も新しい信越トレイルの景色になるかもしれない。
また信越トレイルのスタッフも、今回のモニターツアーについて、「自分たちがまったく見ていなかった側面についても、いろいろ意見をもらうことができました。ハイカーからの数々の気づきによって、私たちにとっても本当に学びの多い2日間になりました」と語っていた。
ハイカーは、トレイルを歩くことが大事な役割であり、それによりトレイルは息吹を吹き込まれる。しかしそれだけでなく、今回のようにトレイルとハイカーの関係が、より深く親密になる機会が増えれば、きっとトレイルをとりまくカルチャーも豊かになっていくはずだし、そうなることを僕たちも望んでいる。
今年の夏には、信越トレイルの延伸ルートは決定する予定だ。そして2020年には新しい信越トレイルが誕生する。今からその期待は膨らんでいく。
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