ハイカーの信越五岳(SFMT)100mile | #04 100マイルの走り旅を終えて
文:根津貴央 写真:小関信平、根津貴央 構成:TRAILS
「ロング・ディスタンス・ハイキングの延長として、100マイルを旅してみたい」。
そんな思いから、TRAILS編集部crew & ハイカーの根津が、SFMT(Shinetsu Five Mountains Trail / 信越五岳トレイルランニングレース)100マイルの走り旅をすることになりました。
第4回目(最終回)は、レースを終えたばかりの興奮さめやらぬ根津による、ホットなレポート。
100マイルの走り旅はどうだったのか? 根津が求めていた楽しみ方はできたのでしょうか?
結果速報
まず結果はというと……
約50キロ地点(第1関門手前)で、DNF(Do Not Finish ※)。
下図の通り、予定では55キロ地点(第1関門)を3:15 AMに通過するはずだった。
でも、50キロ地点ですでに制限時刻の5:30 AMを過ぎてしまい、強制終了となった。
※DNFは、途中棄権、リタイアのことで、DNS(Do Not Start)はスタート前の棄権のこと。スポーツ競技でよく使用される。
レース展開について
自分自身4回目のSFMT(Shinetsu Five Mountains Trail)ということもあって(過去3回は110キロのカテゴリーに出場し、いずれも完走)、レース前は緊張感もさほどなく落ち着いていた。
30時間超の長旅なので焦らずじっくり進もうと思い、あえて最後尾にポジションをとる。そして6:30 PMにスタートを切った。
ちなみに、30時間超の時間をかけて100マイルを走るにあたっては、一睡もしない。制限時間が33時間なので、僕レベルの走力では寝てる余裕はないのだ。
エイドステーションのある22キロ地点までは、110キロのカテゴリーと同じコース。慣れ親しんだトレイルなので、不安なく気持ちよく走ることができた。
エイドには10:05 PMに到着。目標タイムよりもわずか5分遅れ。ほぼプラン通り。過去3回走った時よりも、明らかに疲労度が少なく元気だった。この日に備えて、カラダづくりに取り組んできた(詳しくはコチラ)甲斐があったのだろう。
ただ、そこからがキツかった。要因は、トレイルのコンディションでもなければ、体力や体調でもなく、暑さや寒さでもなかった。
漆黒の闇のなか、ヘッドライト & ハンドライトを頼りに走る。歩くだけならヘッドライトだけで充分だが、走るとなるとより早く地面の状況把握が必要になるのでハンドライトが便利。
眠気との闘いが始まったのだ。
記憶は定かではないのだが、30キロを過ぎたあたりからちょくちょく眠さを感じるようになった。でも、それは想定内。カフェイン入りのジェルを飲み、走っていればいずれおさまるだろうと思い、進みつづけた。
36キロ地点のエイドステーションにたどり着いたのは、1:00 AM。予定より約1時間の遅れ。少し焦りは感じたものの、まだ制限時刻までには余裕がある。ここから持ち直せば大丈夫だ。よしっ! と声を出してエイドを出発。
しかし、すぐさま眠気に襲われる。おかしいなぁ、カフェイン効いてないのかな? もう切れたのかな? と思い、またカフェイン入りのジェルを摂取する。
眠気は一向におさまらない。まだ行ける、まだ行ける。そう言い聞かせて、朦朧としながらも、抗いながら進んで行く。
別に寝不足だったわけじゃない。たかが眠気じゃないか。たいがい何かの拍子に覚めるものだ。僕は走りながら、ときおり、あーーーっっっ !!! と大声をあげたり、パンパンパン ! と自分の頬を叩いたりして、眠気を振り払おうと試みる。
夜明け前、眠気のなか撮った満月。いつどこで撮ったのかすら覚えていない。
それでも眠かった。
ふと気づくと、立ち止まっている自分がいた。あれ? と思った。どうやら一瞬、意識を失っていたようだ。そんなに眠いのか……と自分でも驚いた。
先を急がないと、と走りはじめるものの、突然目の前が真っ暗になり、我にかえるとまた立ち止まっている。それの繰り返しだった。途中、正気に戻った時に方向感覚を失い、どっちに進むのか分からなくなったことも何度かあった。
どのくらい時間が経ったのだろう。気づけば、後ろに2人のスイーパー(安全確保のために最後尾を走る運営スタッフ)がいた。
もう第1関門には間に合わない時間だった。空も白み始め、ようやく夜が明けようとしていた。
スイーパーの方々が次のエイド(第1関門)まで歩くということだったので、僕も一緒に歩くことにした。もう少しトレイルにいたかった。
ただ、僕の眠気はおさまらなかった。急に立ち止まり、後ろにいるスイーパーの方に「大丈夫ですか?」と聞かれることが度々あった。意識が飛んでいたのだ。片側が急斜面になっている登りのトレイルで、足を踏み外しそうになってスイーパーの方に支えられたこともあった。
登りきったところにある林道には、僕を心配したペーサーが迎えにきてくれていた。どうした? ケガ? 体調不良? と聞かれたので、眠気ですと答えた。
こんな序盤でDNFとなれば、相場は決まってケガか体調不良だ。眠気が原因だなんて聞いたことがない。でも事実、僕は眠気で棄権することになった。
そのあと、予定よりもずいぶんと早くチェックインした民宿で、僕は死んだように眠った。
僕は完全にレースに飲み込まれていた。
結果とそこに至るプロセスを考えると、最大の課題は眠気対策だろう。
予防策としては、レース前に心身ともに極力負荷を与えないこと。たとえば、前夜は車中泊ではなく家か宿でしっかり寝る、当日はマイカーではなく電車で来る、スタート前になるべく長く仮眠をとる、など。
対処策としては、カフェインの錠剤を使うこと。
22キロ地点のエイドで、コーラを飲む。この時は眠気もなく元気そのものだった。
ただ、それ以上に痛感したのは、眠くなってからの対応のまずさだった。いま思えば、なぜもっと臨機応変にできなかったのか。
そもそも僕は、「ロング・ディスタンス・ハイキングの延長として、100マイルを旅してみたい」と考えていた。
旅にはハプニングがつきもので、その場その場でどう対応するかによって旅の内容は変わるし、想定外すらも楽しむのが旅の良さでもある。
なのに、僕が選択したのは眠気に真正面から闘いを挑むだけだった。なんという愚行か。眠れば良かったのだ。10分でも20分でも眠れば変わっていたかもしれない。
正直、眠ったら関門に間に合わない……という強迫観念があった。でも眠さのなかでダラダラ進むよりは、すっきりしてスピードをあげたほうが得策なはず。
その時々で「楽しいことを優先する」。それがロング・ディスタンス・ハイキングの醍醐味でもあったんじゃないのか。
眠さをガマンしながら進んだって、何も楽しめるはずがない。そもそも、そんな無理をしたくてこの100マイルに臨んだわけじゃない。
僕は完全にレースというものに飲み込まれていた。自分の土俵ではなく、相手の土俵で走らされていた。
次の、100マイルの走り旅に向けて。
じゃあ、眠気にうまく対処できたら100マイルを走れたか?
と聞かれたら、決してそんなことはない。正直、高低差グラフ以上のアップダウンを感じたし、110キロとは別物のコースだった。
#02の記事でも書いた「道具としてのカラダ」をもっと磨いていかないと、楽しめそうにはない。なぜなら今回、心肺機能は高めたものの、筋力や持久力の向上など、他の部分にはあまり時間を割けなかったからだ。そこも含めてトータルでレベルアップしないと、眠気を克服したところで苦しい旅になってしまうだろう。
表彰式の会場で、今回見事4位になったトモさん(井原知一さん)と会った。
「難しいから楽しい。それが100マイルです。失敗は成功の始まりですよ」
と励ましの声をかけてもらった。たしかにその通りだと思う。
ゴールゲート。いつか100マイルを走ってここをくぐり抜けたい。
今回の4回連載の記事は、「ロング・ディスタンス・ハイキングの延長として、100マイルを旅してみたい」という初期衝動がきっかけでスタートした。でも残念ながら、それは叶わなかった。
旅には成功も失敗もない。でも旅ができなかった、楽しめなかったという点において、僕は失敗したと思っている。
また来年 !? かどうかはわからないが、必ずや100マイルを楽しんで旅したい。
50キロほどしか走っていないが、新品のシューズはずいぶんと使い込まれた感じになっていた。
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