TRAIL TALK

TRAIL TALK #006 JEFF KISH / ジェフ・キッシュ(後編)

2019.11.08
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What’s TRAIL TALK | TRAILS編集部が刺激を受けた、トレイルカルチャーを体現している人物にコンタクトをとり、その人の生活やフィロソフィーなど、ひとりの人間の実像を通してトレイルカルチャーのコアに迫るインタビュー。

* * *

Jeff kish(ジェフ・キッシュ)は、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングのコミュニティに最も強くコミットしているハイカーのひとりだ。

TRAILS編集部は、アメリカのロング・ディスタンス・ハイキングの最前線のシーンで起こっている現象やそのカルチャーを目撃するべく、その中心人物のひとりであるジェフにインタビューを行なうことにした。

彼は2012年にPCTをスルーハイキングし、その翌年はVAN LIFEを送りながらPCTハイカーをサポートする生活をしていた(詳細は前編にて)。

今回の後編は、ジェフが恋に落ちたトレイルであるパシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)の話が主題となる。それはとりもなおさず、現在のジェフの人生の主題にもなっている。

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パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)のルートマップ(赤の実線)。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。(https://www.pnt.orgより)

ジェフは現在、PNTの管理・運営組織のエグゼクティブ・ディレクターとして、このトレイルの将来をつくることへ強くコミットしている。このPNTというのは、もっともあたらしくNational Scenic Trail(※)として指定されたロングトレイルである。

TRAILS編集部は、新しい本格的なトレイルつくるという、その現在進行形のトレイルシーンを、ジェフを通じて目撃できるはずだと感じた。後編はその核心部に迫るインタビューとなっている。

※National Scenic Trail(ナショナル・シーニック・トレイル):自然を保護し、楽しみ、感謝することを目的に、1968年に制定されたNational Trails System Act(国立トレイル法)によって指定されたトレイル。他にも、National Historic TrailやNational Geologic Trailなど複数のカテゴリーがあるが、中でもNational Scenic Trailは、壮大な自然の美しさを感じ、健康的なアウトドアレクリエーションを楽しむためのトレイルである。一番最初に選ばれたのは、ATとPCT。現在全米にある11のトレイルが、National Scenic Trailとして認定されている。

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2014年、PNTをスルーハイキングしている時のジェフ。


PNTは北米大陸において、地球本来の姿が残されている最後の場所のひとつだと感じた。



—— 2012年にPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)をスルーハイキング、2013年はハイカーをサポート、そして2014年はPNT(パシフィック・ノースウエスト・トレイル)をスルーハイキングした。なぜまた歩こうと思ったの?

「2013年の1年間、ハイカーをサポートしているなかで、そのうち自分のために時間を使う時が来るだろうとは思っていて。加えて、また冒険の旅に出かけたいという欲求が高まってきてね。

そもそも、2012年に人生初のロング・ディスタンス・ハイキングに挑戦しようとした時、全米のロングトレイルが描かれた地図を広げて、そこでいちばん心惹かれたのは、実はPNTだったんだ」

—— PNTの何がジェフの心を動かしたの?

「直感で恋に落ちたというのが正直なところなんだけど……言葉にするのであれば、そこは険しい景色が広がり、ワイルドで、未開拓の自然がたくさんあったから。何より、アメリカ大陸において地球本来の姿が残されている、最後の場所のひとつだと感じたんだ」

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まさに手つかずの自然。そんな世界が広がっているPNT。

—— でも、最初に歩いたロングトレイルはPNTじゃなかった。

「PNTについて調べたんだけど、調べられる情報が極めて少なかった。そのわずかな情報からわかったことは、かなりチャレンジングなトレイルであるということ。初めてのロング・ディスタンス・ハイキングをする場所としては適していなそうだなと。それで情報もたくさん手に入り、人気もあり、比較的安全なPCTを歩くことにしたんだよ」

—— PNTをいつか歩こうと思っていた、と。

「そうだね。PCTを経験したおかげで、たくさんの知識やスキルを手に入れ、もう少しレベルの高いトレイルにもチャレンジできるなと。それで2014年に、他の人がどう言おうとも自分のやりたいハイキングをしようと決めて、PNTを歩くことにしたのさ。

PCTを歩く前は、人間の生活から遠く離れたウィルダネスや、そのなかでの孤独感を期待していたけど、実際のところそういう機会はあまりなくて。PCTも自然は素晴らしいんだけど、ただその景色を眺めているという感覚に近かった。まだ人間が少し優位であるような。でもPNTは違ったんだ。ウィルダネスの風景と一体化した感覚で、自然の本来の姿のなかに没入する感覚を得ることができた」



PCTやATと違いPNTはできたばかりで、それが今後どうなっていくかに興味をもった。



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アメリカにある11のナショナル・シーニック・トレイルのなかで、もっとも最近(2009年)に認定されたのがPNT。

—— PNTを歩き終えると、今度はその管理団体であるPNTA(パシフィック・ノースウエスト・トレイル・アソシエーション)に関わるようになった。どういった経緯でそうなったのかな。

「僕はPCTでハイキングにハマり、PNTでハイキングにがっつり心を奪われた。僕は今までのロングトレイルはもちろん好きなんだけど、将来の可能性をもったロングトレイルにもっと惹かれたんだ。

PNTは、アメリカにある11のナショナル・シーニック・トレイルのなかでもっとも若いトレイル。1968年に認定されたPCTとATはもっとも歴史があるわけだけど、PNTが認定されたのは2009年。まだまだ十分ではない部分が多く、やるべきことが山ほど残っている。そこにすごく興味を持ってね。

PNTを歩き終えた1週間後、僕はALDHA-West(※)のギャザリングというイベントに参加したんだ。その会場で、CDT(コンチネンタル・ディバイド・トレイル)のエグゼクティブ・ディレクターを務めるテレッサ・マルティネスさんと出会った。

彼女から、フォレスト・サービス(米国森林局)がPNTの管理を支援する組織を作ろうとしているから応募してみたら? と言われて応募したんだ。そして、フォレスト・サービスのボランティアとして2年間契約で働くことになったというわけ」

※The American Long Distance Hiking Association West (ALDHA-West) :ロング・ディスタンス・ハイカー、および彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。詳しくは、TRAILSのアンバサダーであるリズ・トーマスの記事を。ちなみに、ジェフとリズは旧知の仲でイベントで一緒になることも多い。

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ALDHA-Westのトリプルクラウン・アワーズで、表彰されるトリプルクラウナー(※)たち。

※トリプルクラウン:アメリカ3大トレイル(アパラチアン・トレイル、パシフィック・クレスト・トレイル、コンチネンタル・ディバイド・トレイル)のこと。この3つをスルーハイクしたハイカーを、トリプルクラウナー、トリプルクラウンハイカーと呼ぶ。

—— ボランティアとして、具体的にどんな仕事に携わっていたの?

「たとえば、PNTを管理運営していくために、ミーティングに参加したり、メールのやりとりをしたり、関係者と会って話したり、整備にどのくらいの予算が必要なのかを見積もったり。

PNTは、3つの州にまたがる7つのナショナル・フォレスト(国有林)と7つのナショナル・パーク(国立公園)によって構成されていて、それぞれに管理者がいる。彼らと協力してPNTを持続させていくわけなんだけど、一筋縄には行かず、実際には政治的側面もかなり強く、折り合いをつけるのにはかなり苦労したよ。

仕事に携わる前は、ひとりのハイカーとしてPNTを経験していたので、その観点からPNTをどうよりよくできそうか、というなんとなくのアイディアは頭の中にあったんだけど、想像以上に大変だったね」



トレイルの管理組織がなければ、トレイルがどれほど危険にさらされるかを学んだ。



—— PNTAにはどのタイミングでジョインした?

「2014年から2年間従事した後、2016年にPNTAのエグゼクティブ・ディレクターのポジションの応募が可能になって。僕のビジネス経験や、ハイカーとしての経験、フォレスト・サービスでのボランティア経験が認められて、現職に就くことができた」

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PNTの創設者であるTed Hitzroth(テッド・ヒッツロス / 左)とRon Strickland(ロン・ストリックランド)と一緒に、PNTAのオフィス前で。

—— 具体的にどんな立場でどんな仕事をしているのか?

「PNTAの代表として、さまざまなプログラムをマネジメントしている。たとえば、トレイル情報の発信や、整備プロジェクト、若者向けのプログラムや、ワシントンD.C.での宣伝活動とか。

また、資金集めも大切な仕事のひとつ。残念ながらアメリカでは、政権によって土地の維持管理のために十分な予算が組まれないことも多くてね。そのため、社会からの支援に頼ることにしていて、会員からの寄付や、個人、企業、州、連邦政府からの協賛金などでまかなっているんだ」

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国立公園のスタッフをはじめ、さまざまな人と議論を重ねるのも重要な仕事。

—— 責任あるポジションで、かなりコミットして仕事に取り組んでいるんだね。

「そうしないとやっていけないからね。今は週に約60時間、働いているよ。

この組織のようにトレイルを管理する主体がいなければ、トレイルがどれほどの危険にさらされるかということを、僕はこの仕事を通じて学んだよ。だから僕は、国が持つ土地の将来がとても心配で、こうした組織の運営なしには持続し得ないと考えている。

僕がこの組織をしっかりマネジメントしなければ、次の世代にPNTが引き継がれないわけだから、今の仕事にはとてもやりがいを感じるよね。もちろん同時に、苦労の多い仕事でもあるのはたしかだね。ただ、今の仕事が今のためだけでなく、長い将来の国土を守ることに寄与していると考えると、世界に大きな良いインパクトを与えられていると思う。そう考えると、週60時間勤務も悪くないなと思えてくるもんだよ」



僕の仕事は、トレイルでの特別な素晴らしい経験を守り続けること。



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地権者への説明会風景。

—— 今後の目標を教えてください。

「PNTはまだまだ若いトレイルなので、やることは山ほどある。特にナショナル・シーニック・トレイルが定めるスタンダードを満たせるように仕事に励んでいるよ。ただ、やるべきことは今の延長線のような形でトレイルを発展させ続けることだけではない。

他の人にもよく言うんだけど、僕の仕事はトレイルでの特別な素晴らしい経験を守り続けることだと考えているんだ。

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トレイルの維持管理だけではなく、動植物との共存共栄も課題のひとつ。

だから、単なる維持管理を超えた次元での仕事が必要だと考えている。

実際にこれまでも、トレイルを構成するそれぞれの土地の管理人と協力して、さまざまな脅威にさらされている土地を回復させる以上のことを目指して取り組んできたしね。



いま住んでいるPNT沿いのベリンハムの街は、15年前のポートランドに近い感じ。



—— PNTAにジョインしたことで、オフィスに通いやすいベリンハム(※)に引っ越したそうだね。ベリンハムはどんな街なの?

「マウント・ベイカーのような圧倒的な大自然があり、誰もがアウトドアに慣れ親しんでいる。大学もあるので若者のエネルギーも感じるよ。さらに、約9万人ちょっとの街なんだけど、20ものビールのブリュワリーがあるのもいいよね。

※ベリンハム(Bellingham):アメリカ合衆国ワシントン州の都市。人口は約9万人。バンクーバーからは南東に52マイル(84km)、シアトルからは北に90マイル(140km)のところに位置している。カナダとアメリカの国境までは21マイル(34km)。サンファン諸島とノースカスケード山脈が近く、自然豊かでレクリエーションエリアにあふれている。

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ワシントン州ベリンハムのローカルトレイル。

そして、PCTやPNTからも遠くなく、ノース・カスケード国立公園には日帰りで遊びに行ける。国立公園では本当にありのままの自然を感じることができて、オオカミ、ヘラジカ、オオヤマネコ、グリズリーベアが生息しているんだ。本当に特別な場所だよ。

また反対方向には、オリンピック国立公園があり、PNTのルートの一部になっている。PNTに挑戦するのが難しければ、ベリンハムを訪れて、オリンピック国立公園やノース・カスケード国立公園に足を伸ばしてみるといい。きっと他ではできない経験ができるはずだから」

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2015年に生まれた息子は、薪割りもできるようになった。息子と一緒にローカルトレイルに歩きに行くことも増えた。

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家族での夕食は心安らぐ大切な時間のひとつ。

—— 以前住んでいたポートランドと比べてどう?

「ポートランドに住み始めたのは15年前だけど、本当に大好きな街だよ。若者のエネルギーを感じるし、クリエイティブでインディペンデントな街だった。当時は、まだまだ多くの人には知られていないエリアだったしね。

ただちょうどポートランドにも大きな変化が起き始めていた頃で、次第に多くの人に知れ渡るようになり、開発が進み、以前の魅力が失われているように感じていたんだ。

そう考えると、今のベリンハムは15年前のポートランドに近いかもね。街の魅力については、今後の連載記事でもいろいろ伝えていければと思っているよ」

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ベリンハムにあるジェフの自宅。

ジェフのインタビューはいかがだったでしょう? TRAILSではハイカー・ジェフがあたらしいトレイルをつくる現場を、これからも伝え続けていきたいと思います。

そして今回、ジェフはTRAILSのアンバサダーに就任し、連載記事をスタートさせることになりました。現在、TRAILS編集部とジェフとで話しあいながら連載のテーマをつくりこんでいるところですので、読者の方々は楽しみに待っていてください。

きっと日本ではまだあまり情報がないPNT(パシフィック・ノースウエスト・トレイル)の魅力や、ジェフのトレイル沿いでの暮らしを届けてくれるはずです。

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佐井聡(1979生)/和沙(1977生)
学生時代にバックパッカーとして旅をしていた2人が、2008年にウルトラライトハイキングというスタイルに出会い、旅する場所をトレイルに移していく。そして、2010年にアメリカのジョン・ミューア・トレイル、2011年にタスマニア島のオーバーランド・トラックなど、海外トレイルでの旅を通してトレイルにまつわるカルチャーへの関心が高まっていく。2013年、トレイルカルチャーにフォーカスしたメディアがなかったことをきっかけに、世界中のトレイルカルチャーを発信するウェブマガジン「TRAILS」をスタートさせた。

小川竜太(1980生)
国内外のトレイルを夫婦二人で歩き、そのハイキングムービーをTRAIL MOVIE WORKSとして発信。それと同時にTRAILSでもフィルマーとしてMovie制作に携わっていた。2015年末のTRAILS CARAVAN(ニュージーランドのロング・トリップ)から、TRAILSの正式クルーとしてジョイン。これまで旅してきたトレイルは、スイス、ニュージーランド、香港などの海外トレイル。日本でも信越トレイル、北根室ランチウェイ、国東半島峯道ロングトレイルなどのロング・ディスタンス・トレイルを歩いてきた。

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TRAILS は、トレイルで遊ぶことに魅せられた人々の集まりです。トレイルに通い詰めるハイカーやランナーたち、エキサイティングなアウトドアショップやギアメーカーたちなど、最前線でトレイルシーンをひっぱるTRAILSたちが執筆、参画する日本初のトレイルカルチャーウェブマガジンです。有名無名を問わず世界中のTRAILSたちと編集部がコンタクトをとり、旅のモチベーションとなるトリップレポートやヒントとなるギアレビューなど、本当におもしろくて役に立つ情報を独自の切り口で発信していきます!

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