フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #16 マウントホイットニー
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#16「マウントホイットニー」
最後のキャンプ地はギターレイクといった。ギターみたいな形だからギターレイク。ほとんど眠れずに深夜、テントの外から光がさすので、誰かのヘッドライトがこちらに向いているのかと思って外に出てみると、それは月あかりだった。こんなに輝く月は生まれて初めてだったので声が出た。ヘッドランプなしで歩けるくらい明るかった。よさそうな岩にカメラを置いて、ファインダーをのぞく。頭で数を数えながら数分間シャッターを開けた。
頂上で日の出を見ようとまだ暗いうちに出発した。高度を上げて振り返るとどこまでも続く岩くずだらけの世界が月明かりにじんわり浮かんだ。月明かりは単色のスポットライトで、岩肌に黒い影をつくった。古い映画の中みたいだった。すごく寒いし、きつい。険しい岩のやせた尾根をこわごわ緊張して登っていくと、ようやく道が広がってきた。頂上は目の前のようだ。冷たい風が吹いて手も足も指先の感覚がなくなるくらいだった。空気も薄し、なにせここは4000mを超えているのだから!
すでに何人かがいた。みんな男だった。高い岩の上でゴールを喜んで大きな声をあげている人がいる一方、声を出さずに静かに座って日の出を待ってる人がいた。僕は静かにしているほうの人間として新たに加わった。
いよいよ太陽が昇ってきたのだけど、低い雲にさえぎられてなかなか顔を出さない。みんな寒いから体を縮めて祈るように太陽を待っていた。ジリジリきてとうとう雲の上に顔を出したときは赤い時間帯はもう終わった後で、すでに光は黄色かった。自分も含めて、そこにいる人たちに微弱な黄色い光が平等に当たってほんのりあったかくなった。その光が当たるのが最後の合図というように、人々は体の向きを変えて散り散りになった。
もうこれで終わりなのだ、と思うと満足する気持ちがあった。やっと楽になれる、と思うと寂しくなった。何枚か写真を撮って、やっぱり寒くて我慢できないので下りることにした。
その下りの一歩には、この歩き旅をまとめて終わりに向かわせる残酷な感触があった。だけど僕はもうあまりにくたびれていたし、その残酷さに穏やかに従うのだった。
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