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井原知一の100miler DAYS #04 | 走る生活(HK4TUC)

2020.09.25
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文・写真:井原知一 構成:TRAILS

What’s 100miler DAYS? | 『生涯で100マイルを、100本完走』を掲げる、日本を代表する100マイラー井原知一。トモさんは100マイルを走ることを純粋に楽しんでいる。そして日々、100マイラーとして生きている。そんなトモさんの「日々の生活(DAYS)」にフォーカスし、100マイラーという生き方に迫る連載レポート。

* * *

トモさんの暮らしを「走る生活」「食べる生活」「家族との生活」という、主に3つの側面から捉えていきながら、100マイラーのDAYSを垣間見ていこうというこの連載。

第4回目は、第1回につづいて「走る生活」です。

今回は48本目の100マイル完走となった2019年の『HK4TUC』(※1) を紹介してくれます。

100マイル完走とは言ったものの、このレースの距離は185マイル (298km)。制限時間は60時間。実は知る人ぞ知る過酷なレースなのです。

そんなレースに臨むときも、緩急のメリハリをつけた生活を送っていたり、どんなレースでも日々のトレーニングは標高600mにも満たない地元の高尾山をベースにしていたり、そういったルーティンはとてもトモさんらしい “DAYS” です。

※1 HK4TUC:Hong Kong Four Trail Ultra Challengeの略称。2012年に、香港在住のウルトラランナーであるアンドレ・ブルームバーグによって創設された。香港にある4つのロングトレイル (マクリホース・トレイル、ウィルソン・トレイル、ホンコン・トレイル、ランタウ・トレイル) をつなげた、全長298kmのレース。4日間かけて走るステージレースとして始まったが、翌年に3日間に短縮、2014年からは制限時間60時間となった。ただし、75時間以内にゴールすればサバイバーとして認定される。

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ゴール付近で、サポートしてくれた仲間やレースのスタッフに迎えられるトモさん。



HK4TUC (Hong Kong Four Trail Ultra Challenge):レースで泣いたのは、人生で初めて



このレースのことは前から知っていて、出たいと思いつつもいいタイミングがなくて。

ただ、前年の2018年にバークレー (※2) でDNF (Do Not Finish) となったのがきっかけになりました。というのも、HK4TUCの制限時間がバークレーと同じ60時間で、点と点がつながり出走することにしたんです。

※2 バークレー・マラソンズ:アメリカ・テネシー州のフローズンヘッド州立公園で毎年3月に開催されている耐久レース。「世界一過酷なレース」とも呼ばれている。1986年に第1回目が開催。以来、34年間で完走したのはたった15人。発案者は、ラズ(ゲイリー・カントレル)。総距離は100マイル以上、累積標高は2万メートル以上、制限時間60時間。エントリー方法も公開されておらず、謎の多いレースでもある。

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『HK4TUC』のスタート地点、マクリホース・トレイルのトレイルヘッドにて。

ここまで47本100マイルを完走してきて、それなりの自信はありました。だから60時間以内にかならずゴールできると思っていました。

でも、香港特有の死ぬほど階段を上り下りさせられるコースや、トレイルとはいえほとんどがアスファルトという硬いサーフェスは、想像以上にキツかった。

「もうこれ以上走れない」という脚を、無理やり動かして何百段もある階段を下るときは、一歩ごとに歯を食いしばっていたほどです。

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57時間が経過。ゴールはもう目の前。

57時間が経ち、約2日半の旅も終わりゴールが見えたときは自然と涙が出ました。これまでレースで泣いたことなんてありませんでした。でも、HK4TUCはレースではなく、あくまでチャレンジなんです。

主催者のアンドレがやりたいからやっているこのチャレンジに、ウルトラ (※3) の新しい楽しみ方だったり、人の温かさ、サポートクルーへの感謝、そして新たな壁を乗り越えた自分にホッとしたような、いろんな気持ちが混ざった瞬間でした。あらためて、ウルトラは過酷さが魅力で、それが楽しさなのだと思いました。

※3 ウルトラ:ウルトラランニング (長距離レース) のことで、ロードであれば100キロ、トレイルであれば100マイル (160キロ) を指すことが多い。

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自然と涙が出たトモさん。レースで泣いたのは人生で初めてとのこと。



【走る生活 (その1):レース16日前】ハワイの100マイルレース『HURT100』に出場



HK4TUCの次に控えていたバークレーを見据えて、『HURT100』に出場しました。バークレーの2カ月前だったので、刺激入れの意味合いと、現時点の自分の実力をはかるためでした。

結果は4位。そこまで頑張らなかったけど結果がついてきたので、調子がいいなと感じました。

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2019年の『HURT100』。エイドでトモさんをサポートする愛娘のさくらちゃん。

ただ、バークレーに向けて追い込みすぎたこともあって、ダメージは大きく、『HURT100』が終わってから1週間はしっかり休んで、ウォーキングやサウナやマッサージで疲労回復に努めました。

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『HURT100』のあと、行きつけの治療院でマッサージを受ける。



【走る生活 (その2):レース直前】30kmで累積標高が3,000mある高尾のコースを走る



レース7日前から、HK4TUCというよりバークレーを意識した練習をしました。

具体的には、30kmで累積標高が3,000mあるような高尾のコースを、2日に1回のペースで走るというもの。

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雪の日の地元高尾。天候にかかわらずコツコツと練習をつづけた。

今振り返ればHK4TUCに合わせた練習をしていれば、もっと当日には疲労も抜けていたんでしょうけど、このときはバークレーしか頭になかったのでしょうがないですね。

SUB60 (※4) の自信はありましたが、HK4TUCにはトレイルの標識はあれど、コースマーキングが一切ない。つまりルートをしっかりと覚えておかないといけなかったので、ここだけが心配でした。

※4 SUB60:60時間以内に完走すること。SUB (サブ) とは英語で「下」を意味する単語。

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『HK4TUC』のコースを頭に叩き込むべく、地図を何度もくまなくチェックした。

大会前日にコースのGPSデータを携帯アプリに入れて、走っている間も音声ガイドをしてもうツールを教えてもらったことが、功を奏したと思います。



【走る生活 (その3):レース直後】 冷却シートで疲労回復



HK4TUCが終わって、サポートしてくれた仲間のみんなで食事をしました。お酒も食事も美味しく、このレースを通してあらためてお会いできた素晴らしい仲間に感謝です。

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サポートしてくれた仲間たちとの楽しい打ち上げ。

どの100マイルであっても、走った後の7日間はしっかり休んで、カラダの声を聞くようにしています。

どこか悲鳴をあげていれば、7日後には走れるように、セルフケアや治療院に行ってメンテナンスをしてもらっています。

自分の場合、やるときはとことんやるので、このように休む時もとことん休まないと、いざやる時にモチベーションが保てないんですよね。こういうメリハリをつけてやることがルーティンとなっています。

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レース後は、かならず冷却シートで疲労回復。下半身はもちろん、腕振りで酷使した上半身のリカバリーも大事。



【走る生活 (その4):レース1週間後】バークレーに向けて高尾で走りまくる



7日間しっかりとレストをして、カラダに異常もなく、蓄積された疲労もとれてきたので、バークレーに向けて練習を再開しました。

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夜中の高尾練。

バークレーはとにかく距離が長く、上りが多い。そこで地元高尾で高低差400mくらいの山を一気に上り下りして、最低でも距離に対して斜度が10%を超えるコース(例:50km / 5,000m)を選びながらフィジカルを鍛えました。

また、苦手な夜間のナビゲーションを克服するために、夜に登山道から外れた谷や尾根など、いろんなトレイルをとにかく走りまくりました。

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この高尾の林道は、お気に入りのコース。

いつも楽しんでいる表情が印象的なトモさんが、ゴール後に涙を流したことには驚かされた。でもそれは、このHK4TUCが「レース」ではなく、「チャレンジ」だったからだろう。

競うのではなく、その過酷さを存分に味わい、楽しむ。100マイラーのトモさんの真骨頂と言えるのではないだろうか。

次のチャレンジは来春に控えたバークレーだろうか? その時、トモさんがどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、楽しみで仕方がない。

TRAILS AMBASSADOR / 井原知一
現在の日本における100マイル・シーンにおいてもっともエッジのた立った人物。人生初のレースで1位を目指し、その翌年に全10回のシリーズ戦に挑み、さらには『生涯で100マイルを、100本完走』を目指す。馬鹿正直でまっすぐにコミットするがゆえの「過剰さ(クレイジーさ)」が、TRAILSのステートメントに明記している「過剰さ」と強烈にシンクロした稀有な100マイラーだ。100マイルレーサーではなく100マイラーという人種と呼ぶのが相応しい彼から、100マイルの真髄とカルチャーを学ぶことができるだろう。

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WRITER
井原知一

井原知一

1977年、長野県生まれ。アメリカの大学を卒業後、仕事を転々とした末、2007年にスポーツ商社に転職。同企業のダイエット企画がきっかけでトレイルランニングに出会う。当時31歳。すぐさま夢中になり、トレイルラン2年目でOSJ (アウトドア・スポーツ・ジャパン) のシリーズ戦全戦を完走。3年目にはSFMT (信越五岳トレイルランニングレース) で8位。初めての100マイルは、2010年に自ら企画した草レースTDT(ツール・ド・トモ)。以降100マイルの魅力にとりつかれ、『生涯で100マイルを、100本完走』を掲げて走るようになる。つねにチャレンジしつづけることをモットーとし、90歳での100マイル完走も目標のひとつ。走ることの素晴らしさを広め、人生を変えるきっかけづくりのために、ポッドキャスト『100miles, 100times.』や、自ら立ち上げた『Tomo's Pit』を通じてコーチングも手がけている。

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