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リズ・トーマスのハイキング・アズ・ア・ウーマン#34 / ワクチン接種後のアメリカハイキング事情(トレイルと町への影響について)

2021.09.10
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(English follows after this page.)

文・写真:リズ・トーマス 訳・構成:TRAILS

ワクチン接種が早期に進んだアメリカにおいて、ハイキングおよびトレイルは「もとに戻った」のだろうか。

リズが、そんなコロナ以前の世界に戻りつつあるアメリカの現状を紹介するレポート (全2回) の後編をお届けする。

前回のレポートでは、昨年よりもトレイルにハイカーが増えてきたことをレポートした。そのなかでもワクチン接種が早かった高齢のハイカーが多かったり、地元のハイカーが増えている、というコロナ後のトレイルの特徴をお伝えした。

今回リズは、トレイルタウンやボランティアの観点も加え、トレイル関連団体にインタビューを実施した。

昨年と異なり歓迎ムードが強いトレイルタウン。アメリカ全体のアウトドアへの関心の高まり。今までと異なるハイカー層。トレイルメンテナンスに参加するボランティアの増加。一方で、トレイルイベントの相次ぐ中止によってスルーハイカーの学びの機会は減少した。

これらのワクチン接種後の世界に特徴的なアメリカハイキング事情を、リズが詳細に紹介してくれる。


ノース・カントリー・トレイル (NCT) のキャンプサイト。(写真提供:NCTA)


コロナによって、スルーハイカーは事前準備の機会を失った。


CDT (コンチネンタル・ディバイド・トレイル ※1) にあるサンファン山脈は、難易度が高く、リスクのある高山です。ハイカーたちは、ほぼ1週間にわたって常に標高3,600mを超える場所を歩きます。2021年は降雪が春まで長引き、6月初旬まで粉雪が降る雪の多い年でした。しかもその後の気温が高くなったことで、積もった雪が緩んでいる状況です。

パンデミックではない通常の雪の年ですら、CDTスルーハイカーにとってサンファン山脈の雪は、危険に対する注意が必要です。しかも今年は、ハイカーたちが準備不足の状態でCDTを訪れています。実際すでに、サンファン山脈にあるCDTでは、ヘリコプターでのレスキューを含め、3人のスルーハイカーが救助されています。

※1 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイド・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。


シーズン初めのCDTは、雪で覆われることもある。

私は、CDTC (CDTの運営団体) のエグゼクティブ・ディレクターであるテレサ・マルティネスに、パンデミックがハイカーの準備段階にどのような影響を与えたかについて尋ねました。

マルティネスによると、2021年のCDTハイカーは、事前にトレイルについて学び、準備する時間が少なかったそうです。


CDTCのエグゼクティブ・ディレクターであるテレサ・マルティネス。(写真提供:CDTA)

パンデミックではない年には、CDTCはハイカーのためにCDTの南端までのシャトルバスを運行しています。シャトルバスは、移動や物資の補給といったハイカーの旅をサポートするものです。それだけではなく、誰がいつトレイルをスタートしたのか、という正確な数字をCDTCが把握することにも役立っています。

さらにシャトルバスには、ハイカーの学習のための役割もある、とマルティネスは言います。

「ハイカーは、シャトルバスに乗ったときに得られる情報によって、サンファン山脈の高地に到達したときのイメージを事前に掴むことができるのです」

CDTの中でもっとも標高の低い、メキシコとニューメキシコ州の国境にある暑い砂漠からスタートするスルーハイカーにとって、高い雪山は遠い世界のように思えます。でも実際は、スルーハイカーは歩き出すとあっという間にコロラド州にたどり着き、そこで春の積雪の危険にさらされることになるのです。

「現場に出ること。そして、ハイカーと接点を持つことは、すごく大事なことなのです。実際、今年はスキルが低く、雪原を横断する難しさを理解していないハイカーが増えているのを実感しています」とマルティネスは言います。


雪のCDTを歩くハイカーたち。例年のスルーハイカーは、事前に雪対策をしてスルーハイキングに臨む。

スルーハイカーの多くは、スルーハイキングの前の春に、雪上ハイクや、ピッケルを用いたセルフレスキュー、急流の渡渉訓練、さらには雪崩のトレーニングなどの講習を受けます。しかし、2020年はパンデミックの影響で、これらの講習のほとんどが中止になったのです。

さらに、ALDHA-West (※2) が開催しているRuck (ラック。詳しくはコチラの記事) のような対面式のハイカー教育イベントも、2020年と2021年の春に予定されていましたが中止になりました。

つまり、2021年のスルーハイカーは、これまでのスルーハイカーと話して経験を共有してもらったり、彼らから学んだりする機会が減ってしまったのです。

※2 The American Long Distance Hiking Association West(ALDHA-West):ロング・ディスタンス・ハイカー、および彼らをサポートする人々の交流を促進するとともに、教育し、推進することをミッションに掲げている団体。ハイキングのさまざまな面における意見交換フォーラムを運営したり、ハイカー向けの各種イベントを開催したりしている。


ノース・カントリー・トレイル (NCT) を歩くハイカーが増えている。



『NCT Hike 100チャレンジ』で、ミシガン州全域の踏破に挑戦するハイカー。(写真提供:NCTA)

ノース・カントリー・トレイル (NCT ※3) は、アメリカのナショナル・シーニック・トレイルの中でもっとも長いトレイルです。ノースダコタ州からバーモント州まで、全長8,000km近くになります。

その長さと、あまりにも北に位置しているためハイキングシーズンは短く、1シーズンにこのトレイルを踏破したスルーハイカーは5人にも満たないと言われています。また、セクションハイキングをコンプリートしたハイカーもわずかしかいません。

しかし、2021年にはなぜか4人ものハイカーがノース・カントリー・トレイルのスルーハイキングに挑戦しています。これは、このトレイルでは初めてのことです。しかも、セクションハイカー、デイハイカー、週末バックパッカーの数も増えているのです。

※3 NCT:North Country Trail (ノース・カントリー・トレイル)。バーモント州、ニューヨーク州、ペンシルベニア州、オハイオ州、ミシガン州、ウィスコンシン州、ミネソタ州の8つの州を通るナショナル・シーニック・トレイル。全長は4,600mile (7,400km)。


2021年にNCTを訪れたハイカー。(写真提供:NCTA)

私は、NCTAのトレイル・オペレーション・マネージャー、ヴァル・ベイダーにインタビューしました。

彼女は、「このトレイルには、160もの土地管理者がいるので、コロナに関する規制もトレイルのなかでばらばらだったのです」と教えてくれました。

その結果、パンデミックの間、トレイル上には開放されているセクションと閉鎖されているセクションが、混在していました。そのため、パンデミックのピーク時にはNCTのロング・ディスタンス・ハイキングはほぼ不可能だったのです。

しかし、最近ようやく、トレイルが全面的に再開されました。トレイルや所有地、トレイル沿いのシェルターが完全に開放されたことで、ハイカーやボランティアも記録的に増えているそうです。


パンデミックにより、NCTのほとんどのシェルターが閉鎖されたが、現在は宿泊可能なものも多い。(写真提供:NCTA)

これまでNCTは、”your adventure starts nearby. (あなたの冒険は身近なところから始まる) ” というキャッチフレーズで、ローカルなトレイルであることを強調してきました。

というのもNCTは、アメリカの人口が多い地域の近くにあり、人口の40%の人々が車で1日で行ける場所にあるのです。コロナ禍のあいだ、人々は地元にとどまることが推奨されていたこともあり、NCTは、アメリカ国土の半分を移動してまで大きな冒険をしたくない、というハイカーたちにとって格好の場所となっていたのです。


全長500kmのスペリオール・ハイキング・トレイルは、NCTの一部である。(写真提供:NCTA)

2020年、NCTAではNCT沿いの100mile (160km) をハイキングするという企画 (NCT Hike 100チャレンジ) にエントリーした人の数が記録的に増えました。4,200人が登録し、2,500人が100mileを完走しました。その数は、2019年の約2倍の数字となりました。さらに2021年においては、登録者が5,000人にもおよびました。

「『NCT Hike 100チャレンジ』は、人々を非日常の世界へといざなってくれます。このイベントよって、家族連れをはじめ、普段ハイキングをしないような人たちがトレイルに出てくるようになりました」


ハイカーが増えたことによる功罪。


しかし、こういったトレイルへの関心の高まりには、マイナス面もあります。トレイルの多くの場所で、今までにはなかったオーバーユースも見られるようにもなったそうです。

ハイカーの中には、混雑していない場所を歩きたいがために、トレイルの中でもあまり知られていないセクションを探す人もいます。全体的に人が増えていることに加え、今までにハイカーがあまり訪れなかった場所も、ハイカーが歩くようになったのです。


2021年のNCTAでは、これまで以上に多くのボランティアが活躍している。(写真提供:NCTA)

一方、良い点としてはボランティアが増えたことが挙げられます。前回の記事で、CDTではトレイルメンテナンスにボランティアで参加する人が増えていることを伝えましたが、NCTでも同じ状況になっています。

「昨年は、かつてないほど多くのボランティアが参加しました」とヴァル・ベイダーは教えてくれました。そしてこう続けました。

「新しいトレイルを作ったり、大きな橋を架けたりするような、グループで協力して行なうボランティアよりも、ブレイズ (木の幹にあるペイント) やサインを新しくしたり、ゴミを取り除いたりする個人のボランティアが増えています」


ノース・カントリー・トレイルのウェブサイト。イベントページには、さまざまなイベントが公開されている。(https://northcountrytrail.org/)

NCTは、年間メンテナンスカレンダーを発表しました。そこには、季節に応じた個人や少人数のグループによるプロジェクトや、ハイキングをしながらできるボランティアのイベントが掲載されています。


2021年、トレイルタウンはハイカーが訪れることを歓迎している。


「昨年は、このパンデミックのことを、まったく理解できていませんでした。なので、トレイルタウンもハイカーを歓迎していませんでした」とマルティネスは言います。その結果、2020年はCDTのスルーハイカーがほとんどいませんでした。

でも今年は、トレイルタウンはハイカーが町を訪れることを望んでいます。

「どのトレイルタウンも、2020年と例年の違いに気づいています。特にモンタナ州の玄関口のコミュニティは、自分たちの町をハイカーと共有できることに興奮しています。彼らは、スルーハイカーがいなくなったことに気づき、どうすればハイカーに来てもらえるかを考え続けています」とマルティネスは話してくれました。

スルーハイカーが歩く季節の関係で、彼らが州の玄関口のコミュニティを訪れるのは、そのほとんどが春や晩夏、初秋など、観光のピークではない時期です。そのため、地元の人たちは、スルーハイカーによって観光シーズンが拡大できることを認識し始めているのです。


各トレイルのトレイルタウンは、ハイカーが町を訪れることを望んでいる。写真はモンタナ州のガーディナー。

NCTのベイダーも同じ意見でした。NCT沿いに住む人々も、ハイカーを歓迎するようになりました。ベイダーはこう言います。

「今日の午後、トレイル沿いに住んでいる人から、ハイカーのために自分の土地をキャンプ場として開放したいというメールが届きました。町の人たちは、ハイカーとの交流を再開したいと思っているのです」

2021年のスルーハイカーたちは、少し前までトレイルタウンが、ハイカーを歓迎していなかったことを知っていました。しかし、2021年には歓迎ムードになっていることを知り、スルーハイカーたちが「トレイルの素晴らしいアンバサダーになってくれたのです」とマルティネスは言いました。

「ハイカーたちは、町では周りに対して敬意を払っています。ちなみに、ニューメキシコ州シルバーシティでハイカーホステルを主催しているブランドンさんは、2021年のスルーハイカーについて良いことばかりを言っていました」


NCTのペンシルバニア州全域を歩いているハイカー。(写真提供:NCTA)


コロナ禍において、トレイル・コミュニティはさらに良い方向に向かっている。


映画館やショッピングモールが再開されれば、パンデミック下のようなアウトドア・アクティビティへの関心はなくなっていくだろうと多くの人が予想していました。でも、トレイルへの関心は以前として高まっているようです。

ボランティア活動が活発になり、ハイカーが良きアンバサダーとなったことは、ずっと続くもの続くものではないかもしれませんが、トレイルの未来にとっては良いきざしだと思います。

新型コロナウイルスは、社会にさまざまなダメージをもたらしました。しかしそれにもかかわらず、トレイル・コミュニティは強くなり、パンデミック前よりもさらに良い状態になって、盛り上がっているのです。


2021年春のNCT。(写真提供:NCTA)

新型コロナウイルスによって、ハイカーが激減したアメリカだったが、2021年に入り、トレイルにかなりハイカーが戻ってきているようだ。

しかも、アウトドアへの関心の高まりや密になりにくいことも相まって、これまでトレイルを訪れたことがなかった人々も、歩きに来るようになった。そして、トレイルメンテナンスなどのボランティアに参加する人も増加した。

アメリカでは、コロナのパンデミックは、アメリカのハイキング・コミュニティを拡大し、強固な絆をつくるきっかけにもなっているのだ。

では日本は? というと、アメリカほどのポジティブな変化は見受けられない。まだ続くであろう「with コロナ」の時代において、日本のハイキング・コミュニティをどう発展させていくのか。TRAILSとしても模索をつづけていきたい。

TRAILS AMBASSADOR / リズ・トーマス
リズ・トーマスは、ロング・ディスタンス・ハイキングにおいて世界トップクラスの経験を持ち、さまざまなメディアを通じてトレイルカルチャーを発信しているハイカー。2011年には、当時のアパラチアン・トレイルにおける女性のセルフサポーティッド(サポートスタッフなし)による最速踏破記録(FKT)を更新。トリプルクラウナー(アメリカ3大トレイルAT,PCT,CDTを踏破)でもあり、これまで1万5,000マイル以上の距離をハイキングしている。ハイカーとしての実績もさることながら、ハイキングの魅力やカルチャーの普及に尽力しているのも彼女ならでは。2017年に出版した『LONG TRAILS』は、ナショナル・アウトドア・ブック・アワード(NOBA)において最優秀入門書を受賞。さらにメディアへの寄稿や、オンラインコーチングなども行なっている。豊富な経験と実績に裏打ちされたノウハウは、日本のハイキングやトレイルカルチャーの醸成にもかならず役立つはずだ。

 
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(英語の原文は次ページに掲載しています)

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WRITER
Liz Thomas

Liz Thomas

2011年にアパラチアン・トレイルを女性の最速タイムで踏破した記録(当時)を持っていることで知られている。彼女はトリプルクラウンを達成しただけでなく、米国に15以上あるトレイルでのスルーハイクを経験し、今まで15,000マイル以上ものトレイルを歩いてきた。また、彼女はその経験をロング・ディスタンス・ハイキングのコミュ二ティに還元することにも熱心で、American Long Distance Hiking Assosication-West(ALDHA-West)のバイスプレジデンドも務めている。彼女がハイキングを本格的に始める前は、イエ-ル大学の森林環境学部で環境科学の修士課程を修了し、彼女が手がけた、ロング・ディスタンス・ハイキング・トレイルとその保護およびコミュニティに関するリサーチは、名誉あるDoris Duke Conservation Fellowshipの賞を受けた。スポンサーはAltra, Gossamer Gear, Probar, Vermont Darn Tough socks, Mountain Laurel Designs, Sawyer filters, Montbellで、アンバサダーとして活躍している。
http://www.eathomas.com/

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