フォロワーゼロのつぶやき 中島悠二 #25 飯豊連峰
<フォロワーゼロのつぶやき> 中島君(写真家)による、山や旅にまつわる写真と、その記録の断面を描いたエッセイ。SNSでフォロワーゼロのユーザーがポストしている投稿のような、誰でもない誰かの視点、しかし間違いなくそこに主体が存在していることを示す記録。それがTRAILSが中島君の写真に出会ったときの印象だった。そんな印象をモチーフに綴られる中島君の連載。
#25「飯豊連峰」
生活していると、ふたつ以上のことが同時に進むので手足がひっぱられてバラバラになるような気がして、そうすると統合を求めるのか、山に行こうという気持ちになる。それがあまりに久しぶりだと、一度の山行で遅れを取り返そうと変に気負ってしまうから、バランスが崩れて、最初の登りですでにボロボロになり水を飲みすぎて、身体がしびれた。
もうこのまま引き返して帰ってしまおうか。堂々たる飯豊連峰とはいえ、標高は高くないから蒸し暑く、昨晩、麓の喜多方の焼き鳥屋で頼んだレモンサワーが濃かった、濃いのはきついのに、無理に全部飲んだあれがよくなかったか、と振り返りつつ、しかし旅というのは、知らない町の焼き鳥屋にふらっと入って、頼んだレモンサワーが濃いからといって残すなんて、そのほうがどうかしている。
陽ざしの中をとんぼがたくさん飛んだ。小屋の手前では冷たい水が湧いていて、ザックをおろして顔を洗った。小屋番らしきおじさんがぬっと入り口に立っていた。
「暑いね」
「暑いですね」。
会話は以上。小屋がつくる日陰にしか休むところがなくて座った。ビニールからコンビニパンを出してガサガサする。とんぼの羽の震える音がした。どうやら全体がひとつのほうに向かって移動しているらしい。
進むと岩場が連続してますます険しいのが、飯豊本山を越えると、なだらかな曲線に草地がどこまでも続く光景に一変、花がたくさん咲いた。ニッコウキスゲの黄色とコバイケイソウが白、リンドウが紫で、コオニユリがオレンジ。そのほか、いろんな名前をいえない花もたくさん。目にははじけるように咲くのに、花は声をもたないで黙っているのが、静かすぎてぞっとするような感じがする。
大日岳の頂上はガスで景色が何も見えなかった。ひとりだけ、若い男の子が山頂の岩に座っている。ガスがよく動いていていつ晴れるかもしれない。ガスが晴れるまで待ち続ける、と言った。自分はというと5分もいなかったと思う。すぐに下り始めた。彼は一度の山行に、確かなものを持ち帰りたかった。彼は若かったし、どうしてもそれが必要だった。そういえば昨日のテント場でも夕暮までずっと外にいて山の景色を眺めていたのが彼だった。そういう時期が人にはあって、自分は今はもう、そうではないらしい。
すこし下ってから山頂のほうを振り返るとガスがさっきより濃くなってどう見ても動きようがなかった。遅れて登ってきたおじさんがすれ違いざま「こりゃだめだな」と言った。
彼が座る背中だけが、山頂の景色になった。
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