TOKYO ONSEN HIKING #18 | 陣馬山・陣渓園
TRAILS編集部crewの根津による『TOKYO ONSEN HIKING』、第18回目。
今回の温泉は、神奈川県は相模原市の『陣渓園』(じんけいえん)。
陣馬山の南麓、旧藤野町 (2007年相模原市に合併) にあり、藤野の豊かな自然に囲まれた情緒あふれる旅館である。
TOKYO ONEN HIKINGのルールはこれ。
① TRAILS編集部 (日本橋) からデイ・ハイキングできる場所
② 試してみたいUL (※1) ギアを持っていく (※2)
③ 温泉は渋めの山あいの温泉宿がメイン (スーパー銭湯に非ず)
目指す山は、陣馬山 (じんばさん・標高855m)。
都心から気軽に行ける人気の低山。東京側はハイカーが多くにぎわうが、今回、下山で歩いた神奈川側は、静かに自然との対話をたっぷりと楽しめるルートだ。
行きは「東京」、帰りは「神奈川」。
いまや、山の地図を見ると無意識に温泉を探してしまう (職業病だろうか)。そして、高尾・陣馬エリアの地図を見るたびに、以前から気になっていたのが、今回訪れる陣渓園だ。
この陣渓園とどの山を組み合わせよう? 当初はマイナーなルートも考えたのだが、あえてメジャーな陣馬山もおもしろそうだと思った。
というのも、都心から陣馬山には何度も足を運んでいるが、基本東京側におりるので、神奈川側におりたらあらたな発見があるんじゃないかと思ったのだ。何より、東京スタート神奈川ゴールと都県をまたぐのは、旅感があっていいじゃないか。
今回のスタート地点は、高尾駅北口からバスで36分のところにある、陣馬高原下バス停。さすがは陣馬山の人気ルートということもあって、平日にもかかわらず10人前後の登山客がここで下車した。
登山道に入るまで1kmちょっと舗装路を歩くのだが、これがまた魅力的。ここは陣馬街道と言って、昔から交易の道として使われていた。道沿いに石碑などもあり、なんとも旅情がそそられるのである。
登山口からたった1時間で山頂へ。
陣馬街道沿いにある登山口から、陣馬山を目指す。ここは「新ハイキングルート」と呼ばれ、わずか1時間で山頂までたどり着くことができるルートである。
1時間で山頂 (標高855m) まで行くわけだから、勾配はそこそこ急だ。登りが苦手な人にとっては、その新ハイキングルートという名前とは裏腹にしんどいかもしれない。
でも、一面杉林なので直射日光が当たらないのがいい。これからの季節、日差しも強くなっていくが、ずっと日陰なのは歩くにあたっては好都合だろう。
正直、これといった景色があるわけではないのだが、不思議と退屈することはない。それは1時間も歩けば山頂に行けるとわかっているのもあるが、無心で歩く心地良さを感じられるのも理由のひとつかもしれない。
今回の自分のペースだと、40分くらいで山頂に着いてしまいそうだ……。そう思った僕は、このルートが早々に終わってしまうのがもったいない気がして、休憩を取ることにした。
休憩のお供は、行動食としていつも持ち歩いているTRAILS INNOVATION GARAGEのトレイルミックス『MYOM (Make Your Own Mix)』。今回は、ビタミンとミネラル補給を意識しつつ、デザートとして食べても満足感が味わえる白イチヂクを多めに入れてきた。
山頂に近づいてくると杉林はなくなり、開放感あふれるトラバース道が増えてくる。しかも、下界では桜はほぼ散っているが、このあたりだと山桜が満開だ。杉林とのコントラストも相まって、まるで桃源郷にでも来たかのような心地がした。
ULギアで作るラーメンと、食後のハンモック。
陣馬山は、なんといっても山頂が最高だ。
シンボルの白馬の像、富士山の眺め、丹沢や奥多摩方面の山並み、360度のパノラマはもちろんなのだが、それよりもこの山頂付近のだだっ広さが僕は好きだ。山頂にまるで大きな公園がある感じとでも言えばいいだろうか。とにかく居心地がいいのだ。
木製のテーブルとベンチも複数あるので、ここでランチをとることに。今回使用したクッカーは、『PINT ROCKY CUP』(パイント・ロッキーカップ)。容量は473mlで、重量は124g (実測)。
ストーブは、『VARGO / Decagon Alcohol Stove』(バーゴ / デカゴン・アルコール・ストーブ)。チタン製で重量は39g (実測)。
もともと今回はラーメン (袋めん) を作ろうと思っていたので、このロッキーカップの容量がジャストだと考えていた。
このロッキーカップは、ジョン・ミューアが創設したシエラクラブが製作したシエラカップがモチーフとなっている。シエラカップは容量が300mlほどしかなく、もっと大きいサイスが欲しいと考えた、カリフォルニアのとあるバックパッカーが作ったものだ。パテント (特許) 取得済みのこのオリジナルモデル (MADE IN USA) は、すでに製造中止になっており、いまや高値で売買されている。
じゃあこれにどんなストーブがマッチするかと検討していたときに、たまたまスタッキングしてみて発見したことがあった。なんとバーゴのデカゴン・アルコール・ストーブが、シンデレラフィットしたのだ。
デカゴン・アルコール・ストーブは、バーゴの社内テストでクルマで踏みつけても壊れなかったほどの頑丈さを誇るプロダクト。ゴトクも不要で、取り扱いが簡単なのもうれしい。
ラーメンを食べてお腹が膨れたあとは、ハンモックタイム。奈良子尾根の途中で、適度な間隔の木があり、人目につかず、開放的で木漏れ日が当たる場所、つまりはハンモックに最適なポイントを発見!
今回使用したのは、『Ticket To The Moon / Lightest Hammock』(チケット・トゥ・ザ・ムーン / ライテストハンモック)。
同ブランドの最軽量モデルで、重量は228g (カラビナ込み)。シルクパラシュートと呼ばれるパラシュート生地が特徴で、シルクのような肌触りが気持ちいい。春らしい柔らかな日差しだったこともあり、ここでしばらく寝そべることにした。
絶景が眺められる岩風呂と、ロケ地としても有名な宿。
『陣渓園』へとつづく奈良子尾根は、陣馬山までの新ハイキングルートとは打って変わって、誰ひとりとしてハイカーがいなかった。
しかも終盤は山桜をはじめとした花も散見され、杉以外の木々も見られるようになり、より自然の豊かさを感じる世界が広がっていた。
このルートは穴場だと思うので、個人的にはたくさんの人におすすめしたい。
勾配も緩やかだったので、コースタイムだと陣馬山山頂から陣渓園まで約1時間20分だが、1時間足らずでおりてきてしまった。
そして現れたのが、この陣渓園だ。
今回は2代目のご主人、大木康敏さんにお話をうかがった。
陣渓園は、先代である大木さんのお父様が1966年にオープンした旅館で、今年で創業57年を迎える老舗旅館だ。
陣馬山の南麓、藤野の自然に抱かれたその佇まいは、山深い秘境のような雰囲気すらあり、自分が東京から歩いて来たとは思えないくらいだった。
館内には、囲碁・将棋部屋もあり、これを目当てに来る常連客も多いのだとか。しかも、囲碁・将棋プランで宿泊される方は、チェックイン12時 (通常14時)、チェックアウト12時 (通常10時) と、トータル4時間も長く滞在できる。これは、お客さんに囲碁と将棋を心ゆくまで楽しんでほしいという、ご主人の思いから生まれた時間設定だそうだ。
そういうご主人の心くばりや優しさによるものなのだろうか、実はこの旅館 (近くにあるご主人所有の古民家含む) は映画やドラマのロケ地にも、数多く使用されている。
一例を挙げると、以前、お笑い芸人がMCを務める人気テレビ番組の罰ゲーム企画で、「廃旅館」という設定で使用された。撮影で用いられた部屋は、今でもあえて当時のままにしているそうだ。というのも、その芸人さんのファンの人たちが、その部屋目当てで宿泊することも多く、そういうお客様のためにも手を加えないようにしているとのこと。
お風呂は岩風呂で、一般的な湯船よりも深さがあるのが特徴のひとつ。その深さと岩づくりの効果もあってか、湯冷めがしにくいそうだ。
僕は長風呂は苦手で、5分も浸かっていれば満足なタイプ。今回も5分くらいだったものの、カラダの芯から温まった感覚があって、しばらくほてっていたのは、この岩風呂だからこそなのかもしれない。
聞けばご主人は、昔も今も料理人であり、くわえて自然体験活動指導者の資格も有しているとのこと。
現在、それらの技術を生かして、ジビエの捌き方を教えるジビエの会を立ち上げたり、山野草を摘んで食すワークショップの講師を担当したりと、旅館業という枠にとどまらず、多方面で活動している。
ここで生まれ育ったご主人のお話を聞いていると、この土地への興味が湧いてくるし、ここに長く滞在したくなってくる。日帰り入浴に来た人は、岩風呂だけ入って帰るのはもったいないので、ぜひご主人からいろいろ話を聞いてみてほしい。
自然豊かな山あいの温泉旅館、という言葉では紹介しきれないくらいのトピックスがある陣渓園。
旅館のすぐ近くにある古民家 (ご主人が生まれ育った家) が、また素晴らしい立地と佇まいなので (現在はイベントやワークショップを開催)、興味がある人はぜひご主人にお願いして見させてもらうといいだろう。
さて、次の『TOKYO ONSEN HIKING』はどこにしよう。
※1 UL:Ultralight (ウルトラライト) の略であり、Ultralight Hiking (ウルトラライトハイキング) のことを指すことも多い。ウルトラライトハイキングとは、数百km〜数千kmにおよぶロングトレイルをスルーハイク (ワンシーズンで一気に踏破すること) するハイカーによって、培われてきたスタイルであり手段。1954年、アパラチアン・トレイルをスルーハイクした (女性単独では初)、エマ・ゲイトウッド (エマおばあちゃん) がパイオニアとして知られる。そして1992年、レイ・ジャーディンが出版した『PCT Hiker Handbook』 (のちのBeyond Backpacking) によって、スタイルおよび方法論が確立され、大きなムーヴメントとなっていった。
※2 実は、TRAILS INNOVATION GARAGEのギャラリーには、アルコールストーブをはじめとしたULギアが所狭しとディスプレイされている。そのほとんどが、ULギアホリックの編集長・佐井の私物。「もともと使うためのものなんだし、せっかくだからデイ・ハイキングで使ってきてよ!」という彼のアイディアをきっかけにルール化した。
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