TRAILS REPORT

北アルプスのラストフロンティア『伊藤新道だより』 | #04 自然に翻弄される「湯俣山荘」と絶対に必要な「伊藤新道の避難小屋」

2023.06.28
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文・写真:伊藤圭 構成:TRAILS

What’s “北アルプスのラストフロンティア『伊藤新道だより』” | 2021年に『北アルプスに残されたラストフロンティア』という連載シリーズでフィーチャーした『伊藤新道』。2022年には「伊藤新道 復活プロジェクト」のクラウドファンディングも成功し、復活へ向けて着々とプロジェクトが進行している。この連載では、伊藤新道復活の牽引役である伊藤圭さんに、“伊藤新道にまつわる日常” をレポートしてもらうことで、伊藤新道および北アルプスの現在と未来をお届けしていく。

* * *

伝説の道『伊藤新道』の復活へのアクションは、2021年、『北アルプスに残されたラストフロンティア』と称して、TRAILSでも大きく取り上げた (※)。この『伊藤新道だより』の連載は、プロジェクトの牽引役であり当事者である伊藤圭さん本人による、その後の伊藤新道の復活に向けたリアルタイムのドキュメントレポートだ。

第4回目の今回も、まずは圭さんと奥さんの敦子 (あつこ) さんの近況から。圭さんはアウトドアイベントでトークショーに登壇し、敦子さんは登山道補修の現場で奮闘しているとのこと。

伊藤新道復活プロジェクトにおいては、順調に進んでいると思われた湯俣山荘の再建が、川の氾濫によりスピードダウン。ハンモック場づくりに注力しつつ、避難小屋の建設に向けてプランニングを進めている。圭さんが語る、伊藤新道の今とは?

※ 『北アルプスに残されたラストフロンティア』と題して、伊藤新道を徹底解剖した、全5回の記事シリーズ。(詳しくはこちらを参照。#01 伊藤新道という伝説の道 #02 伊藤新道の再興前夜 #03 伊藤新道、再興のはじまり #04 伊藤新道を旅する<前編> #05 伊藤新道を旅する<後編>)


さまざまな人の協力を得て、伊藤新道の復活に向けた作業を進めている。

今月の伊藤新道だより:伊藤新道を紹介するトークショーに登壇


伊藤新道の遊び方のひとつであるハンモック。今、圭さんはハンモックに夢中だ。

先日の6月3日に、長野市のアウトドアショップ、ナチュラルアンカーズさんのお誘いで「YAMASAI 2023」というアウトドアイベントに参加した。夜の部では「伊藤新道とその遊び方」と題して、2時間におよぶ少しスケールの大きなトークショーをさせていただいた。

一部は伊藤新道の歴史とこれから、二部では自らのブランドのカタログでも大々的に伊藤新道をフィーチャーしていただいた、環境配慮アウトドアブランドSTATICの田中健介氏と、ハイカートラッシュというアウトドアソックスメーカーのディレクターであり、イラストレーターのイワシ (河戸良佑) くんとクロストークを行なった。


「YAMASAI 2023」でのトークショー。photo by 古厩 志帆

田中氏が「伊藤新道もそうだけど、北アルプスの谷は広くていいよね」から始まり、イワシくんの「登山を旅と捉えたらどうだろう」という発言、それに対する私の「山にいたら自由であってほしい」というやりとりから、なぜか最後は私のバンドマン時代から結婚、そしてなぜ山小屋に? などと、恥ずかしき半生に突っ込まれるという顛末になり、伊藤新道はどこにいったの? となったが、無計画にこの2人とやったらなるよね。

しかし、お客さんからは「すごいたのしかったよ〜」などご好評をいただいたのでほっとした次第である。


敦子さんは常に現場に立ち続け、登山道補修を進めている。

そのころ三俣山荘・ネオアルプスの事務所では、三俣トレイルワークスというネオアルプスの登山道補修専門のプロジェクトチームが、景観に調和した登山道の補修方法から植生復元、壊れない道の作り方を、ボランティアや、一般登山者に伝えるためのテキスト「風景と道直し」の制作に追われていた。

このプロジェクトのリーダーは妻の敦子 (あつこ) であるが、さかのぼれば20年ほど前、我々夫婦が山小屋に入り始めたころの黒部源流一帯の道は人員不足や、そもそも山小屋の職務内容のベクトルがそちら方面に振れていなかったせいもあり、荒れている箇所が多かった。

そして歩き回り観察してみると、湿地帯、草原、河川沿い、岩場、ざれ場、雪渓の底など見れば見るほど地面の構造が違った。そして補修の仕方、道を通すべき場所、植生の復元方法など、絶対的なバランスで成り立っている自然を保全することの難しさ、繊細さに途方にくれたものである。

一時はこれらを理解しその風土にかなった「理想の登山道」のモデルを構築することを目指して、夫婦、そういった自然の構造に勘の利くスタッフと、資料作りや路線ごとの補修方法の検討に明け暮れていた。しかしそうこうしているうちに、水晶小屋の建築など大仕事に携わるようになり、少し離れてしまった。

時がたっても敦子は、この登山道補修という、彼女なりの自然との共生の在り方に愛情を感じ続け、ボランティアや有志ガイドなどを巻き込み、現場の一線に立ち続けている。20年前に考えていたことを、より成長して時代にかなった形で実現しようと努力している。

そして私と言えば、現場を少々退き、社会の中でのフィールドの意義をプロジェクト化して可視化することに集中するようになっていった。

伊藤新道復活プロジェクト進捗 ① 思うように行かない湯俣山荘の再建


この夏のオープンを予定している湯俣山荘。

今年の北アルプスは、例年に比べて雪が少なかったこともあって、雪解けが早い。そしていつもだと7月にやってくるような集中豪雨がもう2回もやってきた。

5月20日頃にスタートした今年の湯俣山荘建築工事だが思うようにはかどらない。というのも、高瀬ダム管理道末端から湯俣山荘までの車両の入れない区間に関しては、高瀬川の中に重機で道を作り、クローラーダンプというキャタピラをはいた大型輸送車両で資材を運び込んでいる。しかし作りかけのこの道が、先述の豪雨により川が氾濫し2回も振出しに戻ってしまい、まだ一回も資材を搬入できていないためである。

天候不順でヘリコプターが飛べず工事がはかどらないというのはよく聞く話だが、陸路でもこのようなことがあるわけだから、やはり自然相手は恐ろしい。

というわけで職人がまだ仕事に手を付けられない以上、自分らでやれることをえっちらおっちら進めているわけである。壊せるところまで内部の解体、掃除、外壁のペンキ塗りなど。


高瀬川が氾濫したため、湯俣へ資材を運べなくなってしまった。

私と言えば前回からお話ししているハンモック場の設計、造成工事である。

このハンモック場予定地がまたただの斜面な上に、ひどい藪で、向いているかと言えば全くハンモックには向いていない。しかし、やると言ったからにはやる。というわけで、道連れを一人確保した。最近湯俣で遊んで仲良くなった、イワシくんである。

「あのさ、今度湯俣山荘の隣の敷地の豊かな森 (嘘) に、ハンモック場作るんだけど、釣りとか絵とか描きながらでいいから手伝ってくれない?」
「いいっすよ。湯俣好きだし長めに休みとっていきますね」

ということでイワシが釣れた。


ハンモック場づくりを手伝ってくれた、イワシ (河戸良佑) くん。

まず敷地の全体像を見渡すために笹などの下草を刈ってみる。そしてハンモックの支点となる木を選び出し何張り張れるか検討してみる。

「いや、北アルプス初のハンモック場とか大見え切っちゃったしさ、15張りくらい張れないかと思ってるんだけど」
「いや無理じゃないっすか? 木と木の間隔が最低4.5m、理想的には5mらしいですよ〜」
「だよね難しいよね、これ支点として確実に使える木って4本くらいだもんね〜」

検討の結果、木以外に丸太を使って支点を作るにしても、安全でまた快適に過ごせるレベルのハンモック場としては、大幅にスケールダウンの6張りマックスということになった。

各々別れて整地作業、導線の確保、そして最後に実際にハンモックを張ってみて快適性や景色の見え方を確認して5日間ほどの作業を終えた。後は林野庁などの国有林の許可を得て、階段や落下防止のフェンス、土留めをして丸太の支点を立てれば完成だ。

その晩、とにかくやたらに料理上手の湯俣山荘のスタッフ2人とイワシくん送別打ち上げをした。飯も酒もうまいのでいつもよりやたらに酒が進み、気持ちのいい酔っ払いになって、適温の静かな静かな湯俣の夜は更けていった。

伊藤新道復活プロジェクト進捗 ② 伊藤新道のトレイル整備と避難小屋の建設プラン


湯俣〜第一吊り橋の間でのトレイル整備。

今年の6月の伊藤新道は湯俣川の水量があまりにも多く、核心部まで近づけていないのだが、6月の23・24日で、まずはネオアルプスの会員と共に第一吊り橋までの草刈り、転石処理、石垣組などを行なった。

以前から公言している通り、「湯俣から三俣まで通しで歩くのは無理」という、観光客やアウトドアのライト層でも、伊藤新道の雰囲気を味わってもらうために、第一吊り橋までは誰もが見学できるくらいの登山道のクオリティを目指して整備している。

目指すは自由なアクティビティフィールドとしての湯俣なのである。ゆるキャン良し、ハンモック良し、温泉三昧良し、川遊び良し。「伊藤新道もちょっとだけ行ってみたいな」それも良し!


吊り橋の補修。

伊藤新道に関しては、同時に今年度のクラウドファンディングの立て付けを調整している最中である。今季の達成目標は、茶屋の避難小屋と第一吊り橋上流の水平桟道の設置。

環境省の許認可が想像以上に時間がかかっており、避難小屋の建築は来年の7月になってしまったが、来年分までの資金調達をなんとか達成しようとしている。


避難小屋を建設予定の茶屋と呼ばれる場所。

この茶屋という場所は、伊藤新道総長10kmのちょうど中間地点にあり、河川部から稜線部にとりつくところにあるのだが、ここに避難小屋があれば、急な増水で進退きわまることもないし、湯俣から遡行してきた場合予想以上に体力を奪われ、稜線に取り付けなくかった時にも一晩をしのぐことができる。

また湯俣からも三俣からも一番遠いこの場所に、登山道補修の資材や工具を保管しておけるため、道中最深部のよりきめ細かい整備が可能となる。つまり、伊藤新道の安全管理上、是が非でも必要な施設なのである。

またこの小屋にはソーラーパネルによる完全オフグリッドの施設を設置しようとしており、避難時の機器の充電や登山道補修の工具の充電なども可能となっている。

クラウドファンディングが立ち上がった際には、ぜひご協力お願いします!


いずれこの伊藤新道に、多くの人が足を運ぶようになるはずだ。

「伊藤新道の復活」という大きな目標に向けて、さまざまな障壁が立ちはだかりながらも、とにかく今自分ができることを一心不乱にやり続ける圭さん。

避難小屋の建築は来年になってしまうらしいが、近々クラウドファンディングを立ち上げるそうなので、それに注目したい。

来月の伊藤新道はどうなっているのだろうか。また次回のレポートを楽しみに待ちたい。

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伊藤圭

伊藤圭

三俣山荘・水晶小屋オーナー。1977年に伊藤正一氏の長男として、東京は新宿区四谷で生を受ける。高校時代にパンクに目覚め、サブカルチャーにどっぷり浸かる。高校卒業後はミュージシャンを目指して音楽活動に没頭。紆余曲折を経て父が経営する三俣山荘を手伝うようになり、2002年、結婚を機に水晶小屋の運営を任される。2016年に父・正一が他界し、三俣山荘および水晶小屋を引き継ぐ。2021年からは『山と人と街プロジェクト』を立ち上げ、伊藤新道の復活、湯俣の再興、北アルプス大町エリアの街の活性化を通じて、北アルプスの新たな登山シーンの創出に取り組んでいる。

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