TRIP REPORT

パシフィック・クレスト・トレイル (PCT) | #07 トリップ編 その4 DAY46~DAY72 by Teenage Dream(class of 2022)

2024.11.07
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文・写真:Teenage Dream 構成:TRAILS

ハイカーが自らのロング・ディスタンス・ハイキングの体験談を綴る、ハイカーによるレポートシリーズ。

2022年にパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) をスルーハイキングした、トレイルネーム (※1) Teenage Dreamによるレポート。

全8回でレポートするトリップ編のその4。今回は、PCTスルーハイキングのDAY46からDAY72までの旅の内容をレポートする。

※1 トレイルネーム:トレイル上のニックネーム。特にアメリカのトレイルでは、このトレイルネームで呼び合うことが多い。自分でつける場合と、周りの人につけられる場合の2通りある。


パシフィック・クレスト・トレイル (PCT:Pacific Crest Trail)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

12Lの水を担ぎ、砂漠を越えてケネディメドウへ。(DAY46〜51)


砂漠地帯で、藻類ブルームの情報に加え、水場がないことに苦労をする。

この先の砂漠は水が全くない。唯一の湧水や雨水のプールは藻類ブルーム (※2) によって汚染されている可能性が高く、水の調達が難しい。それにボランティアが用意してくださっている水がノロウィルスで汚染されているという噂もある。
なので街で12Lの水を持って歩き出した。

夜中にトボトボと歩き出して登っていく。向かいから引き返してくるハイカーがいたので、声をかけてみると日本人だった。これまでずっとニートをしていて一念発起してPCTへ来たらしい。通訳の仕事をしていたこともあり、英語がペラペラだった。

SNSもウルトラライトな装備も何も知らずにとにかく来たらしく、とんでもない量の荷物だった。何も調べずに飛び出してきた感じがとてもよかった。その彼はお腹を壊して下山している途中とのことだった。

まさに恐れていたことが彼に降りかかっていて、これからのトレイルの恐ろしさを思い知った。水は12Lもあるから、とりあえず進んでみてチャレンジしてみよう。

歩いていくと途中に怪しい水の入ったプールがあった。10秒に1滴の水が流れているが、ビッシリと藻が見えた。多分、この水だろう。水はまだ10Lぐらいあるので先へ向かった。

峠に差し掛かると大量のボトルが見えた。登り始めて約60〜80kmぐらいの位置で、12Lも担いでいた水はあと2L。もしノロウィルスだとしても、多分浄水器で大丈夫だろうということで水をいただいた。


トレイルエンジェル (※3) が用意してくれた水が頼りとなる。

ケネディメドウへ近づいてきたこともあり、もう水場は増えてくるだろうと舐めていたら、今までよりもさらに水がないセクションだった。

湧水は殆ど枯れており、水が本当に全部なくなってしまった。口の中に水を貯めてチャプチャプとさせながら、喉が乾かないよう誤魔化しながら歩いて行った。

水がなくなって半日。風もなく、灼熱の荒野。歩かないと死ぬのに歩く気力が沸かない。誰かに叱られながら歩きたい。そんなことを考えながら。なんとか歩く。これまでに一番足が重たい。

地図に載っている水場を見つける度に枯れていた。今年は水が少ない年だということを思い出す。これまでに水がなくて、こんなに大変だったことはない。日本ならどこにでも水があったのに。

最後の水場に着くと、水が流れて泥になっている場所を見つけた。水の源流をたどり、小さく水が流れているところを見つけた時には思わず涙が流れてしまった。


ケネディメドウへたどり着くと、たくさんのハイカーが歓声をあげて出迎えてくれた。

このトレイルは人生で一番喉の乾きを感じた経験になった。

砂漠の最後のセクションにして、一番砂漠らしいトレイルだった。こうして死にそうになるほど辛い砂漠を越えて、シエラネバダの入り口のケネディメドウにたどり着いた。

※2 藻類ブルーム:正式名は、有害有毒藻類ブルーム (HABs)。水の生態系の影響や、飲料水の汚染など、深刻な環境問題のひとつとなっている。藻類ブルームによって汚染された水を飲むと、発熱、嘔吐、頭痛、肝臓障害などを引き起こす可能性がある。

※3 トレイルエンジェル:ハイカーをボランティアでサポートしてくれる人のこと。たとえば、自宅やガレージを開放して宿泊スペースや食事を提供してくれたり、トレイルヘッドまでの送迎をしてくれたりする。

憧れのシエラネバダ。(DAY52〜58)


この透き通った水量の多い河川が新鮮だった。

ケネディメドウへ送っておいたベアキャニスターを受け取って、シエラネバダを歩き出した。次の補給地はVVRというダム湖にあるリゾートだ。距離があるので2週間分の食料を持っていくことにした。大量の水を背負って砂漠を歩き切り、筋肉もついた。普段なら担ぎ上げることができないが、今ならできる。

永遠のように感じていた砂漠が、標高を上げるにつれてみるみると森に変わっていく。ついに砂漠が終わった!オアシスだ!と喜んだ。

ただ、シエラネバダ初日は氷点下6度まで下がり、標高の高さを感じた。

歩いていると砂漠のセクションで仲良くなった「シミー」というトレイルネームのハイカーに出会った。ハワイを拠点に活動しているガラスアーティストで、彼のインスタグラムを見ると自然や動物などをテーマに本当に素晴らしい作品を作っている。今回のPCTもインスピレーションを得るためにハイキングをしているらしい。一緒に将来何をしたいか、夢は何か、今思い返したら少し恥ずかしいことを話した。


シエラネバダで出会ったガラスアーティストのハイカー。

彼はシミーというトレイルネームが嫌いということも言っていて、過去に大きな事故で生き残ったことも言っていたので、「お前のトレイルネームはラッキーだ!」とトレイルネームを変更させた。

歩いているとラッキーが「食料がない」と言い出した。僕は2週間分の食料を持ってここまで頑張って上がってきたが仕方ない。
一緒にローンパインへ降りることになった。

ローンパインへ降りるとラッキーの彼女から連絡が来て、どうやら彼女は寂しくてもう1人で限界で帰って来て欲しいらしい。1日ずっと悩んでいたが「もう今日でハイキングも終わりだ!明日帰る!」と言い出したので、最後の思い出にと一緒にバーへ行って遊びに出かけた。酔い潰れかけながらフラフラになるほど遊んだ。


ローンパインのバーで、ラッキーの最後の夜を楽しむ。

ラッキーの彼女のお父さんが次の日の早朝に迎えに来て、本当に帰ってしまった。仲良くなったと同時に突然のお別れで、ものすごく寂しくなってしまった。

ローンパインから1人で戻り、マウント・ホイットニーを1人で登った。

マウント・ホイットニーは前日の季節外れの雪で、真っ白でとてもいい景色だった。


マウント・ホイットニー付近のトレイルでは、PCTで唯一チェーンアイゼンを使った。

あまりにもいい景色なJMTセクション。(DAY59〜66)


昼食中に寝袋やテントを乾かしながら歩く。

PCTの中にはJMT (ジョン・ミューア・トレイル ※4) のセクションが一部含まれている。JMTは世界一美しいトレイルと言われるほどのトレイルなのだが、確かにJMTの写真を調べると壮大な写真ばかりが出てくる。

多くのハイカーはJMTをSOBO (南向き)で歩くので、その場合マウント・ホイットニーがJMTの終点となる。そのマウント・ホイットニーから逆方向で、自分のJMTが始まったことになる。

マウント・ホイットニーはアメリカ本土最高標高 (4,421m) ということもあり、この周辺の山は標高が4,000m付近の場合が多い。特に次の峠のフォレスターパスは標高が4,000mを超える。

そんな標高にもかかわらず森林があったり、今まで体験のしたことのない壮大な景色だった。映画やポスターの世界に入り込んだような憧れていた景色を歩いている。


シエラネバダの景色を味わうために、ゆっくりとキャンプ。

あまりにもいい景色なので、砂漠の時のようにテンポよく歩くのはもったいなかった。景色を味わいながら、草木や石や動物を観察しながらのんびりと歩いて行った。そしてトレイルを1時間ぐらい外れてキャンプをした。

台湾から来たという双子のハイカーのリリィとビビィと出会って仲良くなった。2人とも仕事をやめてPCTを歩きにきたとのこと。COVID-19の影響で半年のビザが取れず、3ヶ月限定でハイキングをしに来ているということだった。


台湾の双子のハイカー、リリィとビビィ。

実は出会う前に台湾から珍しいハイカーが歩いているらしいと噂を聞いていたが、まさかここで出会うとは思わなかった。日本含めアジア人のハイカーが珍しいのに、双子でモデルのようなスタイルという二人だ。

ミューアトレイルランチという場所では、クリスというお爺さんとも仲良くなり、補給地として目的にしていたVVRでのテントキャビン (バンガロー) 代を奢ってくれた。

シエラネバダのセクションは景色もよくて、水も多くて、みんなの余裕が感じ取れてとても居心地がよかった。


VVRのテントキャビン (バンガロー)。

※4 John Muir Trail (ジョン・ミューア・トレイル):アメリカ西部のヨセミテ渓谷から米国本土最高峰のホイットニー山まで、シエラネバダ山脈を南北に貫く211mile (340㎞) のロングトレイル。ハイカー憧れのトレイルで、「自然保護の父」として名高いジョン・ミューアが名前の由来。

カリカリのULハイカーのクリス。(DAY67〜72)


ミューアトレイルランチで出会ったクリス。

JMTと重なるこのセクションの半分は、リリィとビビィとクリスの4人と一緒に歩いた。リリィは日本語を喋ることができるが、なるべく英語で会話して、難しい時は日本語を話した。この時の経験がとても英語の勉強になってとても楽しかった。

クリスは元クライマーでヨセミテをメインにクライミングをしていたらしい。ワーゲンバスに乗って、ヨセミテの駐車場に住み、毎日クライミングをしていたらしい。飲みすぎてゲロを吐いた場所、ボルダリングの名所、隠れた名所、登り方、本当に多くのことを聞いた。FedEx (フェデックス) で働いていたこともあり、日本にも少し住んでいたらしい。

僕が「FedExの映画といえば『キャスト・アウェイ』(※5) だね!」とジョークを言ったら。「あれは世の中で一番恐ろしい映画だ!」と言っていた。


カリカリなULハイカーでもあるクリス。

クリスは30Lのバックパックを使っていて、めちゃくちゃULハイカーだった。ベアキャニスターもクッカーも全部入っているのに、どうやって30Lのバックパックに全てを詰め込んでいるのかは謎だった。

四次元ポケットのようなパッキング方法は、様々なPCTハイカーから驚かれて自慢げに荷物を持たせていた。スキンアウト (着ているものも含めた、持っているものすべての重量) で約9kgだったと思う。

ヨセミテバレーへ到着して、リリィとビビィとクリスでみんなでパーティをした。リリィとビビィはヨセミテを1週間ほど満喫するそうだ。クリスはJMTをメインで歩いていたのでここでミシシッピの家へ帰るそうだった。

そして、また1人でPCTへ戻ることにした。トレイルへ戻る途中で、板谷さんとラッキー (先ほどのラッキーとは別のラッキー) と一緒のバスになった。JMTセクションの最初に会ったラッキーはすでにハワイへ帰ったが、板谷さんと一緒にいたラッキーはオーストラリア出身でまだトレイルを歩いている。板谷さんとラッキーはずっと一緒に歩いているらしい。とりあえず、バスでトレイルヘッドまで戻ると夕方となるので一緒にキャンプをすることにした。


火事で煙った景色となっていた。

しかし気がつけば山はスモーキーな雰囲気となっていた。煙が濃くて先が見えない。近くで燃えているような強烈な匂いだった。

この辺りはスマホの電波が入らないため、通信手段はガーミンのinReach Mini2 (※6) だけとなった。ガーミンでクリスやトレイルエンジェルへ連絡をして、火災場所を聞きとった。近くで火災が起きていて煙が現在位置へと流れ込んでいるらしい。しかし、安全ではありそうなのでこのまま進むことにした。

なるべくスキップはしたくない。進めるなら進もうという気持ちだ。


PCTで何度目かの再会をした板谷さんと、一緒に歩いていたラッキー。

※5 『キャスト・アウェイ』(Cast Away):主人公はFedExの敏腕システム・エンジニア。彼は一秒も無駄にしないことを信条とする。その彼が乗った飛行機が事故で太平洋に墜落。漂流した先の無人島で生きていくことに。その後、4年が経過し、文明社会へと戻る。監督・製作はロバート・ゼメキス。主演はトム・ハンクス。2000年に公開。

※6 inReach:GARMIN (ガーミン) が開発・販売している衛星通信デバイス。携帯電話の電波が届かないエリアでも、双方向通信が可能でSOS発信機能も搭載されている。最新機種の「inReach Mini 2」は、小型&軽量で、重量は約100g。TRAILSでは、「ロングトレイルTOPICS #07 | PCT&ATスルーハイキングに向けた最新情報(2023 Feb)」では、PCTAにインタビューし、inReachの利用増加とともに、適切な利用方法や自身のナビゲーションスキルの重要性をレポートしている。詳細記事はコチラ

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子どもの頃から父と一緒にロボットコンテストに出場するほどのモノづくり好きで、機械加工やレザークラフトに夢中になる。大学時代には自転車で日本一周をしながら登山もし、卒業後はアウトドア総合メーカーへ就職。プロダクトデザイナーとしてさまざまなプロダクト開発に携わる。2021年に独立し、アウトドアメーカー『MIYAGEN Trail Engineering』を創業。同時に、念願だったパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) をスルーハイキング。

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