パシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT) | #09 トリップ編 その6 DAY42~DAY51 by Zoey(class of 2022)

文・写真:Zoey 構成:TRAILS
ハイカーが自らのロング・ディスタンス・ハイキングの体験談を綴る、ハイカーによるレポートシリーズ。
2022年にパシフィック・ノースウエスト・トレイル (PNT) をスルーハイキングした、トレイルネーム (※1) Zoeyによるレポート。
全8回でレポートするトリップ編のその6。今回は、PNTスルーハイキングのDAY42からDAY51での旅の内容をレポートする。
今年のLONG DISTANCE HIKERS DAY (LDHD)でも、ZoeyによるPNTの発表があるので、そちらもぜひチェックしてみてください(LDHD 2025の詳細はコチラ)。
※1 トレイルネーム:トレイル上のニックネーム。特にアメリカのトレイルでは、このトレイルネームで呼び合うことが多い。自分でつける場合と、周りの人につけられる場合の2通りある。
パシフィック・ノースウエスト・トレイル(PNT)。正式名称は「The Pacific Northwest National Scenic Trail」。アメリカとカナダの州境付近、ワシントン州、アイダホ州、モンタナ州の3州をまたぐ1,200マイル(1,930キロ)のロングトレイル。歴史は古く、1970年にロン・ストリックランドによって考案された。そして約40年の歳月を経て、2009年にNational Scenic Trailに指定された。現時点において、もっとも新しいNational Scenic Trail。
TRAILSのアンバサダーであり、PNTの管理団体のディレクターであるジェフは、次のように言っている。「PNTにはロング・ディスタンス・ハイキングの良きレガシーが残っている。またPNTでは、他ではできない孤独を経験することができる。またハイカーは真の自立を実践することによる喜びを、感じることができるんだ。」
泊めてもらったご夫婦の家で、服を直したり、瞑想したり。(DAY42〜DAY44)
シャツの破れをリペアしてもらった。
PNTを歩く前にお世話になった友人が、ロスレイクリゾート近くに住んでいるご夫婦を紹介してくれて、その自宅にお邪魔した。そこで2泊しゆっくり過ごし、後半のハイキングに備えることに。
滞在中アウトドアショップに連れて行ってもらい、小さい穴が空いていた浄水器のボトルを買い直し食料補給も行い、これからのハイキングへの体制を整える。
破れていたシャツの袖を、滞在していた家の奥さんがリペアしてくれた。これでばっちりだ。
その奥さんが瞑想の教室をしており、せっかくなので教えてもらった。どんどん先へ進もうと無意識に急いでしまうせっかちな僕には、瞑想も必要な技術かも知れない。歩き始めるとすぐに目の前のことに夢中になり、忘れてしまうけど。
食事の変化が大きなモチベーションになった。
この家のご主人は、以前PCT (※2) を歩いた経験もあり、食事の内容について相談しアドバイスをもらった。
ここからの区間は、今までの袋ラーメンではなく、ジャーキーとチーズ (数日なら大丈夫だろうと判断) を巻いたトルティーヤを導入した。
大きな変化ではないけど、実際に毎回の食事の時間が楽しみになるほどに、モチベーションが上がった。
この後のトレイル上では予定より多めに食べてしまい、ジャーキーがいち先になくなり、代わりにドリトスをぶち込んだりしながらアレンジを楽しんだ。
※2 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
ノースカスケードで山火事に遭遇。(DAY45)
巨大なダムの上を通りロスレイクリゾートへ向かう。
トレイルに復帰し、ロスレイクという巨大なダムの上を歩きはじめた。
その先にはカヌーのレンタルや、水上キャビンが立ち並んでいるロスレイクリゾートがある。ここからは再びノースカスケード国立公園内のエリアへ入る。
日中は湿気もあり蒸し暑い。国立公園内なので予め予約しているサイトでしかテント泊ができない。
気温のせいかなかなか歩みが進まず、初日のテントサイトに辿りついたのはすっかり暗くなった21時過ぎだった。
氷河が残る山並み。
氷河から溶け出した水が流れる、綺麗なアイスブルー色の川があった。ガリガリ君のような綺麗な青色で思わず見惚れてしまう。
汗を流せたらと考えたが、水にふれるとあまりにも冷たい。見惚れていたら知らない間に時間が過ぎていた。
この区間はワットクームパスからの急なスイッチバックが堪えた。景色は素晴らしいが一歩一歩が重い。
今回のPNTをスルーハイキングを歩き始める前の7月上旬、友人とオレゴン州のマウントフッドへ1泊のハイキングをした。彼は野鳥観察が好きで、トレイル上に生息しているたくさんの種類の鳥を教えてくれた。
その中でも一番印象に残っている、パイカーという鳥がいる。
岩場に巣を作り生息しており、独特の低い声で鳴く。PNT上でも鳴き声を度々聞くので、その度にマウントフッドでのハイキングのことを思い出していた。
PNTをスタートする前の7月上旬、マウントフッドでの風景。右下に写るのが一緒に歩いた友人。
山中、珍しく他のハイカーと出会った。彼女が言うにはこの先で山火事が起きているらしい。たしかにこの日は朝から靄がかかったように周りがうっすら白い。
火事はどんな規模なのか不安になる。日本では山火事に遭遇したことなどないし、全く想像ができない。
ノースカスケードのエリアに入ると、ふと微かに近くからチリチリと音が聞こえた。
辺りを見渡すと近くの岩場の森林の一部から、僅かに煙が立ち昇っている。ここが彼女の言っていた、山火事の現場だろう。
ここに来るまでに何度も歩いた、火事跡のトレイルの風景がフラッシュバックした。その姿はかつて猛々しく燃えたであろう、炎の姿をいつも想像させた。焼け焦げた範囲はどこもとても広く、なかなか抜け出せなかった。
それが綺麗だと思う瞬間もあった。だけど、いつも同時に物悲しさも感じた。
ノースカスケードで山火事に遭遇。
冷静にならなきゃ。
目の前の火はまだ小さい。
今後、今はまだ小さいこの火が大きく広がっていくかもしれないと思うと、妙な生々しさと同時に息苦しさを感じた。
森が確かに少しずつ死んでいく姿を目の前に、しばらくその場に立ち尽くしていた。
引き返そうかと思ったが、幸いにも煙が流れている方向は進行方向とは真逆。火事の規模はまだ小さく弱々しく思えるし、さらにこちらから距離もある。ハイキングを続行できそうだと判断し歩き始めた。
その場を立ち去る時、燃えている下の岩場から聞き慣れたパイカーの鳴き声が聞こえた。心なしかいつもの声色より寂しく響いていた気がした。
「君はPNTハイカーかい?クールだね!」(DAY46〜DAY48)
カフェを過ぎた後の、アッパーワイルドグーストレイルあたりにて。
ノースカスケード国立公園を抜け、久しぶりの舗装路へ入る。
ピクチャーレイクという観光スポットの近くにあるカフェに立ち寄り、昼食をとる。冬季はマウントベイカーにてスキーもできるらしい。
このエリアでは人も増え、まさに観光地という様相だ。カフェでは冷房も効いているし、美味しいものも食べられるし。お金を出せば至れり尽くせりだ。新鮮な食材を食べ体力を充電したあとは、マウントベイカーへ歩を進める。
マウントベイカー手前のベイカーレイク沿いは、キャンパーが多く賑やかであまり落ち着かない。
湖沿いのトレイル入口にあった「クーガー (ピューマ) 注意」の看板に肝を冷やした。実際に、歩きはじめると見たことのないようなサイズのレッドシダーに心を奪われ、クーガーの心配などすっかりどこかへ消し飛ぶ。心配事は忘れるに限る。
レッドシダーの巨木。
湖沿いのテントが張れるスペースはどこも先客がいた。焦りながらも日暮れ前にようやく空いているスペースを見つけられたので、ようやく気持ちも落ち着く。人が多いとこは相変わらず苦手だ。
翌日、歩いたマウントベイカーの山頂は圧巻の景色だった。近くに展望台もあるので、機会があれば是非立ち寄って欲しい。
人が多い観光地なんて、と斜に構えていた自分を恥ずかしく思った。その夜テントを張って眺めた星空もとても印象的だった。
展望台から眺めたマウントベイカー。
この区間を歩いた時のことを考えると、いつも思いだす会話がある。
彼は薄汚れたみなりの僕がPNTハイカーだとすぐに悟ったのか、「君はPNTハイカーかい?クールだね!グッドラック!」と言ってくれた。
アメリカに来る前にはPNTを歩いたら、ちっぽけな自分が何か変わるのかもと微かに期待をしていた。
実際は歩いて食べて寝てのシンプルな生活の繰り返し。ただ不思議と退屈はしていないし、ここまで楽しめている。
日常と非日常が入れ替わるような感覚はまだない。ただ、無理せず無事に歩き終われたらいいなと、最近はそれだけを願う。
PNTの旅のきっかけをくれたジェフと会う。(DAY49〜DAY51)
遠くに初めて太平洋が見えた。
マウントベイカーの山頂を越えてからは、アップダウンも少なく気持ちいい。
明日にはセドロウーリーの街まで辿りつきたい。
セドロウーリーにはPNTA (PNTの管理団体) のオフィスがある。そこで、僕がPNTを歩くきっかけになった記事 (TRAILSで連載されたトリップレポート) を書いた、ジェフ・キッシュに会う予定だ。(ジェフの記事はコチラ)
しばらくロードウォークが続く。すると、突然、太平洋が見えた。
海が見えただけでこんなに嬉しいなんて!
同時にこの旅も終盤に差し掛かっていることを実感する。改めて考えたら、山深いところからよくここまで来れたものだ。
トレイルエンジェルに連絡し、セドロウーリーの街で補給する。
この区間でお世話になったトレイルエンジェルのダン。
翌日にジェフと対面した。彼はとても優しく、これから向かうオリンピック国立公園でのタイドチャートやテントサイトの予約方法を教えてくれた。
彼の記事がきっかけでここまで素晴らしい経験が出来ている。本当にありがとう。
このまま無事に歩ききれたらいいなと心から思う。
PNTAのオフィスでジェフと対面!
セドロウーリー以降は、街と街の間隔が近く補給も容易になる。何日分もの食料を詰めた、重いバックパックを背負う必要もなく気楽だ。また舗装路がほとんどなので一日毎の距離を伸ばせる。
補給に関して気楽になったのは良かったが、逆に人の目を気にする小さいストレスが加わった。今までの誰もいないトレイル上で当たり前に行なっていた動作を、人から見えるところですることになる。
具体的にはトイレや寝る場所の選定。
人里での生活・自然の中での生活。それぞれの中にある当たり前のことが、メリットがデメリットになったりと入れ替わる。
あと数日で最後の土地のオリンピック半島へ辿りつけるだろう。
いよいよPNTも終盤だ。
セドロウーリーの街。PNTもいよいよ最終盤。
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