HIKING

LONG DISTANCE HIKER #20 岡野拓海 | MYOGしたULギアでスルーハイキング

2025.12.10
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話・写真:岡野拓海 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、TRAILS編集部Crewがインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第20回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、岡野拓海 (おかの たくみ) くん a.k.a. Space Cowboy (スペースカウボーイ) 。

岡野くんは、2025年にPCT (※1)をSOBO (南向き) でスルーハイキングしたハイカー。彼はULの源流を辿るべくロング・ディスタンス・ハイキングやRay-Way (※2) に辿り着き、故にできるだけMYOG (MAKE YOUR OWN GEAR = ギアの自作) をした道具で歩くというスタイルでスルーハイキングをした。

『LONG DISTANCE HIKERS DAY』(※3) にも、2024年にお客さんとして参加してくれたハイカーであり、TRAILS INNOVATION GARAGEに通うMYOGerでもある。

学生時代から音楽が好きでバンド活動をしていた岡野くんは、好きなアーティストのルーツを掘るのが好きであったという。

「UL (ウルトラライト) というカルチャーは、どのように生まれたのか?」それを自らでたどり直してみることはできないか?という好奇心が、岡野くんの原動力であった。

そんな岡野くんに、ULやロング・ディスタンス・ハイキングとの出会いと、今年に歩きおわったばかりのPCTの旅について語ってもらった。

2025年にPCTをSOBOでスルーハイキングした岡野くん。

ULの源流のひとつである、Ray-WayをベースにしたバックパックでPCTを歩く。


PCTを歩くハイカーたち。

—— TRAILS編集部:岡野くんはどういうきっかけでロング・ディスタンス・ハイキングを知ったの?

岡野:「ハイキングをはじめてしばらくしてから、UL (ウルトラライト) に出会ったんです。最初はこういうのがカルチャーとしてできあがっているんだ、と関心がありつつも、一方で『流行りもの?』というちょっと斜めに見ているところもありました。

それでTRAILSの記事とかも読むようになって、ULは、ロング・ディスタンス・ハイキングから生まれた方法論だということも知ったんです。」

—— TRAILS編集部:ULの源流にあるものとして、ロング・ディスタンス・ハイキングに出会ったんだね。

岡野:「そうですね。自分にとっては、ULというカルチャーをより深く知りたいという関心が、ロング・ディスタンス・ハイキングに興味をもったきっかけでした。

その後はLONG DISTANCE HIKERS DAYに参加してみて、その後すぐにTRAILSの書籍『LONG DISTANCE HIKING』を読んで。最初はロング・ディスタンス・ハイキングは遠い憧れでしたが、興味が高まるのを止められなくなって、PCTを歩いてみたい!ってなってしまったんです。それでLONG DISTANCE HIKERS DAYに参加した翌年にはPCTを歩くことにしました。

最初は少し斜に構えところもあったULへ興味が、どんどん自分のなかで深まっていって、その源流にあるロング・ディスタンス・ハイキングもやってみたいという思いになっていった感じですね。」


憧れていたPCTを、現地のハイカーたちと一緒に歩く。写真右が岡野くん。

—— TRAILS編集部:ULについてはどんな風にハマっていったの?

岡野:「なんか『貧乏くさい感じ』が、すごくいいなと思ったんです (笑)。」

—— TRAILS編集部:貧乏くささね (笑)

岡野:「ULって道具が少ないし、貧相に見える側面もあるじゃないですか。でも、ULのスタイルで山で泊まってみたときに、『こんなに少ないもので、山で生活できちゃうんだ』という、シンプルさが楽しかったんです。

山ではいろいろ想定外のことが起きるじゃないですか。そのなかで自分の知恵とか行動力でサバイブしていく感じが、自分がハイキングが好きポイントのひとつで。それを、できるだけシンプルな道具でやっていくことが、面白くなっていったんです。」

—— TRAILS編集部:岡野くんは、バックパックはRay-WayでMYOGしたものを使ったよね。最初はRay-Wayのオリジナルに忠実に作ってみて、その後にそれを自分用にカスタマイズしたものを作っていたよね?

岡野:「ULというカルチャーがどのようにできあがってきたのか、ということが、とても気になるようになっていったんです。それでULの源流のひとつである、Ray-Wayのバックパックがどんなものなのかを知りたくなって、まずはRay-Wayをそのまま再現して、自分で作ってみよう思ったんです。

レイ・ジャーディン自身も、PCTを歩いているのを知って、しかもこんなにシンプルな道具で、ロング・ディスタンス・ハイキングができるんだって驚いたんですよ。しかも、今のように軽量な素材やギアが多くない時代に、すでにベースウェイトが3.6kgとかを実現していることも衝撃的でした。

このULの源流にあるシンプルさで、自分もロング・ディスタンス・ハイキングしてみたい、と思うようになったんです。

1つ目を作ってみたら、もっと自分用にカスタマイズしてみたいと思ようになったんです。それで、2つ目も作ることにしました。」


TRAILS INNOVATION GARAGEで、Ray-WayのバックパックをMYOGする岡野くん。

—— TRAILS編集部:Ray-Wayのバックパックの1つ目を作った後、どんなところをアップデートしてみようと思ったの?

岡野:「1つ目はRay-WayのMYOGキットどおりに作ったんです。それでULの原型になるものは理解したぞ、という感じで。

最初はオリジナルのRay-WayのバックパックでPCTを歩くのもいいなとは思ったんです。だけどRay-Wayをベースに、自分の体や使い方に合わせてアレンジしたものをMYOGした方が、本来のMYOGの姿では?とも思うようになって、2つ目を作ることにしました。

最初に作ったバックパックは生地がかなりペラペラだったので、まずはもう少し耐久性のあるグリッドストップ生地に変更しました。あと自分の体に合うようにショルダーの形を変えてみたり、他にもサイドポケットの入り口の角度を変えたり、細かくカスタマイズを加えました。」

—— TRAILS編集部:Ray-Wayの原型を体感した上で、自分なりにアレンジするというプロセスがいいよね。

岡野:「やっぱり自分なりの要素を入れてMYOGしたもので歩きたかった、というのはありましたね。」

—— TRAILS編集部:MYOGしたタープも、ベーシックなサイズを基準にしながら、自分なりのサイズで設計していたよね。

岡野:「TRAILSのGARAGEでもトニーさんやサニーさんやカズさんにも、MYOGについていろいろ相談しながら、自分なりのギアをどう作るか考えていました。

タープを作るときも、自分の身長に合ったサイズで、かつハンモックの時も地面に張る時にも使えるサイズを模索していました。ブルーシートで作ったタープのモックは、トニーさんやカズさんと一緒に試し張りに付き合ってもらいまいしたね (笑)。

タープも最初はより軽量なDCFの生地で作ろうかとも思ったのですが、ULの原点でロング・ディスタンス・ハイキングをしてみたいという思いから、シルナイロンかシルポリで作ってみようと思っていました。」


ブルーシートで作ったタープのモック。TRAILSのトニーとカズも一緒に試し張りに参加。

ロング・ディスタンス・ハイキングをするなかで、想定外の自分の変化が起きた。


MYOGしたバックパックでPCTを歩いた。

—— TRAILS編集部:MYOGをしたRay-Wayをベースにしたバックパックで、実際に歩いてみてどうだった?

岡野:「まずは、自分の作ったものでロング・ディスタンス・ハイキングができるんだ、という楽しさが大きかったですね。自分の自信にもなりました。」

—— TRAILS編集部:Ray-Wayのバックパックは肩荷重だけど、荷物が多いロング・ディスタンス・ハイキングでも大丈夫だった?

岡野:「正直、最初は肩がずっと痛くて、新しいバックパック買おうかなと思ったこともありました (笑)。

でも、だんだんと歩いているうちに、体の方ができあがっていって順応していったんです。それで肩荷重でも、全然問題なくなりました。ハイキングを続ける中で、自分の体の方が変化してギアに順応するんだ、というのは想定外の気づきでしたね。」


シルポリでMYOGしたタープで、PCTをスルーハイキングした。

—— TRAILS編集部:MYOGをしたタープはどうだった?

岡野:「ジョン・ミューア・トレイルと重なるシエラのセクションを歩いているときに、ものすごい悪天候になってしまったんです。

それで凄まじい強風と雹 (ひょう) に遭遇したんです。それでも、MYOGしたタープで、張り方を工夫して、その悪天候を凌ぐことができたんですよね。

これはMYOGしたULのスタイルでもいけるという、体感を得る出来事になりました。ロング・ディスタンス・ハイキングにおける、自分にとっての必要十分を体感するきっかけにもなりましたね。

一緒に歩いていたグループでは、ZpacksのDuplex Tentとかを使っているハイカーがいて、横目でうらやましいな、とは思ったりしましたけどね (笑)。」


岡野くんは、グループで歩くことの良さを知り、PCTの大半を仲間と一緒に歩いた。

—— TRAILS編集部:PCTを歩いてみての感想はどう?SOBO (南向き) を選んだのは、なるべくひとりで歩きたくて、人が少ない方がよさそう、というのもあったんだよね?

岡野:「そうなんです、最初は一人でもくもくとじっくりと歩きたいなと思っていたんです。それが、終わってみると大半は、誰か他のハイカーと歩いていました。これもまったく想定外の自分の変化でした。」

—— TRAILS編集部:なんでハイカーグループで歩くことを選んだの?

岡野:「PCTで一番楽しさを感じている時はどんなときかって言ったら、自分がハイカー・コミュニティの一員であると体感できているときだったんです。

ハイカーがお互いをリスペクトする関係性とか、自分がやりたいことをやれているやつが一番クール、という空気感が気持ちよかったですね。」


仲間のハイカーと一緒にトランプをして暇をつぶす光景。

—— TRAILS編集部:グループで歩くことにした、きっかけはあったの?

岡野:「最初の州のワシントンは、結構しんどかったんです。周りにハイカーがいても、コミュニケーションもうまくいかなかった。ワシントンが終わるあたりで、帰りたいと思ったこともあったんです。

でも、ティガーというPCTを歩いたらトリプルクラウナーになるハイカーがいて、そいつが『コミュニケーションおばけ』で、誰とでも仲良くなるんです。めちゃくちゃ陽気だし。こっちのスタンスの方が、旅が楽しいだろうなと思ったんです。

歩いててしんどいときでも、他のハイカーとそれを共有できると、しんどいこと自体が楽しくなる感じがあるんですよね。」


岡野くんが「コミュニケーションおばけ」と呼ぶ、パンチのあるスタイルのティガー。

4~5ヶ月のこの特別な体験を、もう一度やりたい。


スルーハイキングしたPCTの風景。

—— TRAILS編集部:今後のプランはあるの? またどこか歩きに行こうとしている?

岡野:「歩きたい気持ちは、めちゃめちゃありますね。PCTを歩いているときも、シエラを過ぎたあたりから、歩くのが本当に楽しくなって、ずっと歩いていたい気持ちになっていました。」

—— TRAILS編集部:まだ岡野くんのなかでは、PCTが続いている感じがするね。

岡野:「まだアメリカから帰国してから1ヶ月も経ってなくて、トレイルを歩いていたときの生活が、長い夢のなかにいたような感覚がありますね。」


バックパックに詰め込むトレイルフードとともに。

—— TRAILS編集部:次はどこを歩きたいの?

岡野:「ATが気になってます。

PCTを歩いているときに、ATを歩いたハイカーが語るATの話が、すごく惹かれるものを感じたんです。ATを歩いたハイカーは『ATは景色もそれほどよくないし、上り下りも急だし』とか言うんですけど、みんなやたらと嬉しそうにしゃべるんです。

—— TRAILS編集部:歴史の長い、ロングトレイルのカルチャーやコミュニティがあることも魅力だよね。

岡野:「自分は源流に興味があるので、歴史があるATを歩いてみたいというのがあります。長い歴史のなかで作られた、カルチャーやコミュニティを体験してみたいなと。

あと自分は上りがわりと得意なので、ATのトレイルの特徴が自分に合っているんじゃないかというのもあります。

次に歩くときは、MYOGもまたアップデートしていきたいですね。」


SOBOのゴールである、南のターミナス (基点) にて。

This is LONG DISTANCE HIKER.


『 源流への好奇心 』
 
岡野くんは、源流にあるものへの興味が強く、それを実践していくなかで、自分のスタイルを見つけていくハイカーだ。
 
ULに興味を持つと、その源流にあるロング・ディスタンス・ハイキングやMYOGやRay-Wayへと辿っていく。そして、それを自ら実践せずにはいられず、PCTを歩くことを決め、Ray-Wayのバックパックを作ってみる。
 
源流への好奇心から、源流にあるクラシックなスタイルを一度自分のなかに取り込み、そこで自分で見て感じたものを信じて、次へと向かっていく。
 
岡野くんのスタイルは、いつの時代でもクラシックに醍醐味が凝縮されていることを教えてくれる。
 

TRAILS編集部

 

※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

※2 レイ・ウェイ:ウルトラライトハイキングの方法論を確立したレイ・ジャーディン。2000年にULハイカーのバイブルでもある『Beyond Backpacking』を出版 (1992年の初版は『PCT Hiker Handbook』、2008年に『Trail Life』に改題)。彼の独自の方法論は「レイ・ウェイ」と呼ばれている。

※3 LONG DISTANCE HIKERS DAY:日本のロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーを、ハイカー自らの手で作っていく。そんな思いで2016年にTRAILSとHighland Designsで立ち上げたイベント。2023年4月に7回目を開催。

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