HIKING

LONG DISTANCE HIKER #21 櫻井雄介・奈緒 | 夫婦でのロング・ディスタンス・ハイキング

2025.12.12
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話・写真:岡野拓海 取材・構成:TRAILS

What’s LONG DISTANCE HIKER? | 世の中には「ロング・ディスタンス・ハイカー」という人種が存在する。そんなロング・ディスタンス・ハイカーの実像に迫る連載企画。

何百km、何千kmものロング・ディスタンス・トレイルを、衣食住を詰めこんだバックパックひとつで歩きとおす旅人たち。自然のなかでの野営を繰りかえし、途中の補給地の町をつなぎながら、長い旅をつづけていく。

そんな旅のスタイルにヤラれた人を、TRAILS編集部Crewがインタビューをし、それぞれのパーソナルな物語を紐解いていく。

* * *

第21回目に紹介するロング・ディスタンス・ハイカーは、ご夫婦の櫻井雄介さん・奈緒さん (さくらい ゆうすけ・なお) a.k.a. Dr.pepper & Lemonade (ドクターペッパー & レモネード) 。

櫻井さんたちは、2024年にPCT (※1) を夫婦でスルーハイキングしたハイカーだ。

『LONG DISTANCE HIKERS DAY (LDHD)』(※2) にも、2022年にお客さんとして参加してくれたハイカーである。奈緒さんは、今年、パタゴニアストア全国5店舗で開催したパタゴニアとTRAILSとで共催したスピーカーシリーズ (※3) でも登壇してもらった。

櫻井さんたちは、ジョン・ミューア・トレイル (JMT ※4)で出会ったことをきっかけに、ご結婚されたハイカー夫婦。結婚後に、二人でLONG DISTANCE HIKERS DAY に参加したことをきっかけにPCTを歩く決意をする。

夫婦でのスルーハイキングとはどんな旅なのか?お二人に話を聞いてみた。

2024年に夫婦でスルーハイキングしたPCT。

JMTで出会ったのがきっかけで結婚。その後、夫婦でPCTへ。


夫婦で旅した櫻井雄介さん (写真左)と奈緒さん(写真右)。

—— TRAILS編集部:いきなりお二人の出会いの話からになるけど、お二人はジョン・ミューア・トレイル (JMT) で出会ったことがきっかけでご結婚されたのですよね?

櫻井奈緒 (以下、奈緒):「そうなんです。2019年にJMTをセクションハイキングしたんですけど、スタート地点の近くにあるマンモスレイクの空港で偶然会ったんです。」

櫻井雄介 (以下、雄介):「しかも初日に泊まるモーテルも同じだったんですよ。よくよく聞いたら、二人ともほぼ同じ日程、同じ工程で歩くということがわかって。」

—— TRAILS編集部:では、JMTは一緒にハイキングしたの?

奈緒:「いや、歩くのは、それぞれで別でした。でも、トレイル上でもところどころ会ったりはしましたね。」

雄介:「日本に帰ってからも、日本の山を一緒に歩いたりもするようになって。JMTを歩いた2年後に結婚しました。」


1つのテントのなかで生活をともにしながらスルーハイキング。

—— TRAILS編集部:お二人は、ジョン・ミューア・トレイルをなぜ歩こうと思ったのの?

雄介:「僕は学生のときからバックパッカーだったんです。タイ、インド、イラン、イエメン、ペルー、ボリビアとか、いろんな国を旅してました。でも、バックパッカーを続けるうちに、すごい景色とかにも麻痺してきて、飽きてきちゃったんです。イグアスの滝とかを見てもなんにも感じないとか‥。

その後、山をはじめるようになって、自分の足で歩いて獲得した景色の方がすばらしいと感じるようになったんです。そこからは、ニュージーランドのミルフォードトラック、北欧のクングスレーデン、ネパールのアンナプルナサーキットとかに行くようになって。その延長線にJMTがあった、という感じでした。」

奈緒:「私はヨセミテが表紙の雑誌を見て、ここをゴールにした旅をしてみたい!と思ったのがきっかけでした。

行ってみたら、本当に『自然のど真ん中』に入っちゃったなという感覚になりましたね。

人が圧倒的に少ないし、道標以外に人工物もない。山小屋もない。トイレもない。屋根のあるところがまったくない。川で水を
補給したり、身体を冷やしたり、自然の中にあるもので生活するのは、なんか動物と同じようなことをしてるなと感じましたね。

一方、後戻りできてもしにくい怖さも感じました。トイレも初めて野外でするとか、守られていない感じ。自分で生きていかなきゃという感覚になりました。」


スルーハイキングしたPCTの風景。

—— TRAILS編集部:その後、どんな経緯で、二人でPCTに行くことにしたの?

奈緒:「JMTを歩いた時に、PCTハイカーが颯爽と歩く姿とかを見て。わー、かっこいいなー、と思って。二人でもいつかは行きたいね、とは言ってたんです。」

雄介:「その後、 2022年LONG DISTANCE HIKERS DAYに行ったんですけど、その時に実際にPCTを歩いたハイカーとお話をしたりして、一気に盛り上がったんです。遠い夢だと思っていたんですけど、『行っちゃうか!』という気になれて。」

奈緒:「でも、仕事を辞めるって言えるかなぁ、とか話をしてね。実はその年に、試しにやってみたらPCTのパーミット (許可証) が取れちゃったんです(笑)」

雄介:「でも、その年はまだ仕事を辞める決心できなかったから、この時は行くのは見送りました。」


トレイルライフも夫婦での共同生活。

—— TRAILS編集部:夫婦二人揃って仕事を辞めるのは、それなりの覚悟がいるよね。

雄介:「そうなんですよ。僕も普通に真面目にサラリーマンをやってたし (笑)。でも、人生でやれることは、できるうちにやっておきたいなと思って決心しました。わりと何も見えない暗闇に飛び込むような覚悟でしたけど。」

奈緒:「二人とも職を失う覚悟でした (笑)。でも、LONG DISTANCE HIKERS DAYのイベントに行ったときに出会ったハイカーたちは、本当にいろんな生き方をしている人たちがいて、なんかひとつの職だけにこだわる必要もないのかも、という気持ちにもなれました。」

余計なものがないトレイルライフを経験し、自分たちが本当に必要なものは何かを知った。


ウィルダネスを歩きながら、余計なものが削ぎ落とされる生活を送った。

—— TRAILS編集部:夫婦で決心して旅に出たのが2024年。実際にPCTを歩いてみてどうだった?
奈緒:
「JMTと違うと思ったのは、やっぱり長さですよね。PCTは期間も長いから、遊牧民じゃないけど、自然のなかで暮らしている感じが強かったです。

スルーハイキングをしているなかで、だんだんと町での居心地が悪くなって、山の方が落ち着くようになったんです。自分がハイカートラッシュになって、汚くてなっていって、町に下りても、居心地がよくないんです。町に下りても、早く山に戻りたいと思ってました。山の方が落ち着くなと。

PCTを歩いて、生活をするには本当に少なくてシンプルなものだけでもいけるんだ、と思いました。人間って、歩いて・食べて・寝て、ってやってるだけで満足するんだなと。普段の生活が、いかに余計なものに囲まれて生きているかを感じましたね。
歩く距離が長ければ長いほど、自分にまとわりついていた、習慣とか、固定観念とか、しがらみがどんどん剥がれ落ちていく感じがしました。ウィルダネス (大自然) を長く歩くと、強制的に自分の本当のスキルとか人間性が露出するなと。」


歩いて、食べて、寝るというシンプルな行為だけを繰り返す日々。

—— TRAILS編集部:雄介さんはどうだったの?PCTに行く前は、仕事も辞めてこの先どうなるんだ、という不安もありながら決心した、ということも言ってくれてたけど。

雄介:「PCTは期待したとおり、理想的で最高の旅ができた、という感じでした。さっき奈緒さんが言ったように、美しい景色のなかで、歩いて、食べて、寝るだけの生活。それが最高でした。

PCTに行く前は、仕事を辞めちゃってその後の人生はどうなるんだろう、という不安がありました。でもスルーハイキングしてみたら、人生なんとかなるだろう、と変わりましたね。

これからの自分の人生で、本当に必要なものは何か。何をしていければ満足なのかとか、お金はどれくらいあればいいのかとか。PCTを歩く前は、そういうのが見えないから不安だったけど、PCTを歩いた後は自分にとって必要なものが何かがはっきりした感じがあります。自分のなかで『自然』を大事にする比重も高くなりましたね。」


奈緒さん、ウィルダネスのなかで大きなリセットができたという。

—— TRAILS編集部:夫婦でのロング・ディスタンス・ハイキングだからこそ、楽しめたこと、大変だったことはあった?

雄介:「夫婦で歩くよい点は、なんでも分担できることですね。気持ちも、モノも。
気持ちについては、例えば、足が痛くなっても、二人で話をしていれば、気持ちが重くならないとか。辛いことがあっても、その気持ちを分担して、心を軽くできます。

荷物についても、テントは2人用のを1つ持てばよいとか、ガス缶やinReach miniも1つだけあれば、二人でシェアできます。ベアキャニスターも、二人とも大きいのを持たなくても、ひとりは少し小さいのでOKとか。食事はクッカーは1Lサイズのものを1つだけしか持っていかず、それを二人でずっとシェアして使っていました。

奈緒:「パートナーがいるのは、やっぱり心強いですよね。初めてのヒッチハイクとか、英語でトレイルエンジェルに連絡したりとか、そういうことも、二人だからがんばってできた、というところはあるかもしれないです。」

雄介:「大変だったことは、なんですかね‥。それなりにぎすぎすすることはありましたよ。二人でいても、結構歩くペースは違ったんですよ。歩くペースの違いは、二人の間のひずみになりやすいですね。先に行った方が待っていなくちゃいけないとか。ペースが違って歩いている時に、片方が道迷いをして、しばらく会えないときがあってやきもきするとか。」

今後は、トレイルを歩くハイカーをサポートすることもしていきたい。


雄介さん。ウェアはバックパックの摩擦で擦り切れてハイカートラッシュな状態に。

—— TRAILS編集部:PCTを歩き終わって、今後はどんなことをやりたいと考えてる?

雄介:「究極的には旅人であり続けたいと思ってます。世界を自分の足で歩き回りたい。その手段のひとつがロングトレイルという感じですかね。

ただPCTでは、さんざん自然のなかを楽しませてもらって、トレイルエンジェルにもサポートしてもらったり。トレイルは、人の手が入ってるから守られているわけで。それがなければ道が荒れてしまったり、山火事の拡大を防げなくなったり。

PCTを歩いている時は、楽しませてもらう側だったけど、今度はサポートする側にまわりたいなと思うようになりました」

—— TRAILS編集部:雄介さんは、PCTから帰ってきて、山小屋で働いたりもしたけど、そういったサポートする側のこともしたい、という思いもあった?

雄介:「それもありましたね。山小屋では、ハイカーをもてなして、食事を用意したり、寝床を整えたり、たまに救助とかをしたり。誇りも生まれましたけど、サポートする側の難しさや責任も感じましたね。それも含めて、山小屋の経験は貴重でした。」


山火事跡の山を歩く。

—— TRAILS編集部:奈緒さんは、今後歩きたいトレイルとか、次にやりたいことはあるの?

奈緒:「PCTから帰ってきて、トレイルでのシンプルな生活から、もとの生活に戻って、また仕事をするようになって、PCTの前には気付かずに流してしまっていたことが、とても気になるようになったんです。本当はそんなこといらないんじゃない?ということが気になってしまったり、余計なことに気遣いしなくてはいけなかったり。

だから、また定期的に自分の固定概念とかしがらみをリセットするためにも、トレイルには行きたいなと思ってます。単純にまだまだ世界には行きたいところがたくさんありますし。

雄介:「いまは二人では、アラスカ、ヘキサトレックとかが気になってますね。」

—— TRAILS編集部:最後に今後夫婦でロング・ディスタンス・ハイキングするハイカーになにかアドバスはありますか?

雄介:「二人離れて歩くことも多いので、お互いの場所を確認できるものが何かあるといいかもしれないですね。」

奈緒:「ロング・ディスタンス・ハイキングは、ずっとお腹が減っているから、心の余裕がないことも多いです。それで口数が減ったりするけど、不満があるならちゃんと言った方がいい。自分の状況はちゃんと言わないと伝わらないです(笑)。」


二人で歩き続けた旅によって、夫婦の人生観が大きくアップデートされた。

This is LONG DISTANCE HIKER.


『 モノも気持ちもシェアする旅 』
 
櫻井夫婦が話していた印象的な言葉のひとつが「分担」。夫婦だからこそ、ロング・ディスタンス・ハイキングの旅のなかでいろいろなものを、シェアしながら旅をしたということだ。
 
二人はそれぞれがハイキングを実践してきたスキルや知識をベースに、PCTの旅では、できるだけ多くのギアをシェアして、夫婦でのトレイル上の共同生活をするための、ギアセットを考えた。テントも、クッカーも、inReachも、ガス缶も1つのものをシェア。
 
ギアだけでなく、夫婦だからこそ、辛い時や、チャレンジをする時も、お互いの気持ちをシェアして、サポートしあうことで、気持ちの軽量化もできたという。
 
さらには人生における大きな旅を二人ですることで、お互いの人生の転機もシェアしている。それによって、ロング・ディスタンス・ハイキング後の人生も、二人が同じ方向を見ていることが印象的であった。
 

TRAILS編集部

 

※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。

※2 レイ・ウェイ:ウルトラライトハイキングの方法論を確立したレイ・ジャーディン。2000年にULハイカーのバイブルでもある『Beyond Backpacking』を出版 (1992年の初版は『PCT Hiker Handbook』、2008年に『Trail Life』に改題)。彼の独自の方法論は「レイ・ウェイ」と呼ばれている。

※3 LONG DISTANCE HIKERS DAY:日本のロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーを、ハイカー自らの手で作っていく。そんな思いで2016年にTRAILSとHighland Designsで立ち上げたイベント。2023年4月に7回目を開催。

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