九州・宝満山からトリプルクラウン12,000km | #01 はじまりは地元の宝満山
文・写真:堀田 響志郎 構成:TRAILS
響志郎は生まれも育ちも、九州の福岡・久留米。学校を卒業後、保育士として13年間、仕事を続けてきた。
その保育士の仕事を辞めて、2024年にPCT (※1)、2025年にCDT (※2) をスルーハイキング。今後はAT (※3) も歩き、アメリカ3大トレイルのトリプルクラウン (※4) をやってみよう、と企んでいるハイカーだ。
そんな響志郎が、地元の九州でハイキングを始め、ロング・ディスタンス・ハイキング (※5)に魅了され、トリプルクラウンを目指すまでの軌跡を語るエッセイ。
※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※2 CDT:Continental Divide Trail (コンチネンタル・ディバイ・トレイル)。メキシコ国境からニューメキシコ州、コロラド州、ワイオミング州、アイダホ州、モンタナ州を経てカナダ国境まで、ロッキー山脈に沿った北米大陸の分水嶺を縦断する3,100mile (5,000km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※3 AT:Appalachian Trail (アパラチアン・トレイル)。アメリカ東部、ジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ、2,180mile (3,500km) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※4 トリプルクラウン:アメリカ3大トレイル – アパラチアン・トレイル、パシフィック・クレスト・トレイル、コンチネンタル・ディバイド・トレイル – のこと)をスルーハイキング (全線踏破) すること。またそれを達成したハイカーを、トリプルクラウナーあるいはトリプルクラウンハイカーと呼ぶ。
※5 ロング・ディスタンス・ハイキング:衣食住を背負いウィルダネス(原生自然)を歩き、野営する、そして、また歩く。そして食料を町で補給し、トレイルへ戻る。これを繰り返す、自由で野生的な生活を楽しむ旅。
「堀田センセイ」。保育士の仕事をしています。

保育士として働いていた僕。
「堀田先生おはよー!今日は何して遊ぶとー?」
2020年1月。年が明けたばかりの園舎で、僕は保育士として9年目を迎えようとしていた。気づけば、保育園のなかでも中堅である。
今日も寒さに負けず元気いっぱい登園してくる子どもたちの様子を観察しながら、一日の保育の流れを頭に思い浮かべる。
「寒いのに今日も元気やねー!今日もね!めっちゃ面白いことして遊ぶよー!寒いからとりあえず鬼ごっこするかー!がおー!!!」
と、子どもたちに負けないよう、いつも通り元気いっぱい。挨拶もそこそこに朝からすぐに遊び始めていた。
もともと僕は、中学生の頃から保育士になることに夢を持っていて、その夢のとおりの仕事に就いて働いていた。
そんななかで、いつも通りの生活が、社会が激変する事件が起きてしまった。
そう、新型コロナウイルスの蔓延による社会活動の制限が始まってしまったのだ。
以前のような生活ができなくなった。人と人の距離をとる、マスク着用など、活動の制限がかかり、外で自由に遊ぶことさえ、はばかられてしまうようになっていった。
バスケもできなくなり、めっちゃ暇に。

コロナで生活が大きく変わった。
保育士という仕事柄もあって、コロナによる行動制限の影響は大きかった。
プロの保育士のプライドとしても、コロナの病原菌を、自分の行動のせいで保育園に持ち込んでしまう、なんてことはあってはならないと思っていた。
僕は高校生からバスケットボールに熱中しており、社会人になってからも、保育士の傍ら週5回以上練習をしていた。大会のシーズンに入ると週末は社会人リーグの試合に参加するなど、どっぷりとバスケットボールにハマっていた。
しかしコロナの流行のさなか、人との接触が多いバスケットボールを続けていたら、園の子どもたちや同僚、僕に関わる全ての人たちに感染させるリスクにつながる恐れがある。
それで、15年以上続けてきた、自分の人生の一部となっていたバスケットボールをやめることにした。
しかし、思い返してみると、30代になったあたりから、徐々に体力的に衰えがきたのか、メンタル的なものなのかわからないが、競争に対する意識の変化を感じ始めていた。
ちょうどそんなことを感じ始めていた頃に、コロナが始まり、バスケットボールをやめることになったのだ。
「わ〜めっちゃ暇やな〜」
スマホを眺め時間をただただ溶かす日曜の午後、、、
休日は基本的にバスケットボールの生活だったのだが、やめてからは暇で暇でしょうがなかった。代わりにやりたいことも見つからずダラダラと過ごしていた。
そんな日々を過ごしている時、ネットサーフィン中に巨大な滝が凍っている写真を見つけてしまった。
「なんやこの滝めっちゃ凍ってるやん!山の中か〜。へ〜、福岡県内にもこんなとこあるんや〜。そんな遠くもないし。」
行けるかな、と軽はずみに思った。そして、いろいろ見てみると、
「おっ!近くに山小屋もあるんや〜。泊まれるんか〜。寝袋の貸し出しもしてるやん!」
と、こんな感じで、自分のなかで「今年の年越しはこれで決まりやな!」となった。
山登りしたことないけど体力には自信あるし、ま〜いけるっしょ!こんなテキトーな考えのまま、道具を揃えていった。
山道具の知識もろくになかったので、このときに用意してたのは、某量販店で買った綿パンツだった。
そして、年末を迎えた。いざ、初登山!
人生初めての山。

初めての登山となった、九州は福岡の宝満山 (ほうまんざん)。
車内ではgoogleマップのアナウンスが聞こえる。
「目的地に到着しました」
冷たく機械的な音声が僕の耳に届いてはいたが、僕は、それまで見たこともない山の世界に胸が熱くなっていた!
車からバックパックを下ろし、鍵を閉め、登山道を歩き出した。地図も持たずに、、、
1時間ほど歩くと徐々に雪がついているところが出てきた。
次第にハイカーが踏み固めた雪が氷のようになり滑りやすくなってきた。すれ違うハイカーたちの足には、見たこともないチェーンがついていた。
「あれは滑り止めになるのか〜。ま〜気をつけて行けばいけるっしょ〜。」
たまたま危険箇所がなかったのは偶然。だからよかったものの、あの頃の自分の軽率さをぶん殴りたい、、、
失礼!本題に戻ろう!
人気の登山道で、雪の上を歩いた登山者の足跡があったおかげで、道に迷うこともなく体力的にも問題なく、目的の氷瀑に到着した。
「わ〜お!本当に凍ってるやん!!!こりゃすげーな!!!すんません!写真撮ってもらってもいいっすか!?」

初めての山の世界。初めての氷瀑。
観光気分で面識のない登山者に写真を撮ってもらうほど浮かれまくっていた。
さて、この後に、今日泊まる山小屋までたどり着かなければいけない。
そのときにたまたま声をかけた登山者が、ちょうど小屋から歩いて来たとのことで、道を教えてもらい山小屋へ向かうことにした。
寝袋も持たずに山小屋に。

宝満山を登っていく。
「年末に山小屋に人なんかおるんか〜?誰もおらんやろうから貸切やろな!」
道中は人気のない、がらんとした山小屋を想像しながら、小屋に着いたら持ってきた本でもゆっくり読もうと思っていた。
ギュッギュッギュッ。
人が多かった氷瀑のエリアを抜けた。人気のない登山道を進む中で味わう、雪を踏みしめる音。風が木々の間を通り抜ける音。立ち止まるとシンと静かな雪の山の世界。
今まで経験したことのない自然を感じ、自分の中の新たな感情の芽生えに興奮していた。
「これが山登りか〜、面白かね〜、自然すげ〜」
独り言なのか、自分の胸の中で唱えた声なのかわからなかった。
雪を被った山小屋に到着した。
「お〜、これが山小屋か〜。デカいな〜、雰囲気も良いやん!あー腹減ったー小屋でラーメン食うか〜。お邪魔しまーす。」
ガラガラガラ。

到着した宝満山の山小屋「楞伽院山荘 (りょうがいんさんそう)」。
山小屋とは人がいないところという僕の勝手な思い込みに反して、小屋の中は15〜20人ほどの人たちがすでに宴会をして、わいわいと賑やかにしていた。
「こんにちは〜、小屋使わせてもらっても大丈夫っすか?」
もともと僕は人が多いのが苦手なので、内心がっかりしていた。あちゃ〜、山の中も人が多いか〜、まあ仕方ない!空いてるスペースで、一人でラーメンを食べることにした。もちろん、ラーメンは九州の人間なら「うまかっちゃん」。
隣では賑やかな宴会。持ってきた本を手にしても、周りが気になってなかなか内容が頭に入っていかなかった。持参したラーメンを一人寂しくすすっていると、一人の女性の方が声をかけてきた。
「うるさかろー!ごめんねー!毎年年末はこんな感じなんよー!今日は泊まり?」
「は、はい!そうです。」
この人元気やな〜、50〜60代くらい?僕の母と変わらない年やのにめちゃ元気やん!
「あらそー!あんたシュラフは持っとんね?」
「ん?シュラフ?シュラフってなんですか?」
それを伝えた途端、さっきまでニコニコしていた女性の顔色が変わるのを感じた。
気づけば、宴で賑やかにしていた人たちも、僕の方を見ている。小屋の空気を変えてしまった自分の発言を、頭の中でぐるぐる回しながら考えた。
「ん〜、シュラフってなんちゃか〜?」
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