MYOGで歩いた4,000kmのイージーハイキング | #01 レイ・ウェイとの出会い
文・写真:岡野 拓海 構成:TRAILS
「九州・宝満山からトリプルクラウン12,000km」の記事をスタートした響志郎と同じタイミングでジョインしたTRAILS Crewだ。
オカタクは、2025年にPCT (※1) をSOBO (南向き) でスルーハイキング。
UL (ウルトラライト ※2) の源流を辿るべく、ロング・ディスタンス・ハイキング (※3) や「レイ・ウェイ」 (※4) に辿り着く。それ故にできるだけMYOG (MAKE YOUR OWN GEAR = ギアの自作) をした道具で歩く、というスタイルでスルーハイキングをした。
今の時代の30代前半のハイカーが、なぜレイ・ウェイに興味を持ったのか。源流を追求しながらも、彼に漂うイージーな雰囲気はどこからくるのか。
そんなオカタク的な、ULをベースにした「イージーハイキング」について語るエッセイ。
第1回は、彼のちょっと偏屈でパンクな生い立ちから、ULおよびレイ・ウェイとの出会いをつづる。
※1 PCT:Pacific Crest Trail (パシフィック・クレスト・トレイル)。メキシコ国境からカリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州を経てカナダ国境まで、アメリカ西海岸を縦断する2,650mile (4,265㎞) のロングトレイル。アメリカ3大トレイルのひとつ。
※2 UL: ウルトラライト (Ultralight) の略。ここではウルトラライト・ハイキング を指す。シンプル (必要十分)で、超軽量な装備でハイキングをするスタイル。よく言われる、ベースウェイト(水・食料・燃料などの消費材を除いたバックパック内の全装備重量)10ポンド(約4.5kg)以下というのは、あくまで目安。季節やフィールド環境、体力や旅の行程など、変化する固有条件のもと、できる限りシンプルで軽量な装備を追求していくことを指す。ロング・ディスタンス・ハイキングを実践するハイカー達によって生み出され、1990年代にレイ・ジャーディンが提示した思想と方法論「レイ・ウェイ」が、現在のULのベースとなっている。1990年代後半よりGVP Gear (のちのGossamer Gear)やGoLiteの誕生を皮切りに、ULガレージメーカームーブメントが起こり、普及していく。
※3 ロング・ディスタンス・ハイキング:衣食住を背負いウィルダネス(原生自然)を歩き、野営する、そして、また歩く。そして食料を町で補給し、トレイルへ戻る。これを繰り返す、自由で野生的な生活を楽しむ旅。
※4 レイ・ウェイ:レイ・ジャーディンによるULとMYOGに関する独自の方法論。彼は1990年代に現在のULのベースとなる、思想と方法論を世の中に提示した。「レイ・ウェイ」にもとづく『MAKE YOUR OWN GEAR (MYOG)』のギアは、現在のULの源流として位置付けられる。
揃っていないと、落ち着かない。

こだわりの強い子どもだった。
子どもの頃から、こだわりが強かった。
保育園で友達と一緒にレゴブロックで遊んでいたとき、完成したロボットを友達と見せ合うと、他の子たちの作ったロボットが左半身と右半身でバラバラの色使いをしていることに驚いた記憶がある。自分のロボットは完璧に左右対称。そうでないと落ち着かなかったのだ。
思わず「どうしてこっちとこっちで色が違うの?」と友達に問うと、どうしてそんなことが気になるのか不思議そうな顔をされ、こちらは逆になぜ気にならないのか不思議な顔をしてしまった。
今思うと、神経質で偏屈な人間になっていく片鱗が、そのあたりからすでに現れていたのかもしれない。
それ以外にも、様々な広告の紙を棒状に丸め、どの紙なら一番強い剣を作れるか追求したり、小学校に上がってからも、工作用紙で輪ゴムピストルを密造したり。とにかくこだわって何かを作るのが好きだった。
ロックにハマった偏屈少年。アウトサイダーへの憧れと変わらぬ神経質さ。

バンド活動でも、創作が一番の楽しみだった。
中学・高校では音楽にハマり、アメリカやイギリスのロックに夢中になった。ロックンロール、パンク、オルタナティブ‥。メインストリームではない、アウトサイダー的な人々の感情の発露に惹かれた。特に不自由もなく真面目に育ってきた割に、共感するのはそういう逸脱的な表現だった。
友達とバンドを組み、オリジナル曲を作ってライブハウスで演奏したりもした。パートはギターボーカルで、一般的には花形とされるポジションだ。しかし人前でパフォーマンスをすることよりも、ギターのフレーズや鼻歌のメロディーを組み合わせ、1つの曲として形にしていく過程に、一番の楽しさを感じた。
幼い頃からのひねくれた性格が災いしたのか、それともロックミュージシャン達のワイルドな生き様への憧れのせいか、せっかく入った大学はわずか1年で中退してしまった。もったいない選択だったかもしれないが、大学の雰囲気にどうにも馴染めなかった。
大学を辞めた後、バイトや派遣の仕事を経て、特許関連文書の翻訳という、多くの人には馴染みがないであろう仕事に就いた。
自動車の構造や電子機器の仕組みなど、専門的な内容を正確に他言語に置き換える仕事は、まさに重箱の隅をつつくような緻密さが求められる。つまり、神経質な自分の性分に合っていた。
その後、フリーランスとして翻訳の仕事を続けるうちに結婚し、新婚旅行で訪れた屋久島で、山歩きに魅せられた。
屋久島での道迷いからのサバイブ経験により、ハイキングにのめり込む。

屋久島で初めて本格的なハイキングを体験。
それまで日帰りでちょっとした低山に登ることはあったが、山で夜を過ごしたことはなかった。
夫婦でのささやかな冒険として、1泊2日の縦走登山を計画した。ネットで仕入れた知識をもとに装備を整え、フレーム入りの大型バックパックを背負って山に入った。
屋久島の自然は素晴らしかった。豊かな水と緑、杉の巨木、不思議な形の巨岩群。最高の自然体験のなかで、背中にのしかかる荷物の重さだけが、気持ちを萎えさせた。
景色を楽しむ余裕もなく、宿泊予定の避難小屋を目指して歩いていると、いつの間にか分岐を見落としてルートを外れてしまっていた。
すでに陽も傾きかけている。焦りながら地図を確認すると、進行方向に別の避難小屋があるのを見つけ、日没ギリギリでそこに滑り込んだ。結果的にもう1泊延ばして、元のルートに復帰した。
なんとか無事に山を下りたときは、山の怖さを身にしみて感じると同時に、一筋縄ではいかない自然の中でサバイブできた、という妙な充実感があった。
それ以来、近場の低山を歩いたり、テント泊を始めたりするうちに、ハイキングにどんどんのめり込んでいった。そして同時に、「もっと荷物を軽くして歩けたら」という思いも強くなっていった。
ULという思想との邂逅。レイ・ウェイという源流に感じたパンクのにおい。

ULの象徴であるタープ・キャンピング。
荷物の軽量化について調べるうちに、ウルトラライト (UL) の思想に出会った。2021年頃のことだ。
その頃にはすでに、ULという言葉もかなり市民権を得ていて、ある種のトレンドにすらなっていた。メーカーの大小を問わず、ULを標榜する軽量な道具が市場に溢れていた。
学生時代に音楽にハマったときのように、ULのカルチャーや歴史を掘っていくと、TRAILSの記事でその源流がアメリカのロング・ディスタンス・ハイキングにあることを知ったり、数々の先鋭的な先人たちが形作ってきたスタイルであることがわかってきた。
そんな先人たちの中でも、ULの始祖と称されるレイ・ジャーディン (※5)という人物は、特に刺激的だった。極限まで道具を少なく・軽く・シンプルにすることで、身体的負担を減らすと同時に、より深く自然と繋がることができる、というのが彼の思想だった。
そしてバックパックやタープなど、あらゆるギアを自作し、それらを使って何千キロというロングトレイルをいくつも踏破していた。ギアを自作することで、その構造や使い方を理解し、自分の身体に道具を最適化させることができる。
彼のスタイルは「レイ・ウェイ」と呼ばれ、 TRAILSでもプッシュしている「MYOG (MAKE YOUR OWN GEAR = ギアの自作)」というムーブメントの原点となった。

レイ・ウェイ・キットを販売しているホームページ。 (画像は以下のサイトより https://www.rayjardine.com/ray-way/Backpack-Kit/index.php)
長い旅になればなるほど、安全性や耐久性を重視して丈夫な道具を使ったり、予想外の出来事に対応するためにたくさんの物を持つというのが、一般的な考え方だ。しかし彼は、装備を必要最少限に減らすことが、むしろ安全や快適性につながるという逆転の発想をした。
そして過保護なマスプロダクトを否定し、合理的でシンプルな道具の自作を啓蒙した。パンクだ、と思った。そこには、学生時代に憧れたようなアウトサイダーの匂いがあった。
同時に、極端な合理性や無駄を削ぎ落とす執念には、自分の性分とも一致するものを感じた。
※5 レイ・ジャーディン:1990年代に現在のULのベースとなる、思想と方法論を世の中に提示した。彼独自の「レイ・ウェイ」という方法論、およびその方法論にもとづく『MAKE YOUR OWN GEAR (MYOG)』のギアは、現在のULの源流として位置付けられる。彼が1992年に出版した『The PCT Hiker Handbook』(後に、『Beyond Backpacking』『Trail Life』と改題) という本にまとめられている。この本は、その後、多くのULガレージメーカーやハイカーを誕生させる起爆剤となった。
UL MYOG事始めは、レイ・ウェイ・バックパック。

北アルプス縦走でも使えたレイ・ウェイ・バックパック。
レイ・ジャーディンは、バックパックやタープの自作キットを自身のホームページで今でも販売している。大いにMYOGに興味を持った僕は、さっそくバックパック・キットを取り寄せた。
小学校の家庭科以来のミシンを踏み、英語の説明書と格闘しながら (翻訳経験があっても苦戦した)、1ヶ月ほどかけて完成させた。
作る苦労とは裏腹に、完成したバックパックは驚くほどシンプルな構造だった。言ってみれば、ただの巾着袋にポケットとショルダーが付いているだけ。あまりの簡素さに、正直なところまともに山で使えるとは到底思えなかった。
しかし試しに山に持ち出してみると、背負い心地も意外と悪くない。頼りないペラペラのナイロン生地も、歩いているうちにパックが身体にフィットして、むしろ心地よい。あれ?全然これでいいじゃん。
自分の作った道具でハイキングができる。それまでせっせと既製品の道具を買い揃えていた自分には、衝撃的なことだった。何より、無駄な装飾も便利な機能も一切ないそのバックパックには、大量生産品にはない独特の格好良さがあった。
そして、道具を作る楽しさは、工作や曲作りの楽しさとも共通していた。レイ・ウェイのバックパックを作りだした頃から、TRAILSのGARAGEにも通うようになり、ファブリックを直接見たり、MYOGについてのアドバイスをもらうようになった。そしてバックパックができあがった後、スタッフサックやタープなど、他のギアも少しずつ作り始めた。
何の生産性もなくひたすら歩く、クレイジーなロング・ディスタンス・ハイキングに惹かれた。

大自然の中を歩き続けるロング・ディスタンス・ハイキング。
MYOGにハマるのと同時に、ULの源流にあるロング・ディスタンス・ハイキングへの興味も強くなっていった。何千キロという距離を何ヶ月もかけて歩きながら、ただ自然の中で生活するという行為。そこには何の生産性もない。クレイジーな行いにしか聞こえないが、なにか無性に惹きつけられるものがあった。
旅や冒険への憧れは、心のどこかにずっとあった。憧れを秘めたまま、いつの間にか30歳を過ぎてしまっていた。ただ、旅に出るきっかけがなかったのだ。もしかしたら今がその時なのかもしれない。いやでもアメリカ行ったことないし怖い。でも行ってみたい。どうしよう?
「LONG DISTANCE HIKERS DAY」(※6)に参加して、実際に旅したハイカーの話を聞いたり、会場で買った書籍『LONG DISTANCE HIKING』(※7) を読んだりしているうちに、ロングトレイルを歩きたいという思いは、もはや抑えきれなくなっていた。
意を決して妻に相談してみると、最初こそ驚いていたが、意外にもあっさり「行ってきたら?」とのことだった。かくして、人生最大の冒険に出かけることになった。
行き先に決めたのは、アメリカ西海岸を縦断する、全長4,265kmのパシフィック・クレスト・トレイル (PCT)。レイ・ジャーディンがULを実践し、その理論を実証した舞台でもある。
どうせ行くなら、自分で作った、思い切りシンプルな道具で歩きたい。レイのように。
バックパックは、レイ・ウェイ・バックパックを、自分なりの改良を入れて作り直してみよう。シェルターはどうする?やはりタープ?サイズはどうしようか。
などど考え始めたときにはすでに、出国まで1ヶ月を切っていた。
あれ?時間がない。神経質な割にずぼらという、自分の性格が出てしまった。
すぐにTRAILSのGARAGEに行き、ここから急ピッチでPCTまで間に合わせるMYOGブートキャンプが始まった。
※6 LONG DISTANCE HIKERS DAY:日本のロング・ディスタンス・ハイキングのカルチャーを、ハイカー自らの手でつくっていく。そんな思いで2016年にTRAILSとHighland Designsで立ち上げたイベント。2025年4月に9回目を開催。
※7 『LONG DISTANCE HIKING』:TRAILSの出版レーベル第一弾として出版した書籍。Hiker’s Depot(ハイカーズデポ)長谷川晋氏による、自身の経験と数多くのロング・ディスタンス・ハイカーのリアルな声をもとに制作した、日本初のロング・ディスタンス・ハイキングにフォーカスした書籍。
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